黄金の麦畑



一面の麦畑だと思った。

辺りはすべてが金ぴかピンで、風が吹いてもいないのに同色の粒が宙を舞っている。アメリカの麦畑だってここまでの規模のはないんじゃないかなってくらいに縦横無尽に広がっている。

見上げても見下ろしても金、金、金。どっちが上でどっちが下かも分からない。空は海の色を映しているから青色なんだ、という話を聞いたことがあるけど、じゃあ、ここの空は麦畑を映しているから金色なのね、と誰もいない空間で大きな独り言を言った。

しばらく見て回って、感無量だと大きく頷けた時、ふとどうやって帰るのか分からないことに気付いた。

右を見ても左を見ても、上も下も同じ色で帰り道らしきものはぜんぜんない。どこもかしこもみんな一緒。同一。没個性。最後のは違った。

困ったわねえ。


「あなた、なに?」


そんな時に頭の中で声が響いた。

ぼんやりぼやけたその声はなんだか弱々しくて。誰だろうとキョロキョロ見回すと、それはすぐに目に入ってきた。

黒。

黄金の麦畑の中に一箇所だけ、虫食いみたいに黒い点がぽつねんと存在している。不思議な気持ちでじっと見つめるとそれは僅かに淀めいた。


「なにって、なにが?」
「わたしは、あなたみたいなこをつくったおぼえないよ」
「そうね、私も誰かに作られた覚えはないわね」


てくてくと黒い点のそばまで歩いて行く。声は頭の中で直接聞こえてくるけど、声の主はそこにいるんじゃないかな、と直感で思ったから。

黒い点までの距離は、思ったより遠かった。歩いて歩いて、やっとそこに着いた時には苦労したという感想とは裏腹に汗一つかいていない。おかしいな、と体を見下ろして、やっと私はその異変に気が付いたのだ。


「あれ?ない」


体がどこにもない。

ただ白い靄のようなものが人の形をしているだけ。よく鈍い鈍いと言われる私だけれど、自分でもここまで鈍いとは思わなかった。


「いまさらきづいたの?あなたってにぶいんだね」


声にまで言われてしまったわ。

ヒラヒラと目の前で手の形をした靄を振ってみる。同じように動いてくれるから多分、神経的な何かが通っているんだろう。


「まあ、いっか」


どうせ、また変な夢でも見てるんでしょう。


「へえ、ずいぶんとかんたんにながしてしまうんだね。じぶんのからだがなくなっちゃったんでしょう?」
「だって、なくなっちゃったものは返ってこないわ。あまり重く捉えても仕方ないじゃない?」
「ふうん。もっとわめいたらいいのに。つまらない」


そう言ったっきり。声はどこかに行ってしまったらしい。

帰り道が分からない私は暇になって、その場で寝っ転がってまた黄金の麦畑を眺めていた。けれど、金ぴかはずっと見てると目が痛くなるから、たまに黒い点を見つめて過ごすことにする。

あ、今は疲れる目もないんだっけ。

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