白に見入る
その人を一言で表すと、白。
長めの前髪を片耳にかけ、長い睫毛が宝石のような黒い瞳を彩る。上質な白い燕尾服をスラッとした肢体で着こなしている。
何者にも侵されることのない純白を体現したかのような、凛とした佇まいの人。
闇の中でただそこだけが幽霊のようにぼんやりと白く浮かんで見えた。
灯りを片手に私の背後に突然現れたその人は、ザークシーズさんなる人に顔を向けている。
するとザークシーズさんはさっきの辛そうな顔と打って変わって疲れたように眉根を寄せた。
「アン、ですか」
アン?
それがこの人の名前?
想像できる赤いおさげ髪と結びつかない白髪を見上げる。
白百合が似合いそうなほど繊細な顔立ちなのに、名前はお転婆で女の子らしいギャップが面白くて肩の力が抜ける。
すると、ちょうどその彼が深く腰を折ったせいで視線ががっちりあって……
ん?
「当家のお嬢様がご迷惑をおかけした様で、大変失礼致しました」
「これはどういうつもりデスカ。パンドラ内部に小娘の侵入を許すなどあってはならないハズですが」
「ええ、チェインの扱いを誤ったようで。もちろん、あなたの部屋に侵入するつもりは毛頭ありませんでしたよ」
「……言い訳は結構デス。さっさとそのお嬢様をお連れしてください。不快デスから」
「左様で。それではお暇させていただきましょう。夜分遅くに失礼しました」
「ええ、本当に……」
あれよあれよと進んでいく会話。
お互い慇懃無礼な敬語を使っていて、なんだか白々しい。そんな言葉がぽんぽんと行き交って、私がぼさっとしている間に終わったらしい。
「御手を、お嬢様」
「は、はい?」
わざわざ膝をついて手を差し伸べてきたアンさんに犬のお手の感覚で手を差し出す。
手袋の柔らかい感触に優しく引っ張られて立ち上がると、もう片方の手で肩を支えられ、暗い光が足元を照らす。
え、これってまさか……?
一際強くなった光。
大きく靡いた髪の毛。
デジャヴュというかついさっき体験したばかりのその感覚にびっくりしている間に私はまったく違う場所に立っていた。
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