鏡の国



「あなたは相変わらず泣いてばかりだね。こういうのをなんて言うんだっけ?」


ピクリとも動かないしーちゃんの顔で声が茶化す。

泣き虫、って言いたいのかしら。

引いてきた涙の跡を気にしながら、しーちゃんの顔をした声に唇を尖らせる。


「今泣かせてるのはあなたなのよ?そこのところ分かっているかしら」
「分からない。何故泣くの?私に会えて嬉しくない?」
「そういうわけじゃなくて、ああ、もう……」


やっぱり声にはペースを乱される。

久しぶりに会えた感動も、今ではどこかにいってしまった。ただ前のようなゆったりとした時間がこの短い間に流れている。それはとても離し難い幸福で、このまま永遠と感じていたいと思えるもの。

けれど、やっぱり、終わりは来るもので。


「……この話が終わったら、また私は眠りにつかなければならない」


そう唐突に切り出されても、私は別段驚くことはなかった。


「そう……じゃあ聞くけど、なんであなたは私を呼んだの?」
「あなたにお願いがあったから…あなたにはやるべきことがあったからだよ」
「それは、なに?」
「あなたは、自分のことを知るべきだ」


自分の、こと。


「あなたがここにいることは本来ではあり得ない。私の意志なしで存在することも、あり得ないことだ。でも、現にあなたは存在してしまっている。私はそれが不思議」


一瞬だけ伏せられた目。白く長い睫毛が頬に影を落として、それからゆっくりと持ち上がる。


「私はアリスと共にここにあり続けなければならない。だからあなたは、あちらで探してほしい」


紫の瞳。黄金の、まるで風に舞う麦のような煌めきが、私の視線を惹いていく。


「あなたの存在を、探してきて」


圧倒、される。

目が離せない。
声が上手く出ない。
手足が小刻みに震える。

彼女と同じ人から生まれたはずのこの身体が、彼女の気に当てられる。触れることもなく、魂ごと身体を乗っ取られたような、そんな気分だった。

言っていることは突拍子もない。まるで哲学の話か思春期の悩みかと思えるようなその願いは、するすると私の中に入っていく。

そう、


「わかったわ」


どんなに突拍子がなくったって、途方もないことだって。


「私はあなたの願いを叶えたい」


叶えてあげたいと思ってしまうから。

深く考えもせず了承する私に声が笑う。再会した時も、今も、触れることのなかった手を私の頬に添える。それからするりと顎を伝い、首筋を数回撫でた。


「そろそろ時間ね。私はやらなければならないことがあるから、先にあなたを送ることにする」
「そう……また、会う時を楽しみにしてるわ」
「うん」


手が首筋から離れ、しーちゃんの身体が背後に下がる。

瞬間、またしてもあの光が足元から出て、風が激しい音をたてて吹き上がる。


「今回は私が送ってあげるけど、次までにはその力を使いこなせるようにしていてね」
「えっ」


その力?

つまり、この光と風?

今までしーちゃんや声が使える技だと思ってたこれが、私の力?

ていうか、今回だけ送ってくれるってことは、次回から自力でここに来ないといけないってことで……。


「ちょ、無理無理無理無理無ッッ!?」


思わずあがった悲鳴。けれどその時には既に私の身体は暗い穴の中に落ちてしまっていて、しーちゃんの無表情は欠片も見えなくて。

意図せず私のこめかみに冷や汗が滲んだ。


「た、タンマーーーッッ!!」


帰ったらくーちゃんとしーちゃんに愚痴ってやる、と子供みたいに頭の片隅で拗ねつつ、私は落ちながら一人でテンパるという意味不明な行動をとっていたのだった。


そして、


「何者デスカ」


この後、私は更なる混乱に直面することになる。
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