重なる秒針
「やあ、久しぶりだなシエラ嬢。しばらく見ない内にすっかり綺麗になった」
嬉しい限りだよ、とへラリと笑う。久しぶりに会ったレヴィさんはミイラのように全身に包帯を巻いていた。
私がアヴィスからこちらに来て数週間。不思議なことに、その間に私の身体はみるみると成長を始め、気がつけば十代後半の少女の姿へと変化していた。
何が原因なのか、しーちゃんに聞いても分からないらしいし、声はまだ眠ったままで聞くこともできない。ただ、まるで私が実体のないままにアヴィスにいた期間を埋めるようだとなんとなく思った。
夜、いつものようにくーちゃんの食事を運んできたグレンさんから逃げるように塔の外へと出る。
あの幻を見てからというもの、グレンさんと顔を合わせることが妙に気まずい。怒られたわけでも、嫌われたわけでもないのは雰囲気で分かったけど、感情の赴くままに言いたい放題言ってしまった自分が何より嫌だった。
つまり、恥ずかしいのよ。
さくさくと草木を踏みながら塔の周りを散歩する。
くーちゃんは外に出ることを禁じられている。それはしーちゃん……アヴィスの意志との強い繋がりがあるから。
くーちゃんがいるからしーちゃんがこっちの世界に干渉できる。逆に言えばこちらからもしーちゃんに少なからず影響を与えることができるということ。だからくーちゃんをバスカヴィル家の者であろうと人目に晒すわけにはいかないのだ。
逆に言うなら、私は外を出歩くことを許可されている。それは三つ子であろうともくーちゃんほど私としーちゃんとの繋がりが強くないから。むしろ皆無と言っていいかもしれない。私と彼女たちとは見えない家族の絆でしか繋がっていないのだから。
少し寂しい気持ちになった時、遠くから話し声が聞こえてきた。
彼らは、緑の森を背景にしているせいか輪郭が驚くほどはっきり見える。
一人は金髪の青年。そしてもう一人は癖のある長い銀髪の……
「レヴィさん?」
そして冒頭に戻る。
「レヴィさんは、驚かないのね」
「まあ、アヴィスに関わるものなら多少のことでは驚いてられないさ」
「それもそうね」
アヴィスだから。
この一言で不思議なことはだいたい説明がついてしまう。そんなところにずっといたのだと思うと自分が一気に人間離れした存在に感じた。
「ところでシエラ嬢。君にこちらの男を紹介したいのだけど、よろしいかな?」
「ええ、こんなところまで連れてくるなんて、よっぽどの方なんでしょう?」
「まあ、そうなるかな。なんせあのレイシーのお気に入りだ」
「「えっ」」
私と彼の声がかぶった。
条件反射に近い早さでそちらに目を向けると、彼もまた私を見ていたようで、必然的に視線が交わる。
よくよく見れば彼の瞳は、まるで翠玉のようにトロリとした翠色で。顔立ちもレイシーが褒めていたようにとても美しかった。
たしか、有り触れた名前だと彼女は言っていたはず。それで私の記憶が正しければ、頭文字はJ。有り触れた、Jで始まる名前と言えば……。
「ジャン、さん?」
「は?」
「ブフォッ」
また変なことを私は言ったらしい。
ツボに入ったのか苦しそうに咳き込むレヴィさん。一応背中をさすってあげると早々に回復を見せる。意外とタフな方だ。
「最後まで、君は締まらないね」
「締めてほしいの?」
「そうでもないさ。やはり君は楽しい人だよ」
レヴィさんはそう言って目尻の涙を拭いながら翠玉の彼に顔を向ける。
「ついでだから言っておくが、俺は彼女とも仲良くしておいた方が得策だと思うな。まあ、そこは君次第だ。自由にしたまえ。俺は早々に退場することにするよ」
くるりとこちらに背を向けて、彼は森の中へと消えていく。
「君といると退屈しなかったよ、シエラ嬢」
その一言と、翠玉の彼を残して。
まるで一生の別れのような言葉だと首を傾げた。
「君は、一体……何者なんだ」
しばらくの間。次いで呆然とした表情で投げかけられた問い。
幽霊にでも会ったような顔だと面白く思いながら、私は笑顔で答える。
「私はシエラっていうの。あなたのお名前は?」
すると、何故だか。
彼は綺麗な瞳をまん丸に見開いて、何かを口ずさむように唇を動かす。ゆっくりと、現実を確かめるように、何かを小さく呟いた。
そして、顔をくしゃりと歪めさせながら、懐かしむように、泣きそうな声で私に名乗るのだ。
「ジャック。ただのジャックだ」
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