迷子の仔うさぎ
「アリスがいってしまったわ」
しーちゃんが何気ない風に発した言葉に私は持っていた縫いぐるみを落としてしまった。
長いこと、それこそアリスたちが赤ん坊から言葉を自在に操れるようになるまで。一緒に成長してきた私たち。
いつかは、アヴィスを飛び出して外の世界に旅立ってしまうんだとは思っていた。むしろ望んでさえいた。はずなのに。
「"いってきます"も言ってくれないの、くーちゃんっ」
これはあんまりだと。落とした黒うさぎを拾ってまた投げた。
確かにレイシーの子どもにしては活発すぎる、竹を割ったような子だと常々思っていたけど、まさかここまでとは。
「仕方ないわ。本当は私も行きたかったけれど、この子と一緒である限りそれは無理だもの。代わりに外の世界を見てほしかったの」
「しーちゃん……知っていたなら私に相談の一つくらいして欲しかったんだけど」
「あら? その必要があったのかしら」
「……やっぱりしーちゃんはあの子に似てるわ」
ふふふと上品に笑うしーちゃんはくーちゃんとは違う意味で育て方を間違えた感が否めない。
「そういう意味じゃなくて、シエラなら簡単に向こうにいけるってことよ……そう」
「ん?」
「こんな風に」
どんな風に、と聞こうとしたその時。
ぶわりとした生温かい風とまばゆい光が私の躯を取り巻く。
アリスたちと同じように長く伸ばした灰色の髪が上に舞い上がって、しーちゃんの姿を遮った。
「え、な、しーちゃんん!?」
あ、声が裏返ったわ。
なんて、動揺しているのか冷静なのか分からない感想を最後に、私はアヴィスから姿を消す。
そして、
「今度はうさぎを齧らないのかい?」
呆れたように私を見下ろすこの人は、
「グレン、さん?」
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