かんじょう
あれ、デジャヴュ。
夕暮れ時のマジバで、ストロベリーシェイクをすすりながら私は思った。お向かいには安定のバニラシェイク、しかも可愛らしいSサイズを美味しそうに飲む黒子君。場面も相手もまさしくつい最近見たばかりの光景だ。
なんでこんな状況になったのかと言えば、答えは簡単。黒子君に脅されたからだ。
あの時、黒子君から逃げようと後ずさりした私に、彼が提示してきたことは、なんと、私がサボったことを学校に知らせるというものだった。汚いなさすが黒子君きたない。もちろんスーパーのタイムセールは諦めた。
こうして大人しく連行された私は人口的なイチゴの甘い香りを堪能しているわけなんだけど、正直居心地がとても悪い。前に彼の頼みを面と向かって断ってしまっただけに、二人きりにはどうしてもなりたくなかった。
「葵咲さん」
「っ、げほ」
深く考え事をしてたせいか、急に名前を呼ばれてシェイクが器官に入った。というか驚きすぎだ、自分。なんでそんなに黒子君に反応するのかな。しばらくむせて、収まってきた頃に黒子君とバッチリ目が合う。その時ばかりは、彼の無表情が崩れて別の感情が溢れているように感じられた。
「すいません。僕は何も、葵咲さんをいじめたいわけじゃないんです。ただ、もう一度ちゃんと話し合いたいと思って」
「話し、合う?」
「僕は、君の口からちゃんと聞きたいんです」
珍しく、黒子君が飲みかけのバニラシェイクをテーブルに置いた。
普段なら飲み切るまでずっと手に持って、決して手放すことはないはずなのに、この時ばかりは例外で、その手は膝の上に置かれている。遠目だけど、テーブルの下に隠れた拳は震えているのかもしれない。僅かに揺れた学ランの袖に気がついてしまって、それが黒子君の激情を表しているんじゃないかな、と思った。
思って戦慄した。
今度こそ、彼によって私の決意が揺らいでしまうような、そんな予感。
「葵咲さんは、」
「やめてよ」
ダン、と。今度は私がシェイクをテーブルに置く番だった。ただただ怖かった。黒子君がこれから言おうとしていることも、自分の中の得体の知れないざわつきも。
「黒子君だって知ってるくせに、なんで私なの? なんでバスケに関わらないといけないの? そんなに私に嫌な思いをさせたいんだ」
「それです、僕が聞きたいのは、何故葵咲さんが嫌な思いをするのかということなんです」
心臓が嫌な音を立てて脈打つ。
いつの間にか私の手のひらは気持ち悪いほどの冷たい汗で濡れていた。黒子君と同じように拳を強く握り締めて、口腔に溜まったツバを飲み込む。それだけの動作ですら、黒子君を目の前にしてやるには勇気が要った。それだけ、彼の次に続く言葉が恐ろしかった。
「君は確かにキセキの世代のバスケを認めてはいなかった。けれど、それでもバスケを嫌ってはいなかったはずです。僕が知っている限りでは、葵咲さんがバスケに関わりたくないなんて言うとは思えない」
そう、私はバスケが好きだった。
やったことは数えるくらいだし、ほとんどコートの外から眺めるだけのスポーツだったけど、だけど。みんなが一生懸命プレイしていたから、みんなが嬉しそうに勝利を噛み締めていたから。それだけで傍で見ていただけの私ですら思い入れを持てた。
その後で部活全体に嫌な雰囲気が蔓延していようと、みんなが別々の学校に行ってしまったことを悲しんでも、バスケを嫌いになるほど決定的なことなんてなかった、はず。
その、はずなのに。
「あ、れ?」
じゃあ、なんでこんなにも私は、バスケと関わりたくなかったのか。その真意は、感情はどこから来るんだろう。
その疑問は、この手の震えを見れば一目瞭然だった。喉の渇きも、頭の混乱も、全てが全て物語っている。何も気付かないフリをしていた私が、何故か今になって完全にその感情を認めてしまったんだ。
怖い。
怖い、怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!!
「僕が退部した後に、君に何かあったんですか」
私はバスケが、怖かった。
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