いじわる



「うん、うん、大丈夫。戸締りは徹底してるし、ガスの元栓も確認した。二回は見た。お風呂場の換気扇も回してる。廊下側の窓も開けてない。オールオッケー……歯磨きぃ? 私もう高校生だよ? 小学生かなんかと勘違いしてないよね?……ああ冗談ね。相変わらず分かりづらい……はい、はい、お仕事お疲れ様です、うん、おやすみなさい」


少し長めの通話を終わらせると、何故だか少しだけため息にも似た吐息が口から漏れた。それは相手が嫌いとか苦手ってことじゃなくて電話をあまり得意としていないことからくる疲れだ。

誤解を招くような言い方をしてしまうと、メールなら、あることないことを簡単に書けて伝えることができる。私が文字書きをしていることが関係しているのか、相手の顔が見えない状態では肉声より文章のほうが、優しいことも、厳しいことも、ちゃんと言えるのだ。社交辞令だって、本質は嘘に限りなく近い。私は嘘をつくことに対してそれなりの苦手意識を持っているから、思っていることの表現を変えることでしか相手に本心を言えない。本心なんて滅多に言うもんじゃないからそれでいいんだけど。

暗くなった画面をタップして時刻を確認する。今はだいたい夜の十時くらい。

体重を移動しただけで悲鳴を上げるスプリングの上で手にしていたスマートフォンを充電器に繋ぐ。たかが数分でごっそりと減ってしまった残量が安物の性だろうか。新機種が出る直前に安くなった古い世代を狙ってケチったのはいいけれど、使い勝手が悪いのは問題だよね。


毎日朝早い私は、そろそろ寝ようかと電気を消して布団に潜り込んだ、んだけど。

すぐ耳元、さっき充電器に繋いだばかりのスマートフォンが設定した音楽を騒々しく奏で始めたせいで私は布団から顔を出すハメになった。一瞬アラームの時間設定を間違えたのかと思ったけど、画面を見たらそれが着信だということに気付いた。そういえばアラームも着信音も全部同じに設定したんだっけ。

軽く眠い目になっていたせいか、相手の名前を見ることもなく私は電話に出てしまった。


「もしもし……?」
『あ、もしもし?葵咲っち?』
「人の名字に舌打ちつけるような知人はいないので切ります」
『ちょ、待ってくださいっス!そんな理由で切らないで!』
「眠いから切ります」
『理由のランクが下がった!?』


葵咲っちぃ、と明らかに男子高校生が出すには情けなさすぎる声に仕方なく中止画面から指を外す。ついでにスピーカーモードにして寝たまま会話することにした。


「黄瀬君、だよね?なんで私の番号知ってるの?もしかしてストーカーさんなの?それ以上残念なイケメンになる気なの?」
『残念ってなんスか!つか久しぶりに話したけど葵咲っちなんか辛辣すぎじゃない?あれ、もしかして俺のこと嫌い?』
「眠い」
『そっちっスか!』


なんて中学の頃のノリで軽口を叩いているけど、実際ものすごく眠い。番号のことはこの際どうでもいいからそろそろ本題に入ってくれないかな。そんな思いを込めてとりあえず眠いアピールを繰り返したら慌てたように要件を言ってくれた。さすが単純な黄瀬君。


『今週末、うちと黒子っちのところで試合するから見に来てほしいんスけど』
「謹んで辞退させていただきます」
『文脈おかしくね!?』
「おかしくない。おやすみ」
『え!?』


今度こそ、私は中止画面をタップした。というか連打した。黒子君といい先輩といい黄瀬君といい、なんで部外者を出しゃばらせようと動くのか。というかどんだけ私の今週末の予定を拘束したいんだ。私の休みなのに人権がない。基本的人権の尊重を主張します。

途中からなんだか分からない思考を繰り返しながら私は安心してぐっすり寝た。


無音設定にした着信音のおかげで、黄瀬君の着信で目覚める心配はゼロだったからね。

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