みてるだけ



「初めまして、バスケ部監督の相田リコよ!」
「……一年の葵咲ゆえです」
「よろしくね、葵咲さん」
「はあ」


なんだこれ。どうなってるの。

久しぶりに聞くバッシュとボールのバウンド音が目の前を行き交っている。中学の頃とは違って制服にカバンを抱えたままの私は、一緒にベンチに座る先輩と挨拶を交わしてから練習を見守っている。帝光と比べるまでもなく少ない部員の中に水色の髪を見つけて溜め息が出た。

本当なら、私は今頃近所のスーパーで今日の夕飯について頭を悩ませていたはず。なのに、こうしてこの状況からどう抜け出そうかと悩むことになったのは、偏に黒子君のせいである。

押しの弱い降旗君は、私が嫌と言えば素直に引き下がってくれた。多分、本当に嫌な顔をしていたんだと思う。だから私は、彼のなんとも言えない顔を見なかったことにして、HRの後すぐに帰ろうと席を立った。のに、入り口に人知れず立っていた黒子君と堂々とこちらを見下ろす赤髪君に邪魔されたのだ。

細身の黒子君はともかく、どことなく中学時代の彼らを彷彿とさせる身長の赤髪君には叶う気がしなかった。こうした経緯で私は体育館まで連行され、監督だという二年の先輩とほぼ二人きりの空気に晒されているわけなのだ。

しばらくぼんやりと練習を見つめる。動きはもちろん、癖や技は今まで見たことのないもので、自然とこれはどういうものなんだろうと考えてしまう。この辺り、まだマネージャーの気が残ってるらしい。

あの人は周りを見るのが得意で、でも積極性に欠けてる。あの人は3Pが得意だけど、それに甘えすぎてるような気がする。それであの人は体幹がちゃんとできているから……


「あれ、水戸部先輩だ」
「え?水戸部君と知り合いなの?」


私の呟きを先輩が拾う。この反応からして、今フックシュートの練習をしてる彼は水戸部先輩で間違いないらしい。


「はい、家が近所なので一緒に通学してるんですよ」
「あら、意外な繋がりね。なら部活が遅くなっても水戸部君に送ってもらえば大丈夫かしら」
「……私が入ることは決定事項なんですか」
「そんなことはないわよ。ただ不安要素を潰していけばあなたが入部する可能性が増すんじゃないかと思って」


決定事項じゃないですか、という言葉は口にする前になんとか飲み込んだ。多分、言わなくても呆れた顔がそう言ってると思うから。

そんな私に、いきなり顔を真剣な物に変えた先輩は言い放った。


「考えてくれないかしら。マネージャー経験のある子がいたら心強いし、私もできるだけ手伝うから。ね?」
「でも、私はバスケは、」
「無理にとは言わないわよ。今日のところはとりあえず見学だけしていって。あ、ついでに今週末の海常との試合も着いてきていいわよ」
「えええ」


強引な人だなあ。

今日のみならず週末にまで予定を入れられそうな勢いに焦りを覚える。このままじゃ流れで入部まで行きそうな雰囲気。それは断固阻止しなければいけない。

今、目の前で繰り広げられる光景を、最後だと思わなければいけない。


「……ずっと気になっていたんだけど、葵咲さんは中学時代マネージャーじゃなくて、選手だったことはないかしら」
「? いいえ、どうしてですか?」
「怪我をしたような筋肉だから、気になっちゃって」
「ああ、私、中三の秋に交通事故で入院していたんです。多分その時のかと」
「……」


それっきり、先輩は押し黙って何かを考え始めた。どうしたんだろ、と目の前で手を降ったり狐でコンコンしたりと手遊びして、反応がないものだからさっさと立ち上がった。


「あ、このあと用事があるんで今日は帰りまーす」
「え、あ、ちょっと!」
「お疲れ様でしたー」


帰ろ帰ろ。用事ってかただのスーパーのタイムセールだけど。たかが卵、されどタンパク質。

るんるんとカバンを肩に掛け直し、昇降口に足を向ける私は聞こえなかった。


「あれは、どう見てもスポーツで体を壊した跡だったわ」


先輩のその一言の意味なんて。
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