あいまいなこ



「葵咲ゆえです。帝光中出身で、趣味は料理です。よろしくお願いします」


当たり障りのないはずのその自己紹介を、クラス全員が耳を凝らして聞いていたなんて変な話だと思う。裏を返せばそれだけ彼女が目立っていたということなんだろうけど。

葵咲さんは、白い絵の具に青を一滴垂らしたような不思議な髪色をしていた。これだけ聞くと派手好きか不良かと思ってしまうけど、予想に反して彼女は人懐っこく、控え目で、マイペースだった。なにより腰より少し上まで伸ばした髪が全然傷んでる風に見えなかったから、恐ろしいことに地毛なんだろう。

笑顔が標準装備で、数学の時間はよく船を漕いでる。趣味が料理と言っていたのは本当のようで、手作りだと自慢していた弁当から味見に貰ったおかずたちは美味しかった。

教室でよくクラスの女子たちにいじられていじり返してを繰り返す様子は、本当に好かれていることが簡単にわかる。俺にとって彼女はクラスの中心、とまではいかなくても、クラスにいなくてはならない存在の一人だった。

バスケ部に入ってからほぼ初心者な俺は、彼女の出身中学がとんでもないところだということを知った。とはいえ、たかが同じ中学というだけで、みんながみんなバスケ部に関係があるわけない。彼女もきっと普通の生徒として、今みたいにみんなに親しまれながら生活していたんだろう。そう思ってた。

けど、


「葵咲さんは、中学時代にお世話になったバスケ部のマネージャーなんです」


黒子の言葉に唖然とした。

それはついこの前、キセキの世代の一人である黄瀬涼太が誠凛に来た時に知ったこと。


「そういえば葵咲っち知らないっスか?」


唐突に出た葵咲さんの名前に目を見開く。もしかしたら同じ名字の他人かもしれない。そう思ったけど、黒子の返事でその考えは砕かれた。


「葵咲さんなら誠凛にいますよ」
「ええ!?マジっスか!?どこ?久しぶりに会いたいっス!!」
「残念ながら、彼女はバスケ部にはいません」
「…………は?」
「バスケにはもう関わらないそうです」


その時の黄瀬の表情が、強く印象に残ってる。モデルをしているだけに、綺麗に整った顔が一気に歪んだんだ。苛立っているようにも、泣きそうにも見える、そんな顔だった。

黄瀬が帰った後、俺は我慢できずに葵咲さんのことを聞いた。先輩たちも興味深そうに聞き耳を立てている。黒子は葵咲さんのクラスを知らなかったようで、無表情な顔をわずかに驚かせながら話してくれた。


「仕事熱心な方で、他人に気配りのできるいいマネージャーでした。なにより、葵咲さんには彼女にしかない能力があったので、キセキの皆さんも重宝していましたし」
「その、能力って?」
「口ではうまく説明できません。しかし、彼女のおかげで僕らはさらに強くなれたと言っても過言ではありません」
「よく分かんねぇけど、じゃあそいつがバスケ部に入ればいいじゃねぇか」
「すいません、断られました」
「「「早ッッ!!」」」


思わず突っ込んだのは果たして何人だったか。俺たちの混乱を他所に、なにやらずっと黙っていたカントクが唐突に俺を呼んだ。


「降旗君、確かその葵咲さんと同じクラスなのよね」
「え、あ、はい」
「明日、彼女を部活に連れて来なさい」
「え?」


カントクはいつものように腕を組み、仁王立ちのいい笑顔で宣言したんだ。


「理由はどうあれ能力のある子を放っておけないわ!ちょうどマネージャーも欲しいと思ってたし、この際入部してもらいましょ!」


こうして葵咲さんバスケ部入部作戦が始まったんだ。


「イヤデス」


始まった、んだ?

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