なんでもない



私の朝は少し早い。

日が顔を出し始める少し前に目覚ましを止めて起き上がる。

中学時代は低血圧だと思っていたのに、朝方の生活に切り替えてみたら意外とハマってしまったのだから分からないものだ。目覚めのシャワーを浴びて、ある程度の学校の準備をしてから机の前に座る。傍らにはインスタントコーヒーとトースト、ミニトマト二個ほどを添えただけの皿を置いてノートパソコンを開く。小物入れの三段目からUSBを一つ取り出して差し込むと、ファイル名がずらりと画面に並んだ。これらが私の飯の種、というやつだ。

ファイル名の脇に書かれた日付が一番近いものを開く。確かこれは女性週刊誌用のコラムだったはず。比較的読みやすい文体のそれは、集中すれば一時間もかからずに終わりを見せる。トースト片手に黙々と打ち込み、時計を確認すればちょうど登校する時間だった。

打ち終わった内容を保存し、熱抜きに開けて置いた弁当を手早く包んで玄関に急ぐ。そういえば今日は燃えるゴミの日だったからゴミ袋を持つのも忘れない。


「いってきます」


狭いワンルームのアパートには小さい声でもよく響く。もう慣れたそれに、虚しさを感じることなんてなかった。


この生活が始まったのは去年の暮れ。12月の真っ只中だったから、かれこれ四ヶ月は経っている。一人暮らしに不安はあったけど、それなりに充実している実感があるから苦だと思ったことはない。もともと趣味でやっていた物書きもお金を貰えるようになったのだから順風満帆と言えるだろう。

近所のゴミ置き場にゴミ袋を置いて一つ息を吐く。前に出し忘れた時は大変だったから、とりあえずは一安心。少しずれたカラス除けのネットを掛け直していると、こちらに近づく大きな影があった。


「おはようございます水戸部先輩」


見上げるほどに大きな彼は、太い眉毛を垂らして優しく微笑んだ。彼もゴミを捨てに来たんだろう。両手に持ったゴミ袋をネットの下に綺麗にしまってから、私の方を見て一つ頷く。私は元気よく返事をして、彼の隣に並んで学校までの道のりを歩き出した。

ご近所に住む水戸部先輩とは、この春に知り合ったばかりの通学仲間である。一言もしゃべったことはないし、詳しいことは知らないけど、その身から滲み出る優しさというか柔らかい雰囲気が落ち着くので仲良くさせてもらってる。

なんとなく取り止めもないことを私が一方的にしゃべって流れていく朝は、もはや日課と言っても過言ではない。しゃべらない代わりに豊かな表情や手振りが可愛らしくて、私はいい先輩を持ったことを誇らしくすら思う。というか自慢したい。水戸部先輩マジ素敵。


長いようで短かった道のりが校門が見えてきたあたりで終わりに近づく。一年と二年の校舎は別だからここら辺でお別れしないといけない。お互い今日の激励をしてから校舎に入っていく。

いつも通り。何も変わらない。教室の自分の席に着いてカバンの中身を整理してると、目の前には仲のいい友達が立っていた。


「おはよう、ゆえちゃん」
「おは……よう?」


いつも通り……?


「えっと、なんかいいことでもあった?」
「ふふん。私じゃなくてゆえちゃんにね」
「んん?」
「ねえ、いつの間に彼氏できたの?」


は?

カレシ?

何それ美味しいの?食べれるの?まずどこに行ったら会えますか?


「えー!?なにそれ!あたし知らないよ!!」
「どんな人どんな人!?」
「なんか先輩だったよ!めっちゃ背高いの!」
「うっそマジか!やるねゆえちゃん!」
「先越されたー!うがあーー!!」


勝手に盛り上がって行く目の前の友達。それに釣られてクラスの女の子たちがよってきてやんややんやと姦しい空間ができていく。えー、恋バナ好きすぎるでしょみんな。ていうかどこから私に彼氏なんているという話が出たのか。

終いには私をほっぽって盛り上がり始めた子たちを遠い目で見てると、肩を誰かの指がちょんとつついた。


「あ、あのさ、葵咲さんっ」


茶髪に猫みたいなつり目の男子。


「どうかした?降旗君」


おはようと笑いかけると同じように挨拶を返してくれる。たまに話すくらいの接点だけど、こういうところがとても好感を持てる。そんな彼は、私の机の前で繰り広げられる肉食系女子たちの会話を極力聞かないようにしながら、私に用があるのだと言った。


「部活の先輩、あ、俺バスケ部なんだけど、その先輩からさ、頼まれたことがあって」
「……」


バスケ部という言葉にいやーな予感がする。

思わず半目になると、降旗君は一瞬だけ肩を揺らす。どうやら彼にはビビりの気があるらしい。女の子が嫌な顔しただけでビビるのは情けないと思うけど、今日のところはその調子で存分にビビってほしい。それで諦めて席に戻ってください。

けれど残念なことに彼が引くことはなく、私は予想通りの言葉を聞くことになる。


「放課後うちの部活見学に来てくんないかな」
「イヤデス」


切り捨て御免、です。

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