ゆめみ



「葵咲さんは、バスケに興味ないかな?」


そう言って彼に手を差し出された時のことは、よく夢に見る。

柔らかな木漏れ日の中だったり、穏やかな海辺の砂浜だったり、牡丹に囲まれた庭園だったり。いろんなシチュエーションで、彼と私の二人きり。実際はなんてことのない放課後の教室だったはずなのに、日に日にその思い出は夢の中で美化されていく。それくらいその出来事は私にとって美しいことだったのかもしれない。覚えておかなきゃ、いけないことなのかもしれない。一目見れば忘れることのできない鮮烈な色が柔らかく微笑みを含む、その景色はとても不思議なものだった。

今でも彼には感謝している。ありがとうと言うことに躊躇いはない。何も間違ってはいないし、何も正しくないことなんてない。分かってる。信じてる。

けど、けど。なんでかな。


「気持ち悪い」


赤司君の夢を見た朝は、こんなにも気分が最悪になるんだ。



「お疲れ黒子君。ここにタオルとドリンク置いておくね」
「ありがとうございます葵咲さん」
「マネだからね」


体育館のフローリングに倒れ伏す黒子君を見るのはだいたい一年ぶりだ。去年の全中は私事でゴタゴタして前半しか部活に顔を出せなかったし、秋になってやっと落ち着いたと思ったら事故で卒業ギリギリまで入院コースだし。あれ、よくよく考えたら去年運なさすぎでは? 厄年か。

黒子君にタオルとスポドリ渡してからあまりをリコ先輩の座るベンチに置いて部室に戻る。そこそこ散らかった雑誌やらタオルやらを適当に片づけながら窓辺に置かせてもらったあまりの机にお気に入りのノーパソを置いた。

私が誠凛バスケ部に入るにあたり、提示した条件は三つ。

一つ、与えられた仕事のノルマを熟して余った時間は執筆に当てていいこと。
二つ、一月に一日部活を休んでいいこと。
三つ、締め切りがやばくなったら急に休んでいいこと。

正直部活舐めてるだろって内容だけど、これがないとこっちも部活と仕事の両立なんてやってらんない。だったら仕事やめればと言われても、もともと無理言ってやらせてもらった奴だから簡単にやめられないし。最初は部活なんてやる気はなかったからこんなにカツカツにしてもらったわけで。これで断られたらまあ仕方ないかなあという考えだったけれど、リコ先輩はあっさり承諾してくれて、GW初日から休日返上で私のマネ業が始まった。

初めてマネとして体育館に入った時、思ったほど体の震えはなかった。バスケが怖いと感じていた自分は、あの海常戦を見た日からどこかに行ってしまったのかもしれない。帝光と比べればゆるく感じる内容も、よくよく見れば個人個人にあったレベルが維持してあって、その観察をしているうちに不安なんかどっかに飛んでいってしまった。それが本音。


「葵咲さん、ちょっと部活の後に時間ありますか?」


だからもうマジバへの呼び出しはやめてほしいんだけどなあ、黒子君や。


「で、なんで火神君がいるのかな」
「それ、俺が聞きてーんだけど」


黒子君が席取りをして私が買いに行くという、後から考えたら完全に人選ミスなことをやってしまった。黒子君に気づかずに座ってしまったらしい赤髪君基火神君がイライラしたようにチーズバーガーの包みを剥き始める。正直吐きそうな量だ。


「それで、お話なんですが、」
「待って、火神君の前でそれするの?」
「僕の言いたいこと、もう分かってるんですか。流石です」
「いや、そうじゃなくてさ……」


黒子君こそ分かっているのに話始めようなんてタチが悪いぞ。せっかく買ってきたバニラシェイクを渡す寸前で引っ込める。無表情でジト目をされたって私は屈しないからね、絶対に。


「火神君はチームメイトですよ。信頼し合うべき仲間にくらい話しておくべきです」
「だから言いたくないって言ってるの」


ああああ、ギスギスする。黒子君、高校生になってから本当に性格悪くなったな。


「勘違いしないでね。私はマネになったからには誠凛のために働くけど、何でもかんでも初っ端でぶちまけたくないってだけ」
「それは、分かりますけど」
「だいたい、そういう黒子君だってまだみんなに言ってないことあるよね?」
「…………はい」
「じゃあ、お互い不干渉でいこうよ。それくらいの距離感がちょうどいいって」


ぶすっと黙ってしまった黒子君の前にお待ちかねのバニラシェイクを置く。するとすかさず手に取って飲み始めるんだから、やっぱ強かになったよなあ。


「お前ら仲悪いな。同中の友達じゃねーの?」
「違うよ。友達じゃなくて仲間」


つい最近までは元仲間だったけどね。

めんどくさそうな顔でチーズバーガーを噛じる火神君と、無言でバニラシェイクを啜り続ける黒子君。その傍らで、私も遠慮なくストロベリーシェイクを啜ることにした。黒子君のせいでマジバにトラウマできそうだなあという感想は黙っておこう。


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