はんしょう



忘れられない人がいる。忘れても思い出してしまう人がいる。いくつも何人も自身の才能と能力で持って傷付けてきた大勢とは一線を画する、そんな女の子だった。

そう、女の子だった。

この赤司征十郎が、"俺"が気にかけていた、女の子だった。春の桜も散って、夏の香りを色濃く感じ取れる節目の季節。彼女は転校してきた。教師に連れられ教室に入ってきた少女は俯きがちに教卓に立たされ、クラスメイトたちの好奇な視線から己を守るように前髪でそれを遮っていた。ただそれだけで見た者に陰鬱なイメージを抱かせる。中学一年生の初夏。未熟故に大人よりも繊細で敏感な感性を持つ彼らは、それだけで彼女の評価を判じるには十分な材料であったに違いない。


「葵咲さんってイジメで転校してきたらしいよ」


事実無根の話だ。何故なら本人が一言も無駄な話をしないからだ。けれどその当人を見れば皆なるほどと納得して口さがない噂を回していく。既に転校初日でその噂はクラスに蔓延し、一番縁遠いと思っていた"俺"の耳にまで入るほどだ。温厚な優等生の赤司征十郎は悪い噂など鵜呑みにしない。世間的に出来た人間は皆そうであるはずなのだ。だからその時点で無意識はクラスメイトの選別を行い始める。君たちはそういう人間だったのか。どこかの教材で聞いたことのあるセリフがサラリと頭に浮かび、認識する前に散った。

噂の本人に視線を向ければ、否応にも目に留まる髪。不思議な髪の色。白にほんの僅かな青味を加えたような、淡い色の髪。秘色に近いかな、とどうでもいい検討をつける。自身の鮮やかな赤とは対極に位置するであろう、目を引く美しい髪だ。染めたとは考えられない艶が光を受け、自分のものにし、照り返す。作り物めいた表情と視線も合わさって、どこかの名工が作り出した人間そっくりの人形だと言われても信憑性があった。

けれど、所詮はそれだけ。彼女を気にかける義理も、動機もない。それらができた切欠は、夏休みを終え新たな学期を迎えたあの日のこと。それから"俺"が僕になるまで、彼女は確かに美しく息衝いていた。喜怒哀楽を共にする仲間として帝光中バスケ部の輪の中で微笑んでいた。それは今でも最良の選択であったと確信している。この僕の人生に後悔などあるはずがない。今でもとても良き友人として付き合えていると心から言える。

だからこれで良い。


「あら、征ちゃん? 誰かから電話でも来たの?」


背後からかけられたレオの疑問に首を振って、"葵咲ゆえ"のメール画面のままスマートフォンの電源を落とした。

分かり合う必要などない。分かち合う必要もない。何故なら僕が正しいことを彼女は深く理解しているはずだから。彼女とはまた会える。この夏か、その後の冬に。分かりきったことを尋ねるほど僕は愚かではない。


だから、これで良い。

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