ばけもの
渋滞に引っかかったリアカーにいつまでも乗っていては試合が終わってしまう。時間を無駄にするのは本意ではないと、降りて海常高校まで歩いて行けばちょうど試合も終盤のようで、スポーツ特有の熱気と歓声が体育館の外まで溢れていた。
結果は分かっているつもりだった。誰が相手だろうと大方黄瀬が勝つ。ただおは朝の加護がないという点でそれは盤石なものではないのだが。
その杞憂は現実のものとなり、無様な負け方をした奴は無様な泣き顔を晒して何処かへ走っていった。まあ、何をしにいったのかは検討がつくが。
「オマエの双子座は今日の運勢最悪だったのだが……まさか負けるとは思わなかったのだよ」
「……見にきてたんスか」
蛇口から直接浴びた水が髪に滴っている。流石に風邪を引くだろうとタオルを投げてやれば当たり前のように受け取って使う。有難いと思え、と苛つきはするが礼を言われるのも鳥肌が立つ。
今日の試合の感想や駄目出しを少々言ってやれば阿保面を晒しているあたり、らしいと言えばらしいのだが。
「そういえば、葵咲っち見付けたっスよ。黒子っちと同じ、誠凛に行ってたみたいっス」
「……葵咲、だと?」
久しく聞いていなかった名前だ。そして、しばらくは思い出したくはなかった名前でもある。
「そーっスよ。葵咲っち。葵咲ゆえちゃん。なになに? もしかして忘れちゃったんスか? 帝光時代にサポートしてもらったじゃないっスか」
「馬鹿め、誰が忘れたと言った。ちゃんと覚えているのだよ。むしろ、あの忌々しい力のせいで俺はさんざんな目にあったのだからな」
そう、俺はあいつにさんざんな目に合わされたのだ。あの時の屈辱を、怒りを、このどうしようもないフラストレーションを鎮めるために、俺はできるだけあいつを思い出さないようにしていたのだ。なのに、こいつは、
「まあ、葵咲っちがバスケ部に入るかは分からないんスけどね」
「なんだと?」
「少なくとも、ちょっと前までは関わらないって言ってたし。まあ今日の試合はずいぶん楽しそうに見てたから、十中八九バスケ部に入るとは思うけど」
と、そこで黄瀬の顔が僅かに曇る。
試合に負けたという事実を徐々に受け止め出し、いつもの騒がしさを取り戻したかに思えた奴が、何とも形容し難い表情を浮かべ出したのだ。
「誠凛の人たち、誰だか知らないっスけど、葵咲っちに言ってたんスよ」
"にしてもキセキの世代はバケモノだったな"
それは、帝光にいた頃のみならず、高校に進学した今に至るまで聞かされ続けた言葉。"バケモノ"。あまりいい気のしない表現ではあったが、それほど周りと自分との差があるという現れだというのなら、納得する部分も確かにあった。
自分たちは異質であり異常なのだと、まざまざと気付かされる言葉。
「"バケモノ"」
それを再び口にした黄瀬は、さっきの阿保面をした奴と同じ顔がしているとは思えない苦い顔を浮かべて吐き出した。
「どっちが本当の"バケモノ"だよ」
俯いた顔から除く濃紺色の無機質な瞳。一年にも満たない過去の出来事を思い出せば、それは事実として浮かび上がる。
否定など俺の口から出てくるはずもなく、背後から近付いてくる騒がしい男が場違いでならなかった。
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