たのしい



向こうの監督は誠凛バスケ部を完全に舐めているらしい。

わざわざ足を運んできた試合相手に対してはとても失礼な態度で迎えた監督さんは、ハーフコートでの練習試合をお願いしてきた。黄瀬君はそれを慌てたように宥めていたけれど、続く言葉からやっぱり黒子君以外の誠凛メンバーを舐めていることはすぐに分かった。

そう、これでも中学時代よりはまだマシな態度だ。こっちに黒子君がいるということを抜きにしても、以前の彼と比べれば大人になったってことかな。

去り際にチラと私を見てウインクしてきたのにはシッシッと手を振って、私は誠凛の後ろに着いていった。


『そんなヨユーはすぐなくなると思いますよ』


それが本当になったらいいな。そう思いながら。



試合が始まると、やっぱりというか速攻で黒子君のスティールが決まる。さっきのあからさまな態度は相当彼の頭にきたらしい。黒子君、大人しい顔して負けず嫌いだもんね。先輩の横のベンチにお邪魔する形で試合を観戦する。黒子君の思い切りのいいプレイで既に笑いそうだったのに、赤髪君の容赦ないダンクでとうとう噴き出してしまった。


「サイッコー」


謝りながらもふてぶてしく全面コートを要求する二人は案外いいコンビなのかもしれない。そう呟きながら、もう頃合いかなとベンチから腰を上げた。


「あら? どうしたの葵咲さん」
「全面になるらしいので、見やすいところから見ようと思って。二階に行ってきていいですか?」
「そういうことならぜんぜん良いわよ! 存分にうちの活躍を見てちょうだいな!」


元気よく送り出してくれた先輩にお礼を言って二階の登り階段まで歩いて行く。これからキセキの世代を相手にするのに。中学時代の相手校とはまったく違う前向きな反応。あの頃はキセキの世代全員がスタメンだったけど、その内の一人だけだったらまだ大丈夫だっていう楽観視かな。でも、そんな簡単な人たちには思えない。

ていうか、そうじゃなかったらいいなっていう私の願望なんだけど。


「あ、あの子見たことある。帝光のマネだった子だぜ」
「マジ? つかフツーに可愛くね?」
「じゃなくて、誠凛のマネならベンチにいるもんじゃねーの」
「俺に聞くなよ。本人に言ってくりゃいいじゃねえか」


二階は意外とうるさかった。というかなんで元帝光マネって知られてるんだろう。私、さつきちゃんよりかは地味にマネやってたハズなのにな。

出来るだけ隅っこの目立たないところにスペースを見つけて滑り込む。本当は人の近くにはいたくなかったけれど、この限られたスペースで贅沢は言ってられない。

そうこうしている内に全面の整備が終わって、一目で分かる黄色い頭がコートに出てくる。とうとう真打ちのご登場ってね。


「葵咲っちー! 俺、葵咲っちにも海常(ウチ)に来てほしいんスからねー!」


さすが黄瀬君さすがKYの申し子。

せっかく目立たないようにしてるのに台無しじゃない。そんな諸々の文句を全部ひっくるめて今度は満面の笑みでシッシッした。「うっせぇシバくぞ!!」「いった!」代弁してくれた名も知らない向こうの選手さんには心の中でお礼を言っておこ。

心なしか周りがちょっと引いていく気がするけれど、気のせいということにして再開した試合を見つめる。黄瀬君が入ったことと選手の体が温まってきたことで試合のスピードがどんどん上がって行く。お互いが点を取って取られての繰り返し。全力で守って奪われての繰り返し。こんな試合、帝光にいた頃には見れなかった。

私はさつきちゃんのように情報専門じゃなかったし、監督や主将には一軍の練習に必ず就くように言われてきた。だから映像以外で、それも今現在進行形で、拮抗した試合を見るのは初めてのことだった。

黄瀬君がダンクして、赤髪君がダンクして。パスしてスティールして奪って走って止められて。一つのプレイに感嘆する頃には次のプレイが始まっている。待って、止まって、いややっぱ止まんないで。柵を握る手が熱く汗ばむ。目を瞬く暇さえ惜しい。こんなにも、こんなにもバスケってやつは、


「バスケって、面白い」


"バスケって怖いね"

相反する気持ちの変化は高鳴る鼓動に隠れていく。それくらい、そう、生まれてこの方何回もあるようなことじゃないくらい、私は楽しいという感情を両手に余るほど抱いたんだ。

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