わすれちゃった



その目を見た時、湧いて出た感情は何だったんだろう。


体育の授業。外で他チームを観戦しているだけの退屈な時間。ふと目をやった授業中の教室の窓の一つに、彼女はいた。遠くから見えた真っ白な髪。襟足は短い癖に、前髪だけはなんか長い。肌も真っ白だったから一瞬幽霊かなんかかとビビったけど、ちゃんと制服着てるし、授業受けてるっぽいからちゃんと人間だって確信できた。


「ねーねー、あんな子あのクラスにいたっけ」
「え? あー、なんか先週転校してきたらしいぞ。あの髪だし、ピクリとも笑わないから既にクラスでも浮いてんだと」
「ふーん、そっスか」


確かに、辛気臭い顔してんなー。何となく見つめてたら、視線に気が付いたのかその顔がこっちに向いた。瞬間、長い前髪の内側の目が現れる。


「あ、れ?」


暗い、青よりも濃い色の目。思ったより大きなそれが、なんかどっかで見たことがある気がした。なんだろ。知り合いにあんな色の子はいないし。ていうか女の子の目の色なんかいちいち覚えてらんないし。

うーんと頭を捻ってる間に、その子はまた黒板に向き直っていて、俺たちのチームの試合になっていた。スポーツは好きだし、チームプレイも嫌いじゃないけど、相手がいない。つまらない授業。お遊びのプレイに本気になる価値もない。適当に活躍するたびに上がる歓声やら悲鳴やらがその日だけはめちゃくちゃ邪魔だった。


試合が終わって、時間もちょうど終わったから俺たちは更衣室に着替えに行く。男の臭い汗と熱気がウザくて、早く外に出ようとロッカーを開けた時、唐突に思い出した。


「あ、そっか」


あれって、俺の目とそっくりじゃん。


ロッカーに嵌っている鏡が俺の黄色を反射する。色とか形とかそんなまんまのことを言ってるんじゃない。黒目の奥の、濁った光。見るものすべてに呆れてて、期待してなくて、諦めてる。毎日眺めてきたこの顔だって、十分辛気臭い顔だったんだって。なんとなく目の前が開けたような発見だった。


それからしばらく。何ヶ月か半年かは忘れたけど、とにかくけっこう後。俺が彼女をまた見たのはバスケ部に入部した日。

かなり前すぎてほとんど忘れていたけど、それにしたってその子は変わってしまっていた。

だって、ちゃんと笑ってる。辛気臭さなんてどこにもない。友達だっているっぽいし、生き生きとマネの仕事をしてる。初めて見た時とは別人みたいに何もかもが違かったから。それが俺の知る葵咲ゆえって女の子になるのにはそう時間はかからなかったけど。

あれからもうけっこう経つ。俺も葵咲っちも高校生になっちゃったけど。中学の時と変わらない仲良しのままって思ってた。だから、バスケから離れようとしてるあの子にどうしていいか分からなくなった。


「("あのこと"さえバレなきゃ大丈夫だと思ったんスけどね)」


我ながらふっかい溜め息を吐いて、体育館の入り口で伸びをする。黒子っちにスカウト断られただけでもショックなのに、葵咲っちのことでも悩まされるなんて思ってもみなかった。

時間を確認して、そろそろっスねと校門目指して歩いていく。遠くの方から近付いて来る誠凛ジャージの一団の中に目立つ髪の二人を見付けて、やっぱり来てくれたって嬉しくなった。


「どもっス。今日は皆さんよろしくっス」


"葵咲っち"に出会う前、俺があの女の子に抱いた気持ちは何だったのか。もう忘れて覚えてないけど、その名残りだけはただ頭の奥にこびりついて仕方なかった。
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