ぎくしゃく



「というわけでよろしくお願いします」


深々と頭を下げた私にたくさんの視線が突き刺さった。たくさんって言ってもせいぜい十人ちょっと分だからぜんぜん余裕だ。


「どういう気の変わり方をしたのかは分からないけど、その気になってくれたのなら大歓迎よ!」
「いえ、まだ見学ですから。入るとは決めてないですから」
「だそうよ! みんな、今日の勝敗で葵咲さんの入部が決まるんだから! 締まっていくわよ!」
「お、おう」


先輩と主将とのテンションの差がとても気になる移動時間。普段は乗らない電車に揺られて、すごい速さで過ぎていく景色を眺める。つり革に捕まって各駅で停車するごとに踏ん張る大変さは慣れない。


「おっと」
「ぶっ」


と、何回目かの停車に耐えきれなくなってこけた私を誰かが受け止めた。ちょうど肩の骨のところに鼻が当たったのは不運だったとして。


「大丈夫ですか、葵咲さん」


少しだけ上にある黒子君の目が私の顔をじっと見つめていた。


「あ、りがとう黒子君」
「電車、慣れてないんでしょう? 仕方ないですよ」


相変わらずの紳士っぷりである。高校生ですらやらなそうなことを中学生の頃からやっているのだから別格すぎる。さすが黒子君。さつきちゃんの心を射止めるのも道理というわけだ。


「それと、ありがとうございます」
「んん?」
「今日、見学に来てくれて」


ありがとうございます、と。もう一度繰り返された感謝の言葉を、頭で反芻すればするほどに顔の筋肉がゆっくりと無に近付いていった。


「あのね、黒子君」


ひたり。黒子君の水色の虹彩が私の表情を写す。静かな水面を連想させるそれが、異物を落とされたように騒々しく波紋を作っていく。そんな様子が簡単に浮かんだ。


「試合前にこんな話するのはいけないと思ったんだけど、言うね」


ごめんね、黒子君。


「私は、黒子君のこと友達として好きだけど、黒子君は私のこと、嫌いだったでしょ」


会話はそれっきりだった。

黒子君は窓の外の移り行く景色を眺めていたし、私は自分のローファーの傷や床の汚れを数えていた。そうして目的地に着くまでお互い黙っていた。チラと横顔から伺ったその瞳は、思っていたより凪いでいた。むしろ私の方が動揺しているみたいで、ダメだなあとひっそり思った。

そんな微妙な空気を経て辿り着いた海常高校。その前に堂々と立っている喧しい黄色を認めて、また厄介なことになりそうだと額に手を置いた。
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