はじめてのひとりにんむ



※前世〇〇〇〇ちゃんな事実を認識できない前々世じゅじゅちゅ読者のサッちゃん。成り代わりのつもりで書いていません。
※まあまあ平和なじゅじゅちゅ界と様子がおかしい特級術師。
※だいたいサッちゃんがやらかしてる話。



呪霊と呼ばれる存在がある。

人の負の感情が千倍濃縮されて自然発生する化け物であり、雑魚ならせいぜい肩こり程度、もっと育つと後遺症が出るような大けが、行き過ぎれば命を落とすか、一生寝たきりで過ごすような精神的なダメージを負う。

呪術師と呼ばれる存在がいる。

呪霊を狩る専門の退治屋であり、絶対数は極端に少なく、確かな伝手がなければ決してたどり着けない眉唾物の生きた化石。御伽噺の妖精さん並みにレアなホンモノは、一般人と関わり合いになる機会はほとんどない。というか、関わった人間が一般人のままではいられないと言った方が正しいか。なにせ大なり小なり以前と同じ平穏な暮らしは叶わないので。

呪いは呪いでしか払えない。
呪霊は呪術師でしか対処できない。

ブルーロックプロジェクトを企画立案するにあたり、JFUの上層部からとんでもなく有難ぁいお言葉を頂戴したが、どうにか始動に漕ぎ付けようとした矢先、複数の大人から絶対的な条件が付けくわえられた。


『必ず呪術高専から正規の呪術師を手配すること』


呪術師、なる文言を聞いた時点で絵心と帝襟は固まった。

帝襟は突然出てきたオカルトに情報処理が追いつかなかったという意味で。絵心は、現役時代に一度だけ関わった呪術師がクソだったのを思い出して。

プロの世界、すなわち大人同士でさえ挫折と苦悩と嫉妬と逆恨みが横行する。それがまだ精神的に未熟であり傷付きやすく感化されやすい未成年を集めて競わせればどうなるか。条件付けをしてきた大人たちがJFUの中でも一応良識派に分類される人間だったことから、絵心は渋々とその条件を飲んだ。

依頼料がこちら持ちだったことが死ぬほど気に食わなかったが。

さて、本日はブルーロック始動前日。呪術高専から担当の呪術師が派遣される日である。

未だに疑っている帝襟にクソ黙れシャラップを叩きつけ出迎えに向かわせた午後五時。ブルーロック管制室にやって来た人間が、どう見ても参加選手と同じ高校生であることに盛大に舌打ちをした。


「いくら依頼料ケチったからって子供を送りつけるこたァないじゃないか。呪術高専ってところはそんなに拝金主義の業突く張りなのかい」
「呪術高専東京校所属、二級術師の伏黒です。今回派遣する呪術師の付き添いで来ました。様子見次第すぐに帰ります」
「ほう?」


話を聞く限り、どうやらこの少年が仕事をするわけじゃないらしい。紛らわしい真似をするなよ、と眼鏡をクイッと持ち上げた絵心。ではその担当とやらはいつ入って来るのか、と背後の出入り口を見るも一向に動く気配がない。何より、帝襟がチラチラと伏黒術師の背中を気にしていて気が散る。

なんだなんだとジッと観察すると、黒い制服の腰あたりを掴む白い手が見えた。

「リコ、挨拶しろ」「ぅん……」伏黒術師の肩下あたりからそろりと現れた黒い頭。どんぐりみたいなつぶらなお目目が怖々と絵心を見て、すぐに足元のクロックスやサッカーボール型のループタイを行ったり来たりした。


「三級術師の、ごじょーさとこ、です。サッちゃんって呼んでください。よろしくお願いしまぁす」


最悪だ。

黒いランドセルを背負った人見知りの小学生女児。五条理子さとこが補助監督の送迎の元放課後にブルーロックにやって来て早朝に小学校に通う“はじめてのひとりにんむ”は、絵心の特大Fワードから始まった。




***




幽霊が出る、という噂を馬狼照英は信じていなかった。

ブルーロック一次選考。チームV〜Z総当たりリーグが終わり、チームXの得点王として残留が決定した。他の面々は涙を流して監獄を去り、残っているのは馬狼一人だけ。11人で二週間弱生活した施設は馬狼の貸し切りになった。

今日の体力育成のノルマを終え、フィールドで日課のフィジカルトレーニングも済まし、決まった時間に一人で布団を敷いて寝たつもりだった。それが、妙な時間に目が覚めた。

就寝時間を過ぎると、常にデジタル時計を映すモニターは電源が落ちる。常時付きっぱなしの全フロアの電源も自動点灯に切り替わる。基本的に寝たら朝まで起きないタイプの馬狼は、時間も分からない深夜に目が覚めたのはここに来て初めてだった。

イヤに喉が張り付く。空調はどうなってやがるんだ。

寝起きの回らない頭で布団から抜け出し、食堂に続く廊下を歩いていく。その道筋に問題はなかった。馬狼が通るたびにLEDが付く仕様だ。暗闇で方向感覚が狂うこともなく、ウォーターサーバーの水で喉を潤し、元来た道を戻る。何かが変わっている可能性なんてまったく身構えもせずに。

窓がない閉塞的な空間は、裸足のぺたぺた音がやけに耳に付く。いや、さっき通った時は気にならなかった。なら、どうして今になって?

ぺたっと足が止まる。もう目と鼻の先に寝室の自動ドアが見えているというのに、この場で止まらないといけないと思った。

通れない、と。直感で動けなくなった。

途端に、もぁぁぁっとした息が馬狼の顔面に吐きかけられる。いや、風だ。やけに不快感のある湿度で、まるで誰かが息を吹きかけたみたいだと錯覚しただけで。それは空調の不具合によるこもったカビ臭さであるはずだ。

だが。

ここは。

閉鎖空間。

風なんて。

吹くはずもない。

閉ざされた。

檻の中。

こんな断続的に、野生の獣が馬狼の眼前で「はッはッ」と短く呼吸するような風が、起こるわけが。


【なぃすぅ】
「っ!?」


誰もいないチームXの廊下に人の声が響く。いや、人か? 肉声がこんなにもくぐもって聞こえるものだろうか。

食堂から差し込む光が、何でもない廊下の途中で切れる。線でも引いたように明暗が分かれて、「ぁ」と声を漏らした瞬間、見えていなかった“それら”の輪郭が徐々にはっきりと実態を持った。

そういえば、LEDが自動点灯してなかったな。

通路いっぱいにギチギチに詰め込まれたヘドロ。不定形の壁が常にボコボコと泡立ち、濁流に飲まれ酸素を必死に求めるようにたくさんの口が浮き沈みを繰り返している。唇はなくて、歯もギザギザで、鼻は黒く丸く湿った照り返しがよく見てとれた。


【パスまわせぇ】
【ばろぅにぅたせろ】
【きんぐぅきんぐばろぅぅぅ】
【らくしょぅぅ】
【ぉれにもぅたせろ】
【ぉぉぉれぇはぁぁぁぁぁ?】
【ばろぅ】
【パスパスパススパススパパパパスパスパパス】
【どぉして】
【ぉまぇばっか】


馬狼は、それが“犬”だとすぐに分かった。


『負け犬どもが』


自分が散々見下してきた“犬”だと、すぐに。

ヘドロが蠕動する。通路を塞いだままゆっくりと馬狼に近寄ってくる。もがく“犬”の鼻先がヒクと震える様さえ感じ取れる、そんな至近距離で。



【ぉまぇさぇぃなけれ、】



捕まる寸前に。


────と っ ぷ ん 。


「…………!?」


沈んだ。

視界いっぱいのヘドロが大量の水に押し流されるように落ち、あんなに集まっていた“犬”は、一言の残滓もなく消えてしまった。

廊下は見慣れた静寂に包まれている。

「────はッ、はぁ、ゴホッ」無意識に詰めていた息が馬狼の口に戻ってくる。それさえ、さっきの“犬”の声と似ていて鳥肌が立った。

尻餅をつくのは免れても、たたら踏むのは無理からぬこと。動いた人間を察知して今さらLEDが自動点灯。闇が極限まで薄くなった廊下には馬狼しか立っていない。

なんだ、今の。

幻か、寝ぼけて見た悪夢か。その楽観も、この場に残る強烈な異臭が許してくれない。ただ脅威は去ったのだという純粋な安堵が細く長い溜息となって現れた。

通れないと感じた境界線はもうかき消えてしまった。若干の嫌悪感を持ちながら踏み込んだ床は変わらぬリノリウム。ヘドロどころか湿り気一つなく、汗をかいた裸足が申し訳なさげにぺたりと鳴った。遅れて全身に噴き出した冷や汗の不快感に気が付く。気持ちが悪い。一度シャワーを浴びるべきかと考えた、その時。


ぽてっ。


「…………」


廊下の突き当り、フィールドに続く階段がある曲がり角から、小さな足が投げ出されている。


『ここ出るって。絶対いるよ子供の幽霊。夜トイレ行ったらいたんだよ』


もうここにはいないヘタクソが叩いていた無駄口が脳裏にこだます。

確かに、子供の足だ。ツヤツヤの革のローファーを履かされた足と白いハイソックス、ふくらみの薄いふくらはぎが力なく伸びている。

馬狼はお化けが出る噂など信じていない。信じていなかったが、今は。


このキングが一瞬でも屈服させられた。
その屈辱で恐怖が怒りに反転した。


お化けだか妖怪だか知ったこっちゃねぇ。一度泣かせて上下関係叩き込んでやるクソガキが。

ピキピキ青筋を浮かべた馬狼。大股のほとんど走る勢いで突き当りまで進み、なんの躊躇もなく階段の方に顔を向けた。

果たして、


「…………」
「すぅ…………はむ、ん、むむ……」
「…………、」


曲がり角に、女の子が眠っていた。

中学生にはまだなっていない。小学校高学年くらいの普通の子供だった。

黒いジャンパースカートと丸襟のブラウス、黒い上着を両腕に抱えて壁に寄りかかって座っている。どころか、ずるずるとゆっくり床に向かってずり落ちていて、馬狼はとっさに腕を伸ばしていた。危うく床にゴッチンしかけた頭を間一髪で救出。その暖かさと髪のやわっこさに何とも言えない気持ちになった。もういっぱしの女の顔をする妹もこんな時期があったな、と。

馬狼が触れているというのに女の子は起きない。ひたすらに口をもごもごと動かすので、触れている馬狼の手のひらにふわふわほっぺの柔らかさを教えてくる。

幽霊って体温あるのか? などとしらばっくれるほど察しは悪くない。怒りをぶつけるほど大人げなくもないので、馬狼にしては優しい力で女の子のほっぺをぺちぺち叩いた。


「おい、起きろ。こんなところで寝るな」
「もふ、もっ、…………も?」


パチン。閉じていた目が大きく開く。薄茶色のどんぐりまなこが下を見、上を見、馬狼を見て、ぴゃっと跳ね上がった。


「選手のひと!?」
「あ? ああ」
「や、やっちゃった……!」


馬狼から距離を取るように空いてるスペースに尻をずらす女の子。そのまま転がるように立ち上がると、両腕の上着を大事そうに抱きしめてから階段の方へと駆け出してしまった。


「おい、どこに行きやがる」
「わわ忘れて、見なかったことにして! ください!」
「おい!」
「おやすみなさぁい!」


タッタカ階段を駆け上る女の子。思わず追いかける馬狼。初速が遅く、相手が思ったよりもすばしっこかったせいで、追いつくより早くフィールドへの自動ドアを潜られてしまった。このドアは深夜帯は施錠されていて通れないようになっている。そこを難なく通れたということは、運営側なのか。それとも、不法侵入の裏技でもあるのか。

自分には反応しないドアの前でしばらくドンドン叩いたり声をかけたりしたものの、時間の無駄であった。馬狼は答えを教えてもらえなかった疑問に悶々としながら眠るハメになった。翌日ばっちり寝不足になった。

触ったら実態があり体温があった。話が通じた。壁をすり抜けずドアを使っていた。これらのことから幽霊じゃないことは確定だとして、じゃあどうしてこの監獄にあの年頃の子供がいるのか。

誰もいないチームXの棟での体力育成を終え、二次選考に移行する。他の棟に移った馬狼は、不自然に電気が付かない場所には近寄らなくなったし、変に空気がこもっている臭いにも敏感になった。余計にキレイ好きが悪化し、チームメイトからうざい指摘を受けるハメになる。


「馬狼って怖がりだったりする?」
「喧嘩売ってんのかクサ男」
「だって夜中は絶対出歩かないじゃん。消灯時間とか特に。ここ出るって噂だし」
「……見たことあんのか?」
「え、その反応なに」


潔・凪ペアに敗北し、同室になった馬狼。スマホから目を離さず寝っ転がって会話を続ける凪に、馬狼はふとあの子供の姿を思い出した。

絶対に一笑に付されると予想していたのだろう。思いのほか真剣な声音に顔を上げた凪。BGM代わりに聞いていた潔も顔を上げて二人を注視する。


「一次選考あたりの夜に、一度だけだ」
「マジ? 本当に出るのここ」
「馬狼が言うと嘘に聞こえねぇ」
「嘘じゃねぇよタコ」
「で、なに。どんなんだったのお化け」
「“犬”みてぇな……チッ、出たのはお化けだけじゃねぇ。俺が知りてぇのはガキの方だ」
「子供? ブルーロックに?」
「あー、中学生に見えるくらい童顔のヤツいるよね」
「ちげぇよ。ありゃどうみても小学生だった。それに、女のガキだ」
「お、女の子ぉ!?」
「ありゃりゃ」


馬狼はあの苦々しい夜について掻い摘んで説明した。形容しがたい化け物と、その後に現れた実態のある女の子のことを。この監獄のいつどこで同じようなことが起こるかも分からない。コイツらを心配しているわけじゃなく、意味不明な事象に知らずに首を突っ込んで戦力を減らされちゃかなわない、と。

普段のつれなさをかなぐり捨て、神妙な面持ちで語る馬狼に、潔は何とも言えない顔をし、凪は相変わらず考えの読めない顔で「ん−?」と首を捻る。そうしてポンッと納得のジェスチャーと共に出された結論は……、


「魔法少女だそれ」
「魔法、少女……?」
「ブッ!!」


サブカルに理解がありすぎる凪くんの超理論に馬狼の頭脳が一時停止。イケメンゴリラの困惑顔に潔の腹筋が深刻なダメージを受けた。


「一般人に隠れて日夜バケモノを退治する女の子。日曜の朝にやってるアレでしょ、たぶん」
「アレが、魔法少女……?」
「ぷックク! やめろお前ら真面目に話すなッ!!」
「アァ? こっちは真剣な話なんだよお前こそ真面目に聞け」
「そーだよ潔。ニチアサ好きな馬狼に謝って」
「誰がニチアサ好きだ面倒臭男! 妹が見てたのに付き合ってただけだ!」
「見てんじゃん! 馬狼ニチアサ見てたんじゃん!」
「黙れ潔ころすぞ!」
「なんで俺だけにキレんだよ!?」


変なツボに入って馬狼に絞められながら酸欠になる潔は、一ヶ月後にニチアサ魔法少女に絶体絶命の窮地を救われるなんて思ってもなく。

ニチアサ魔法少女が深夜アニメの闇深小学生女児だと知るのはわりとすぐのことである。




***




ブルーロック一次選考終盤。絵心の堪忍袋の緒はもはや糸三本の儚い強度しか残されていなかった。


「仕事しろ呪術師」
「?」


平日午後5時。

管制室のモニタールーム。選手たちの体力育成が開始したタイミングでずぅぅーーーーーっと我慢していた言葉を子供に浴びせかけた。

子供。そう、小学校六年生。12歳はどう考えたって子供の部類である。

呪術高専に決して安くない額を提示して手配してもらった、対呪いのスペシャリストが12歳の小学生女児だと紹介された絵心の気持ちたるや。絵心の呪術師のイメージは一度だけ会ったあのクズしかいないが、成人した大人であるだけ向こうの方がマシだ。

子供、自称サッちゃんは毎日義務教育のための小学校に通っている。午前7時に補助監督の車で一時間以上かけて学校に行き、放課後になるとまた一時間以上かけてこのブルーロックが建つ山にまでやって来る。そうして選手たちが寝静まる時間まで宿題をするなり食事を取るなり仮眠を取るなりし、夜中になってから監獄内の廊下をしらみつぶしに歩き回っている。そうして異常がないことを確認すると何やら報告書をメールでぽちぽち書いて保護者に送り、だいたい深夜2〜3時に就寝。翌朝6時半に目を覚まし身支度を整えてから車で朝食を取る。これがサッちゃんの平日のスケジュールである。

ハッキリ言って小学生の生活ではない。日本国憲法では15歳未満の児童の労働が禁止されている。思いっきり憲法違反を犯している。

サッちゃん派遣初日に、同行した伏黒術師にチェンジを要求した絵心。しかし返って来たのは心底冷え切った無表情であり。


『施設に傷をつけず、選手にバレず、死傷者を出さない。その上で長期的に拘束できる呪術師となるとコイツしかいません。というかコイツの任務で出た人死にはゼロですよ。これ以上を望むなら俺じゃなく上に掛け合ってください』


コイツ合理主義のモンペだ。

絵心はそういう鼻が利く。これ以上口を出すくらいなら呪術高専の方に直接電話した方が早い。

というわけで、ずっと表情が引き攣っている帝襟に全投げして一時的に子供を引き取ることにした絵心。始めは別室に置いていたが、モニタールームで監視しなければ意味がないのでは?と本人にたどたどしく提案され、絶対騒がないことを条件に渋々と入れてやった。

サッちゃんは、絵心が嫌いな騒がしいタイプの子供ではなかったが、人見知りの大人しい女の子かと言われるとちょっと違う。

絵心が選手たちに高説を垂れている時やデスクワークをしている時は一切音を立てずに宿題やマンガ読み、イヤホンで動画を見ていたりする。モニターを見るとは何だったのかと尋ねると『だいじょーぶ』と返されホントかよとは思ったが、邪魔をしないならそれでいい。

けれどいざ休憩のカップ焼きそばに移行するとわりかしペラペラと話しかけてくる。『まよびーーむ』だの『あれ入れないの? あれ、スープのあれ』だの『変な味チャレンジは? しないの?』だの。『サッちゃんはねぇ、カレー味はまだだめなの。からいのだめって』ガン無視する絵心と慌てて話を引き継ぐ帝襟。気にせずニコニコ話し続けるサッちゃん。噛み合っていない微妙な空気のまま、どうしたもんかな、と絵心は内心途方に暮れていた。

そんな生活が続いて二週間弱。呪霊は一切出なかった。

金払ってガキ雇ってる意味。

そりゃあサッちゃんは良く働いている。12歳の成長期に睡眠時間を分割してまで深夜の見回り。朝6時半に一人で勝手に起きて顔を洗ったり着替えをしたり。宿題も自主的にやっている。帝襟がなんとか時間を作っているものの、基本的にごはんは一人だ。この監獄に娯楽はなく、窓のない部屋にこもって長時間モニターの前に座って。小学生がよくやっているとは思う。

ただ、その金は絵心のポケットマネーである。

二週間もタダメシ食らいを置いてやったと言うべきか、これ以上置く余裕はないと言うべきか。

小数の割り算を前にのんびり鉛筆を動かしていた子供がきょとりと絵心を見上げる。座っていても長身の絵心と140cmちょっとの小柄なサッちゃんではかなり身長差がある。2mの距離のあるデスクにいるからこそ難なく合う目線であり、こんな子供に頼っていた自分が恥ずかしいとすら思う。


「まだ見回りの時間じゃないよ?」
「見回ったところで呪いはないんだろ。二週間も経っていっこうに呪いの被害は出ていない。このブルーロックに呪いはない。ないものの対策のために君のような子供を置いておく余裕はうちにはないんだよ」
「…………んえ?」
「え、絵心さんちょっと言い方!」
「事実を告げて何が悪い。子供だからと言葉を選ぶ方が仕事相手に対して失礼じゃないか」
「でも、サッちゃんは、」


帝襟が言葉を探している間、サッちゃんはポカンと大口を開けている。なんというか、アホ面というか、散歩だと思って連れ出されたら車に乗せられて動物病院に連れてこられた犬みたいな絶望顔だった。

そこからじわじわと、騙されて注射を打たれたみたいに顔の中心にシワが寄っていく。泣きそう、というよりは絵心を責めている不審さを帯びていた。


「サッちゃん仕事してたもん……」
「うん、だからね、結果が伴わない仕事にお金は払えないんだよ」
「サッちゃん、呪霊いっぱいもぐもぐしたもん……」
「うん、もぐもぐしてもね。……もぐもぐ?」
「毎日ちっちゃいのもぐもぐしたのに……クビなの?」


本格的に責める音が言葉に乗っている。眉間にグッとシワを寄せて見上げる目は瞬く間にうるうると膜を張り、アッと思った時には「うわん」と声を上げて泣き始めた。


「話の途中で泣くようなヤツと仕事の話はしない」
「泣いてないもん、サッちゃん泣いてない」
「たった今自分の目から出ている水をどう説明するつもりだ」
「心の汗」
「それを涙というんだ減らず口が」
「ちょちょっと絵心さん! 何を小学生と口論してるんですか! サッちゃんもほら、ええと、良い子良い子」
「良い子は大人しく大人の言うことを聞くものだと思うんだがなァ」
「サッちゃん仕事してるもん! せーとーなひょーかをしないエゴおじさんが悪いもん!」
「ほら泣いた」
「泣゛い゛て゛な゛い゛ぃ゛ぃ゛!!」
「サッちゃん鼻かも? ティッシュあげる」
「ア゛ン゛リ゛ち゛ゃ゛ん゛! エ゛ゴ゛お゛じ゛さ゛ん゛が゛い゛じ゛わ゛る゛!」
「そうだねぇ! いじわるなおじさんだねぇ!」
「おい」


どさくさに紛れて上司をdisるんじゃない。

ぐじゅぐじゅに顔を汚した子供に舌打ちしたい気持ちをなんとか抑える。絵心はサッちゃんと違って大人なので。


「クビになりたくなきゃ働いてる証拠を見せてもらわなきゃね。できる?」


できない、と返ってくると思ったのに。

絵心の提案にサッちゃんは鼻声で「う゛ん゛」と頷いた。


その日の夜、絵心は呪いを見た。



「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」


深夜一時。

電子機器の一切を外した状態で半径1mほどの謎の黒い空間に断絶された絵心と帝襟。呪いを炙りだす性質のある結界だと聞かされ、どこまでもオカルトでファンタジーだと辟易した。

その中心にいるサッちゃんは、高専の黒い上着にくるんだ何かをそっと上げて見せた。

“犬”だと思った。

中型犬くらいで、ピンと立った耳と短い手足はコーギーに似ているかもしれない。ただしその犬には体毛はなく、目もなく、全身に絶えず蠢く不定形のヘドロを纏っており、溢れた分だけベタベタとリノリウムの床を汚し続けている。唯一色があるのは口の中だけで、犬の牙というよりはトラバサミの刃がぎっちりと並んでいる。野生動物にはありえない形状だった。


「触っちゃダメね。腐るよ」
「腐る!? 噛まれるとかじゃなく!?」
「うん。腐っちゃった人がぎゅうぎゅうしてるの」
「……君は触っても大丈夫なのか」
「サッちゃんは慣れてるもん」


サッちゃんの腕の中でもがく“犬”が大きな口を開けて何かを言おうとする。その喉の奥にある目と目が合った瞬間、────とぷん、と。“犬”は跡形もなくどこかへと消えてしまった。


「それが君の能力ってヤツか」
「っ、ん、と、うん。『ヘビの丸呑み』だよぉ」
「丸呑み……もぐもぐって、まさか」
「お腹の中で消化するの」


帝襟が絶句し、絵心は閉口する。大人たちの機微などどうでもいいと言わんばかりに、サッちゃんは一生懸命考えながら自分のことを話した。


「んとね、呪霊をごっくんするとサッちゃんの中に入ってね、じっくり呪いを溶かしていくの。今日の呪霊はエゴおじさんに見せないといけないから、途中で口の中にうつしてつかまえたの」
「……口の中、とは?」
「『ハムちゃんの頬袋』! 消化しないで溜めておけるとこ! サッちゃんこっちの方が得意! 前は苦手だったけど頑張った! お友達とも遊べるよ!」


エヘンと胸を張って得意げな小学生女児。

説明されればされるほど一つ分かって二つ分からないものが増える感覚。

そのお友達は呪いに関係あるのか?安全に遊べているの?新たな疑問が残った。


「今ね、ひとりだけのフロアはちょっと危ない。11人分のやな気分が集まってて、今日の人は特に危なかったよ。でっかいのできちゃってたもん。一緒に入ったらドロドロでビックリした」
「一緒に入る? 呑み込むのに?」
「んーー、サッちゃんのお腹の中に呪霊を入れるのはね、サッちゃんも一緒に入るの。いつもは入れてすぐ出てこれるよ。びゅん!って。今日は全部溶かしきる前に出さなきゃいけなかったでしょ? お腹の中で呪いが弱まるまで待ってね、口の中に移して持ってきたの。今のサッちゃんちドロドロ! 生け捕りはめんどくさいんだよ!」


最後だけ「ぷん!」と頬を膨らませて絵心を見上げるどんぐりのお目目。

絵心が見たサッちゃんの働きは深夜の見回りくらいだった。時々立ち止まって何かをしたかと思えば、また歩き出すのを延々繰り返していた。しかも飴かガムでも食べているのか口をもぐもぐさせているのをよく見かける。虫歯になってもここじゃすぐ歯医者に行けないっていうのに。子供の考えなしに絵心は呆れたものだ。

あれは、呪いを食べていたのか。



「サッちゃん、仕事してたもん」



サッちゃんは、五条理子は紛れもなく呪術師なのだ。

ブルーロックの大人二人がちゃんと認識した瞬間だった。

しゅわしゅわと溶け落ちた黒い空間。生臭さが空調に吸い取られ、いつもの吸い慣れた空気がこれほど美味しいと感じたことはない。サッちゃんの腕に抱かれた上着は真っ新で、足元の床もきれいなままだ。

本当に、一般人には呪いは見えないらしい。


「君が働いた分、正当な評価をしなかった。こちらに非があるのは認めよう。だが君の仕事に手落ちがあったのは真実だ」
「サッちゃん仕事したよ?」
「馬狼照英に、選手に見られた」
「おあ」


流石にまずいということは分かっていたのだろう。フリスビーを持って来た犬が注射された犬に逆戻り。


「でも、見なかったことにしてくださいって言った……」
「それで忘れるヤツがどこにいる」
「でも、でもぉ」
「でももだってもありません」
「…………サッちゃん、クビ?」


さっきまでの威勢はどこへやら。ムッとほっぺを膨らませていじけて俯くサッちゃん。でも瞳には涙の膜が張っているので、どっちかっていうと泣くのを我慢しているんだと思う。

「ふぅーーー」絵心はクレバーに息を吐き、この子供呪術師の前にそっと膝をついた。


「見つけた呪霊の数は毎日報告すること。何かあったら何でもいいから俺かアンリちゃんに頼ること。今度から選手に見つからないように気を付けること。以上を守って契約の続行を希望します。いいかな、五条理子術師?」


どんぐりのお目目からポロリと涙がこぼれて、次の瞬間、太陽かってくらいにパァァァァッと笑顔に様変わり。教科書に載せたいレベルで今泣いた烏がもう笑う。


「サッちゃんクビじゃない? 夏油呼ばない?」
「呼ばない、呼ばない」
「っサッちゃん頑張る!!」
「グェっ」


真正面からビュンと飛び込んできた子供が絵心の首を仕留めて床に縫い付けた。ゴンッと良い音がなり呻く運動不足の三十路男の上できゃあきゃあ転げる小学生女児。頼みの帝襟はニコニコと微笑ましそうに「良かったね、サッちゃん」と向こう側。

早まったかもコレ。

ズレたメガネを直す暇もなく、絵心は知ってる天井を見上げ続けた。









「サッちゃんはどうしてこの仕事続けたいの? 大変でしょ、ここから学校に通うの」
「サッちゃんね、二級術師になりたいの」


呪術師の中でも階級があり、二級になると単独での任務が許可される。ある意味一人前のボーダーラインでもあるらしい。なら三級のサッちゃんが一人でこの監獄にいるのはどういう理屈だ? と尋ねれば、“依頼した時にブルーロックにはまだ呪霊がいなかった。予防的な配置に貴重な人員を割けるほど呪術師は潤沢ではない”とのこと。

じゃあサッちゃんは貴重ではないのか。

尋ねかけて、それを本人に聞くのは残酷ではないかと口を閉じる。


「一人前になって認められたいってわけね」
「うん。サッちゃん、中学生になる前に一人前の呪術師になって、ママとパパに入学式に来てほしいんだ」
「……一緒に暮らしていないんだ?」
「うん」


柔らかい黒髪を揺らして小さく頷く子供。

絵心は呪術高専との契約を結ぶにあたりサッちゃんの署名とは別に保護者の名前にも目を通した。そこにあったのは五条ではなく夏油傑という違う名字の判子と署名だった。

小学生とはいえもう12歳。来年中学に上がる子供にしては、サッちゃんは話し方も性格もいささか幼すぎる。聞き分けが良いのを除けば、まるで幼稚園児を相手にしている気持ちになるのは、呪術師という特殊な生い立ちのせいか。両親と離れて暮らしている孤独感が、この子供をおかしくしているのか。



「サッちゃんがね、危なくないよーって分かってもらえたらママとパパと暮らせると思うんだ。一人前の呪術師になって、また三人で仲良くするの」



「サッちゃんの目標」小さく歌うように呟いたサッちゃんは、一瞬、実年齢よりももっとずっと大人びた寂しげな表情をしていて。本来の彼女はこっちなのではないか、なんて一時的な雇用主でしかない絵心は同情した。

命懸けの化け物退治をしないと会えない親なんて、きっとろくでもない。待っている親も、この状況を良しとする周りの大人たちも。

絵心が唯一知っている呪術師が特別クズなのではなく、呪術界全体がろくでもないクズだらけなのだろう。


「サッちゃんのパパってもしかして五条悟?」
「………………」


おや?

確信を持って口にした質問でサッちゃんの空気が変わる。穏やかで、生温くて、切なげなほろ苦い雰囲気が一転。騙し討ちで病院に連れて行かれた飼い犬アゲイン。それからゆっくりとシワシワのピカチュウみたいに萎びていき、可哀想なほどダメージを負った様子でポツリと。


「ちぎゃう……」


重々しく返ってきた否定の言葉に首を捻る。サッちゃんとほとんど名前が被っているから、そういう血縁だろうと当たりをつけたのに。



「五条は後見人。サッちゃんのパパじゃない。とてもイカンのイ」



やっぱり五条悟ってとびきりのクズなんだ。

犬なんだかネズミなんだか分からない女児の落ち込み。絵心はそっと溶けかけのハッカキャンディを子供に握らせた。別の種類のシワクチャ顔を見ることになった。











サッちゃんのシワシワピカチュウ顔をもう一度見ることになったのはそれから二週間後。月一でサッちゃんの仕事を査定に来るという呪術師が秘密裏にブルーロックに足を踏み入れた時である。


「会いたかったよサッちゃん。ちゃんとご飯食べれてる? 少し草臥れたかな? 睡眠はできる時にしっかり取るんだよ。うん、クマはできてないね。施設のおじさんとお姉さんの言うことはキチンと聞いているかい? 理不尽に怒られたり痛めつけられたりしたらすぐに私を呼ぶんだよ? いいね?」
「あい……」


コイツ合理主義のモンペだ(二度目)。

ハーフアップにした黒髪を流し、黒いスーツに包まれた長い脚で大股でツカツカ革靴を鳴らして近寄ってきた大男は、流れるような動作でサッちゃんを抱き上げ左腕に乗っけた。そのまま顔色や肌艶などを逐一確認し満足したのか、とっくにシワシワピカチュウ顔をしていたサッちゃんをスルーして自己紹介を始めた。


「いつもうちの娘がお世話になっています。サッちゃんのママです」
「ちぎゃう、ちぎゃう」


「夏油ママちぎゃう。サッちゃんのママ女の人……」不審者の腕の中で壊れた機械のように否定を続けるサッちゃん。細い目をさらに細めて「今のママは私だよ」と語尾にハートマークを付ける勢いの色男。

一部始終を見ていた絵心は改めて呪術界への認識を強固なものにした。


呪術師ってヤバい。




***




「あっ間違えた」


などという理不尽極まりない言葉と共に御影玲王は目を開けた。

厳密には目を開けていたはずなのにいつの間にか閉じていた目だ。

二次選考初っ端で凪に捨てられ、打倒潔を掲げて挑んだ勝負にも負け、國神と二人でリスタートすることになった夜。歯ブラシ占いをする気力もなく、さりとてぐっすり眠れる気分でもない。地の底まで落ちたメンタルが炎天下のコンクリートで干乾びたミミズのようだった。

洗面所の鏡に映った自分をひたすら見つめ続ける。暗いドブ色の目が静かに沈んでいく様を、じっくり、じっくり。

俺ってこんなに価値のない人間だっけ。

人生で初めての挫折は両親からの反対で経験したはずだった。なら、この気持ちは? 挫折なんて生温い、この暗闇は、どうやったら抜け出せる?

思考は無間地獄の迷宮入り。心なしか視界も暗くドロドロに蕩けて見える。洗面所にまでカメラは設置されていないはずだが、何故だか妙に視線を感じる。ぞわっと首筋を撫でたコレは寒気であっているのだろうか。

キュッとスウェットの裾を引かれた気がして、玲王はなんの感慨もなく下を向いた。そして単眼の小人と目が合っ………………?


「あれ?」


どこだ、ここ。

閉じたはずのない目を開けて、急に変わった景色に呆然とする。

そこはアパートの一室だった。

玲王の部屋にすっぽりと収まるサイズの小さな立方体のリビングダイニング。四人掛けのダイニングテーブル、二人掛けのソファ、白いローテーブル、小さなテレビ。目についた家具はそんなもん。次にフローリングに敷かれたカーペットと、一部に敷き詰められたカラフルなパズル型の緩衝マット。その上には積み木やぬいぐるみが無秩序に散乱している。

小さなベランダが見えるガラスのサッシの向こうは、雲一つない青空と舞い上がるピンク色。桜だ。すぐ近くに桜の木が植えてあるのだろうか。

今は12月。季節は冬だと言うのに。

ブルーロックのスウェットに裸足で柔らかマットを踏む玲王は、どうしたってこの場に浮いていた。さっきまで窓一つない閉鎖空間の洗面所にいたのに、いつの間にか生活感満載の他人の家にいたのだ。あまりに非現実的で、理解が及ばない現状にずるずると尻餅をついた。


「おにーさん」


ハッとした。

誰もいないと思っていた空間に、眠たげな高い声がしたのだ。座り込んだまま、顔だけ上げてきょろきょろとあたりを見渡す。

果たして、彼女はソファの真ん中に堂々と座っていた。

視界に入っていたのに、何故だか直視するのに時間がかかった。ソファは部屋の真ん中に鎮座しているし、玲王はソファと向かい合うように座り込んでいた。なのに、声をかけられるまで彼女の存在に気が付かなかった。

中学生くらいの女の子だと思う。

オーソドックスなセーラー服に黒いタイツ。こしのある黒髪を一本の三つ編みにまとめ、意味があるのか分からない白いヘアバンドを巻いている。ソファの背もたれに体を預け、今目覚めましたと言わんばかりの緩慢さで薄っすら目を開け、口を開け、玲王に語り掛ける。


「出口はあっちだよ、ごめんね」


全身を脱力させた状態で、辛うじて力が入った右腕だけで指し示す方向。この部屋とキッチンと廊下の境目。幼児の脱走防止柵を挟んだ向こう側に、短い廊下とアパートの玄関があった。なるほど、出口だ。

何を謝る必要があるのだろう。唇を半開きにして指の先を追いかけた後、玲王はやっぱり腑抜けて立ち上がれない。歩く気力がなかった。

春のポカポカ陽気の中、向かい合って脱力する二人の男女。このシュールな絵面に耐えかねたのは、意外にも少女の方だった。


「疲れてるの?」
「あーー。うん」
「歩けないくらい?」
「どうだろ。わっかんね」
「考えたくないんだ」
「そー、かも」
「そっかぁ」


何の実にもならない会話がポツポツと交わされ、また沈黙が降りる。


「テレビ見る? おにーさん見たいのある?」
「今年のチャンピオンズリーグの決勝」
「うぅんサッカーわかんない」
「つっかえな」
「うん、ごめんなさい」
「ぁ…………わりぃ。言い過ぎた」
「ううん、いーよ」


ポンポン右手でソファの右隣を叩く少女。玲王は誘われるがまま、のろのろと立ち上がって近寄っていく。その途中で、ソファの背後の棚に飾られた写真や掛け軸が目に入った。

“命名 理子”。


「リコ?」
「? サトコだよ、■■理子」
「ふぅん」


窓から差し込む陽光が反射して写真立ての中身が見えない。それでも、若い男女が幸せそうにピンクのおくるみの赤ん坊を抱えていることは見て取れた。


「ここは、どこなんだ」
「ママとパパとサッちゃんのおうちだよ」
「さっちゃん、て、サトコちゃん?」
「サッちゃんはサトコちゃんなの。ママがサッちゃんのことサッちゃんて呼んだからサッちゃんはサッちゃんなの」
「お、おう」


サッちゃんのゲシュタルト崩壊。

とりあえず示されたソファにどっかり座り込んだ玲王。小さなソファなので、隣の少女とは肩が触れ合っているし、若干玲王は肘掛けに足を乗り上げている。が、立ち上がる気力もなかった。


「テレビって久々。なに見んの? ニュース? ドラマの再放送?」
「ううん、ぽにょ」
「ぽにょ」
「お友達がね、好きな映画なの」


そう言って本当にぽにょを流し始めた少女。まあジブリ見るのに年なんか関係ないもんな。肘掛けに乗り上げた右足を左足に組ませ、行儀悪く肘をついた体勢で画面に集中する。流石世界のジブリ。ちゃんと見ようと思えば結構面白い。

父親の実験をめちゃくちゃにして海を飛び出す女の子とか、ワクワクする。


「俺ももっとガキの頃に反抗しときゃ良かったな」


サッカーを始めるの以前に、反抗期が遅すぎたのか。

16年も付け上がらせたんだ。そりゃあ自分の持ち物だと勘違いもしちまうか。


「おにーさんはパパとママと喧嘩したいの?」
「まあ、したいっつーか、今もしてるというか」


厳密には、喧嘩というよりは冷戦だ。玲王はとっくに親を話の通じない他人と見限っている。こんな話を他人にしたところで困るだけだろうと、適当に話を合わせる方向にシフトした。


「ふぅん、いいね」
「だろ。君いくつ? 早めに嫌なことは嫌って自己主張しとくべきだぞ」


ちょっとだけ調子を取り戻してきた玲王、女子中学生に説教を垂れる。

ここに両親はいないし、凪もいないし、玲王のことを知る人間はいない。目を伏せてソファに身を預ける少女は、良くも悪くも反応が薄くて人形のよう。だからこそ、玲王も話す気力がわいてきたのかもしれない。

ぽにょの破天荒をBGMに垂れる会話は、鏡に向かって話すより気楽だった。


「好きなことは好きって言わないの?」
「言ったよ。したいことも言った」
「ダメって言われたから、パパとママのこと嫌いになったの?」
「……そういうことに、なるのか?」
「喧嘩したんでしょう?」
「いや、好き嫌いは喧嘩と関係なくないか? 合わねぇヤツは基本スルーが定石だろ。時間の無駄だ」
「だよねぇ」
「はぁ?」
「嫌なことしてきたからって、されて嬉しかったことが帳消しにはならないもんね。まだぜんぶ嫌いじゃないから喧嘩するんだもん。サッちゃんも、パパのじょりじょりは嫌だけど、お散歩は好きだよ」


なんの話だこれ。


「サッちゃんもしたいなぁ、パパと喧嘩」
「……ママとはしねえの?」
「サッちゃんママ大好きだもん。パパはビミョー」
「ひっでぇ。パパは嫌いか?」
「ううん。でもママとはぜったいぜったい喧嘩できないもん。するならパパだよ」


男親ってこの年頃から薄っすら嫌われてるのか。もし自分がパパだったら泣いているかもしれない。

画面の中でふじもとが娘の巣立ちを見守ろうとしている。玲王の親もこれくらい物分かりが良ければ苦労しなかった。


「ママはサッちゃんが夜に怖くて泣いても、ごはんイヤイヤしても、オムツびしょびしょにしても、お世話してくれたもん。ママ、ふわふわいい匂いでね、お花さんなの。サッちゃんママすきぃ」


最後のはぽにょの真似だろうか。

話半分に聞き流していた玲王も、ところどころ気になる単語が引っかかって、半笑いで隣を見た。


「ははっ、オムツって。いつの話、だ……っ!?」


ギョッとしたのは、少女がこっちを見ていたから。

ずっと眠そうに俯いていた顔を上げて、玲王の肩口あたりから闊達そうな瞳を露わにしていたから。


「1歳」


ああ、やっと起きたんだ、なんて。

お行儀よく並んだまつげをパチリと扇がせてから、歯茎が見えるほど大きな口でニッ!と笑って。


「…………え、と?」
「サッちゃんが1歳の時の話」


写真に写っている男女とも、赤ん坊とも似ていない。

平凡な、可愛い女の子だからこそ、このアパートには異質で。

玲王は今まで、誰としゃべっていたのだろう。


この少女は、本当にサッちゃんという名前なのだろうか。


柔らかい春の陽光と、窓も開いていないのに紛れ込んできた桜の花びら。テレビの画面では女児の無邪気な旋律でエンドロールが流れ始める。そういえばリモコンもなく勝手に始まった映画だ。どうやって止まるのか、終わったら次はなにが始まるのか。何も分からない空間で、肩がくっつく距離にいる少女が玲王から視線を外す。

「起きたね」と顔を向けた先は柵の向こう。短い廊下と、可愛らしいマットが布かれた玄関。言いたいことを、行ってほしいことを察した玲王は、引き寄せられるように立ち上がって柵の前に立つ。


「おひさま浴びて元気になったね。あんまり考えすぎたらダメだよ。腐っちゃうもん」


柵を跨ごうとした足が、ほんの少し空中で止まる。何か聞いておかないといけない気がして、玲王は、背後を振り返らずに尋ねた。


「なあ、ここってどこなんだ。俺、今までどこにいたの?」
「えっとね、」


右足が柵を跨ぐ。次に左足が“内側”の床を離れて柵の上に差し掛かった。



「サッちゃんのく…………ゆ、夢の中ダヨ!」
「は?」



サッちゃんのなんだって??

思わず振り返った玲王だったけれど、その時既に全身が柵の外に出ていた。────とぷん。それを最後に、玲王は暗いチューブの中に押し込まれた。

頭蓋骨を無理やり変形させて狭い場所に押し込めて、外に出そうとえっちらおっちら蠕動している。不思議と痛みも気持ち悪さもなかった。むしろ耳の奥でたゆたう水温と遠くから一定間隔で刻まれるリズムが心地よくて、……ああ、産まれるんだ。

気が付けば、玲王はブルーロックの洗面所に立っていた。煌煌としたライトに照らされていて、闇なんてどこにもないと言わんばかりの人工的な明るさ。まるで切れかけの電球を新しく取り替えたみたいだ。あれ、さっきまでこんなに明るかったっけ。

濁ったドブ色の目が心なしかだいぶマシになっている気がした。


「嫌なことされても、好きが帳消しになってないから喧嘩する、か」


子供の理論だ。シンプルすぎて頭が痛くなる。なのに、頭から離れない。

俺はまだ凪のことを大事に思っているから、捨てられても、負けても、好きが消えてくれないんだ。

のろのろと二人部屋に帰って時計を見る。ぽにょってだいたい二時間ないくらいだったか。エンドロールまで見たのだから、今はきっと深夜になっているはずだ。明日は寝不足かもしれない。

……モニターに映し出されたデジタル時計は、23時ちょうどだった。

玲王が洗面所に行ったのは22時半を過ぎたあたりだったはず。


「………………寝よう」


その日の玲王は珍しく、途中で目覚めることもなく八時間たっぷりと眠ることができた。

翌日、クマがちょっとマシになった。











翌日の朝6時半、モニタールーム内の片隅にある絵心のプライベートスペースにて。

学校に行く準備を整えランドセルを背負ったサッちゃんが、絵心の布団の横に正座でしょぼしょぼと座っていた。何も言わず、枕元のメガネを引っ掴んでかけた絵心。くしゃくしゃの髪のまま、布団から上半身だけ起こして一応は聞く態勢に入る。


「エゴおじさん、あのね……」
「うん」
「昨日、言い忘れてたんだけど」
「うん」


絶対言おうか言うまいか悩んで一晩置いたな。


「昨日、見回り時間になる前に飛び出してったよね。あれのこと?」
「えと、蝿頭……ちっちゃいのに群がられていてね、見えなかったおにーさんがいて」
「うん」
「一緒に呑み込むところだった……」
「、呑み込まなかったんだよね?」
「間一髪、口の中でセーフでした!」
「いやアウトでしょ」


口の中ってあれだろ。呪いを消化しない一時安置所的な。

あの中って人間も入れるのか? サッカーに支障なく安全に出られる? お友達と遊べるってマジな話で?


「だいじょーぶ。口の中はサッちゃんちだから」
「まったくもって繋がりが見えないんだけど? 君んち口の中にあんの?」
「ママとパパとサッちゃんち。六歳の時作ったの。いっしょにぽにょ見てお話したよ」
「…………ぽにょ」
「はりーぽったーも見れるよ」
「………………ほーーー?」


ちなみにこの時の絵心は、結構寝ぼけていた。

朝の掃除のために入室した帝襟が、小学生女児の頭を捕まえてスマホのライト片手にくまなく口の中を観察する三十代男性に「絵心さんが歯医者さんごっこを……!?」と悲鳴を上げるまであと……。




***




潔世一の目の前にはピンク色の紙が置かれている。ハートや星が大量に舞っていて、パステルカラーのゆるいウサギやクマがところどころで手を振っている。俗に言うプロフィール帳というヤツだ。

一緒に渡されたピンク色のペンを片手に、とりあえず名前の欄を埋めることから始めた。


ブルーロックに出るという子供の幽霊の正体が発覚したのは、U-20日本代表戦を控えた最終合宿の初日。午後のトレーニングを終え、多くが食堂に集まっていた夜八時のこと。

普段あまり使われることのない食堂のモニターが、ヴゥンと音を立てて起動した。


《────……ーら、さーくーら、》


子供の歌が聞こえる。

モニターに映るのはいつも絵心がスピーチするのと同じ部屋。しかしそこに座っているべき人間はおらず、もぬけの殻のデスクチェアが置いてあるだけ。姿は見えないのに声だけが絶えず聞こえてくる。

半音ズレた音程で、たどたどしく、卒業式の定番ソングをのんびりと歌っている。なまじみんなが知っている定番ソングなせいで、歌っている子供があまり上手くないことを大なり小なり察してしまった。それはそれで生々しくて怖い。

「そういえば“俺”たち卒業式までに出れるのか?」とこぼしたのは一部の肝が据わったヤツだけで、ほとんどがこの監獄にいるわけがない子供の存在に戦慄した。深夜に出る子供の幽霊は、娯楽が少ないブルーロックでわりとホットな話題なのだ。

スピーカーからしばらく続いた卒業ソング。廊下からもなんだなんだと騒めきが聞こえるので、もしかしたら食堂以外にも放送されているのかもしれない。


《あーーーーッ!!》


ビクッ!!

五十嵐の「南無三!」が二桁に突入したあたりで、突然大きな声がスピーカーから放たれた。


《 また溜まってるぅ。この前ちゃんと綺麗にしたのに》


なんだ、埃の話か?

突然歌うのをやめてブツブツとひとり言を話し始めた。話し方といい声の高さといい、小さな女の子のようで、余計にここにいる意味が分からない。

やはりお化けか? と思ったところで、潔は二次選考の馬狼の話を思い出した。

深夜にこっそり化け物退治をする生きている女の子。


「あ、ニチアサ馬狼が言ってた魔法少女」
「あのキングニチアサ見んの?」
「たいそうな趣味をお持ちで」
「聞こえてんぞヘタクソども!!」


遠くから突き刺さった怒声と、どこかから聞こえてきた「やっぱり魔法少女って実在したんだ……」という二子の呟き。待って、マジで魔法少女なのか!?

別の意味で戦々恐々した潔。しかし次の瞬間、真の意味で背筋を震わせる事態に様変わりしてしまう。


《毎日毎日おつかれさまだぁ。水色のおにーさん、愛されすぎて全身がっちがちだよ。これでサッカーできるってすごーい》


「え……」


水色、で視線が集まったのは、食後のお茶を飲んでいた氷織羊で、何を言われているのか分からないなりに、よくないことだと分かって徐々に青褪めていく。


《こっちのおにーさんは、あ、ちょっと薄くなってる。良かったぁ、おねーさん諦めてくれたんだねぇ》


どのおにーさんだどの。

《でもサッカー選手ならテレビにうつるよねぇ。思い出しちゃうかな?》どのおにーさん!? ねえ!?


《あ、“犬”のおにーさん、“猫”のおにーさんになってる。ライオンさんだ、かわいー》


なんの話なの!? そろそろ教えて!?


《ぽにょのおにーさんはぁ……おあっ、元気になってる。パパとママとお話しできたのかな?》


ガタガタッと玲王が立ち上がり、隣の凪がギョッとしていた。


「もしかして、サッちゃん?」
「は? だれ?」
「夢の中で会った女の子」
「玲王だいじょうぶ??」


《んーん−−? 目ん玉おにーさんはぁ、オッケーっと。もともと恨まれるような人じゃないし。目ん玉なくなってよかったぁ》

《わぁ、相変わらずすごい後光。いつも助かってまぁす》

《足のおにーさん、足が軽くなって良かったねぇ。赤ちゃん一人分は重いもん》

《あのおにーさん、なんであんなに怒っててぜんぶはねかえしちゃうんだろ。下まつげのふしぎ?》

《寺生まれ……にわかにしんじがたし……》

《あれ、黒いおにーさんがいない……あんなにかじられて平気なのかな……いっか。たぶん死なないもんね》

《オッケー、オッケー、このおにーさんも、まあ、ん? ……ん! とりあえずいっか》

《…………いつの間にこんなお化けになっちゃったんだろ、このおにーさん。将来たいへんねえ》

《わあぐちゃぐちゃ。今日行かなきゃ》


怒涛のなんかよく分からないけどなんかヤバい気がする総評が垂れ流され、男という性別上だれだって“おにーさん”に当てはまる緊張感。特定できるヤツを除いた全員が冷や汗を垂れ流している空間で。

決定打とともに、モニターの横からどんぐりお目目がぬっと現れた。



《呪われてるおにーさんが多いなぁ。同じ部屋に集めてくれたら楽なの…………はえ?》



呪われてるって言った。

言いましたね奥さん。

突然現れたのは、パステルブルーのニットを着た小学生の女の子で。黒髪を揺らして不思議そうにどこかを見ている。そして、ピラッとこちらに向かって手を振るので、ノリの良い何人かがヒラヒラと手を振り返した。

女の子の顔色が真っ青になった。


《き、きこえてますかー?》


これにはほぼ全員がコクコク頷く。皆誰に言わなくてもそれなりに心当たりはあったのだろう。何でもいいから助けてくれの気持ちで凝視している。

モニターに映っていた女の子がぴゃっと画面から消えた。

それからは、なんだか愉快なことになった。絵心がよく使うホログラムがモニター上に浮かび上がって、ハトと女神のイメージが大量増殖したり、ブルーロックマンがブリッジしたり、一人でどうにかしようとして失敗を繰り返しているのがこちらからも分かる。

最終的にU-20日本代表戦決定のイメージに使われた糸師冴の上裸のドアップで停止し、スピーカーから盛大な悲鳴が上がった。男の乳首を見せられてるこっちが上げたいくらいだ。


《あ、ああアンリちゃん! サッちゃんやっちゃった! どうしよ、サッちゃんがやりました!》


最終的に、小声(でも聞こえている)のSOS電話をかけ始めた女の子。ちょっと見切れた黒い頭がコクコク動くのを見守るしかない。


《エゴおじさんに叱られる! サッちゃんクビ!?》


雇われてるの!? こんな子供が!?

今日一の衝撃が抜けきらないうちに、スピーカーの向こうで誰かが半泣きであうあう言いながら何事かの操作をし、最後はちょろっとモニターに顔を見せて、


《おさわがせしました、ごめんなさい……》


と、丁寧な謝罪とともにヴゥンと電源が落ちた。


一瞬の静寂。それを切り裂いたのは、ブルーロックにいの一番に飛び込んだご存じこの人。



「呪われてるおにーさんって誰ぇッ!?」



潔の絶叫を皮切りに食堂はカオスに包まれた。

ずっとお化けだと思われていた正体不明の女児。恐らく運営側のはずの人間が、なんか怖いこと言うだけ言って消えてしまった。この不安と心細さたるや言い表せないものがある。

「“犬”の次は“猫”ってなんだよ……」と静かにキレてる馬狼。赤ん坊に心当たりがあったのか沈黙する千切。愛され体質に思うところありまくり氷織。「サッちゃんいたもん! 夢だけど夢じゃなかった!」「玲王……」元チームVコンビにはまた溝ができそうだし。「ふざけんなうちのクソ兄貴はフリー素材じゃねぇ!!」なんか別のことでキレてるヤツもいるし。

風呂場とかトイレとか怯えながら終えて寝て起きたら昨日より体が軽くなっているし。



「冬休みの間だけここにいます。エゴおじさんの親戚の子供のサッちゃんです。将来の夢は噺家さんです。作り話が好きです。よろしくお願いしまぁす」


嘘だ。絶対言わされている。特に後半。

翌朝明らかにご立腹のエゴおじさんに促され画面の向こうからおはようございますした女の子。自称サッちゃんは、エゴおじさんが外のお仕事に出かける日に限って食堂で宿題や読書をする姿を見せるようになる。


「肩たたきが得意です。気になったら言ってください」


めちゃくちゃ並んだのは言うまでもないし、玲王はサッちゃんの両肩に手を置いて「今晩また(夢の)中に入れてくれ!」と縋りつき、凪がめちゃくちゃ距離を取った。このコンビはダメかもしれない。せめてU-20戦までもってくれることを祈る。

それから、下に妹がいるからかサッちゃんを見かけるたびに何かしら世話を焼く馬狼と、一日一回「今日の僕どんな感じ?」と聞きに行く氷織。どちらも小学生女児から手厚いマッサージを受けている。というかサッちゃんが手厚いマッサージをするヤツは総じてヤバいものをくっつけているのでは、とまことしやかに囁かれている。

だからこそ、毎回ポンポン叩いてすぐ終わる潔はきっと何もつけてはいないはずで。なのに、サッちゃんの目は同情的で生温い。「世一くんはたいへんねぇ」と頻繁に言われる。「何が、ですか……」と恐る恐る聞いても「がんばってください」で済まされてしまう。

サッちゃんがなんかお化け退治的なことをしているのは一応知られてはいけないらしく、直接聞いても「サッちゃんわかんにゃい」が出てくる。あまりしつこく聞くと「わかんにゃい(泣)」になって保護者が召喚されてしまう。エゴおじさんである。


『秘密保持契約に抵触したらサッちゃんはクビ』


サッちゃんがギャン泣きした。保護者が積極的に泣かせに来ている。

そんなこんなでサッちゃんが食堂にいることに慣れてきた頃。いそいそとプロフィール帳をもって来たサッちゃんが、一枚一枚配り出したのである。


「サインください」


とのこと。


「急にどうした?」
「ここにいるおにーさんたちは将来スーパースターになるんでしょ? サッちゃん自慢したいんだ。だから世一くんも」
「そ、そう言われるとなんか照れるな……。誰に自慢するんだ? 友達にサッカー好きなヤツいる?」
「ううん、ママとパパ」
「へえ、サッちゃんのママとパパはサッカー好きなんだ?」
「知らにゃい」
「え?」


ピラッと翻った紙のカード。見上げてくるどんぐりお目目は常識を語るように真っすぐ嘘がなく。


「もしかしたら、好きかもって思って」


どういう意味だそれ。

首を傾げた潔に、サッちゃんはちょっといつもと違う種類の表情を浮かべて、すぐに別のヤツのところへ行ってしまった。

かも、なんて。自分の親のこと、詳しく知らないみたいな言い方だ。一緒に住んでいれば良く見る番組くらい知っていそうなものだが。

そこまで考えて、この現状の異常さを改めて思い出す。

絵心が運営するブルーロックに、冬休みの間とはいえずっと預けられている小学生。けれど、馬狼の証言からして冬休みよりも前からここにいるはず。こんな山奥の監獄で小学生が大人に雇われている。たぶんお化け退治的な仕事で。一人で。深夜の見回りもして、選手の不安のはけ口にもなっていて。

そんな生活、普通の親が許すだろうか。

サッちゃんの親は、サッちゃんの現状をちゃんと理解しているのだろうか。

プロフィール帳の名前欄に書いた“潔世一”。一の字が歪に折れ曲がる。なにか、気付いてはいけないことに気付いてしまったような。


「サッちゃん!」
「んぇ?」


玲王に掴まって、凪に助け出されているサッちゃんがキョトンと振り返る。潔は、何を聞こうかも決めていなかった口で、焦って、聞き方を間違えた。


「最後にママとパパに会ったの、いつ?」


間違えたけど、ある意味、真実を知るには正解の言葉選びだった。




「えっと、サッちゃんが1歳の時だからぁ、……11年前!」




11年も会えない親ってなんだ。



急に思いついて勢いで書きなぐってなんかよく分からなくなりました。お粗末さまでした。

・サッちゃん
 前々世呪読者→前世○○○○→今サッちゃん。前世の記憶は一切思い出せない。いろいろあって五条家の養子。悟とは義理の従兄妹。いろいろは呪の方読んでくだされば。
 大元の術式は『蛇の丸呑み』。諸事情あり『ハムちゃんの頬袋』を拡張した六歳から精神年齢止まっている疑惑がある。諸事情は呪の以下略。
 自分の親のことは「ママとパパ」、他人の親は「パパとママ」と呼ぶ。ママが一番好きだから。
 ちゃんと呪霊退治してるし怪我人も出してないが、それはそれとしてしゃべっちゃいけないことしゃべってる。はじめてのひとりにんむだもん。

以下書けなかったところ。
・授業参観ならぬ職場参観しに来る最強s。
・世一危機一髪。
・盗聴の心配のない『ハムちゃんの頬袋』の有用性に気付いて悪用しだすエゴおじさんとノアおじさん。
・上記以降で定期開催されるハメになる“理子の部屋”、キレるママ()。
・サッちゃんにホラー映画を履修させて“理子の部屋”で時短視聴を目論む凛くん。
・丸呑みされたせいで呪霊と一緒に『蛇の丸呑み』されてしまうカイザー。
・サッちゃんの荷物に紛れ込むお友達のケイくんと兄のエッちゃんチョーさん。

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