愛しい皮肉



※ブス、ブサイク、美少女、美形など容姿に対する嫌な言及があります。嫌な予感がした瞬間読むのをやめてください。
※活かしきれていない美醜逆転設定。
※パラレルワールドだと思って読んでください。
※キャラ崩壊。



「うわぁ勝っちゃったよ……」


85インチの大画面テレビに映し出される熱狂。男性アナウンサーの力強い実況と観客席からの絶叫。飛び跳ねる青いユニフォームの男の子たちの中に、見慣れた紫色を見つける。うん、二ヶ月ぶりかな。元気そうで良かったな。

良かったよ、ほんとほんと。

ライオンのクッション、抱き心地が良くてお気に入り。玲王がUFOキャッチャーで取ってくれた。ばぁやさんに頼んで内緒で寄り道した放課後デートでね。それもサッカー部の練習が忙しくて連れて行ってくれなくなった。お察しよね。

抱えていたクッションをクローゼットに奉納して、……さて。


「御影のお母さま、ほんとにお母さまになってほしかったなぁ」


あてがわれたお部屋を出てお母さまのお部屋を目指す。もしかしたらリビングでお父さまと観戦してるかもしれない。どっちが正解かな。呼び出されるまで待ってるのもそわそわするしね。散歩散歩。

婚約解消されたらこんな豪邸住んでられないし。というか十中八九白紙になるよね。

玲王がサッカー選手になっちゃったら、婚約する意味ないもんねぇ。

はぁーーーーああ。やってらんな。



***



人間って他人の容姿は批評するくせに、容姿を気にせず接する人間を評価するよね。

清潔感や流行りを意識して垢抜けることができても、生まれ持った顔かたちを変えることは難しいから。ありのままを受け入れてくれる誰かを心のどこかで求めている。

どんなに醜かろうが、不潔だろうが、ダサかろうが、一定の態度を崩さず接すると、“人間ができている”ことになるらしい。

そういう意味で、私は“できた人間”だ。


いつの間にか死んで、生まれ変わった世界が狂っていた。

俗に言う美醜逆転。そういうパラレルワールド設定があるのはネット小説をかじった時に知った。美人がブサイクで、ブサイクが美人。美人は傲慢で、ブサイクは迫害されている、的な。

テレビやネットを見る限り、迫害やら差別やらは置いておいて、容姿の価値観がずれていることは何となく理解できた。実感は、あんまりなかった。

ここで私の生い立ちを簡単にご紹介。

旧財閥の流れをくむ大きな会社を持っているお父さんと、伝統芸能のおうちの箱入り娘だったお母さん。その間に生まれた大人しい女の子、それが私だ。

父母は良くも悪くもプライドが高い人たちだった。父は上昇志向が強くて、とにかく先代よりも会社を大きくすることに必死。母は結婚してもお育ちのよろしさを維持することに必死。その両親の期待を一身に受けることになった前世の記憶持ちの一人娘。

まぁ、人並み以上の良い暮らしができるなら、大人のつまらないパーティーも習い事も仕事として頑張ったけどさ。

上流階級の人間がいっとう大事にするものはメンツだ。

どんなに嬉しかったり悲しかったりキレてても顔は笑っていなきゃいけないわけ。態度が横柄だったり悪いのはお里が知れましてよ案件。嫌味は言っても罵声は浴びせない。相手が商売敵でも格下でもゆったり微笑んで社交辞令をさも本音のごとく脚色しなくちゃいけないの。

たとえ相手がどれほど見苦しい容姿をしていたって、ね。

そう、私が美醜逆転なる狂った価値観を実感できなかったのは、大人たちがみんなポーカーフェイスで何を考えているのか分からなかったからだ。

でもそれは大人が長年培った処世術で、生まれて数年の子供にはそんな特殊技能が備わっていない。当たり前だよね。小学生なんて特に生意気盛りだもん。

頭がバグるような経験をしたのは、子供を交えたパーティーにお呼ばれするようになってすぐだった。


「玲王、隠れてないでご挨拶なさい」


お母さまのドレスの裾を掴んで俯く紫の頭。何度か名前を呼ばれてようやく上がった顔は強張っていた。特に、くりくりした目にギューッと力が入っていて、ちょっとうるうる涙が浮かんでいる。さんざん金持ちのクソガキどもに馬鹿にされてきたんだろうね。

こんなに可愛いのに、ちまたじゃかわいそうなお顔なんだって。


「はじめまして玲王さん」


私は玲王さんの目をわざわざ覗き込んでニッコリ。我ながらいい笑顔をしていたと思う。だってここまでの可愛い美少年はこのパーティーにいなかったもん。

「……じ……ま、して」「もう、玲王ちゃんったら。申し訳ございません」小声で聞き取れなかった挨拶。おろおろしながら私に謝ってくるお母さま。当然だ。だってこのパーティーではこの人たちは外様だ。旧財閥の系譜や旧家出身の由緒正しい上流階級の中で、一代で興した会社は成金の部類。お金で血筋は買えない。だからこそコネクションを求めてこういうパーティーに足繁く通っている。

まあ子供には関係ないことよ。


「玲王さんは初めてなんですよね。緊張して当然です。どうか叱らないであげてください」


今度はお母さまの目を見上げてニッコリ。「まぁ、叱るなんて……」と軽く口ごもる。玲王さんと同じパッチリくりくりの目が恥じ入るように伏せられてしまった。

ほっそりした体に添ったライトグリーンのドレス。一児の母にしてはスタイル抜群の美人さんなのに、どことなく自信がなさそう。ドレスに縋る玲王さんもきょろきょろと私とお母さまを窺っていた。

上流階級の奥様たるもの、それなりに贅肉を蓄えてないとみすぼらしい。夫は妻の体型を維持させて養うのが甲斐性だって価値観。あくまでそれなりにであって、自力で歩くのに苦労するほどでぷでぷな人はいない。理想BMIが前世よりプラス10くらいにスライドしてる感じなのかな。知らんけど。

つまり御影のお母さまはこの会場において恰好だけ着飾ったみすぼらしい不美人さんになっちゃうのだと。これに関しては本当に知らん。自信なさげな美人ってかわいそうで優しくしたくなるよね。


「あちらに本場イタリアからシェフを呼び寄せて作ってもらったドルチェがあるんですよ。良ければ召し上がってみてくださいね」


スカートの裾を摘まんで小首を傾げる。習い事だけおっとりの皮を脱ぎさって鬼になる母直伝。顔だけじゃ心元ないから中身も完璧になれとのお達しだ。

私の顔って一応可愛い部類なのだっけ。この世界の常識で可愛いと言われたってぜんぜん嬉しくない。

きょろきょろ紫お目目とやっと視線が絡まって見つめ返す。眉が短くて豆柴みたいだなぁ。仔犬ちゃんじゃん。かんわいー癒されるー。


「あ、あり、」
「ご歓談中失礼いたします。お嬢様、奥様がお呼びです」
「あら。お話し中ごめんなさい御影さん」
「いいんです。ご挨拶ありがとうございました」
「こちらこそ。では、楽しんでくださいね。玲王さんも」


その場を辞する前にお二方の目を見てもう一度淑女の礼をした。それが6歳のこと。最初で最後の御影さんとの会話。以降、同じパーティーに出たこともないし、私の交友関係に引っかかりもしなかった。

それから十年。十年も経ったのに、御影のお母さまは私のことを後生大事に覚えていたらしい。



「玲王、お前が大人しく俺の会社を継ぐと言うなら婚約者を用意しよう。由緒正しい血筋の本物のお嬢様だぞ」


サイッテーだなこの親父。

その条件聞いてないよ? 初耳ね?
おとといおふざけあそばしてくださる?

大昔と変わらないつぶらなお目目がつめたーく座ったのを見逃がさなかった。心の距離が秒速で離れていく。これって私のせいじゃないよね?

ここまでの簡単なあらすじ。お父さんが大ポカやらかして会社が潰れる危機。御影さんがうちの会社の特許と母方のコネクション目当てでお金いっぱいくれる。受け取ってなんとか最悪の事態は免れる。後出しでご子息と私の婚約話が持ち上がる。お父さんもお母さんもメンツのために私をシューーッッ! イマココ。

血筋は金で買えないとかドヤってた昔の私へ。金で買われましたわよ。ウケるね。

御影さんのおうちに爆速で部屋を作られて引っ越し完了したのがついさっき。逃がさねえという強い意志を感じる。そのくせ玲王さんへの説明は景品扱いなんだもんねえ。どこの家長も考えること同じか。

おろおろが隠しきれていない御影のお母さま……本当にお母さまになっちゃうのかなあ。なんだか微妙になって来た。神経がか細そうな悲しい表情で口パクで謝られて苦笑い。ほんと女って立場が弱い。

まあ、すんごい年上にもらわれるよりは同年代で良かったよ。イケメンブサイク関係なく、生理的嫌悪がない相手で本当に良かった。

表立っては言われないけれど、界隈ではこの婚約を、金でブサイクに買われた可哀想なお嬢様ってことになっているらしい。恋愛結婚も対等な婚約も望めないから、大きな貸しがある相手を引っ張って来て無理やり娶ったって。失礼しちゃう。

この世界の“イケメン”も“ブサイク”も信用できないってのに。


「お久しぶりです、玲王さん」
「…………」
「急なことで驚かれたかと思いますが、どうか、末永くよろしくお願いいたします」


ニッコリお淑やかに笑えば笑うほど、視線が絡まない顔がしわくちゃに歪んでいく。

うーーん反抗期。

人間不信も合わさって私のことなんか認めませんのスタンス。保護された直後の捨て猫みたい。これは顔のコンプレックス拗らせているっていうより親子喧嘩に巻き込まれた。婚約以前の問題じゃないかな。

せめて人並みに接してほしいよ。お互いビジネスパートナーになるんだからさ。


「あんな言い方をしてしまってごめんなさいね、後でパパにも話しておきますから……」
「あの、私、玲王さんと、」
「玲王もね、難しい時期で。あなたに当たらないように言い聞かせます。私も力になるからね、お願いね」


十年経ってシワが増えてもほっそりお美しいお母さま。祈るように私の手を遠慮がちに握ってくる。うーん幸が薄そうな。かわいそかわいいレーダーがぎゅんぎゅん。


「こちらこそ、よろしくお願いします。お母さま」


安心してホッと息つくお母さまは、やっぱり可愛らしい。実のお母さんとは大違いだ。玲王さんと結婚することよりお母さまの娘になりたいよ。

よーし、頑張っちゃうもんねー。









「あァ〜〜〜〜〜……」


ちょろかったなこの子。

婚約一ヶ月後の御影玲王。チョロ玲王。チョレオ。

いくら座っても痛くならないフェイクファーラグに座る私。その膝に直で顔を埋めてうつ伏せで抱き着いているリラックススタイル。図々しくなったねぇ。


「そこでしゃべられるとくすぐったいかな」
「えー、ダメ?」
「せめて仰向けに寝っ転がってほしい」
「仕方ねーなぁ!」


ほんと図々しいな。お猫様かよ。

練習終わりのおつか玲王。ゴロンと仰向けになると紫色のお目目がジィッと催促してくる。「はいはい」と手を伸ばしてやさしーーくなでなでこしょこしょ。「んふ」と満足そうな笑い声が漏れ聞こえる。良かったね。


「練習おつかれさま。今日は何をしたのかな?」
「ラボの方で練習。難易度星5までやっと行けてさぁ。こっから本番って感じ」
「こんなに頑張っているのにまだ本番じゃなかったの?」
「とーぜんだろ。俺はW杯優勝目指してるんだから。まだスタートラインにも立ってない」
「へえ。でも無理はやめてね。本当に疲れちゃう前に私のところに来て?」
「ッ、おう……」


仰向けから横にゴロンして私のお腹に顔をうずめてくる。やだ、さりげなくおなかのお肉を堪能してる。服で目立たないだけで全身うっすら脂肪がぷにぷにしてるんだよね、この体。

上半身をかがめて耳元でぽそっと。


「えっち」
「うぐっ」


相手のお顔を膝とお腹で挟むことになっちゃったのはわざとじゃない。ホントだヨ。

もともとしっかり赤かった耳。そこからお顔にまで赤みが広がって全体的にカッカしている。腰に抱き着く腕がもっと強くなった。


「赤ちゃんみたい。かわいいねぇ」
「お、まえ、ほんとに見る目があるな」
「みんなが頭おかしいんだよ。玲王はカッコいいもん」


ぐりぐりしてきた。だから腹の肉。抉れるって。


「照れるな照れるな」
「照れるだろ、こんなの……!」
「うーん。どこまでいってもかわいい」
「お前の方がかわいいやい」
「きゃーーイケメン」
「だろ?」


いまいち自分の顔が可愛いのか分からないんだよね。褒められるのは嬉しいけど。

これに関しては向こうもお互いさまだよね。何回言ったって信じきれないだろうから。


「…………えっちな俺は、キライですか」


なんて、ちょっと前の話を蒸し返してくるものだから、ちょっときゅんとしてしまった。


「玲王は優しいね。私の嫌がることしたくないんだ?」
「、ったりまえだろ。お前は俺の婚約者なんだから」
「うれしー」


さっきまでとは違う、ちょっと強引なわしゃわしゃ。乱れた髪に「うわっ、なにすんだっ」とあらがう玲王は満更でもなさそう。というか、構ってくれる女の子がいて嬉しいんだろうな。

だから“好き”って言ってほしくて必死になってる。

やりすぎたのか、バッと起き上がった玲王が反撃に私の脇腹をこちょこちょくすぐってきて。突然のことにビックリして、ラグの上に仰向けに倒れ込んでしまった。

「あぁっ!?」頭をぶつける前に腕を差し込んでくれた玲王。すると、ラグの上に押し倒されているみたいな形になって、近くの喉仏が大きくゴックンした。


「ご、めん……」
「ううん、ありがと」


どうしよう。玲王が固まってしまった。このままだと起き上がれない。

サッカーで鍛えている筋肉が重くて熱い。押し返そうと触れるのも躊躇うくらい。

至近距離でわなわな震える唇は、言葉を探しているのか、何かを仕掛けたいのか。ジッと観察している間に、ギューーッと眉間にシワが入るほど目を閉じてしまった。

ああ、なるほど。

私は迷わず玲王の首に腕を絡ませて、大袈裟にビクつく体を無視して、玲王の唇……のすぐ横に顔を寄せた。

ちゅっっ。


「っ?」


ボッッと湯気が出るほど真っ赤っかになって目を見開く玲王。力が抜けた体をそっと押し返して、起き上がってから改めて玲王の顔を覗き込んだ。


「はやく玲王のお嫁さんになりたいなぁ」


それまではお預けね。

そういう意味でニッコリ微笑んだ。玲王はグッと眉間にシワを寄せて、怒っているんだか悔しいんだか分からない不思議な顔になっている。

私たちは婚約者。ビジネスパートナーみたいなもので、これはあくまでごっこ遊び。最初にそう決めたでしょ?


「ごめん、宿題がまだ残っているんだ。玲王みたいに要領よくできなくて。また夕食の時に会いましょ」
「……分からないところがあったら俺を頼れよ」
「もちろん。頼りにしてますわ、婚約者さん」


もっと一緒にいたい。でもしつこく絡んで嫌われたくない。って全部顔に書いてある。すごい。生意気玲王坊ちゃまが私のために折れてくれるこの瞬間が大好きだ。


御影玲王さんの婚約者になって初めにしたこと。お母さまと仲良くすること。何かと気にかけてくれる美人に甘えまくって女子会しまくったら年の離れた友達みたいになれた。

私が前世なんて変な物をくっつけているせいで、同年代とあまり馴染めない反動がお母さまに向かったのかも。実のお母さんとタイプが違う、世間一般の母親って感じがしてめちゃくちゃ懐いてしまった。

そうしたら、お母さまは婚約者と交流しようとしない玲王さんのことを申し訳なく思い始めて、無理やり時間を作らせる形で玲王さんが私のお部屋に来た。

次にやったことは、腹を割ったお話合い。

『ここしか行くところがないんです』『形だけでも婚約者でいさせてください』『嫌いじゃなかったら五分程度でいいので会いに来てください』『御影のお母さまの顔を立てると思って』『あなただけが頼りなんです』『助けて』

胸の前で指を絡めて上目遣いでお祈りポーズ。目は決して離さずに眉を下げて小首を傾げる。玲王さんが『うっ』と言葉に詰まるのが分かった。こんなイケメンなのに近くで女子を見慣れていないのかな。ほんとこの世界は狂ってる。

それから大袈裟に距離を取りながら『五分だけなら……』と了承をもぎ取った。一応向こうの方が一個上なのに、少年を手玉に取る悪女の気分になった。

それからはまあ、なし崩しに。

最初は対面で座ってお茶もなくもじもじして終わった。で、徐々にお互いの話をして、サッカー選手になりたいことを聞いても反対しなかったあたりで、どうにか内側には入れたんだと思う。

同じソファの隣に座った。距離は人一人分あった。
手を触った。熱いものに触ったみたいにすぐに引っ込められた。
今度こそ手を繋いだ。手汗で滑る体験を初めてした。
指を絡めて見る。変な悲鳴を上げられた。
肩にコテンと頭を乗せる。跳ねた肩が頬に突き刺さって痛かった。
腕に抱き着く。死体かってくらい体が硬かった。

そういうスキンシップを日ごとに繰り返して、ある日。


『金で売られてきたくせに』


ついに向かい合った健全なハグをしたところ、ドンッとソファに押し倒されてしまった。

柔らかい材質とはいえ、肘置きに頭をぶつけて涙目の私。そこにちょっとひるんでしまう可愛らしい玲王さん。とはいえ言われたことはなんか腹が立つので無言になった。


『金、金、金、金、俺に群がるヤツはみんな金目当て。俺がどんだけ努力したって金しか見ない。勉強もスポーツも株も何に成功したってブサイクに生まれた時点で人生終わってる。俺の価値は御影コーポレーションの一人息子ってだけ。俺の夢だって金持ちボンボンのイカレた世迷言で流される。分かってんだよお前の魂胆くらい』


溜まってたんだと思う。

御影さんちに住むようになって私も白宝高校に編入した。そうしたら各方面からの来るわ来るわのオカワイソウ砲。表面はオカワイソウでも中身は心配と嫉妬と侮蔑のミックスジュース。クソまじいのなんのって。

こういうところで美醜逆転の差別意識を感じるとは思わなかった。


『これ以上、俺の邪魔すんな』


ただ、まあ。


『…………玲王さんは、』


勝手にメンヘラるのはともかく、八つ当たりされるのはしんどいのよね。


『私にこういうことされるの、イヤ?』


見下ろしてくる頭を思いっきり引き寄せて、それなりに蓄えてある胸の脂肪に抱き込んでみる。また死後硬直みたいにガッチガチになって、自由になっている手がタコの脚みたいに落ち着きなくワキワキしていたっけ。

いや、本当に芸がなくてごめんなんだけど、もう色仕掛けしかないなって。こっちも必死だったんだ。

御影のお父さまに景品扱いされてキレたのは本当。でも御影コーポレーションの後継者の奥さんにならないと、実家の負債をどうにかしてもらった恩が返せないし。そのためには最低限玲王さんに好かれていないといけなくて、最悪ここでレ〇プされても責任問題で結婚できるなって思って。


『お金も大事だけど、お金だけじゃこんな恥ずかしいことできないよ』
『ッ、っ? 〜〜〜〜ッ!?』
『あーあ。結婚したら、なんだってしてあげられるのに』


ぽそぽそーっとそんな感じのことを囁きまくって、最終的に息も絶え絶えな玲王さんが脱兎のごとく部屋に帰って行った。とりあえず手を出す意気地がなくてちょっと安心した。

それでなんやかんやで現在に至る。

婚約者と恋人は必ずしも両立しない。お金持ちあるあるだと思ってたんだけど。



「これってそろそろ売り時かな」
「いんや、まだ。インバウンドの波がもうすぐ本格化すっからそれまでキープしといた方が良い」
「なるほど。玲王あったまいいね」
「お前がギャンブラーなんだよ」
「そうかなぁ?」


あれから吹っ切れたらしい玲王さんは、玲王呼びを強要したり積極的に恋人らしいスキンシップを強請り始めた。私としては受けて立つ心積もりでニコニコ接していたんだけど。男の子の欲望というものをナメていたかも。


「あ、ちょっともどって」
「どこ? ……っ」
「ここの系列、最近ちょっときな臭ぇの。暴落前に早めに売っといた方がいいぜ」
「そ、なんだ」


肩に顎を置かれてしゃべられるのって思ったよりゾクゾクする。

今日は玲王直々の株講座。いつも通り私の部屋にやって来て、いつものラグの上に座ったかと思えば足の間に私を座らせて後ろから緩く抱き着いてくる。最初はあったかい背もたれ付きの椅子だと思ってスルーしたけど。これはなかなか恥ずかしい。


「ん? シャンプー変えた? いい匂い」
「っん、いっしょ……御影さんちの天然由来シャンプーだ、よ」
「じゃあお前の匂いか。好きだな、これ」
「ちょっと、あんまり、」


くん、と嗅がれている感じがして急に恥ずかしくなった。

見た目を褒められるのは実感が湧かなくて好きじゃないけど、それ以外だとなんだか急に恥ずかしくなるというか。


「え……」


私にだって照れることくらいある。


「汗かいたから、嗅いじゃヤダ」


急に熱くなってきた。どこにそんなスイッチがあったのってくらい、密着しているのが恥ずかしくなってくる。逃げたい。形成を立て直して再チャレンジさせて。そう思うのに、背後から抱き着く力が強くなって、背中に感じる振動がトクトク早まっていく気がする。どっちの音。私のじゃなきゃいいな。


「あの、さ」
「うん」
「今度、つーか明日、さ。放課後まっすぐ帰らないで、どっか寄らねぇ?」
「…………う、ん」



次の日。

外出時は極力リムジンから出たがらない玲王と渋谷を歩いた。制服デートってやつ。室内では当たり前に繋ぐ手を外でやるとちょっとソワソワする。初めて手を繋いだ時の手汗は玲王のだったけど、今日のは私のせいな気がしてしんどい。

いやしんどいなこのデート。

あんまりよくない視線が時々突き刺さっている。そのたびに緩む玲王の手がなんだか可哀想で、キュッと握ってあげると元の握力に戻る。そういうことを何度も繰り返している。


「ここらへん遊んだことある?」
「あんまり」
「マジ? 行けるとこたくさんあっけど。無難にゲーセンでも行っとく?」
「ゲーセン!」


やってみたいなクレーンゲーム。前世ではやったはず。もうほぼ覚えてないけど、フィギュアとか死ぬほど挑戦してお財布が死んだっけ。

我ながら飛び上がるくらいのナイスリアクションをしてしまい、玲王のポカンとした顔でハッとする。


「かわい……」
「え」
「お前でもはしゃぐことってあるんだな」
「そりゃあね……?」
「かわいい」


最近やけに玲王の“可愛い”が突き刺さる。どうしちゃったのかしら。

繋いだ手をプラプラさせると、玲王の指がなだめるようにすりすりと。どこで覚えたのそんなテク。

心臓がドクドクし始めてたまらない。気持ちを切り替えるために目についたライオンのクッションにチャレンジしたら秒で千円が溶けてしまった。かなしい。


「選手こうた〜い。俺に貸してみ?…………ほいっと」
「えっ!」


ワンチャンで獲れちゃうんだ。すごい。え、すご……。


「玲王ってなんでもできちゃうんだね。スマート」
「当然。こんなんよゆーよゆー」


絶対謙遜しない。自分の強みを理解している。こんなゲームにも全力だし。自信満々なところが自信過剰じゃないの、見ていて爽快感がある。


「すきだなぁ……」


ライオンのクッションをもふもふしながらしみじみ。ゴンッと大きな音がすぐ横から聞こえてきた。顔を上げると、玲王がクレーンゲームの透明な壁にオデコをぶつけているところだった。


「だいじょうぶ?」
「いま……」
「オデコ赤くなってるよ。何か冷やすもの買ってこようか」
「いま、す、」
「ちょっと待っててね」


知らない知らない何も言ってない。

何も言ってないったら。









っていうのが半年以上前。

御影のお父さまに練習施設を取り上げられて、株を切り崩して資金確保に奔走したり、高校のサッカー部で全国優勝を目指して策を弄したり、自分だけの宝物に出会ったり。いろいろあってデートをする暇はなくなってしまった。毎日の会話も、本当に五分とかそれくらい。膝枕したりハグしたり。

それでも寂しさとかを感じないのは玲王の変化のせい。


「かわいいかわいいかわいいかわいい」
「じゅもん?」
「お前の声こそ呪文みてぇだ。すっげーすき。かわいい」
「わぁ……」


とんでもねぇモンスターができちゃったよ。

最近気が付いたんだけど、顔とか体型を褒められると冷めちゃうんだけど、それ以外のところだと素直にキュンと来ちゃうんだよね。怖いね。

余裕しゃくしゃくの悪女は私には無理があったみたい。調子に乗りました。

それにしたってさ、一度弱点を晒したら容赦なく突いてくるよね。怖いね。


「玲王の声もカッコいいよ」
「すきか?」
「、ふふ、こんな素敵な旦那さんほしいなぁ」


なんだか意地になってきたな。
あまりに玲王が言わそうと必死なんだもん。

目に見えてぶすくれるほっぺを両手で挟んでぷすーーっと。唇を突き出したままジト目で睨んでくる。「かわいいかわいい……ッ!?」そのままほっぺをうりうり撫でさすっていた手を取られて、チュッと。音を立ててキスされて、引っ込めたいのに上から玲王の手で押さえられて逃げられない。

ちゅっちゅっ。手のひらに吸い付く唇が、汗で湿って余計に生々しい。手に触っただけで飛び跳ねていたあの男の子はどこに。


「玲王、イタズラしちゃぁ、」


ベロッ。


「ひゅ……っ!?」
「ッはは。すげぇ声出たな。かわいーの」
「っ、っ! な、なめっ、やだっ」
「うそつき。えっちな俺は嫌いじゃないんだろ?」


好きとも言ってないよ!

恨みがましく睨みつけても生意気な顔して手をにぎにぎ。


「嫌いになったらどうする?」
「────は」


こんな急に“無”になることある?

今まで一度も見たことがない無表情。握られている手と握ってくる手の隙間がゼロになっている。や、ここで怯えたら負け。最近忘れがちだけれど、私だってお淑やかにパーティーをやり過ごすお嬢様だったんですよ。今だって御影さんの顔を売るためにお母さまと一緒にちょくちょく出てるし。

目を逸らしたら負け。私は負けない。


「嫌いになるって言ったら、玲王は何をしてくれるのかな?」
「お前を絶対に許さない」


おかしいな。想定外に怖いぞ。


「俺の人生ぐちゃぐちゃにしたんだ。俺抜きじゃ生きていけないようにお前の人生もぐちゃぐちゃにしてやる」


おかしいよね、めちゃくちゃ怖い。きゅるきゅるの豆柴は? 懐いた保護猫はどこ?

キャラ崩壊でもなんでもいいから嘘ぴょ〜〜んって言いたい。でも私にだってプライドがある。


「へぇ、玲王って私がいないと人生ぐちゃぐちゃなんだ?」


お淑やかに笑って小首を傾げる。握られている手を指が届く範囲でこしょこしょっと。


「おかしーの。私はもうとっくにぐちゃぐちゃなのに。これ以上どうやったらぐちゃぐちゃになるの?」


ある意味、今の私って“無敵の人”なのかもね。

実家の会社は看板と外枠だけ残してほとんど御影コーポレーションに持ってかれてるし、母は籍は残したまま実家の帰ってしまった。生まれ育った家もとっくに売却されている。玲王が御影を継がないってなったら景品の婚約も解消。そうしたら父の個人資産の中で唯一残った不動産のマンションに戻って。次はどこぞのお金持ちにまた出荷されちゃうのかしら。

玲王がサッカーを諦めない限り、私の人生もう一回ぐちゃぐちゃになる。そういう意味で必死に色仕掛けしてたわけ。

好きだの嫌いだのでどうにかなる人生じゃないの。


「どうせ夢を選ぶくせに、おかしいね」


あ、わりと最初に『金目当てのくせに』って罵られたの根に持ってた。ダメだなぁ。子供じみてて嫌になっちゃう。

力が抜けた手からするりと手を抜いて淑女の礼。固まってしまった玲王の背中を押して部屋の外に追い出した。内鍵をかけられる部屋で良かったぁ。

奇しくもそれは玲王が指定強化選手として招聘される直前のことだった。



それから約二ヶ月。今日。

U-20日本代表に勝っちゃったらもう日本一でしょう? もうプロも夢じゃないね。すごいや玲王。

本気で私より夢を取ったんだ。

早歩きで御影さんちの廊下を進んで、広々としたリビングにつく。やっぱり息子の雄姿を夫婦そろってテレビで見ていた。


「お父さま、玲王さんとの婚約のことでお話が、」
『名前ーーーーーーーー!!!!』



……………………?



『恋人を前提に婚約してくれェーーーーーーーー!!!!!!!!』



逆では?

テレビのカメラに向かって私の名前を叫ぶ玲王。まわりの選手に羽交い絞めにされたりはやし立てられたりしながら。しつこく私の名前を連呼している。恋人を前提、まあ、婚約していても恋人じゃないのが政略あるあるだし、真っ当なお付き合いをしてってことなんだろうけれど。


「あの、ど、どうしましょう」
「いいの、いいの、パパがごめんなさいね」
「え……」


お母さまが聖母の笑みで私の背中を撫でる。


「ここまで来たらプロ入りは確実。どころかW杯出場も夢物語じゃない、か」
「で、でも、この婚約は玲王さんが御影コーポレーションを継がないと、」
「その件に関しては君にひどいことを言ったね。謝罪と撤回をしよう」


お父さまも鷹揚に頷いて私を見下ろしている。冷たい目は、していなかった。

えっと、これは、つまり、婚約は続行ってことで?



「会社は生まれてくる孫に継がせよう」



サイッッッッテーーーー!!




***




『どうせあと二十年したらみーんな劣化するの。たかだか皮一枚の美醜にこだわっても仕方ないわ』


良く知りもしない女と婚約してそれほど日が経っていない頃。しぶしぶ一年の教室まで迎えに行けば、聞こえてくるのは言われ慣れた俺の悪口。

あの顔でさえなければ完璧なのに。お金持ちなんだから整形でもすればいいのに。玉の輿目当てでもあの顔はしんどい。

誰がお前らと結婚するかよ、と内心吐き捨てている間に、淡々とした声が身も蓋もないことを言い出した。


『人間、中身を見なくちゃね。今の見た目が良くても二十年後に話が合わない人とは一緒に暮らしたくないの』


博愛が過ぎて鼻が曲がりそうだと思った。

うちが金を出して買い取った企業の箱入り娘。母方は伝統芸能の家系で、先細りする文化を盛り立てるために日本人だけじゃなく外国人向けの公演も視野に入れているらしい。開発中の御影の翻訳イヤホンを売り込む相手として繋ぎを作っておきたいのだと父さんは話していた。

俺と彼女は7歳の頃に一度だけ会ったらしい。母さんが言っているだけで俺は全く覚えていない。彼女は俺のことを覚えている風に挨拶してきたが、絶対取り入るための嘘だ。

どうせブサイクの婚約者を宛がわれて内心絶望しているくせに。

初めから予防線を貼って期待しない。そうでもしないとやってられない。

金がなければ俺のことを好きになる女なんていないんだからさ。


『私にこういうことされるの、イヤ?』

『お金も大事だけど、お金だけじゃこんな恥ずかしいことできないよ』

『あーあ。結婚したら、なんだってしてあげられるのに』


それにしたって、俺も健全な男なわけで。一方的に怒鳴って乱暴にした相手からそっと抱きしめられたら、どうしたらいいか分からなくなった。どこもかしこも柔らかい女の体で受け止められて、抵抗するのに時間がかかった。だってお前、女って本当にふにゃふにゃしてたし、いい匂いするし、耳に鼻にかかった声でンなこと言われて、頭の中が無重力状態になった。正直、鼻血が出ていなかったのは奇跡だろ。

アイツの見た目は派手な方じゃない。女優とかアイドルみたいな華やかな感じじゃなくて、ただ小綺麗で育ちがいい箱入り娘って感じ。可愛いより美人寄りで、とにかくお淑やかなイメージのお嬢様。

それが俺の手を握って指を絡めてぴっとり体をくっつけて来て。ほんとなんなんだよ。そんなに金と結婚したいのか。いっそ結婚詐欺師だと言われた方が納得できる肉食系のお姉さんみたいに迫ってくる。本当に俺の一個下か?

最初はドギマギ振り回されていたが、途中からもうどうでもよくなった。どうせ風俗かなんかで童貞捨てるんだろうなって物悲しくなっていた。自宅の一室にそういうお姉さんを囲ってると思えばいい。我ながら最低なことを考えながらアイツの部屋に通った。天国だった。

俺が触っても猫ちゃん相手みたいに撫でて来て、話しかけても嫌な顔せず笑いかけてくれて、たまにえっちな触り方してきて、こっちから触っても照れながら受け入れてくれる。唇ギリギリにキスされた日には自室に帰ってベッドにダイブした。

婚約者、最高じゃね?

一ヶ月経つ頃には邪な感情でいっぱいになっていた。御影VRラボで順調にステップアップしていた時期だから余計に。

逆に言うと、それ以降の半年間は生殺しだった。

ほっぺちゅーやハグや添い寝はしてくれる。でも唇のキスは許されないし、スキンシップ以上のえっちなこともダメ。そういやコイツいいとこの箱入りお嬢様だったな、と気付いてからは渋々我慢した。

そうしてふと冷静になると、イヤなことを思い出して頭を抱えた。

俺の婚約者は、御影コーポレーションを継がせたい父さんがぶら下げた餌だ。プロサッカー選手になったら手に入らない女だ。

夢か女の二択。もちろん夢を取る。そのために今まで頑張って来たんだ。ポッと出の女なんかのために諦めてやるかって。

そのくせ、学校から帰る途中のリムジンで、人一人分のスペースを置いて座る女の姿で頭の中がいっぱいになる。

いちゃいちゃしていいのは女の部屋でだけ。リムジンの中では会話だけ。暗黙の了解を破りたくてたまらない時が数えきれないほど増えてきた。

せめて手。手、繋ぐくらい許されないか。家ではいいのにここはダメってどんな理由? 登下校くらいは俺のこと忘れたいとか? うわ凹む。


「玲王」
「、どーした」
「あのね、見すぎ」
「ッ!」


苦笑混じりの視線が生温くて、穴があったら入りたい気分を嫌ほど思い知った。

「なにかお話があるのかなぁ?」と年上ぶった話し方をするコイツが、胸がかゆくなるほどかわいくて仕方ない。でもこういう時かわいいって言ってもあんまり嬉しそうじゃないのも知ってる。お世辞かなんかだと思っているのか。そのくせ髪や肌ツヤ、服の趣味、声や匂いを褒めるとビビるくらいに照れる。ツボが独特だ。

そういうところも結構気に入っている。


「お前がマネージャーになったらめっちゃいいな、って思って」
「あーー。やりたいのはやまやまだけれど、お父さまに何て言われるか」
「わーってるよ。他の野郎に関わらせるのヤダし」


俺の婚約者は分かりやすい美人じゃないけど、付き合うならこんな女子がいいなっていうちょうどいい美人だ。しかも婚約者が俺みたいなブサイクなもんで、奪えるんじゃないかと邪心を持つ野郎が結構いる。性格も人当たりが良くて癒されるからだと。


「やきもち妬いてくれるんだ?」
「わ、悪いかよ」
「ううん。うれしい」


こんな小悪魔ちっくに突いてくる女だなんて誰も知らないだろうなぁ。

俺だけが知っている性格の悪さ。そういうちょっとした独占欲が積もり積もって大変なことになっているのを自分でも困ってる。

俺がこんなことになってるのに、コイツは俺がサッカーで挫折するのを待っている。だって御影を継がない俺と結婚できないし。そうしたらコイツの会社から来た社員が路頭に迷うかもとか思ってる。うちの父さんも流石にそこまで鬼畜じゃないっての。

もう俺のツラのことを本気で気にしてないことは納得づくでも、この婚約が義務感なんだろうなってのも分かっちまって面白くない。頑なに“好き”だと口に出さないのもケジメみたいで腹が立つ。

これで恋人じゃないつもりなんだもんな。小悪魔どころかマジモンの悪魔だ。


あーーーー、コイツの人生ぐちゃぐちゃにしてぇ。









「名前ーーーー結婚してくれェーーー!!!!」
「オイバカやめろ!!」
「公共の電波を汚染するな!!」
「すんませんコイツ脳内麻薬キメちゃってて」
「まず俺の恋人になれェーーーーーーーー!!!!!!」
「付き合ってないのに結婚とか言ったの!?」


ブルーロックが勝利した瞬間は頭真っ白で叫びまくったが、我に返った瞬間衝動的に「やったろ」って決意した。

もうプロになれるのは確定として、今こうしている間にも婚約解消になってたら最悪だ。アイツに嫌われてでもなんでも逃げられないように名前連呼して世間様に認知させてやる。

俺抜きで生きられないようにお前の人生ぐちゃぐちゃにしてやっからな!



「玲王さ、急にバカになるよね」
「婚約者て実在するんか」
「うちの高校の後輩。一応玲王との面識はあるよ」
「面識ある程度で結婚はマズいんだわ」
「公共の電波に乗った時点で逃げられないだろ」
「かわいそ…………」
「ひがむな非モテ共」
「オマエモナー」


祝勝会なのに一人だけお通夜。俺の事です。

いや、もう本当にやらかした……脳内麻薬って本当にあるんだなって……これ確実に嫌われるというか、憎まれること必至ってか……結婚できたとして無理やりだし……アイツに憎まれる結婚生活…………そうだ死の。


「W杯優勝したら俺死ぬわ」
「鬱なんだか図太いのかハッキリしろ」
「玲王、スマホ鳴ってる」
「…………おう」


アイツだった。

死ぬかもしれない。



「はい…………」
『サイッッッッテーーーー』



死んだ。

ミスって押しちまったスピーカーモードで祝勝会のムードをぶち壊した。

普段はお淑やかで俺相手だととろとろの甘い声が俺の繊細なハートを滅多刺し。


『生中継を私物化して、チームの勝利に水を差したこと分かっている? 一緒に頑張ったチームメイトの人にひどいことをしたんだよ。ちゃんと謝ってよね』
「あ、あ、」
『カオナシの真似しても許さないよ』
「うぅ…………!」
『泣いてもダメです。許しません』


こんなに厳しいこと言われるの初めて。

図太く生きてきた自負がある玲王もこれには真っ白に燃え尽きかける。そこまで冷たくしなくても……冷たくされて当然のことしたな。何も言えねー。

これ世間体とか気にせずフラれるやつだ。やっぱり俺には夢しかないのか。どっちも獲ろうと欲張った俺が悪かったのか。俺は俺は俺は俺は…………。


『罰としてキスは結婚するまでお預けです。分かりましたか?』
「……………………?」
『分からないの?』
「だ、って、結婚って、結婚?」
『…………してくれないの?』
「するするするするするぅーーーー!!!!」


『うわうるさっ』ぶん投げたスマホから何か聞こえたが気にしてらんねぇ。

ハットトリック決めたんかって膝をついて両腕でガッツポーズすると、周りのヤツらが恨み骨髄でもみくちゃにしてくる。「ふざけんな死ね!」「非モテの星!」「ご祝儀逆に寄こせ!」「コングラチュレーショーーン」「嫁さん紹介して」「殺す」寝取られ地雷です。乙夜は殺す。

祝勝会のバカ騒ぎが過ぎて仮釈放になると、急にあれは夢だったんじゃないかと不安になった。俺が見た都合がいい夢。帰りのバスに乗ってる時も方々から「幸せな夢見たな」「現実みろよ玲王」と不安を煽る煽る。通話記録をガン見してなんとか現実を見れた。お前ら見ろ。現実だぞ。スマホを奪って通話記録消されそうになった時は乱闘になりかけたのは完全な余談だ。

そうやってどうにか家についた頃には満身創痍で、イヤな音を立てる心臓を抱えて玄関を潜った。久しぶりのばぁやが「ご婚約おめでとうございます」と頭を下げた瞬間、じわぁっと実感が湧いた。

玄関にカバンを放り投げ、スリッパなんか履く暇もなく走って、靴下が大理石の床を滑って仕方なくて、何度かヤバいコケ方を回避しながらアイツの部屋にノックもなく押し入った。


「ビッ……クリしたぁ。どーしたのそんな急いで…………んぅッ!?」


いつものラグの上に押し倒して有無も言わさずキスをする。ずっとずっとずぅーーっと我慢してきた唇が、俺の唇ともともとセットでオーダーメイドされたんじゃないかってくらい吸い付いて、皮膚をくっつけるだけで脳みそバカになって、体中がカッカして仕方なかった。

コイツの全部俺の物。ぜんぶぜんぶ俺のモンだ。

夢中で吸い付いて、はふはふ言う腕の中の女がかわいくてかわいくてかわいくてかわいくて。ぬらぬら赤い口の中に舌を差し込んだ瞬間、思いっきりほっぺをつねられて我に返った。

「はぁ、はっ、っ、こほっ、うぇっ」酸欠で咳き込む様子でさえ可哀想で可愛い。念願の唇をたったコレだけで終わらせる気なんて毛頭なくて、もう一度顔を寄せたら涙目で思いっきり睨まれた。最高だな。


「結婚するまでキスしちゃダメって言った」
「…………言ったっけ」
「……………………」


二週間口をきいてもらえないままブルーロックに戻るハメになった。

俺は死んだ。









『どうせあと二十年したらみーんな劣化するの。たかだか皮一枚の美醜にこだわっても仕方ないわ』


博愛主義のクソ偽善だと舌を出したあの言葉を、宝箱からたまに取り出して眺めるように思い出してしまう。晴れて恋人同士になれてから勇気を出して聞いてみると、「聞いていたんだ……」と彼女は恥ずかしそうに俯いてしまう。可愛い。


「実はあれ、ちょっと嘘なの」


別に、失望はしなかった。面倒な輩をやり過ごすために嘘をつくなんてよくあることだ。「できれば信じてほしいんだけど……」と珍しくもじもじしながら、内緒話をするように彼女は呟いた。



「本当は、玲王の皮も肉も好き。だいすき」



カッコいいよね、なんて俺に都合のいいことを繰り返す。でもコイツ自身が俺によって都合がよすぎるかわいいお嫁さんだからな。そういうこともあるだろ。

今まではぐらかされていたのが嘘だったみたいに重ねられる「すき」がたまらなくて、俺も彼女の皮と肉を愛することにした。


結局俺の方が人生ぐちゃぐちゃにされてるじゃん。最高だな。










「玲王、見てよこれ。私、玲王とお金目当てで結婚することになってる。最悪……」
「どれどれ……どっちかってーと俺の悪口だなこりゃ」
「馴れ初めがアレだから否定できない。ひぃん」


聞いてないわコイツ。

お淑やかさは成りを潜め、俺の膝の上でひんひん泣き言を漏らすかわいい彼女。お姉さんぶってるのもいいが、こうやって半泣きの彼女もレアで可愛い。可愛いなコイツ。

やわらかい体を押し付けて縋ってくる優越感と愛おしさにニマニマしながら、珍しい彼女の弱った姿を丁重に可愛がることにした。

はぁぁぁーーー幸せ。




懲りずにまた美醜逆転モノを書いてしまったものの、書き終わってみれば設定を活かしきれてない話になりました。供養。

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