ブルロ×呪/凪誠士郎が連れてる幼女



七海建人が連れてる幼女とのクロスオーバーです。たぶんこの話単体でもいけるはず。



「んぇ。こんな感じでいいの?」
「うん! そのまんま照準合わせて、ピンッて弾くの!」
「指パッチンあんま好きじゃない。地味に指つる」
「パッチン鳴らさなくてもいいよ?」
「マジ? じゃ、いっちょやりますか、っと」


ホイっ、と。

伸ばした右腕。掲げた手。指パッチンの形だけ保った指が、コインを飛ばすようにサリ……と擦られた。瞬間、「ほ?」通路の向こう、メトロノームのように人型の生き餌を揺らして近寄ってきたオバケナメクジが弾け飛んだ。

びちゃびちゃと降り注ぐ紫色の血と肉片。ぬめぬめ滑る床。逃げ場などないほどに下水道の臭いが狭い通路中に充満した。

ナメクジに塩をかけるよりも絶大なトドメを刺した本人といえば、最初からずっと脳死周回明けのぼんやりまなこがようやく現実を見つめ始める。

何が何だか分からない。

ちょうど良い感じに静かで寂れた喫茶店に入って、レモンティーを頼みがてらゲーム休憩をしていたはずだった。それがいつの間にか周りは廃墟になっていた。頼んだレモンティーのグラスはヒビ割れたビーカーと泥水に変わっていて、口をつけなくて良かったととりあえず安堵したものだ。

それから、廃墟をひとり当てどなく彷徨い歩いているうちに、──出会ってしまった。

小学生か幼稚園児か、いくつくらいか判然としない小さな命。

俗に言う、幼女。

二つ結びの黒髪お下げ。白いダッフルコート。黒いワンピース。黒いタイツに、ローファーもどきのスリッポン。こちらを目一杯見上げる顔は無邪気の一言で、黒縁メガネの下の瞳が一瞬、赤く発光した気がした。

ギュッと自分の手を握る小さな手。白くて、柔くて、脆くて、──冷たい。生きているのが不思議なほど非現実的な存在だった。



「しらがネギの嘘つき! やっぱり無下限使えるじゃん!」



凪誠士郎は幼女を連れている。




***




遡ること十分前。凪は困惑していた。

何となく目についた喫茶店に入ったら急に廃墟になっているわ、出ようとして扉を開いたらなんか黒い壁に阻まれて出れないわ、仕方なく不法侵入したバックヤードはなんか苔むしているわ。「ここ窓割れてね?」と誰も拾ってくれないネタを呟くくらい途方に暮れた。

窓が割れていると言っても人が通れるほどの広さはない。何より汚くて触りたくない。危ないし。カビ臭くて淀んだ空気が気持ち悪く、早く外に出たい一心で凪は足を動かした。

昼間だと言うのに薄暗くて、明かり取りの窓が十分に機能していない廊下を歩く。外から見た感じ、一階を貸しテナントにしたマンションだった。他の店から出られないかと覗いて回ったが、そもそも出入り口がない。おかしいだろ、とこの辺りで危機感が湧く。

一度階段を登って非常階段でも探すか、と二階に移動したその時。階段から廊下への曲がり角で、ぽて、と。白い影と遭遇したのだ。

こんなところに女の子がいる。


「えっ、ゴダイゴ?」
「ちがう、と思う……」


凪の腰ほどの身長しかない幼女は、名字名前と名乗った。


「お兄さんなんてお名前?」
「凪です」
「ふーーーん? じゃあネギね」
「なんで? ちゃんと呼んでよ」
「えー? じゃあ髪の毛真っ白だからしらがネギ!」
「なにが“じゃあ”なの? ねぇ」
「しらがネギ! 私の手離したらダメだよ!」
「えぇ、と……」


子供の扱いなど凪には分からぬ。

話を聞かない幼女など特にだ。

名前と手を繋ぐために凪は猫背キープを強いられた。同じように名前は肩と肘が同じ高さになるように腕を上げて電車の吊り革スタイル。お互いが微妙にしんどい体勢で、凪と幼女は歩幅に合わせてぽてぽて歩く。

「しらがネギはぁ、」定着してしまったあだ名に渋々と「なに」と返した凪。続いた言葉はやっぱり意味不明な呪文でしかなく。


「なんの術式?」
「じゅ……?」
「やっぱり無下限? ゴダイゴの親戚なんでしょ?」
「ゴダイゴだれ」


そもそも人の名前だったのかゴダイゴ。


「ゴダイゴはね、意地悪なんだよ。いっつも私のケーキ持ってっちゃうの。返してって言ったらいいよーってお皿にイチゴだけ乗っけてあとぜんぶ食べちゃうんだ。しらがネギもやられるでしょ?」
「や、知らない子ですね」
「えーー?」


同じクラスのクソガキだろうか。

ひとしきり要点を得ない話を一巡二巡しつつ、分かったことは子供が保護者とはぐれたこと。探し回っているところで凪にでくわして、知り合いに似ているからと妙に近い距離で話しかけていることくらいだ。


「じゃあ君はどっから入ったの? 一階の喫茶店?」
「んーん、三階の非常階段」
「三階にあったんだ。ならそこから出れるでしょ」
「んーーー? ……あ、今なら出れるかも?」


名前は、会話の端々で意味深な言葉をよく使った。

ひっかかるところは何度かあったものの、とにかくここから出たい一心で凪は幼女の言葉を信じた。何年も放置されていただろうビルの廊下は相変わらず薄暗く埃っぽかったし、歩くたびに砂利と窓ガラスを踏む音が耳に障る。まるでホラーゲームのプレイヤーになった気分だった。

そういう点では、ある意味覚悟ができていたのだろう。

三階に上がると同時にどこかから漂ってくる生臭さ。突き当りの天井にぶら下がった緑のライト。非常口を見つけ、足取りも軽く歩みを進めた途中。ぬるりと、突き当りの角からこちらを覗く人がいた。

人、みたいな何かだった。

髪みたいな黒っぽい何かを被った、肌みたいな色の顔に目みたいな点と鼻みたいな小山と口みたいな切れ込みが入った頭で、服みたいなヒラヒラを体みたいな四肢に纏った。正しく“人みたい”としか言いようのない何かが、凪たちを待っていた。

ゆら……ゆら……ゆぅらぁ……。

水槽のクラゲが縦に揺れるような不規則な動作。引き攣れた皮膚の隙間から滲む黒い何か。口らしき切れ目から断続的に聴こえてくる何かの声。

入場料払ったっけ。

そういう体験型アトラクションというか、VR技術を駆使したテーマパークというか。まあそんな感じの解釈で一周回って冷静になる凪。もはや脱出ゲームのサポートアイテム扱いで手を繋いだままの幼女を見下ろした。


「で、武器は? 何かあるの?」
「だから術式だって。しらがネギ無下限やってよぉ」
「そのムカゲンってもしかして手ぶらでできるヤツ? なんかハンドサイン的なのある? 急にやってと言われましても……」
「うん? ……あーーそっか! しらがネギおめめ青くないじゃん!」
「んぇ?」


下から繁々と観察してくる黒い目。メガネのレンズを隔ててなお、小動物のように丸々と輝く好奇心は隠しきれていない。


「青かったことはない、かな」
「ノー“りくがん”は難易度鬼むずルナティックだもん! なるほろねぇ!」
「おーい。置いてかないで。説明して」
「いいよいいよ、私が一緒に練習してあげる! どーせぶっつけ本番で力発揮するタイプでしょ?」
「説明……、まあ、おおよそは……」
「ヨシ! れっつごー!!」


もう名前の謎テンションに慣れてきた。というかスルーしといた方がスムーズに話が進む。凪はめんどくさがって楽な方向に舵を切った。

結果、何の心の準備もできずに推定オバケVRに突っ込むことになった。


「あのねあのねあのね、無限を目の前に持ってくるの!」
「は、む、ムゲン?」
「見えない壁的な? 攻撃を弾く空気? やってみて!」
「無茶振りやめてくれないかな」


とかなんとか言ってる間にも廊下の突き当たりは近付いてくる。小さな女の子と侮っていたが、名前の手を引く力は予想外に強く、何より半腰で踏ん張りが効かない体勢の凪はたたらを踏むように前進し続けてしまう。

ついに数mの距離までやって来たところで、顔面に叩きつけられたとんでもない異臭。下水道に繋がっているマンホールの近くを通った時なんて目じゃない。咳き込みたくような刺激臭が襲いかかり、「ぼぇっ」と呻き声が口から漏れた。

凪が反応してくれたことが嬉しかったのか、ゆらゆら動き続けるオバケの切り込みがニィィィィイイと変形した。


【よく来たねぇぇぇ】


「は」と短い息が出る。


【くーちゃん、んあ、ぉおかしある、よぉ、ぉ、ぉ】
【学校たのしぃ?】【たのしくない?】
【おまんじゅう食べすぎちゃだぁめ】
【夕飯入らなくなっちゃうよ】
【だめ】【だめ】【め】【め】

【め】


いやこれ無理すぎるでしょ。

臭いし、キモいし、怖いし、汚いし。絶対触りたくないと心底拒絶した瞬間、ゆらゆら揺れていたソレが嘘みたいな動きでこちらに飛びかかってきた。

むりむりキモい触りたくない。あっち行けよ。

──ビタッ!!

凪の拒絶に呼応したように、オバケが眼前の何もない空中にぶつかった。本当に、見えない壁に阻まれているような、パントマイムでも見せつけられてるような。

至近距離で潰れたオバケを見せつけられた凪。その頭部らしきところに謎の管がついていることに気が付く。「あー!」と名前が叫ぶと同時に、オバケは管に引っ張られてビュンッと突き当たりの奥への消えてしまった。


「すごーい! チョウチンアンコウみたい!」
「……ほんと、だね」


果たして、曲がり角を覗き込んだ先にソレはいた。

今まで見ていたオバケは、ソレの付属品でしかなかったのだ。

むっしゃむっしゃとオバケ、基、生き餌を口に運んで咀嚼する巨大ナメクジ。胴体に生えた無数の足がワサワサと動くたびに下水道の異臭が濃くなる。吐きそう。


「あそこの後ろにね、非常階段があるの」
「つまり、あれをどうにかしたらゲームクリアなわけか」
「うん! しらがネギやって!」
「どうやって?」
「さっきちょっとできたじゃん! あれの応用ね!」
「え、あの透明な壁みたいなの?」
「うん! ノー“りくがん”でぶっつけ本番! 才能あるよ!」
「マジ?」


凪は何かをやった意識は全くなかったけれど。

というか透明な壁でどうやってあのキモいナメクジを倒すのか。凪は迷わずお助け幼女に相談した。

結果、カッスカスの指パッチンみたいな動作でナメクジは爆発四散した。

どうしよう。俺の右手が殺戮マシーンになっちゃった。


「“あか”ができたならもう一人前じゃない? やったねしらがネギ! 家族に褒められるよ!」


その言葉選びなんかヤダな。

紫色の肉片でびちゃびちゃの床を蹴散らしテンションマックスな名前。凪はようやく現実味というものを飲み込み始め、最初以上にとにかくここから逃げたい焦燥に駆られた。


「じゃあ俺帰るね」
「えー! なんでなんで! 任務なら一緒に高専帰ろうよ! ちゃんと報告しなきゃ手柄にならないよ!」
「そもそも任務で来てないんだよね」
「え……ええ!? じゃあなんでここいるの!?」
「や、俺もよく分かんない。気が付いたらいた」


途端にハイテンションだった名前が押し黙る。

それから「うーーん」としばらく唸ったかと思えば、凪の足元で目一杯顔を上げ、心配そうに眉を下げながら首を傾げた。


「術式、うまく扱えなくてお父さんお母さんにいじめられてた?」
「うちは普通の家庭ですけど」
「やっぱりゴダイゴんちの隠し子かな」
「話聞いてる?」
「ノー“りくがん”の無下限は無理ゲーって聞くもんね。しらがネギ、苦労したんだねぇ」
「あの、名前さん?」


ポンポン足を叩かれて凪は困惑した。

よく分からない理由で幼女に慰められている。



「大丈夫だよ、今日ちゃんと無下限使えたじゃん。次はきっと“一人でできる”よ。そしたらいじめられることもないもんね」



すごく壮大な勘違いが起こっている気がする。

いじめられっ子を慰める顔で精一杯言葉を選びながら話しかけてくる幼女。心なしかおさげの二つ結びもしゅんと萎びている気がする。

訂正しようにも今までの全く響かない会話から面倒くささが先行する。もうそれでいいよ、と思いつつ紫色のぬちゃぬちゃフロアを踏んづけて非常階段にまでたどり着いた。


「あ、あのね、なんかあったら私に連絡していいよ。お話聞くからね。しらがネギはできない子じゃないよ」


できない子なんて人生で初めて言われたかもしれない。

これ以上ないほどしょっぱい気持ちになった。間髪入れずに断ろうとした凪は、名前のスマホの画面に映し出されたSNSのアカウントにフリーズした。


「これ私の趣味垢ね。いつでもDMして?」
「……いたいけちゃん?」
「うん!」


『いたいけちゃん昼間によくいるけど仕事してんの? てかいくつ?』
『夜職してるよ。7歳』
『児童労働最前線』
『夜職の意味分かって言ってる?』
『このゲーム一応12歳未満禁止なんだけど』
『じゃあ1300歳』
『振り幅えっぐ』
『奈良時代生まれwwwww』
『化石ちゃんに改名しな?』
『しない』


ヤバい人だなぁと再認識したチャットの内容が頭に思い浮かぶ。



「………………7歳?」
「うん、7歳!」



ゲーム垢のフォロワーだった。




***




というのがブルーロックに招集される直前の出来事である。


「凪、逃げろッ!!」
「ダメ、何やってんの玲王!!」


二次選考終了後。適性試験を終え、最終合宿の夜。スマホを忘れた凪と残って練習をしていた玲王がたまたま出くわした気まずい雰囲気の中、それは現れた。

端的に言って化け物。凪が以前に見たナメクジとは違う、待ちではなく攻めの姿勢を見せる四足歩行の巨人もどきが二人に襲い掛かった。

広いフィールドだからこそ逃げられているとも言えるし、狭い通路に入ったら直線で捕まってひとたまりもない。体力を使い切った練習の後でスタミナもギリギリだったところで、玲王が「俺が囮になる」などと言い出した。


「お前は天才だ! お前がサッカーできなくなるのは世界の損失だろ!? 俺なんかよりずっとすごい、俺の宝物で、だから……っ!!」


凪の方を向いているせいで、伸びてくる三本指に無頓着すぎたものだから。


『次はきっと、』


右腕を前に伸ばして、右手を掲げて、コインを弾くように人差し指と親指をこすった。

……キュインッ。


『“一人でできる”よ』


名前が言った通り、凪が放ったムカゲン()は巨人の眉間を正確にとらえ、追いかけて来た巨体が真逆の後方へとぶっ飛んだ。

────ドォォォォオオオン!!



「あ」



ふっ飛ばした巨人は壁にぶつかり爆発四散。ブルーロックのメタリックな壁にド派手な亀裂と大穴をこさえてしめやかに消滅した。

座り込んだ玲王にも、もちろん凪にも傷一つなく、過ぎ去った脅威に荒い息を吐く。

しかし、凪にとっての不条理はここからだった。

ビーービーーッビーービーーッ!! 耳障りな警告音がフィールドに響き渡り、状況把握に努めようと絵心のアナウンスが降ってくる。無論、先ほどまでフィールド上を逃げ回っていた凪たちの様子を監視カメラで見ていたのは確実であり。

凪が何かをしたことで設備が損傷したことも見ていたわけで。

これって俺が壊したことになんのかな。えーと、賠償金いくらだろ。この施設妙に金かかってそうだし。俺、払える? ……借金?

サッカー選手になって年俸たくさんもらって、早期リタイアでのんびりスローライフの夢が借金地獄の危機に瀕している。凪の顔は徐々に青褪めていった。



「べ、弁護士を呼ばせてください」



手元のスマホで急遽いたいけちゃんのアカウントにヘルプのDMを送った。









「復唱。凪誠士郎くんは五条悟の縁者ではない」
「しらがネギはゴダイゴの親戚じゃない」
「理解しましたか」
「うんうん完全に理解した」
「あなたそれ分かってない時の相槌でしょう」


まったく復唱になっていないことはツッコんでいいのだろうか。

弁護士。正しくその名の通り弁護してくれる人としていたいけちゃん改め名字名前を召喚しターンエンドした凪。しかしやって来たのは幼女だけじゃなく、白スーツに妙なサングラスを着用したお堅いサラリーマン。そのくせ未成年の凪にまで丁寧にお辞儀して挨拶をするので、こちらもお堅くお辞儀を返してしまった。

男は七海建人と名乗った。

名前は七海が垂らした左手の指をキュッと握って周りをうかがっている。こうして見ると人見知りの小動物だ。初対面での凪への図々しさは本当に“ゴダイゴの親戚だから”と信頼した上での対応だったのか。


「身長と髪色しか似てないじゃないですか」
「ゴダイゴの隠し子じゃないの?」
「あの人今年で30ですよ」
「戸籍上はでしょ」
「不老不死の怪物か何かと勘違いしてませんか?」
「してないしてない」
「名前」
「ホントにしてないってばぁ」


ショートケーキを奪ってイチゴだけ返すゴダイゴ、とっくに成人してた。クソガキの所業じゃなかったことに凪は戦慄した。

それから大人だけで話すことがあると、何故だか名前を預けられ食堂に行かされた凪。あの日と同じ白ダッフルに黒いワンピースの二つ結びメガネっ子幼女。食堂につくなり適当な椅子によじ登って「しらがネギ〜!」と呼んでくる。食堂にいる選手の視線が凪と幼女で行ったり来たりした。

凪が破壊した施設の修理は七海が弁償してくれるらしい。なんでも監督不行き届きで名前を凪に接触させたばかりか、先日までその事実に気付かなかったお詫びだとか。

どうやらこの幼女、ただの幼女ではないらしい。

名前が凪に会うことの何がいけなかったのか、などとすっとぼけるには濃すぎる事件が二度も起こった。そのいずれも深く詮索してはいけないと釘を刺されてしまったが。


「しらがネギなんでログインしなかったの? フレンド間違って切るところだった」


ヤバい幼女だと知っているのに、何がヤバいのかがどうにも意識できない。


「スマホ取り上げられてたんだって」
「ゲッ、人権侵害!」
「言ってやってよあのメガネに」
「イマジンはちょっと怖いからパス」
「待って絵心のことそれ」
「うん」


相変わらず独特なネーミングセンス。

名前の向かいに椅子を持って来て座る。それからいそいそとスマホを取り出した廃人二人。ゲームを介すとなんやかんやで相性は良かった。チャット打つ手間も省ける分、こっちの方が楽だったのもある。


「しらがネギ、エナドリ余ったのいる?」
「ちょーだい。こっちはオヤジ狩り撃退した」
「さんくす。まだフィーバータイム来ないねぇ」
「やーそろそろヤンキーの不意打ちくる」
「おあっ、ドンピー!」
「奇襲返し成功。生徒手帳狩りじゃー」
「天誅〜」
「ないすへっしょ」
「「うぇ〜〜〜い」」

「いや家かよお前ら」


ランク上げにひと段落ついた頃。凪の隣に椅子を持って来た玲王がツッコミを入れる。

頬杖をついて呆れたようにジト目になった玲王。メガネの下のまあるい黒目がきょとりと玲王を捉えた。


「ね、名前なんてーの? 俺は御影玲王」
「こんにちは、名字名前です」
「名前ちゃんね、よろしく。んで、あの化け物のことなんか知ってる?」
「禁則事項です」
「へぇ、教えてくんないんだ?」
「…………しらがネギ、このネタ古かった?」
「古いってか、玲王はオタクじゃないから」
「あーね」
「なんの話?」


12年前のアニメでも知ってるもんだな、イマドキの小学生。

妙に関心してしまった凪と未来人ネタについていけてない玲王。ネタを説明するのほどダサいことはないので全力でスルーした二人であった。

玲王が話しかけたことで、幼女と凪がゲームに集中していてなんとなく話しかけづらかったメンバーがそろりと近寄ってくる。ちなみに今日はブルーロック全館の設備点検で貴重なオフ、というか自由行動日であった。理由は言わずもがな、化け物対策だろうと凪は知っているが、周りは不平不満を感じながら空いたスペースで各々できることをしている。

つまり食堂にはいつもより選手がちらほらと残っていて、突如姿を表した幼女は注目の的だったわけだ。


「おチビちゃんお名前はー?」
「名前だよ。おにーさんは?」
「俺は蜂楽廻! よろしく名前ちゃん!」
「ばちら、ばち、ば……バチェラーね! よろしくー!」
「「は??」」


「あ、お得意のネーミングセンス」と思ったのは凪だけで、他の面々はポカンと口を開けてアホヅラを晒してしまった。


「蜂楽が学位を取得してしまった」
「お前いつの間に恋愛リアリティーショー出てたんだよ」
「俺じゃなくて名前ちゃんに聞いて! そこはめぐるおにーさんじゃないの?」
「バチェラーの隣にいるのはなんておにーさん?」
「バチェラー無視されてやんの」
「むぅ。じゃあ潔はなんなのさ!」
「お、俺!?」
「おにーさん、潔なに?」
「い、潔世一です」
「ふーん。いさぎよ、いさぎよい……じゃあ、よいちょまる」


よいちょまる。

「んふっ」思わず吹き出してしまったのは、たまたま近くを通り過ぎようとしていた凛だった。本人も不意打ちだったのか、注目されてすぐに「こっち見んな!」と反応したが耳が赤いのを隠せていない。

それを見逃す潔ではなく。


「な、なあ、名前ちゃん! コイツにもあだ名つけてやってくれよ! とびきりのやつさ!」
「は? おいなんで俺を巻き込んだ」
「笑うほど名前ちゃんのセンス気に入ったんだろ? この機会につけてもらえよ、な! 糸師凛くん!」
「うっぜー!!」
「いとし、りん? い、いー?」


普段馬鹿にされている情けない年上の、ちょっとした憂さ晴らしのつもりだったが。


「トシリン!」
「手抜きじゃねーか!」
「……ブハッ!」


潔の腹筋があえなくファックオフ。

たぶん監獄生活の疲れが出た。


「とし、としりん……としりんて……っ! としっ! としりん!!」
「どっちかというとイ抜きじゃない?」
「うっせーぞオカッパ! 何もうまくねーんだよ!」
「じゃあ糸師冴は、トシサエ? 語呂悪ぅ」
「だれ?」
「トシリンの兄ちゃん」
「じゃあトシ兄ね」
「じゃあって、じゃあって、っなん、だ……っ! ざっつい! ヒィー!」
「笑いすぎだよよいちょまる」
「テメェらまとめて蹴り転がす」
「なんかとばっちり来たぞ」


「じゃあアイツは? 馬狼照英」「バーロー?」「キングが小学生探偵になっちゃった。えーと、乙夜は? 乙夜影汰、あの緑メッシュ」「んー、初音ミク」「カラーリングがネギだからか……」隙を与えぬ凪と幼女の追撃が入り、潔はしばらく水揚げ直後のマグロごっこに勤しんだ。なおトシリンからの蹴りは3発入ったものとする。

「じゃあアイツはー?」「んーとね」と目につくヤツの名前を片っ端から挙げまくるあだ名テロを続行したところで絵心のアナウンスが入る。どうやら大人の話は終わったらしい。

案内した凪が再び名前を連れて行く役をおおせつかった。マグロよいちょまるとお怒りトシリン以外に手を振られながら食堂を後にする二人。

凪は猫背気味に手を下ろし、名前は目一杯腕を上げて手を繋ぐ。この体勢初対面でもやったな。凪はあの薄暗い廊下と下水道の臭いを思い出してしまった。

今歩いている廊下は窓一つない密室だ。停電にでもなれば、きっと化け物の胃袋みたいに真っ暗になってしまう。


「あのさ、前に言ってたムカゲンってやつ? 俺が使えたのは名前のせいだったの?」
「──そうなの?」


キョトンと見上げてくる黒い目。けれどその瞬間、メガネの向こうの世界がチリチリと赤く色付いて、鮮やかに発光していく様を見た。

「ぁ、」何かが自分の体を、胸の内を、魂を絡め取って、別の何かに作り替えようとしている違和感。それは本来なら、あの廃ビルにいた時に一度体感しているはずの洗礼、または洗脳。


あるいは、汚染。



「私がいたから、しらがネギは無下限を使えたの?」



ムカゲン、というものを凪は知らない。知らないけれど、あの化け物を爆発四散させた力だというなら、それは凪のものではない。それだけは確かで、確定させなければいけない現実だったから。


「うん、名前のおかげで俺は玲王を守れた。ありがとね」


しゅるしゅるしゅる……。内側に絡まっていた何かが外れていく感覚。そうして意識的に右手で指パッチンをしてみる。乾いた音がブルーロックの廊下に響くばかりで、爆発もなにも一切起こらなかった。


「うーん、やっぱりノー“りくがん”は無理ゲーなんだね。この前のが運が良かっただけかぁ」
「そう、だね。もう二度と使えないと思う」
「しらがネギ、ドンマイ!」
「いいよ別に。もともと使えないのが普通だし。……俺、サッカーができればそれでいいから」


「ふぅん?」と興味なさげに見上げてくる目は、もう赤くなんてなかった。凪の手をブンブン乱暴に振りながら、化け物の影も形もない監獄をぽてぽてと。

凪誠士郎は幼女を連れて、歩いて歩いて、歩き切って、七海の手に返してやると、二人は二度と会うことはなかった。









いたいけちゃんのアカウントが消えた。

ゲームのアカウントも消えて、凪のフレンド枠に一つの空きができてしまった。

U-20戦を終え仮釈放中の暇人凪。ゲームをする気もなくなり、余計に暇を拗らせた昼下がり。無音が急に侘しくなってテレビをつけると、ワイドショーがセンセーショナルな話題としてある事件を取り扱っていた。

小学生女児へのストーカー容疑で女を逮捕。女の娘は行方不明で死亡届が提出されており、錯乱した末に女児を自分の娘と思い込んで付き纏っていたのだと。


《阿久田容疑者の娘のひな子ちゃんは2017年の4月、夜に散歩に出かけた後から行方が分からなくなっていました》

《当時6歳のひな子ちゃんの捜索は約二ヶ月で打ち切られ、すぐに死亡届が提出されています》

《近隣住人の証言から、阿久田容疑者による躾と称した夜の締め出しが常態化しており、阿久田容疑者による虐待死の可能性が浮上しましたが、ひな子ちゃんの遺体は未だ発見されていません》

《警察は阿久田容疑者の余罪を────》


幼稚園の卒園式と思しき写真に写る、黒髪を下ろしてまんまるの黒目をこちらに向ける幼女は、



「…………名前?」



あの幼女にそっくりだった。




***




名字名前は取扱注意な幼女である。



「領域展開」

垂迹弄楼曼陀羅すいじゃくろうろうまんだら



どろどろと水の比率が低い墨汁が天から降ってくる。円筒状に外と内を区切るカーテンはすっぽりと廃ビル一棟を覆いつくし、ある意味では檻の役割を果たしてしまう。

術式の常時展開、及び必中効果の付与。領域とはすなわち術者の掌中であり舌の上。入ることは容易く出ることは絶望的なその空間において、発動するのは常識の書き換え。現実の浸蝕。この世界のあらゆるものを虚構に塗り替えてしまう不条理の権化。

認識阻害、認識汚染。

名前が(意識的/無意識的に)そうだと信じたことが現実に起きる。ドラえもんで喩えるならどこでももしもボックスであり、いつ押したか分からないどくさいスイッチ。ひみつ道具が二つしかない四次元ポケットを持っているのが倫理も道徳も未発達な幼女。

使いどころによっては便利な幼女だが、際限なく遊ばせると危険な幼女でしかない。定期的に呪力を吐き出させある程度弱らせておく必要がある。呪術高専が幼女を任務に駆り出すのはそう言った事情もあり、今回の領域展開もまた呪力を消費させるための無駄打ちに近い。

お目付け役の一級術師・七海建人が同行した今回の任務はイレギュラーであった。

小金欲しさに非術師の依頼を受ける呪詛師。呪ったのは男子高校生。その保護が最優先であり、本来ならば名前が領域を展開する前にし済ませる算段であった。実際に補助監督がターゲットの少年の無事を確認している。自家用リムジンに乗って帰宅したらしい。

誤算は、呪うべきターゲットが別の人間にすり替わってしまったこと。どうにもターゲットに近しい少年が代わりに呪われてしまい、呪詛師子飼いの呪霊が潜む建物に誘き寄せられていたらしい。

帳の内側に沿うように降ろされた墨色の壁を見つめ、七海は熟考した。下手に名前と非術師を引き合わせて変な認識を植え付けられるリスクか、待てのできない名前を一人置いて被害者を早急に確保するか。比べるまでもなく被害者の無事を取るべきだとギリギリ結論付けた七海。

覚悟した七海を見送った名前が、その数分後に白髪長身というどっかで見たことがあるカラーリングの少年と出会ったとも知らず。

七海は“謀ったように”誰にも会わず、全てが終わった頃に呪霊の残骸だけが残る現場に足を踏み入れた。


「待機命令を出したはずですが」
「だって呪霊がうるさかったんだもん」
「それでわざわざ突っ込んでいくなんて、あなたらしくない」
「だって久々のお出かけだし、運動したかったしー」


今日の名前は機嫌が悪かった。ソシャゲのマッチングを中断して連れてこられたから。久々のお出かけを渋ったのは名前の方だったくせに、今は何やら機嫌が良くなっている。嫌な予感しかしない。

名字名前の術式は、戦闘においては非常にピーキーな性能である。強そうな人間は強くなり、弱そうな人間は弱くなる。たとえ内実は違くとも名前がそうだと思い込めばそうなってしまう。


「今日のは雑魚だったよ。ぜったい三級。私のパンチで倒せたもーん」


呪詛師が連れていた呪霊は準一級だった。術式を持っていないだけで非常に厄介な怪物であるはずだ。

それが、こんな幼女の一挙手一投足で簡単に。

あたりはもう消えかかっている呪霊の残穢と呪詛師の残穢を除けば名前の残穢しかない。当然だ。ここは名前の領域の中なのだ。空気に至るまで名前の呪力が満ち満ちている。この中でなら準一級も三級の雑魚に成り下がるのも道理のはず。

攻撃力を持たない幼女でも、なくはない、か。

そう納得した七海は、幼女の思考回路の難解さを甘く見ていた。









「だってだって、お家の人に嫌われて術式もうまく扱えないのに無理やり呪霊の巣に放り込まれたんでしょ? 可哀想だよね。華を持たせてあげたいじゃん?」
「名前」
「ていうかしらがネギってちょっと漫画の主人公っぽくない? 虎杖イタメシとは別ジャンルの働きたくねぇ系チート主人公。こりゃいつか命の危機に瀕して覚醒する展開が来るなって」
「名前」
「……バトルじゃなくてスポーツ漫画の登場人物だったんだねぇ。意外意外」
「なんの漫画だろうがあなたがしたことで非術師の命が脅かされた事実に変わりはない。反省してください」
「はぁい」


五条悟と同じ身長と髪色で、目が黒くて、呪霊が潜伏する場所にいた。それだけで凪誠士郎は『五条家に疎まれて呪霊の餌になりに来た六眼ナシの無下限使い』になってしまった。

どれだけ荒唐無稽な御伽噺未満だろうと名前にとってそれは真実であり、侵蝕された現実もまた真実を受け入れた。

ブルーロック。テレビを見る暇がないもっぱら新聞派の七海は知らなかったが、呪術めいた方法でストライカーを育成しようというプロジェクト。閉塞的で怨念渦巻く監獄はさぞや呪霊にとって居心地が良い産卵場所だろう。

“命の危機に瀕して覚醒する”場としては最適だった。

名前にその自覚はなかっただろうが、(というか自覚があったら縛りの関係上できないが、)凪誠士郎が力を発揮する場面として最適な呪霊を湧かせ、狙ったように彼はヒーローになった。幼女の呪力を全身にこびりつけ、擬似的に植え付けられた術式もどきを駆使して幼女が用意した呪霊を祓い、彼は友人を守った。

とんだマッチポンプだ。


「うーーん? しらがネギよりよいちょまるの方が主人公っぽい? この前の決勝ゴールよいちょまるだし。見誤ったなー」
「何を見ているのかと思えばスポーツニュースですか。珍しい。いつものゲームはしなくていいんですか」
「飽きたぁ」
「あなた課金は家賃までとか言って相当無駄遣いしたでしょう」
「無駄遣いは無駄になってこその無駄遣いだよナナウミくん」
「理解できません」


暇潰しの娯楽のために全力でふざけて飽きたらすぐ放置する幼女。名字名前にとって人間は漫画のキャラクターで、この世は愉快な作り話の世界なのだ。

これに付き合わされる七海含めた末端の呪術師のストレスは半端ない。五条やら乙骨やら特級に任せようにも「自称最強は死亡フラグ」「最悪なタイミングで寝返りそう」とか言い出してめちゃくちゃに引き離した。この幼女ロクなこと言わない。

被害を最小限に抑えつつ、使えるものは便利に使おうという高専のスタンスが恨めしい。


「ねーねーナナウミ」
「なんですか」
「ストーカー規制法ってなんであんなにゆるゆるなの?」
「単純に警察の人員が足りてないんじゃないですか」
「ふぅん。直接手が出せないって困るねぇ」
「舌の根も乾かないうちからよく言いますね」
「向こうから手を出してくれたら楽なんだけど」
「勘弁してください」



そして、事件は七海がいないところで再び起きる。




***




仮釈放中の潔世一はその日、幼女に再会した。

見晴らしの良い公園のベンチに座って二色ジェラートを舐める小さな女の子。名前という名前と、あだ名のネーミングセンスがイカレていることくらいしか知らない。何故あの日ブルーロックにいたのか知るのは一緒にゲームをしていた凪くらいだろう。


「あれ、よいちょまる?」
「ひ、久しぶり名前ちゃん」


そういえばよいちょまるだった俺。

ギャルが普段使いしてそうな単語をこんな昼中に聞くと、あれだけ笑っていたのに何やら気恥ずかしい。

趣味の散歩でいつもより遠出しているとはいえ、ここは埼玉の潔家から徒歩圏内の場所だ。滅多に来ないところだが、もしかして結構ご近所さんなのだろうか。断りを入れてから隣に座った潔に、名前は首を振った。「お出かけしているの」と。


「へぇ。凪は一緒じゃないのか?」
「しらがネギ?」
「この前仲良くゲームしてただろ。つか名前ちゃんと凪って、」


どんな関係? と続くはずだった。

名前の手からジェラートがすべり落ちる。潔が手を伸ばすより早く地面に到達し、真っ逆さまにベシャッと潰れてしまった。


「うおっ、もったいな。まだほとんど食べてないじゃん」
「よいちょまる、あのね」
「? 名前、」


「────ひな子」


「え」


ゆらりとした、針金のような女性が立っている。細くて草臥れていて落ち窪んでいて。昼中で親子がボール遊びをするような公園の陽気にはどうしたって混ざれない。おぼつかない足取りながら、浮かべる微笑は母が子を想う愛のようなものがあった。

しかし、愛とは呪いである。



「ひな子、ひな子ひな子ひな子ひな子ひな子ひな子」
「ち、がう、よ」
「ひな子ひな子ひな子ひな子ひな子ひな子ひな子ひな子」
「私、名字名前だよ。阿久田ひな子じゃない、よ」
「ひな、な、なんで嘘つくの」
「よいちょまる、誰か呼んできて」
「は、ぃや、なにこれ」
「追いかけてくるの、このおばさん」
「ママ、ひな子よ、ひな子のママなのぉ」


ゆらりゆらりと歩み寄った女が、べちゃりと名前の真前で膝をつく。擦り切れたジーンズの膝小僧が落ちたジェラートに突っ込んだ。


「ママはひな子のこと、こんなにこんなにこんなに大好きなのに、大事なの可愛がってあげたじゃないひな子をママのお腹から生んでおっぱい吸われてママひな子に尽くしたでしょ、愛してあげたでしょどうして言うこと聞かないの一人でお風呂入れないのご飯作って食べないの菓子パンは体に悪いってゆったのママゆった! ひな子がお外で反省できたら帰ってきてねなんで帰ってこないのママのゆーことが聞けないのッ!?」


あまりにも異様な、非現実的な修羅場において、異質なのは女の方だ。現に騒ぎ立てる声に気付いた家族連れが怪訝そうにこっちを見ている。

けれど、すぐそばで腰を浮かせて固まる潔は、もっと異様な存在に目が釘付けだった。

膝をついて憐れっぽくがなり立てる女を見つめる名前が、静かだったから。

幼女が向けるにはあまりに大人びていて、老成していて、それでいてエグ味のある何かを含ませた、何とも言えない表情を浮かべて、女を見下していた。

手のひらで内緒話をするように囲いを作り、女だけに聞かせるように囁きかける。



「あのね、──────」



その続きは、潔には全く聞き取れなかったけれど。


「………………ぁ、や、違う、違う違う違う違う違うひな子は私の、私のひな子、ひな子を返して、違うの私のなの返せ返せ返せ返せ返せッ!!!!」


バチンッ!

「きゃあ!」遠くの方で悲鳴が上がった。ベンチの上に黒縁のメガネが叩きつけられる。次の瞬間、もう一度振り下ろされたのは拳だった。名前の小さな体に女の拳が吸い込まれる。さっきまで食べていたジェラートがヨダレと血と混ざって幼女の口元を汚した。

サッカーボールへの反応はプロ並みでもこんな事件には素人同然。遅れて事態を理解した潔は血相を変えて女を羽交締めにした。それでも女は壊れたように「返せ返せ!」と喚き立てた。



「誰か警察! 警察呼んでください! 救急車も!」










ブルーロックプロジェクト終了後。潔世一は犯人逮捕のお手柄高校生として表彰されることになるのだが、その被害者である幼女に再会することは二度となかった。




***




「そっちが先に捨てたんだからさ、私が拾っても別に良くない? いらなかったんでしょ、阿久田ひな子」




***




「肉を切らせて骨を断つ作戦成功ぉ」
「伊地知くんと猪野くんに監督不行き届き責任で始末書書かせた鬼畜が何を」
「意地汚いとイノシシマンは必要な犠牲だった」
「本人たちを前にしても同じことが言えますか」
「よゆー」
「でしょうね……」


ワイドショーに取り上げられた阿久田ひな子の行方不明事件と写真は一日でテレビ局から消えた。恐らく一週間もしないうちにネットにばら撒かれた情報も粗方消えるはずだ。呪術界からなんらかの圧力があったとしか思えない。

以前任務先で遭遇してから粘着していた阿久田ひな子の母親。『おばさんだぁれ?』『こわぁい』『なんでそんなことゆーの?』『名前の名前、ひな子じゃないもん』『おとーしゃんたすけてぇ』最初は面白がっていたいけな幼女の演技で怖がっていた名前も、だんだん飽きてこの有様だ。ゴミ箱にポイするノリで相手から手を出させて豚箱にゴールさせた。

名前が言うところの“スポーツ漫画の主人公っぽい”潔世一にシュートを撃たせる形で。

「犯人逮捕に協力って美談があった方が有利じゃない? ファンの好感度あっがるぅ。ふぅ!」とSwitchを手にケタケタ笑う幼女。七海は何も考えないことにした。


アクタヒナコという同姓同名の誰かと勘違いして阿久田ひな子を呪い殺した。


そのたった一点のみに罪悪感のようなシコリを持ち、阿久田ひな子の遺体に受肉したまま人間側で働くことを決めた。本名による他者の識別を避け、適当なあだ名で周りをおちょくりながら、惰性でサブカルチャーを消費して、おやつ感覚で呪いを振り撒く幼女──ならぬ、平安時代よりも昔に死んだ女の遺骨。


特級呪物名字名前は、ギリギリ人間様の味方として今日も七海建人に連れられている。




企画へのご参加ありがとうございます! 七海が連れてる幼女inブルロでした! 凪か潔との絡みとのことで、どっちも欲張った結果それぞれに後味の悪さをプレゼントフォーユーすることができました。幼女と絡むってこういうことだよなぁと。結構前のお話なのに幼女のこと気に入ってくださってて嬉しいです。素敵なリクエストありがとうございました!

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