後輩から巻き上げたポイントはうまいか



ボーダー歴三年目ともなるとさすがに黒歴史の一つや二つや三つ、四つ? いつつ……んーと、まあいろいろあるわけで、その中でもとっておきのガチが私にはある。これ言うと本当に友達を失くしてしまうのでできるだけ言いたくないけれど、人生早めのカミングアウトも大切だと思うんだ。というわけで言います。


私は昔、辻くんをカツアゲしていた。



「あ〜! 辻さんおつかれさまですぅ〜!」
「うぇひ!? ぁ、は、……さま、で」
「今日もお願いできますかぁ?」
「きょ、は、あの!」
「やったぁ! 辻さんとの個人戦めちゃくちゃタメになりますぅ! うれしぃ〜!」
「や、ぁ…………はい」


これが当時マスター目前だった輝かしき辻くんの戦績をB級に毛が生えた程度まで後退させた私の手腕です。サイテー。

さかのぼること一年前。つまりボーダーに入隊して一年経った私は完全に行き詰っていた。

諸事情で上層部から「ポジションはアタッカー以外を選んでね」とオネガイされてしまったから、まず始めたのは比較的女子率が高いスナイパー。完全に肌に合わなかった。そもそもジッと待つのがどうにもしんどかったのと、トリオン兵に近寄ってこられた時の緊急脱出ベイルアウト率が異常だったから、あの仏の東さんにさえ直球で「名前はアタッカーが向いてるよ」と。入隊時の診断から知ってるのよねぇ。言われたときには思わず意外とご立派な胸筋をノックしてしまった。


「そう思うなら偉い人説得してくださいよぉ!」
「はははは」


なにわろてんねーん。

結局ものは試しに三ヶ月頑張って私はスナイパーをやめた。次に始めたのがガンナー。シューターはほら、理系が固まってるイメージがあって……。東さん紹介の加古さんからの困った眼差しが心に来たのもある。私ってば基本的に年上には可愛がられて生きてきたのにぃ。

ガンナーは私にとって最後の砦だった。それはもうものすごく頭を下げて真面目にやった。諏訪さんとか弓場さんとか。もう見た目だけでちょっとお近づきになりたくない人たちにお願いするのは勇気が要った。まあ、あの人たちは面倒見の良さでいえばA級だから知り合えたことはハッピーハッピーだけどね。

でも、結局私はマスターになれなかった。アタッカーでB級に上がれたのに他のポジションで平均5000点。オールラウンダーを目指しているの? と尋ねられること片手に納まらず。ガンナーもできるっちゃできるけど、一番しっくり来たのはアタッカーだったのに。

とろとろ停滞しながら防衛任務の混成部隊にお邪魔虫。月一体とかそんな頻度でトリオン兵を打ち落としてお小遣いみたいな給料をいただく。その間ボーダー辞めよっかと思ったのも数知れず。でも寮生活は続けたくて、あと既にお付き合いしていた蓮さんの手前そんなことも言えず。ずるずるずるずるガンナーでいること半年。

たまたまガンナーの個人戦をやっていた私を見つけた響子ちゃんが「あっ!」と。


「ごめんなさい名前。もうアタッカーやって良かったのよ」


えええええぇぇーーーーー!?

リアルに叫んだ。すんごい叫んだ。十センチ浮いた。

ちなみに私がアタッカーNG出されてた諸事情は、未来予知のサイドエフェクト持ちアタッカーに無効化が影響したらまずいから距離を置こうってことで、その人はとっくの半年前にS級昇格して個人ランク戦に出なくなっていた。

私の半年間の悩みって。

ここまで私はわりと真面目にボーダー隊員やってた。上層部のおじさんたちの言うこともいい子のお返事で頷いてきたし、先輩たちにもペコペコ初心者らしくしおらしく猫被りっ子で頑張って来た。からかいたい気持ちも溜まったストレスも、すべては寮生活のため、自由な時間のためにと。

それが、こんな、……こんなのって!


「諏訪さん! 弓場さん! 私アタッカーになります本当に今までお世話になりました育ててもらったこの御恩は私がマスターになっても忘れませんだいちゅき愛してる我永久不滅フォーエバーちゅっちゅっ! シャッした!」
「は?」
「アァ?」


直角90度お辞儀の後ルンルン気分で弧月のトリガーを取りに行ったのは言うまでもない。一人でスキップして鼻歌歌う私はきっと浮いていたはず。だから何って話だけれど。久しぶりの刃物に誘われた私はカブトムシ。

やる気満々で戻ってきた私はお相手探しを始める。入隊以来実に九ヶ月近く弧月に触れていなかったB級ソロ隊員に付き合ってくれる優しい人、優しそうな人。獲物を探す目で全体見渡して、その人を見つけた。

のちの被害者、辻くんである。


「あのぅ、先輩いまお時間だいじょうぶですかぁ?」
「………………おっ!?」


おっと個性的なお返事の人ねぇ。

ニッコリ人懐っこい初心者の顔で腕はガッチリ掴んで離さない。初対面はある程度強引にいかなきゃ。遠慮してたら何も学べないとガンナー初挑戦時に弓場さんから学んでいたからねぇ。

もはや引きずる勢いというか、嫌ならちゃんと抵抗してくれるでしょうと訓練室に引きずり込んだ。


「私、弧月に慣れていなくて、優しく教えてくれたらうれしぃです!」
「えっ、あの、えぇ!?」


この先輩人見知りなの?

この時の私は完全に辻くんのことを対人に難ありな先輩だと思ってた。黒いスーツ着て物静かに立っているマスター間近の隊員なら先輩だと思うでしょう? 実際にボーダー歴は向こうの方が先輩だったわけだし。

そうこうしているうちに始めた打ち合いは十本中八本、私が勝った。……勝ったぁ?


「えっと、先輩、手加減してくれたんですか?」
「ぃや、ちがっ、ぅま、……あぅ」


視線が合わないままボソボソ小声で何事かを言う辻くん。私は勘違いした。

この人、私に弧月の指導してくれたのかな?

ほぼ素人に毛が生えた程度、しかも九ヶ月のブランクありでこの勝率はおかしい。先輩の打ち込みはかなり避けやすかった。寸止めとかもたくさんあった。急所もトリオン供給器官も無防備でスパスパ切れた。ポイントがかかってるランク戦でそんなことをしてくれる先輩ってなに?

面倒見の良さA級の諏訪さん弓場さんですらポイント移動なしの指導だったのに、この人、自分のポイントを犠牲に後輩の指導をするなんて。


「いい人?」
「ふぁい?」


この後めちゃくちゃ懐いたのよね……。

個人ランク戦で黒スーツを見かけたら必ず走り寄って指導をお願いした。最初の二週間で中堅並みのポイントが集まってからは他の人から誘われる機会も増えて、先輩さまさまだと拝んだほど。

それから私は弧月よりスコーピオンの方が向いている気がして、転向の知らせを先輩に言いに行った。そしたら私が口を開くのより早く先輩の方から「ぁ、あの!」と声をかけてくれて、(あのコミュ障の先輩から声をかけてくれるなんてめちゃ可愛がられてるじゃん?)って。本当は女子が苦手なのを言おうと一大決心した辻くんだと知らず、私はスコーピオンをさっと隠して弧月を握りなおした。弧月のポイントが貯まった。

そうやって先輩のありがたい好意に甘えること一ヶ月。ついに二宮隊の作戦室に連行される時が来た。


「辻にたかっている隊員はお前のことか」
「ひぇ」


噂の二宮様による尋問である。


「この一月で辻の弧月が7000点から5000点になったことに対する釈明は」
「申し訳ございませんでした」


いやもう二宮様に見下ろされたら自分が悪くなくても謝っちゃうよ。怖いもん。


「まあまあ二宮さん話くらい聞きましょ? 名前ちゃんそんな悪い子じゃないですよ」
「そうなんです犬飼くんもっと言ってぇ」
「あちょっと自信なくなってきたかも」
「いぬかいくぅん?」


ガンナーやってた時仲良くなった犬飼くん。黒スーツ着てると雰囲気だいぶ変わるね。パワーストーンとか売りつけてきそう。

普通に助けを求めた私に「チッ!」拡声器使ってるのかってくらい大きな舌打ちが。


「そうやって男に取り入ったところでA級にはなれないぞ」
「男にとり……?」
「二宮さんはね、辻ちゃんが女の子苦手なの利用して名前ちゃんがポイント泥棒してるんじゃって怒ってんの」


ポイント泥棒? いや、それより。


「辻さんって女子苦手なんですか?」
「しらばっくれても無駄だ」
「ちがくて。えー、っと、師匠してくれてたんじゃ?」
「どうして指導でポイントの移動が発生する」
「辻さんが聖人だから?」
「ほらね、名前ちゃんってこんなんですよ」


こんなんってなに犬飼くん。

完全に善意のタダ乗りをしていたし、なんなら辻さんって私のこと好きだからこんなに熱心なんじゃ? とか思っていた手前、続いた言葉はかなりショックだった。


「というか辻ちゃん、おれらの一個下だよ」
「いっ、高一!? こんなに黒スーツ似合ってるのに!? コスプレ!?」
「あ?」


すんごい地雷を踏んだかもしれない。

さっきより青筋ビッキビキ仁王立ち二宮様と、めちゃくちゃ指さしてくる犬飼くんと、最後までスナイパーの鳩原さんとオペレーターの氷見さんに慰められていた辻くん。二宮様の尋問が終わったのは軽く一時間後のことだった。




後日、私は響子ちゃんのコネで戦闘体を一新して辻さん改め辻くんに再戦をお願いしに行った。


「たのもー!」
「あれ、もしかして名前ちゃん? 髪切った?」
「髪切ったし男の隊服にしてもらったしそもそも男体だよぉ」
「へえ、そんなことできるんだ」
「コネがありますから」
「あはは、言わなきゃいいのに」


泥棒した分のポイントを移すことは泣きついても無理だったけれど、別の戦闘体をお願いするのは一応どうにかなった。


「これなら戦えそうかな?」
「………………なん、とか」
「じゃあ一回ポイント移動なしでやって、大丈夫そうなら前みたいにお願いします」
「そ、そこまでして、なんで俺に構うんですか?」


構うときたかぁ。

俯きながらちらちら上目で様子を見てくる辻くん。さんざん二宮様にポイント泥棒をなじられたから、ってのが八割がたなんだけれども、まあ。


「辻くんは私の師匠だからねぇ。全力で戦ってほしいの」


弧月がうまくなったのは辻くんのおかげだし。

よろしくお願いしますと深々頭を下げた私に、返ってきたのは犬飼くんのクスクス笑いだけだった。あれっ、とまた顔を上げると辻くんは両腕で顔を覆っていて。


「またの機会にしよっか?」
「だいっ、じょぶですから!」
「私もう宮様に怒られたくないなぁ」
「うちの隊長って皇族だっけ?」
「皇族より偉そうじゃない?」
「あー−」
「…………っふ」


「ふふ、っあははは!」急に肩を揺らして笑い出した辻くん。釣られてニヤニヤと辻くんの背中を叩く犬飼くん。そういえばこんな風に柔らかく笑う辻くんって初めて見るわぁ。

しばらく笑って、まだ余韻が残ったまま辻くんが頭を下げてきた。こっちも同じように頭を下げて訓練室に入っていく。

結局、私は一度も本調子の辻くんに勝てないままカツアゲしたポイントをそっくり取り返されたわけ。


これがアタッカー復帰してテンション振り切れた暴走特急が後輩からポイント巻き上げて成敗された話。私が辻くんに頭が上がらない理由だったりする。





***





「犬飼くーん。今日辻くんに会った?」
『名前ちゃんさあ、どういうつもりなの?』
「うん? その心は?」
『辻ちゃんのこと弄んで楽しい?』
「おわっ、冤罪」



そこは影浦くんとか村上くんの方じゃないんだ?

桐絵来襲からの蓮お姉さまとの赤裸々お付き合いの話を聞いたらしく、あまりにあんまりな動揺のし方をしていつの間にかいなくなっていた辻くん。流石にちゃんとお家に帰れたか気になって犬飼くんにお電話したらコレ。

辻くんはあれから一年でなんとか私に慣れてくれたけれど、ちゃんとお話しできるのは他の誰かが一緒にいる三人以上の時くらい。まだ対面で素直におしゃべりできない仲だ。それでも個人戦で男体の戦闘体なしでちゃんと戦えるようになったのは成長を感じる。私の師匠ってば偉大。

犬飼くんにはいつもの仲介をお願いしたかったのになあ。


「偉大な師匠で遊ぶなんて恐れ多いですぅ」
『いや真面目な話さ、今日の辻ちゃん防衛任務で使い物にならなくて大変だったんだけど』
「あら〜」
『二宮さんのアステロイドがいつもより多めに降ってたよ』
「それはまずい」


宮様のお怒りだわ。
ジンジャエールお供えしなきゃ。


「えーーなんて言えば正気に戻ってくれるかな? 付き合ってる人はいるけど私の師匠は辻くんだけです〜とか?」
『素で言ってるのがホントに怖いよねー』


「あと諏訪さんと弓場さんは違うの?」と付け足されて「確かに」てなった。諏訪さんはともかく弓場さんは裏切れない。諏訪さんはともかく。


「純粋な辻くんに聞かせるようなことじゃなかったのは分かるけどさぁ、本当のことだから我ながらフォローしづらいんだよね」
『うわぁ、ただ正直なだけが美徳じゃない良い例だ』
「いま失礼なことを言ってる自覚は?」
『もちろんあるよー』
「正直が美徳じゃない例だ」


「『あはははは』」と笑いが被るあたり気が合うというか楽というか。犬飼くん優しいけどドライでサッパリしてるから。こっちもサッパリ付き合えていいよねぇ。


『ところでこの会話辻ちゃんも聞いてるって言ったらどうする?』
「かわってほしいかなぁ」


すごいや好感度上がった瞬間に自分で落としてきた。犬飼くんは何味も違う男。

スピーカーモードにしたのか、向こうの暴れる物音がめちゃくちゃ聞こえてきた。無理して話さなくても……サッサと解決した方がいっか。


「ししょー」
『っ、っ、は、はひっ』
「変なこと聞かせてごめんなさいね。事実でも気分良い話じゃなかったでしょう? 今後はできるだけプライベートと分けるつもりです。今回は許してね」
『ぷ、プライベート、って』
「あ、影浦くんとか村上くんの話はサイドエフェクト関係だから無理かも。そこら辺はごめんねー」
『それ、って、……サイドエフェクトがない俺には、関係ないって、言ってます、か?』


わっ、どうゆーいみー?


「まあ、正直に言うと辻くんは気にしなくていいことだと思うよ。二宮隊とうちじゃランク戦で当たらないし、そもそもサイドエフェクトがない相手には効果ないもん」
『…………も、いいです』
「そ?」
『沢村さんは、俺のことなんかっ、どうでもいいんだ!』


なにその可愛い拗ね方。

『あ、辻ちゃんちょっと!』犬飼くんの慌てた声を遠くに聞きながら、こっちもこっちでちょっと困った。後輩の男の子の思春期にどう付き合えば良いかも分からないし、怒ってるのが可愛いなぁってドキドキしちゃったしー?

師匠はやっぱり一味違うな。これが二宮隊の釣りですか。

スマホの画面をぼんやり見つめていた私は、途中から聞こえてきた犬飼くんの声に別の意味でドッキドキになることを数秒後まで知らなかった。


『ちなみに今までの会話二宮さんも聞いてるって言ったらどうする?』
「犬飼くん????」



犬飼澄晴を許すな。





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