おねむ鉄太くん撃退戦



※短い。
※チョトダケエッチ。



冷凍庫にうどんストックしてたっけ。

賃貸マンションの自分の部屋から明らかに灯りが漏れている。誰が来ているのかバレバレで、こんな時はたいていアレが来る。お茶漬けとつまみで済まそうとしていたさっきまでの怠惰を指摘された気分。ボサボサの前髪をササッと整えてから玄関に鍵を差し込んだ。

鍵は開いていた。


「ただいまー」


返事はない。

パンプスを脱ぎ散らかされた革靴の横に同じように脱ぎ散らかして、短い廊下を歩いた先。二人掛けソファのド真ん中を堂々と占領する恋人の姿が見えた。

やっぱりアレの日だ……。


「おーい起きてるー?」
「……んぅ」
「起きてるね、何か食べてきた?」
「……わせ……」


いつもきっちりセットしている髪がサイドに流れ落ちているし、高そうなスーツのジャケットは脱いであってベストにノーネクタイ。第二まで外して腕まくりしたシャツはぐしゃぐしゃにシワが寄っている。


「わー、やっぱりうどん切らしてるわ。お茶漬けでいい?」
「く…………ろ」
「お茶漬けねー。冷凍ご飯ちょうど二つあるし。漬物残ってるの全部入れちゃお」
「食わせ……」
「ハイハイちょっと待って、」


ね。と言おうとした辺りで、いつの間にか背後に来ていた体がのしかかるように私の背中を覆った。あーぬくいぬくい。

電子レンジでチンしてる間に肩口では眼鏡が当たって痛いわお腹に回っていた手がだんだん上がって来ているわで気が抜けない。ペチペチ手の甲を叩きながらホカホカご飯をお椀に移した。お茶漬けの素をペリペリ剥がしていると、ほっぺにかかる生暖かい息。来たなぁ、と身構えたところで降ってくる唇攻撃。ちゅ、ちゅ、ちゅ、わざとかってくらい可愛いリップ音が耳元で聴こえてうなじがゾクゾクした。


「食わせろ」
「っ、お湯もう湧くよ」
「オマエを食わせろ」


で、出たーー! オマエを食わせろ!

仕事の節目だかプロジェクトの成功だかよく知らないけど、なんかデカいことが終わると鉄太くんは一旦スイッチが切れる。打ち上げ的な飲み会にちょっとだけ顔を出した後に私の家に来てダルそうに甘えてくるんだ。最初はなんやかんや可愛がってよしよししていた私も、こうも(不)定期的に来られると慣れてしまった。キッチリ神経質な鉄太くんとは違う対応が求められるのが嬉しいやら面倒やら。


「胃になんか入れたらね」


変な破れ方をした袋を慎重にリカバリーしつつ、なんとかお茶漬けを二人分作ってローテーブルに移動する。お漬物とか梅干しとか、刺激物で理性は取り戻せるだろうか。気持ち多めによそってやると、一口すくった匙を私の方に寄越してきた。ふーふーしろと。またかよ。

いつもは胃に優しいうどんとか茹でてあげるけど、その時も稀に良くふーふーを強要してくる。甘え方が謎にベタなのに鉄太くんがやるだけで天変地異に匹敵する大事件に思えていた、あの頃が懐かしい。「ふーふー」「ん」声に出して言っただけ。ぜんぜんふーふーしてないのに満足して食べる鉄太くん。猫舌じゃないから別に大丈夫なんだよね。知ってる知ってる。そのくせ次の一口もまた差し出してくるから。もーなんなの本当にもー。

日付が変わる前になんとか食事を終えて、置いてある男物のスウェットと下着を取り出しつつ鉄太くんを浴室に誘導。


「胃に入れただろ」
「胃に入れてシャワーに入ったらね」


不服そうな顔のまま背中にひっつく男を私は半ば引きずるように浴室に押し込んだ。烏の行水なみにサッサと出てきたのはいつものこと。ドライヤーを手渡して私もサッサと済ませると、ベッドでポヤポヤと船を漕ぐ鉄太くんが。そのまま寝てくれないかなあとドライヤーに行って帰ってきたら腕を引っ張られた。


「ちょっと、まだ歯磨いてない」
「いいだろ、なあ、夕凪」
「ヤダよ。鉄太くんいっつも途中で寝るじゃん」
「寝ない、寝ない」
「寝てる寝てる」


パサパサ下ろしてる髪が揺れる。ぐずる赤ちゃんみたいなのは大変に可愛いけれども流石に途中で放置されるのは嫌だ。私がこの状態の鉄太くんを受け入れないのはそういうこと。


「ハイハイ歯磨き上手かなしましょう、っ」


意地でも幼児扱いしてやろうと息巻いた結果、思いっきり顔を捕まえられて熱烈なちゅー。やっぱり子供みたいな触れるだけのキスで。ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ。むしろ耳の方がくすぐったくすら感じる。かと思えばやわやわと下唇を挟まれて、ぢゅっ。「んっ」鼻にかかった声が出たのが運の尽き。調子に乗った鉄太くんが緩んだ唇の隙間から分厚い舌をねじ込んできたんだ。


「はぁ、ん、む、んっ、ん」
「ぢゅ、ちゅ、んむ、」


寝惚けてるくせにめちゃくちゃねちっこい。いつの間にか腰がガッチリホールドされているし、不埒な手が服の下に侵入し始めた。体勢だってもう少ししたら私はベッドに押し倒される。いけない。どうせ盛り上がる直前で人の胸を枕にしやがる男だ。まだ勝利の目はある。


「ん、んふ、」
「んん、ぅあ、」


好き勝手暴れてくる舌にこっちも積極的に応えてやる。舌先でこしょこしょしてやったり、裏のところを撫で撫でしたり。相手が熱っぽく目をすがめた辺りで両手を鉄太くんの頭に持っていく。そのまま指に力を入れて、食らえ! 頭皮マッサージ!

背中に回っていた手がビクッと震える。それを無視してめちゃくちゃ効くツボを重点的にもみしだく。キスも並行してやんなきゃいけないのが大変だけれど、座っていた目がとろんと8割閉じ出した。もはや白目だ。


「はぁ、は、ハ、夕凪、なんで」
「ちゅ、ん、疲れてるのに、疲れてることする、んっ、のは、疲れ取れない、よ。一緒に住んでるならまだしも、別のところなんだから、明日、ちゅ、仕事、たいへぇ、ん、んぅ」


おっぱい揉むの諦めてくれないかな。

背中にあったはずの手が往生際悪くナイトブラ越しに元気なので、畳み掛けるように首筋や肩の凝っているところを順番に押していってしばらく。

ぐったり私の胸に顔を預けて寝る稀咲鉄太の出来上がり。


「勝った」


あの稀咲鉄太に勝ったぞ!!

耳元ですぅすぅ寝息を立てる鉄太くん。押し倒されたまま寝られたせいで身動きが取れないが、当初の目的は果たせたので良しとしよう。結局歯は磨けないけれど。

虫歯になりませんように、と祈りながら寝て起きた日から一週間後。来年完成予定の分譲マンションのパンフレットを並べられ、「どの間取りがいい?」と実質強制的に同棲を迫られたのは私の負けだろうか。



「一緒に住んでたらいいんだろう。なァ?」
「寝惚けてても記憶力バッチリなのね……」



あとマンション買うより先に言うことありません?





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