「バジのオンナだな?」



場地と私は友達である。

勉強を教える先生の役割が強いけれども、合間あいまに駄弁るしペヤングは回し食いするし窓から入ってきた野良猫がどっちに来るか競ったりする。良くも悪くも中学生らしい色気のカケラもない関係で、それ以上も以下もない。松野くんが勉強会に加わるようになってからさらにくだらなさは増した。動物と仲良くなるイメトレでド真面目に空気を撫でる場地とかいつ思い出しても腹抱えて笑ってしまう。人に聞かせられない奇声じみた笑い声がご近所迷惑になってなきゃいいな、とかなり反省したものだ。


『場地圭介のオンナだな?』


だから、初めてこの手合いに遭遇した時はイエスノーも言えずに固まった。

ガラが悪い上に歯並びも目の配置も悪い知らない不良に声をかけられる、なんてことがたまーにあった。大体はあまりに私が鳩に豆鉄砲の寝耳に水な反応をするものだから『あれ、間違えた?』とお仲間と顔を見合わせる小者集団で助かったけれど。仮に私が本当に“場地のオンナ”だった場合なにをどうするつもりなんだろう。それとなく松野くんに相談したら『その調子でバックレといてください』とのこと。場地に言わなかったのは問答無用で殴りに行く未来しか見えなかったから。ちなみに後から聞いた話松野くんも問答無用で殴りに行っていたらしい。ダメじゃん?

まあそんな感じで、場地家に出入りする私は場地もしくは東卍に恨みのある不良さん方にとって格好の的なんだとか。返り血でほっぺを汚した場地と松野くんに笑って伝えられた時はあまりの爽やかさに『そっ、すか……』と言うしかなかった。本当に喧嘩っ早いな君たち。『バジのオンナか?』と聞かれるたびにシャツのシミを増やしていく二人。私は流れ作業で『バジトーフー?』とすっとぼけることにした。

定期テストが近い時期に場地家に入り浸るからその時期が多い。つまり年に数回程度の頻度だ。だんだん季節の風物詩になりかけていた。



「バジのオンナだな?」
「ア?」



バッッッッッカじゃないの?

目の前に立ち塞がる頭弱そうな不良、隣で一気に不機嫌になった私の彼氏。──そう、彼氏。高校と中学で別々の学校に行っている私たちが唯一一緒に入れる放課後デートにいきなり乱入されてこっちとしては迷惑以外の何物でもない。というか隣に稀咲くんがいるんですけど。どっからどう見ても場地じゃないですけど。別の男と連れ立って歩いてる女に聞くことじゃなくない? あと稀咲くん怖くない? めっちゃ歯軋り聞こえてくる怖いです。


「オレのオンナが誰のオンナだって?」
「ハッ! テメェこそ分かってねぇな。ソイツは東卍の壱番隊隊長のオンナだぜ。本命はそっち、オマエは遊びなんだよ。カワイソウにな!」


何を言ってるのこの人。

あと場地は今一時的に不良を引退してて壱番隊は花垣くんと松野くんが背負ってるから情報が古い。何ヶ月前の話をしているんだろう。呆れてたのは少しの間だけ。だんだんと隣から不機嫌オーラが立ち上って爆発寸前。せっかくのデートなのに。よく知らない人に邪魔されて、彼氏の気分は害されるし、諸悪の根源はニヤニヤ気持ち悪いし。

……なんか、だんだんムカついてきた。


「バジに浮気をバラされたくなきゃオレたちの言うこと、」
「何を勘違いしているのか知りませんが」


急に喋った私に相手と隣から視線が突き刺さる。それも気にならないくらいムシャクシャした私は、隣の彼氏のネクタイを引っ張って近づいてきた唇にかぶりついた。

なにが遊びだ。こっちが本命だって証明してやる。

はむっと。むちゅっと。見た目のふっくらさを裏切らない柔らかい唇に吸い付いて、たまに甘噛みして、そういえば久しぶりにキスしたな、と思ったら余計に吸い付いてしまった。眼鏡を軽く押し上げる勢いで鼻先を擦れ合わせて、舌は入れてないけど表面をふやかす勢いで唇を堪能して、「プハッ」と口を離した時には相手の唇はテラテラぽってりしていた。うーん、満足。

…………あれ、なんでキスしたんだっけ?

満足しすぎて当初の目的を忘れた。そっと辺りを伺うと、真っ赤になって固まった不良集団が見えて、……ああ、そっか。



「誰が誰のオンナだって?」



片方だけ口の端を持ち上げて性格の悪ーい笑顔を浮かべてみた。こちとら季節の風物詩とはいえ何度も同じ勘違いで下校通路変えさせられてるんだわ。もう変えようがなくて困ってるんだ。そんな鬱憤を初対面の相手にぶつけてしまった。ら、不良集団の後ろの方で同じように真っ赤になって固まる場地と松野くんと花垣くんが…………えっ。


「へ、ヘンタイだ……」
「橘先輩って……」
「ぁ、ぉ、な、なんで」
「有志から通報があって……」
「ヘンタイ……」
「場地うっさい」


元はと言えば場地が、いや場地は悪くないか? 悪いのは勘違いしてくるどこぞの不良で、というか今回のは私がやらかしたからで……あーーーーもう!!


「なに見てるの!? 見せ物じゃないんだけど!?」
「そりゃないっスよお義姉さん」
「だってだって、デート邪魔してきた方が悪いじゃん! ねえ稀咲くん!」
「………………」
「し、死んでる」


やだーー!! 死なないで稀咲くん!!

「人工呼吸で蘇生するしか……」「バカアホやめろ」とか混乱した私に場地の容赦ないチョップが炸裂したのは本当に理不尽だと思う。稀咲くんが戻ってくるまでに不良集団が地面と仲良しになったのはちょっとビビったけども。


「稀咲くん、私たち他所から見たらあんまり付き合ってる風に見えないのかも」
「異議ありッ!」
「花垣くんまだいたの?」


何故か不良集団と同じ倒れ込み方をした花垣くん。稀咲くんの機嫌が急激に上がった。なんか知らないけど良かった良かった。

ニッコニコの私は後日、すれ違いざまの半間に「稀咲本命で場地キープってマジ? やるなァ」とからかわれ、何故かドラケンくんと三ツ谷くんにお母さんよろしく慎みについて説教されるなんて思わなかったのである。



「で、本命はどっち?」
「遊びで二股はやめとけ。そこまで器用じゃないだろオマエ」
「お宅の陸番隊隊長一筋です……」



私ってそんなに節操なしに見えるのかな。

縋るように見た先で稀咲くんがクイッと眼鏡の位置を直した。なんか言って彼氏でしょ。





「稀咲くんキス慣れないね? 練習する?」
「……オレが夕凪の彼氏なんだからぜんぶ本番だろーが」
「なにそれ可愛い……」
「可愛くねェ!」



否定するところが可愛いんだよ。







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