そのにぃ



「ひな子! ひな子、ひな子ひな子ひな子! 生きてたのね、あぁやっぱり! 良かったあ!」


あーあ。

小さな嘆息が足元から聞こえてきた。左下を見やると真ん中で綺麗に半分こされた分け目。二つ結びの女の子が緩く左手の指を握っている。きっと黒縁眼鏡の下の瞳は無感動に遠くを眺めているんだろう。

さて、どうしたものか。

母親らしき女は人混みを縫ってこちらに近付いてくる。騒ぎ立てる女から距離を取るように群衆は割れ始めた。中には誰に何を言っているのかと探し出す輩もいる。何より問題なのは、自身と手を繋いでいる幼女が本当に“阿久田ひな子”である事実だった。

クイクイ。左手の指を引っ張られ、視線は再び左下へ。眼鏡越しの黒々とした瞳と手招きが「しゃがめ」と言っていたので、渋々と膝を折って耳を貸す。ふにゃふにゃな唇が覚束ない発音のままひとつ提案した。


「パパとお兄ちゃん、どっちがいい?」
「……………………お父さんで」


苦肉の策だった。


「おとーしゃん、だっこ」
「はい、どうぞ」


左腕に尻を乗せ、右腕で小さな体躯を固定。白パンみたいな手が首に回り、バランスが安定したところでサッと進路を変える。普段なら両手が塞がるからと絶対しない抱っこ。体格差が出て余計に幼女の頼りなさが強調された。


「待って、だれよソイツ、ひな子! ひな子ぉ! 誘拐よ、誘拐誘拐誘拐! アタシの子供返してッ!」

「おとーしゃん、こわい」
「何か勘違いしてるみたいですね」


ついに近場にいた警備員が話しかけてきた。女の必死の形相に本気で誘拐を疑ったらしい。釣られて数人の善良そうな男が寄ってきて、面倒だと心底思った。

それは幼女も同じようで。


「おとーしゃん、おとーしゃん。しってる人?」
「いえ、はじめましてです」
「なんでにらんでくりゅの? こあい」
「なんででしょうね。ああ、ほら泣かないで。お、父さんがお話ししますから」
「うっうぅ、うん、おとーしゃん」


泣くのを必死に堪える幼女がサングラスをかけたスーツ男を「おとーしゃん」と呼び懐く。これには流石の警備員も「おや」という顔をし出した。そこで人波を押し除けてとうとう女が接触した。「ひな子、ひな子を返してぇ」えぐえぐ泣く女はいっそ呪いじみた狂気だった。周囲の男たちに女の狂気が伝播していく。幼女に抱きつかれて平然としている男と、泣き叫ぶばかりの女。どちらが正常に見えるか。

ここでダメ押しとばかりに幼女が顔を上げた。眼鏡越しの目は不安げに揺れ、今にも泣き出しそうなほど。ヒシッと男のジャケットを掴んで離さない姿は人見知りな女の子でしかなく────。


「おばしゃん、だぁれ?」


こうして、人を一人貶めた。


「あのひと、阿久田ひな子を殴った母親だよ」


茫然とコンクリートに地べたで座り込んだ女。気不味そうに「すいません」と謝ったり逃げたりしていく男たち。何も言わずに長い脚を駆使してその場から離れた。とっくに地面に下ろしていつも通り左手の指を握る幼女。昔の朝ドラに出てた女優さんだよ、と教えるような口調でそんなことを言った。


「躾だって。子供は好きだけど、育てるのは苦手だったみたい。力加減ができないんだ。おっかしー」
「…………」


ケラケラ笑う幼女。笑いどころが分からず、無言で歩き続ける選択肢を選んだ。


「少し遠回りしてしまいました。手早く終わらせましょう」
「うん、がんばろナナウミ」


「おー!」白々しいほどに見目相応の掛け声だった。



七海建人は幼女を連れている。





二級呪物『 不語ヶ花 いわぬがはな』。知性どころか言葉も持たず、黙して小学校の花壇で花を枯らし続けるばかりの遺骨。発生した年代がそこそこ古いのか、とっくのとうに分解されて塵も残らないはずの骨がまるまる一式埋まっていた。妙に呪力が強く、寄ってきた呪霊は皆腹を壊したようにのたうち逃げていく。故にオマケで二級に分類される。呪霊避けの便利なアイテムとして高専がそのまま眠らせておいた逸品。

それが当時小学一年生だった阿久田ひな子の体を乗っ取った。

躾と称して家から閉め出された女児。不審者に追いかけられ、小学一年生にしては小柄な体躯を必死に動かして学校に逃げ込んだ。そこでたまたま、偶然、万に一つの可能性で、二級呪物の中に眠る意識を覚醒させてしまった。

阿久田ひな子は視線を向けられた瞬間に死に、幼い体は呪いに満たされた。──呪物が受肉した。

呪物は己を『涼木名前』と名乗った。


「涼木名前、至急呪術高専東京校へと向かわれたし」


名前が七海建人に連れられているのは周知のことだが、なにも七海建人専用幼女というわけではない。“生き残る”だろうと確定している一級術師である七海なら有効活用してくれるだろう、という上の考えだ。加えて一部の上層部と特別な眼を持っている五条を除いて、呪術界関係者には“呪物を取り込んで制御下に置いた稀有な幼女”という認識で広まっていた。虎杖悠仁が登場するまではレア中のレアな幼女だったわけで、呪術界ではそこそこの知名度があった。今では両面宿儺のビッグネームに完全に吹き飛ばされてしまったが。

さて、“呪物を取り込んだ人見知りの幼女”と、“幼女を殺して体を乗っ取った人臭い呪物”。どちらが良い印象を受けるでしょう。

正解は、


「ふん、呪いもどきが」


どっちにしろ最悪です。

黒塗りのハイヤーの後部座席でぷらぷら足を揺らす幼女。バックミラー越しに睨みつけてきた補助監督役らしき男。この感じ、名前の正体を知らないで言っている。当たり前だ。どう見積もっても末端の末端。重要な情報が降りてくる人間には見えなかった。それなのに偉ぶって幼女を見下している。“ダサい”の一言に尽きた。

「こんなものの力を借りなくとも……」ブツクサと幼女の悪口を聞こえるように言ってくる。最初の方はスルーしていた名前もだんだん煩わしくなってきたので、幼女らしくイタズラすることにした。


「おじさん、彼女いないでしょ」
「おじっ、」


わ、小物っぽーい。
幼女は内心小躍りした。


「俺はまだ二十代だ!」
「私より二十も上だよ」
「う、うるさい! 黙ってろ!」
「ダサいなぁ、モテないでしょおじさん」
「またおじさんと……ふん。生憎と俺には彼女がいるんだ」
「長く続かないよ」
「何を根拠に、」
「続かないよ」


あまりにもキッパリと断言するものだから、妙な圧力を感じる。そして、遅すぎるほどに遅れてやっと、名前がなんの術式を持っているのか思い出す。呪力封じの眼鏡はかけている。呪言師が日常生活で言語を絞るように縛りはある。だが、それは無意識の術の行使を抑えるものであって、意識して使う場合は例外だろうか。

かの悪名高い認識汚染が、今この瞬間に発動していないとどうして言える。


「おじさん、今の彼女とは結婚できないよ。すぐに別れるし、次の彼女も長く続かない。ずっと独身。ずぅーっとおひとりさま。一生結婚できないよ」


黒々としたまなこがバックミラー越しに男を見つめている。睨むでもなく、淡々と感情のない顔で、形のない柔らかな声がダメ押しした。


「だってそういう顔してるもん」


おじさんかわいそー。








「遊びすぎた」


東京にしてはかなり自然を残した森の前。明らかに目的地よりも手前に下ろされた。かなり恐怖を感じたのだろう。幼女、反省。

それにしたってダサい大人だったなぁ、と。悪びれもせずテクテク歩く幼女。そもそも高専東京校と言っていたが、それにしてはいつもより森深い。何より呪霊の残穢があちこちにこびりついていて、これはわざと放っているな、と察する。模擬訓練でもやっているのだろうか。

首を傾げた幼女に迫る影。


────グニィィィイイ。


魂に直接触れられるのは、想像よりもかなり気持ち悪かった。


「やっぱり呪いじゃん」


突然、背後から幼女の体──魂に触れて伸びる幼女にした呪い。いつかに見たツギハギ顔が口笛を吹く。伸びる幼女から元の幼女に反転術式で無理くり戻した名前はのんびりと振り返る。一瞬で5倍ほど体積が増えた影響でかけていた眼鏡は壊れてしまった。だから、今の幼女は赤い目をしている。

赤い目の幼女が大きなお友達のお約束を唱えた。


「いえすロリショタのーたっち」


“勝手に触んじゃねぇ”の意。


「ロリって、俺より長生きしてるんじゃないの?」
「この体は幼女よ」
「死んでるじゃん」
「生きてるもん」


私の心の中で。


「なにその屁理屈」


ぶすー、と頬を膨らませる真人は幼女よりもよっぽど幼女らしい。そりゃあ向こうのほうが幼いので。ショタなので。幼女は幼女にあるまじき白けた目になった。


「ていうか、なんでこの前来てくれなかったの? 転ばされたお礼したかったのに、あのスーツひとりだったからさ。少し気になってたんだよね」


そういえば。

七海が負傷したあの後、20時過ぎに帰宅してアニメのリアタイを逃した絶望で四畳半を転がった。渋々と録画を見つつSNSで実況したから忘れてしまったが、次に七海に仕事で呼び出されたのは取るに足らない二級呪霊だった。『一級だと聞いていたのですが、肩透かしで良かったですね。定時で帰れます』『やったぁ』それだけだった。

正直、名前は『涼木名前』という名の呪いであり、言ってしまえば高専で貸し出している備品のようなものだ。持ち主にはともかく、物に対して要件を伝えるか? という話である。まあ、名前自身も全く興味はないし、自分のことを幼女だと思っているので。

「知らない、派遣社員だから」と適当なことを言った。


「ハケン? なにそれ」
「ろうどうさくしゅ。幼女も働かなきゃいきてけないの。しくしく」
「死んでるくせに。……つーか、なんで直せたの?」
「ん?」


なにが? と首を傾げる名前。
それだよ、と唇を尖らす真人。

先手必勝一撃必殺で幼女の中身、呪いとしての魂の形を作り替えた。七海のような呪術師たちが無意識に呪力による防御を働かせたなら分かる。その場合は不発としてなにも起こらないはずだ。しかし名前は一度伸びる幼女になった。こうなると反転術式だろうが元に戻すことは不可能だ。高専の才媛・家入硝子が既に実証済みの事実が、名前には通じなかったのだ。


「反転術式があるじゃん?」
「は?」
「え、知らないの? 反転術式。プラスとマイナス」
「いや、知ってる、けど」


だから無意味なはずの反転術式で直せたのが不思議だって言いたいのだが、幼女は本心からキョトンとしている。話が噛み合わない。認知症のおばあちゃんと喋るってこういうことかな。最近見たテレビを思い出した真人だった。

夏油はこの呪いを“どちらでもいい”と言っていた。呪術師側にいれば面倒くさく、呪い側にいても役に立たない。何より両面宿儺が人間として生きていた全盛期よりも古い時代の化石だ。遊び気分でふわふわしている中、下手に突いて藪蛇になるのは避けたい。人間側でニートさせてた方がまだマシだと苦笑していた。

ここに長居するのは得策ではない。花御が暴れまわって子供を殺したのか、それとも五条悟が帳を破ってどうにかしてしまったか。真人からは分からない。今日の真人は遊び抜きで真人の役目を全うしなければならないのだから。まあ、気まぐれに幼女にお触りした時点で遊んではいるのだが。

ポケットの中の指を軽く弄びながら。真人は気になっていたことを一つ尋ねることにした。


「人間のこと好き?」
「え、ビミョー」
「あれ、そうなの?」


即答された内容に目を丸める。てっきり人間が好きだから、という動物愛護の精神かと思っていたのに。幼女の体を纏った呪いは、嫌に真剣な表情を作って大袈裟に両手を広げて見せた。


「人間はビミョーでも、人間が作る娯楽が好きだ。愛している」


これ何のセリフだっけな。
名前はちょっと考えてすぐにやめた。


「アニメ漫画ゲーム小説ドラマ映画なんでもござれ。たった三十分だの二時間だの半日だの一週間だので消費される儚さっつーの? 作ってる側が人生削って生み出してる代物をこっちはスマホ片手に雑に消費するわけ。クッソ贅沢。分かんねーかなぁ呪いのバブちゃんには」
「────あ"?」


ビキビキビキ。真人のこめかみに血管が浮かぶ。それすら眼中にもなく、「だから、」とふにゃふにゃな唇がしっかりはっきり動き蠢き口ずさむ。


「だから、人間に消えてもらっちゃぁ困るんだよ」


──つまんない世界なんて、呪いたくなっちゃうだろ?


幼女にあるまじき、ニヒルで、婀娜っぽくて、下卑た笑みを浮かべる名前は、確かに呪いだった。









バブちゃん呼びにキレたショタ真人と呪いの本性を見せた幼女名前。一触即発の空気は、真人が遠く明後日の方向を見て舌打ちしたことで霧散した。きっとお仲間の呼び出しか何かあったのだろう。


「うっかりさんねぇ」


真人が消えてからしばらく、その場に落ちていた木の棒をひょいと拾う。絶妙に短くて絶妙に摘みづらい太さだったので、七海と手を繋ぐのと同じ要領で持つしかなかった。幼女が持てば木の棒だって魔法の杖になる。たとえそれが千年も昔の死体が屍蝋化した指だろうと。この世に二十本しかない特級呪物の一つだとしても。幼女にとっては魔女ごっこの杖なのだ。


「さすがのうっかりさんも、ぜんぶ落としてくれないか。ちぇっ、ザンネン」


ぜんぜんそうは見えない顔のまま、魔女っ子名前は森の中へと歩いて行った。

次の日に本物の魔女っ子に会えるとは知らずに。



「魔女だー! 魔女のせんぱいだ! ねぇねぇアレゆって、“静かに飛ぶのが好きなの”てゆって!」
「し、静かに飛ぶのが好きなの?」
「ちーがーう! もっとツンと、おすましさんな感じで! クールビューティー!」
「ええ……」





***





特級呪物『涼木名前』。阿久田ひな子をとり殺した呪いを、上層部が祓わずに飼っている理由とはなんだろう。

……まあ、“使えるから”としか言いようがない。

呪術界の上層部はその能力の有用性に期待した。認識汚染。思い込みが現実に上書きされる醜悪なる偏見・風評は簡単に奇跡を起こす。例えば特級呪霊の弱体化。不慮の事故で対敵した二級術師が満身創痍になりながらも祓い仕留めた実績。加えて致命傷を負った人間を“死なせなかった”こと。首の骨が折れ失血し心臓が止まった人間が自分の足で高専まで帰ってきて家入の反転術式により回復した。これ全て『涼木名前』の思い込みに起因した。

『涼木名前』は無知だ。

何も知らずに眠っていた呪い。呪術師全盛の時代より前に生まれて現代まで眠りこけていた正真正銘の化石。反転術式の存在すら最近知ったばかりの世間知らず。

故に彼女にとっては反転術式=治癒魔法の認識で固定された。五条たちがそうさせた、と言っても過言ではない。加えて彼女は呪術師をなんかすごい身体能力の超人だと誤解していた。人間にしては強い、そう簡単には死なない。たとえビルの屋上から飛び降りようが心臓撃ち抜かれようが“ちょっとくらい”血を吐こうが死なない存在だと誤解している。誤解に誤解を重ね、現実を汚し続けた結果、彼女の反転術式はマイナスとマイナスの掛け算とは別のマクスウェルの悪魔になったし、呪術師は死体になっても歩いて治療で生き返る可逆的なリビングデッドになった。──奇跡を起こす神の子。『涼木名前』の実態を知らない術師がそう溢した。あながち間違いではない、と一部の大人は思った。

けれども、しかし。人間とはすごい力を得れば堕落するのも自明の理で。

『涼木名前』を連れていれば特級呪霊もなんのその。何級だろうが必ず死なない安全任務になる。曲解した上層部含む頭アッパラパーは不必要なほど『涼木名前』を連れ出し、特級どころか一級、二級、……四級呪霊相手の任務にまで駆り出し始めた。任務を達成するのが目的のはずが、達成は当たり前、怪我なく終われるのが常識とまで言い出す輩もいるほど、幼女の姿をした呪いは貸し出され、連れ回され、忙殺され…………死人を出した。

有り体に言えば『涼木名前』が呪術師に協力するのは利害が一致したからだ。たまたま近くにいた人間を事故で殺してしまった反省。加えて日本のサブカルチャーに熱狂する環境を提供されるための労働。忙殺される幼女にアニメを見る時間が、漫画を読む時間が、SNSをイジる時間があるだろうか? 答えは否。当たり前にない。人間の幼女だと思っている呪術師すらテイの良い安全装置扱いをし出した段階で、『涼木名前』は全ての認識をフラットにしていた。知っている顔も知らない顔も見ることなく、ただ仕事が早く終わることばかり考えて、呪術師も呪霊も等しく“どうでもいい”と思った。

さて、一級呪霊に二級術師が向かっていけばどうなるでしょう。

そりゃあ死ぬ。当たり前に死ぬ。しかも幼女がいるからと気を抜いてラフに突っ込んで行ったものだから、余計に死亡率が抜群に上がった。これに限らず『涼木名前』と任務を共にした呪術師の緊張感・危険察知能力が低下することを優秀な呪術師たちは危惧しており、危惧しなかった腐りみかん頭どものせいで最悪な事態が起きた。

なにが最悪って、『涼木名前』の認識の問題である。

目の前であっさり死んだ呪術師を見て、今まで“ハイパーつよつよ人外バスター”のイメージが瓦解した。「あっ、死ぬんだ」という当たり前をこの時しっかりと認識してしまったのである。

大人が子供の夢を壊したのである。

以降、『涼木名前』の取り扱いがかなり慎重になった。治療してもらおうと自力で歩くリビングデッドは(あの人ならできそうとでも思ってない限り)使えなくなった。これ以上できなくなることを減らすために彼女の反転術式に対する認識は無知なままにしている。任務に当たらせる際にもいろいろと説明不足なのは、奇跡のような思い込みを正させないため。無知な子供の夢を壊さないために大人は頑張っている。

サンタはいるよ。呪術師は超人だよ。幼女は神の子不思議な子。頑張った結果が相性の良い呪術師と出来るだけ組ませること、つまり七海建人に連れられることであった。

さらにさらに大本命。両面宿儺の器が登場した現在、『涼木名前』の扱いは以前に増してシビアなものになりつつあった。

五条悟は虎杖悠仁を“死なない”認定させることで生徒の生存率を上げる作戦に出た。同時に、上層部の保守派は虎杖悠仁を“死にそう”認定させることで両面宿儺の指を完全に祓う作戦を練っていたのだ。

五条悟に先を越された老人たちは歯噛みしたものの、『涼木名前』の認識が翻る可能性に未だ賭けている。呆気なく死ぬと認識してくれるようにのろっている。

呪術高専京都校学長の楽巌寺嘉伸もまたその一人であった。

楽巌寺は姉妹校交流会で虎杖悠仁の生存を知り、慌てて自身の息がかかった補助監督に『涼木名前』を連れ出すように命じた。虎杖悠仁が死んでいなかったのなら殺すまでだ。生徒たちに命じたのと、さらにダメ押しとして呪いによる認識汚染を利用する。そのための策だったのに。蓋を開けてみれば呪霊と呪詛師による襲撃を受け、計画はしっちゃかめっちゃかに頓挫した。

しかも運が悪いことに。


「ゴダイゴー」
「は、名前ちゃん!? なんでここに、眼鏡どうしたの!?」
「ふしんしゃに壊されたぁ」
「はぁ!? 警察呼ばなきゃじゃん!」


満身創痍でボロボロな生徒が多い時に森から幼女が走ってきたのである。

特級呪霊を大地ごと抉り、再び姿を現した五条の元に辿り着いた『涼木名前』。無差別な認識汚染を防止するための眼鏡がなく、独特の呪力を垂れ流している。そして近付くにつれ濃厚になっていく悍しい気配。ぷにぷにの手には見紛うことなく両面宿儺の指が握られていたのである。


「…………どこで拾ったのそれ」
「ふしんしゃが落としてった。交番にとどけなきゃ」
「その前にお兄さんに届けようねぇ」
「おにーさん……おじさん?」
「嘘でしょまだ二十代だよ僕」
「私と二十も離れてる」
「すごーい引き算早いねー」


指を抜き取り、代わりに自身の目隠しを幼女の顔に被せた五条。絵面が最低であるが、納得できてしまうツラさ。


「儂が呼んだんじゃよ。こんなに小さい子供が、大人の術師とばかり仕事漬けで可哀想でなぁ。せめて歳の近い生徒と仲良くしてくれればと」
「へー」


胡散臭い、と顔に書いてある五条。目隠し幼女を腕に抱いてる時点でおまいう状態であった。


「うわっ、五条先生なにやってんの!?」
「サイテーです先生」
「あれ、名前じゃん! なんでいんの、ナナミンは?」
「しらにゃい」


職員会議前に伏黒部屋に幼女を置きに来た五条。虎杖以外の一年生に総スカンを食らう。日頃の行いって大事。


「は? 虎杖知り合い?」
「おー。この前の任務で一緒になった」
「はい、涼木名前です」
「涼木……ああ、あの」
「ちょっとなに一人だけ訳知り顔なの。説明しなさい」
「五条先生が取り扱い注意だって言ってた」
「名前が? そんなことねーよ、ちょっと生意気であだ名ごっこが好きなだけだ。なー名前」


尋ねてみても、名前は目隠しのままキョロキョロと首を動かしている。見えるわけもないのに、それがまたバカわいい。


「イタメシどこ?」
「あ、目隠ししてるんだった。なぁ先生、この目隠し取っちゃダメ?」
「だーめ。呪力の扱いが安定してなくてね、補助のために着けてた眼鏡壊しちゃったんだって」
「えー、お前けっこうヤンチャだな」
「ちがう、ふしんしゃに壊された」
「不審者ぁ? 学校の敷地内に出るの? キッモ」
「すでに特級呪霊やら呪詛師が出たばっかだが」
「そうだった」


よしよしよしよし撫でり撫でり。虎杖と釘崎に変わりばんこでされた名前。勝手にベッドに乗せられた伏黒はジト目だったが、流石に幼女相手に何かを言う気も起きず好きにさせた。

ピザを囲んで反省会、東堂の乱入による虎杖逃亡の末、職員会議終わりの五条により再び回収された幼女。このまま帰宅するかに思われたが、待ったをかけたのが楽巌寺だった。


「どうせなら交流会2日目も見学したらどうかのう」


野球だと知っていたら多分引き止めなかったのに。

そんなこんなで幼女は女子寮で一晩過ごし、高専にあったスペアの眼鏡をもらい、楽巌寺の下心で(あわよくば生徒の生存率アップを狙って)(さらにあわよくば虎杖悠仁の認識改変を目論み)京都校と東京校の面々が一堂に会した場所に合流させたのである。

結果。


「ほうき! ほうきしゅごい! 本物の魔女だ! 魔女子さん!」
「え、えへへ、ありがとね」
「ね、ね、飛んでみて、とんでとんで!」
「ここじゃちょっと」
「じゃあお外で! お外いこう! ねーねー!」
「え、でもこれから個人戦、」
「おねがい魔女子さぁん!」
「ええ……」


幼女に異様な懐かれ方をして戸惑う西宮と、絶対に飛びつかれるだろうと両腕を広げたのにガン無視され床に倒れ伏すパンダが出来上がった。





呼び方一覧(暫定)

虎杖→イタメシ
伏黒→クロちゃん
釘崎→くぎゅ
真希→姐御
狗巻→おにぎり
パンダ→パンダ

加茂→アヒル
西宮→魔女子さん
東堂→ブラザー
真依→妹御(めちゃ怒られる)
三輪→ワカちゃん
メカ丸→メカ丸

呪骸や偽名はそのまま呼びます。


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