そのいち
※「
涼木」で名字固定してます。
※某ゲームキャラの名前が出ますが本人は全く登場しません。
「仕事です」
ノック三回。拳から微弱に流された呪力が一秒の誤差で帳の役割を担っていた板をただの扉にする。開け放たれた部屋は四畳半。壁の一辺には天井まで届く大きな本棚、ぎゅうぎゅうに詰められた単行本。向かい側には30インチの薄型テレビ。部屋のちょうど真ん中には例の人をダメにするクッションが太々しく置かれていて、埋もれるように座る小さな体がこちらを睥睨している。いや、上目遣いと言ってもいい。威圧も何もできないほど、赤い双眸は人懐っこい小動物のように黒目がちだったから。
「早く終わらせて定時で帰りましょう。上手くいけば18時には間に合いますよ」
「絶対絶対ぜぇーったいね、約束ね」
「私じゃなく呪霊に言ってください」
「ぶー」
手元のスマホの電源を落とし、輪郭の柔い手がのろのろと仕度に取り掛かる。元々着ていた足首までの長いワンピース。裸足に黒いハイソックスを渋々履いて、部屋の隅でいじけていたダッフルコートを着込む。最後にローファーに見えるデザインの柔らかスリッポンを両手に、部屋の境界までとてとてと近付く。
「じゅんびかんりょー……う?」
トントン。これ見よがしにコメカミを叩く。何かに気付いた唇が形作った「あ」。Uターンした部屋の、クッションの下敷きになった黒縁眼鏡を見つけ出し装着。今度こそ「じゅんびかんりょー」し、男の前でくるりと回って見せた。
「良くできました」
「ナナウミ、はやくはやく」
「はい」
手は差し出さない。ただ下に垂らしただけの左手。人差し指と中指を水分量の多い肌がヒシッと握る。こちらからは握り返さない。いつでも外れる力加減のまま、二人は手を繋いで仕事場へと歩き出した。
七海建人は幼女を連れている。
「名前ちゃん久しぶり。来てくれて嬉しいよ」
目隠ししているくせにしゃがんで目線を合わせてくる胡散臭い男。名前と呼ばれた幼女はピーマンを無理やり食べさせられた顔をした。
「ナナウミ、ゴダイゴいる。聞いてない」
「すぐ消えます。我慢なさい」
「うそつき、どろぼう、はんざいしゃ、へんたい」
「言う相手を間違えてますよ」
「あれ、僕のこと言ってる?」
察しが良くて何より。
指を握る力がさらに強まり、人見知りの女の子のように七海のスラックスに身を寄せる。それがまた庇護欲をそそる見た目をしていた。
白黒のシンプルな格好に茶色いローファーもどき、ふわふわと柔らかく揺れる黒髪を二つ結びにして、太い黒縁の眼鏡をかけた大人しそうな子供。歳の頃は恐らくまだ小学校に上がっていないだろう。無防備に頼りなさげで、無駄に柔らかそうで、無条件に抱きしめて守ってあげたくなる象徴。手を伸ばし触れただけで罪悪感を抱きそうな幼女。それが涼木名前だった。
五条悟と名前との初対面は散々だった。いや、散々だと思っているのは七海だけで、名前は別の意味で五条と相性が良くないのだけれど、とにかく良い思い出ではない。
『元いた場所に返してきなよ。自首すれば罪は軽くなるし、最悪ウチがどうにか揉み消してやるから。ね?』
『七海さんが……比較的まだマトモな七海さんが……そんな……』
六眼で全部見えているはずなのに誘拐犯呼ばわりしてきた五条と、本気で幼女趣味だと誤解しドン引きした伊地知。滅多に動かない七海のコメカミからピキピキと嫌な音がした。
『その発想に至る方がマトモではありません穢らわしい』
これだから呪術師はクソ。
「脱サラ呪術師の七海君とぉ、連れ子の名前ちゃんでーす!」
「その言い方やめてください。誤解を与えるでしょう」
「連れてる子供、略すと連れ子でしょ?」
間に名前がいる状態でバシバシ七海の肩を叩く五条。大人二人の足に挟まれて頬を膨らます名前。初対面の虎杖悠仁は「脱サラ……子連れ……」と気圧されている。チラチラと七海と名前を行ったり来たり。幼女は居心地悪そうに七海のスラックスをツンツンした。「やめなさい」「はぁい」
名前は始終、大人の会話は分かりませーんという態度で任務の話を無視していた。五条を信頼できても尊敬はできないとか、呪物を取り込んだだけの少年を術師として認めないとか。ゆらゆら頭を振って待っていたところ、話が纏まったのか五条が虎杖という少年の肩を押す。七海と名前と、虎杖とで任務を行うことになったらしい。
「さんにんにん?」
「三人任務です。聞いてなかったんですか、今日の貴方のノルマですよ」
「なーる」
「ほら、仕事です」
七海の指から手を離し、とてとてと少年の前まで近付く。虎杖は五条と同じくしゃがんで目線を合わせてくれたが、人が違うと全く別物のように受ける印象が違った。胡散臭くないからかな。
「名前、どうゆう字?」
「字ぃ? えっと、トラのツエで虎杖、悠仁のユウは悠久の……って分かるか?」
「じゃ、トラツエね」
「とら?」
「ダメです。他人が聞いても分かりやすい呼び名にしてください」
「えー。じゃあイタメシ」
「え、なんでイタリアン?」
「いいでしょう」
「いいんだ!?」
命名、イタメシ。
五条がちょっとだけ笑った。
「僕もゴダイゴって呼ばれてるし。なんだろ、999でも歌うように見えるのかね」
「それ私でもギリギリ分かるネタです」
「だよねー子供には分からんよねー。ま、名前ちゃんなりの儀式みたいなものだから気にしないで。嫌われてるわけじゃないし」
「そっスか」
釈然としない顔で虎杖は名前と目を合わせる。眼鏡越しの瞳は
黒々と丸っこく、大人しそうに見えて歳相応に生意気盛りらしい。
「ハジメマシテ。よろしく、名前」
「うん、ハジメマシテ」
五条の言う通り嫌われていないことは分かったので、虎杖はそれで良しとした。
こうして伊地知の運転する車で現場の映画館までやって来た三人。(余談だが伊地知のあだ名は「意地汚い」である。伊地知は泣いていい。)現場を張っていた所轄の刑事から「子連れ……」「子連れ?」という目と口をスルーしつつ調査を開始した。
残穢を追い、呪霊二体と対敵。とどめを刺す直前に元は人であったことが発覚した。呪霊を回収後一旦退却して方針を立てる。虎杖は伊地知と共に吉野順平の元へ。七海と名前は実行犯の元へと足を向けた。
「虎杖君はどうでしたか」
「むぅ、いい子」
「生き残りそうか否かで答えてください。ああ、もちろん不吉なことは言わないように」
ふにゃふにゃな唇がツンと尖る。
「イタメシのなかみ、なにが混じってる?」
「……言ったでしょう。両面宿儺ですよ」
嘘だった。七海は出来るだけ名前の耳にその情報を入れないようにしていた。それは彼女の術式が認識、もっと言うと第一印象でほぼ全てが決まってしまうような類のものだったからだ。ハマれば僥倖、ハマらなければ諦めて虎杖とは隔離する。
七海の監督不行届だけは避けたい。
両面宿儺。呪いの王を宿した器に対して、名前はどういう印象を抱くだろう。少なくとも七海は嫌な予感がしたので、ただの混じり物としての彼を見せたかったのだが。
「なにそれ最強じゃん! 絶対生き残るよ、やりぃ!」
七海の予想は良い形で裏切られた。
「宿儺ですよ? 最低最悪の呪いの王を取り込んで、保守派の上はいつだって殺す機会を虎視眈々と狙っている。そこは普通、」
「そうゆうおもーい過去のあるいい子、たいてい最後は友達たくさん仲良しエンド。あるある」
あるあるとは。
どこかホッとしたような、釈然としないような心持ちのまま、下水道にて下手人と対敵。
人型の呪い、真人との戦闘が激化する。人の魂を作り変えることで呪霊を生み出す術式。一度食らった手前、このまま戦闘を続けるのは部が悪い。なにより時間は既に18時を過ぎ、隠れている名前がいつアニメをリアタイできなかった苛立ちで呪力を暴発させるか気が気でなかった。
そろそろ頃合いか。
「名前ッ!」
同時に呪力隠しの眼鏡を取った幼女が上から降ってくる。
名前の術式はたった一つ。攻撃力は皆無に等しくとも、ハマれば最悪の一言に尽きた。
「領域展開」
『
垂迹弄楼曼陀羅』
垂れてくる。帳に似た黒い液体は、けれど暗転したテレビ画面のように光を反射し、真人と七海の姿をまざまざと映し出す。事実、ふたりはテレビの中に収まっているようなものだ。名前の領域とは、現実を非現実に塗り込める悍ましき認識汚染。
床には曼陀羅の名にふさわしい円環と、居並ぶ御仏の顔に被さる目、目、目、目。床絵を取り囲む摩天楼のような円柱の隔たり。黒い壁の向こう側。滝の流れを堰き止めるように女の指が差し込まれ、値踏みする床の目と共に一斉に真人を指し示す。肉の腐った臭いがしゃがれ声と共に領域内に吹き込まれた。
「おまえ、舐めプで呆気なく死ぬ雑魚キャラみてぇだな」
名前の印象をそのまま相手に押し付ける。
ありもしない弱点を作り、強者を弱者に、弱者を強者に反転させ得る。上位存在、便宜上の神による生まれ変わり、作り替えの再現。領域内の人間呪い皆平等に偏見を反映させる理不尽の権化だった。
「十劃呪法」
『瓦落瓦落』
呪力を纏った瓦礫が、足をもつれ“させられた”真人に降り注いだ。
・
・
・
「あれを雑魚呼ばわり、しんどい」
「分かってます。無茶しましたね、お互い」
「ん」
眼球から溢れる血をハンカチで拭いつつ、反転術式で元に戻していく名前。大部分は脳がやられたのだろう。流石に家入のような高度な術は使えないので、治療できない七海の体を自身に寄りかからせて近くの多目的トイレに逃げ込んだ。幼女と一緒にトイレに入るスーツの男。監視カメラに映っていないといいな。七海はほんの少し遠い目をした。
「麻酔、しよっか?」
「いいえ、結構です」
「でも、」
悩むようなそぶりを見せる名前。勘違いしてはいけない。これは七海を心配しているのではなく、七海への認識がズレることを危惧している。
名前の術式は、名前の認識を相手に押し付ける。雑魚だと思えば特級だろうが五条だろうが雑魚になる。だが、これには本心からの認識が必要であり、例えば先程の真人に対しては七海を押すほどの力量を見てしまった手前、雑魚とは口が裂けても言えない相手に違いなかった。──だから思考を司る大脳を負傷したのだ。
そして、領域展開の際重要になるのは、味方も領域内に入っていなければいくら敵を弱くしたところで名前に攻撃手段がないことだ。しかも単に強い術師を放り込んでおけばいい話ではない。名前が敵に認識を押し付けている間も、無意識に領域内では名前の認識が適応される。普段から名前に弱いだの死にそうだの思われている人間だった場合、本当に弱くなって殺されてしまう危険性があった。つまり、彼女と行動する術師は最低でも「死ななそう」「生き残りそう」と思われていないと死ぬことになる。
『こういう人、なんだかんだ生き残る』
名前の七海評である。
ゲームで言うところの最強のデバッファーでありながら、扱いを間違えると味方にまでデバフをばら撒く災厄。だからこそ五条は虎杖の印象をどうにか「生き残りそう」にして名前を有効活用したいのだと分かっていた。何せ生存率が格段に上がるので。
「一度高専に戻りましょう」
「ん。意地汚いに電話する」
「いえ、私が、」
「もしもし意地汚い」
『そのあだ名やめてくださいよぉ……』
「ナナウミ怪我した。早く高専まで送って。以上」
『な、七海さんが負しょ、』
ピッ。
「来るって」
言ってないだろう。
「………………はぁ」
労働も呪術師もクソ。
改めて噛み締めた七海だった。
***
飢えていた。
日本最古の物語である竹取物語の誕生は一説によれば平安時代。遅くとも十世紀には成立したとされる。だから、少なくとも時代はそれ以前。八世紀の奈良時代か、さらに前の飛鳥時代か。それほど古い旧い歴史の一点の
紙魚として彼女は在った。
ただの人間。ただの女。ただの転生体。
涼木名前とは前世の名前である。字や音が一言一句あっている保証はないが、とにかく自分の名前である認識はずっとあった。
涼木名前は平成、令和を生きた若者であり、俗に言うオタク。アニメや漫画やゲームに熱狂し、SNSで意味のない言葉を喚き散らし同好の士と狂気を比べ合うのを生きがいにしていた、良くも悪くもアクティブなオタクだった。
それが転生なるラノベだかなろうだかで稀によくある経験をし、稀によくある異世界転生の道を歩めなかった。
時代から落伍した。
飢えていた。食事にではなく、娯楽に飢えていた。あと一、二世紀生まれるのが遅ければ、あと二、三ほど上の身分にいれば、もしかしたら和歌だの絵巻だの“最先端”の娯楽に花を咲かせて熱狂したに近いないが、現実は泥臭く自分の代で終わる田んぼの世話に駆け回り一日を終える村娘でしかない。
絶望的に周りと話が合わなかった。
「草」は通じない。(笑)から派生したネットスラングであり、ネットなんて二十世紀末の偉大なる発明だ。
「サボりたい」は通じない。元はフランス語のサボタージュが二十世紀初期の若者言葉として流行したもので、本来は破壊活動を意味する。
「ウケる」は通じない。「をかし」すら未来の言葉だった。
何も通じない。何も話せない。何も楽しくない。
暇潰しに目についた人間を登場人物に見立てて物語を作ってみる。アイツは勇気百倍主人公、アイツはいけ好かないライバル。アイツはツンデレヒロイン。アイツは最終回で死ぬ兄貴分、アイツは十巻あたりで裏切る子分、アイツはアイツはアイツはアイツは。──つまらない。つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない。
最期の言葉も、きっとつまらない。
なんで死んだかなどどうでもいい。なんで呪いになったのかもどうでもいい。来世はニチアサ見放題の幼女になりたいとか思った気もするが、やっぱりどうでもいい。
一つ疑問を挙げるなら、ただの人間の女が持つには贅沢すぎる呪力のこと。
女は前世の記憶を保持したまま輪廻転生を果たした。どんな見落としか見過ごしかはさて置いて、浄化の隙間を掻い潜ったというただ一点で、因果は逆説的に決定してしまった。
輪廻転生を経て前世を覚えているのなら、
輪廻の輪をものともしないほど 魂が強い。
本当のことなんてどうでもいい。屁理屈なんぞ人間の理論。何せ概念の話だ。思い至ったが最後、天は判じ、故に確立した。
女はつまらない世の中を呪って死んだ。
呪いに転じて何がおかしい。
軽く見積もって千四百年。打ち捨てられた亡骸の上に森が生い茂り、時代は過ぎ去り。高度経済成長期に切り開かれ、小学校が建ち、子供たちが寄り付かない校舎裏の花壇の下。呪いはそのまま呪霊避けの呪物として時代と共に静かに眠りこけていた。
転機とは来たるべくして来る。五条悟という最強が生まれたように、虎杖悠仁という器が生まれたように、目を覚ます時はすぐそこに。
「うっ、ふぅ、うぅ……」
小さな女の子が足をもつれさせながら走ってきた。誰かに追われているのか、泣きながら花壇のそばにしゃがみ込んで、必死に泣き声を抑えようとする。日常的に声を潜めることに慣れた様子だった。
「おーい、おーい。かくれんぼかなぁ、出ておいでぇ」
続いて重い足音がゆっくり追い詰めるように近付いて来る。粘ついた声が誰かを呼んでは荒い息を吐きつけていた。
「ヒナコちゃーん、アクタヒナコちゃーん」
アクタヒナコ。
あくたひなこ。
あくた、ひな、…………?
────芥ヒナコ?
千四百年。死後ぬるま湯のような呪いを垂れ流しながら緩やかに眠っていた意識が覚醒する。聞いたことがある名前だった。なんのアニメか漫画かは忘れたけれど、確かに知っている名前だ。キャラクターだ。二つ結びに黒縁眼鏡の女の子だった気がする。もうアニメや漫画が存在する時代になったのか、前世の時代に追い付いたのか。
時代に落伍した自分が置いていかれない時代になったのか。
「ふぇ、ひっ……!」
完全に呪いとして覚醒した彼女は、一番近くにいる人間に手を伸ばした。起き抜けにスマホのスヌーズを切るように、風に靡いた髪を撫で付けるように。たった一度意識を向けたその瞬間、
阿久田ひな子は死んだ。
「あ、そこにいたんだぁ、ヒナコちゃん」
幼い体。殴られた腹と痣が残る首。目の前の男とは違う女の手によるものだとすぐに分かった。こんな夜更けに子供一人な時点で察する。
それにしても、芥ヒナコはこんな風だったろうか。こんなに髪は短くて、背は小さくて、人間のようにか弱かっただろうか。あれ、あれ、あれあれあれぇ?
人違いに気付く前に、目の前に太い足が二つ立ち塞がる。汗塗れの、醜い豚が二足歩行しているような男だった。なんだコイツは。なんでこちらに手を伸ばす。
分からないなりに確かなことは、
「ヒナコちゃん、はぁ、はぁ」
コイツ絶対に主人公じゃない。
「おまえ、わんぱんでたおされる“もぶ”みてぇだな」
七海建人が駆けつけた時、小学校には腹部を殴打された瀕死の男だけが残っていた。
捜索届が出された幼女が悍しい呪力を撒き散らしながら高専に保護されたのは一月後。
幼女が呪力を持った人間ではなく、千年以上も前の呪物が体を乗っ取り受肉した存在だと知られたのはさらに四日後。
阿久田ひな子の捜索が打ち切られ死亡届が受理されたのはさらに二週間後。
涼木名前の戸籍が偽造されたのはさらに一週間後。
「あくたひなこちがいでした」
名前はただ一点、芥ヒナコ違いをしたことが気がかりだった。呪いらしく人を殺すことに躊躇いはなくても、寝惚けて殺すことは看過できない失態。
端的に言うと恥ずかしかった。オタクが推しと同姓同名の初対面の他人にキャラのあだ名を叫んだようなものだ。羞恥だって呪いの源だ。うぞうぞと小さい体から呪力が湧き出し、術師の一喝で皮膚の下に隠す。
「ひとちがい、こあい」
呪いだって反省する。稀有な例だ。
だから、ちゃんと名前を呼ばないことにした。また同じことを繰り返さないよう、正式な名前は覚えない。奪ってしまった体は、返す相手もいないし。前世人間だった価値観が奇妙に淀み、呪いなりに社会に有効活用しようと呪術師のそばを陣取った。
ぶっちゃけ、スマホとテレビと漫画を与えてくれる環境に骨抜きになったとも言える。オタクは生まれ変わっても拭えぬ業なのだ。
「呪いのくせに人臭いねぇ」
「らしくともなんでも呪いは呪いです」
こんなんでも使えるなら使う。それが新しい呪術師である。
「認識汚染か、興味深いなぁ。とりあえず七海のことどう思う?」
「こういうひと、なんだかんだいきのこる」
「あらら、意外と高評価。僕は? 僕最強だよ?」
「じしょうさいきょうは“しぼうふらぐ”」
「はー? 名実ともに最強なんだけど?」
白いスラックスを摘みながら、幼女を取り殺した呪物は無意識に呪いを放ち、自称最強は一息で吹き飛ばす。ある意味呪言師のソレに近く、目で見て認識しただけで成立する分こちらの方が厄介だ。このやりとりも呪力抑制眼鏡をかけるまで続いたので、幼女と五条との相性はあまり良くない。“生き残る”と思われている男と組ませた方が良いと上は判断した。
こういった経緯で、二級呪物『
不語ヶ花』は特級呪物『涼木名前』に名前を変え、七海建人に預けられている。
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