ユビキタス/ジェイドVSルーク +α



「おや、ルークさんではありませんか」
「やあ、ムシュー・計画犯。今日はいつにも増して笑顔が輝いているね。また麗しのキノコを見つけたのかい?」
「いいえ、それもそそられる話ではありますが、今回はとびきりで。──これから名前さんとの逢瀬なんです」


勘弁してくれ。

ルークの隣にいたトレイと、ジェイドの隣にいたアズールは揃って顔を引き攣らせた。

場所は図書室入り口前の中庭に面した廊下。サイエンス部の活動の一貫で薬草図鑑を借りに来た二人組と、途中まで同じ道だからとラウンジのメニューの相談をしながら歩いてきた二人組。図書室行きで察していたトレイはともかく、アズールはジェイドの目的が例の司書だと知らなかったため、ものすごい目つきでジェイドを睨んだ。


「僕は今後一切関わるなと言ったはずですが、どういうつもりですかジェイド」
「アズール、海の魔女の慈悲の精神をお忘れですか? かの魔女は人魚と人間の前途多難な恋まで叶えてみせたというじゃないですか。あなたもオクタヴィネル寮長ならば魔女に倣って僕を応援しても良いのでは?」
「お前のソレは頭の状態異常だ飴でも舐めておけ」
「いえ、海藻キャンディはお腹いっぱいでして」

「──恋、と言ったかな?」


弓の弦を引くように、空気がピンと張り詰める。

原因は、ハツラツとした笑みを浮かべたルーク。細めたつり目の奥の、ほんの少しの隙間から油断ならない翠色が覗いているのだと。その場の誰もが察した。


「他の狩人と獲物が被ってしまうことは、ないとは言い切れないのが悲しいところだね。そう、ジェイドくんと被ってしまったのか。それは楽しい競争になりそうだ。私の腕の見せ所だね」
「競争、ですか?」
「美しい人、マドモワゼル・名前の心を射止める愛の試練さ!」


両腕を大仰に広げて高らかに宣言する。愛の狩人と自称する彼において、自分の愛もまた狩りの一要因でしかないのだろうか。

ニコニコと食えない笑みを浮かべていたジェイドは、途端に眉をハの字に下げ、小さく息を吐いた。


「ルークさんともあろう方が、女性の気持ちで競争とは。──残念です。名前さんは景品ではありませんよ?」


困った子供を見るようで、その実見下しが入った嘆息。ギザギザの歯を意地悪く覗かせ、同時に嘲りにも似た感情を露わにした。


「今日これから約束があるのは僕の方ですから」
「そうだったね。逢瀬、と言ったかな。素敵な時間を過ごして来るといいよ」
「おや? ずいぶんと心が広い。ハンデのつもりですか?」
「本心さ! 愛しい女性と過ごす時は鮮烈にして呆気ないもの。分かるとも」


おや、狩人の様子が……?


「何せ私も、毎朝・・彼女とのかけがえのない逢瀬を重ねているのだから!」
「(ビキッ)」


トレイは盛大に顔を背けた。ルークのポムフィオーレ生特有の豪奢華美なオーラから溢れてはいけない闇を嗅ぎ取ったため。彼の部屋同様、見てはいけない・気付いてはいけない何かを感じ取って直視を避けた。

同様にアズールもサッととなりのウツボから距離を取る。ジャックにキノコの苗床をダメにされた時とは比べ物にならない禍々しいオーラを感じ取ったので。タコ足を噛みちぎられる心地がしたので。


「では、僕はミステリーショップに用があるのでこれで、ッ!?」


暗黒面に落ちた二人に付き合ってられないと、そそくさ退避を選んだアズールの肩にガッシリとした腕が置かれる。メレンゲ作りで鍛え上げられたトレイの腕である。


「トレイさん、なにを、」
「まあまあまあまあアズール。少しくらい世間話でもしようじゃないか。寮長会議でのリドルの様子はどうだ? 上手くやってるのは分かっているが、実際に見ることはできないしな。出席している寮長からの生の声が聞きたい」


図書室に確定で行かなければならないトレイは、この不毛な睨み合いから離脱できない。死なば諸共、赤信号みんなで渡れば怖くない、面倒ごとは一緒にな、の精神でタコ一匹確保したのだ。


「はははははははははは」
「ふふふふふふふふふふ」


最悪な膠着状態。

鮫の海に鉄格子の檻ごと放り込まれたような、山中で熊と遭遇して両手を広げて見合っているような。


「ユウくん! こんにちは」


緊迫した廊下の空気を一掃したのは鮫の天敵シャチでも猟銃を持った猟師でもなく、華やいだ女性の声と……。


「おば、名前さん! こんにちは!」
「コイツだけじゃなくオレ様もいるんだゾ!」


オンボロ寮の監督生とグリムであった。

声の持ち主、今日も可憐に微笑む司書さんは図書室と廊下の境目を跨がない位置で手を振っている。そこに手を振り返しながら監督生が小走りでたどり着き、生意気な顔のグリムが監督生の肩によじ登って自己主張した。


「あらまあごめんなさいね。こんにちはグリムちゃん」
「挨拶よりも先に用を言え。何くれるんだ? 食い物? ツナ缶か!」
「こらグリム。ツナ缶はいつも貰ってるでしょ」
「そうね、ツナ缶はまた今度。今日は別の物をもらってほしくて。こちらにどうぞ」
「はい、失礼します」
「なぁんだ、ガッカリなんだゾ」


美しい微笑みに加わる茶目っ気。いつもの穏和な雰囲気よりも幼さが前面に出て、とにかく可愛らしいお姉さんに様変わりする。ルークにもジェイドにも見せない対監督生専用の顔だ。

「さ、さ、こっちよ」飛び跳ねるように監督生の背中を押す名前。さながら仕事から帰ってきた夫を出迎える妻、新婚さんの玄関口。ギリギリギリギリギリギリ……。地上190cmから鼓膜を引っ掻くような歯軋りが際限なく生み出された。「おやおや」でも笑顔。


「酷い人だ」
「Oui! ……けれどね、ジェイドくん。愛しい人の残酷さも、甘く痺れるこの傷も、我々が感じ得る美しさの一つではないかな」
「はあ。ルークさんは本当に、心が広くて羨ましい限りです」
「君にはそう見えているのかな?」


うっそり笑みを象る狩人。人魚は唇を吊り上げる。お互いただでは転ばない性根の持ち主である。


「名前さんこんにちは」


「どぅわ!?」「ふな!?」190cmの巨体が無理くり名前と監督生の間に差し込まれる。突然のことに驚いた名前も、約束の相手だと気付いてからはいつもの微笑みに戻った。


「こんにちはジェイドくん。急に呼び出してしまってごめんなさいね」
「いえいえ名前さんとの逢瀬です。喜び勇んで参上しました」
「ふふ、逢瀬だなんて。こんな格好ではジェイドくんの隣に並べないわね」
「そんな! 名前さんは何を着ていらしても素敵ですよ」
「お上手お上手」


両手で小さく拍手する名前は、明らかにジェイドを“そういう目”で見ていない。ルークにも、クルーウェルにも、監督生にさえ、愛だの恋だのと言った重く甘ったるい感情は持ち合わせていないのだろう。ジェイドとて分かってはいる。分かっていても止まらない情動というものが自身の中にあることを、陸に来て初めて知ったのだ。


「最近ハーブを育てているのだけど、鉢植えでは収まらなくなっていくつか摘んだの。ジェイドくんは山登りが趣味なのよね? 虫除けになると聞いて匂い袋にしてみたの。ご迷惑じゃなかったらもらってくれないかしら」


──ぽぉぉぉ……。

落ち着けジェイド、言ってる内容はベランダ菜園で悪魔の増殖を許したおばあちゃんだぞ。

トレイは苦笑の下でなんとか言いたいことを飲み込んだ。寮長の癇癪で慣れている。アズールはジェイドの意識が逸れた瞬間にアデューした。泳ぎが遅いタコだって逃げる時は素早く逃げられるものだ。


「ユウくんにもグリムちゃんにもあるのよぉ」
「なんだ草か、期待して損したんだゾ」
「あら、グリムちゃんは知らないの? 虫に刺されるととーっても痒いのよ? 人なら塗り薬でマシになるけれど、グリムちゃんの毛皮がベトベトになったら悲しいわ」
「ふな!? オレ様、ベトベトになるのは嫌なんだゾ!」
「でしょう? オンボロ寮は虫が入りやすそうだから、早めに対処しないとね」
「確かに、隙間風だらけで入り放題だ……。オレ様にもその草寄こすんだゾ!」
「大丈夫よ、ちゃんとグリムちゃんに似合う紫色のリボンで結んだわ」
「この人すごいな」


ほんわりグリムを言いくるめる名前。
前言撤回で騒ぎ出すグリム。
自分の世界から帰ってこないジェイド。
ウツボから全力で目を逸らして感心する監督生。

奇妙な集団が図書室へと入っていったのを見届けて、トレイとルークはその後を続いた。


「さて、私たちも目的を果たさなければね」
「いいのか? ジェイドに先を越されて」
「何、これくらいはハンデのうちに入らないさ」


──それに。

ニンマリと。好奇心とほんの少しの嗜虐心を混ぜ合わせた顔が、鷹揚に名前の金髪を眺めた。


「ジェイドくんやトリックスター、グリムくんにハーブをプレゼントすることは、彼女の口から聞いていたんだ」
「……え」
「毎朝逢瀬を重ねていると言っただろう?」


はじめてのハーブ栽培、あまりの生命力の強さに慌てふためく彼女はそれはそれは可愛らしくてね! 思い出すだけで胸がときめくよ! Très bien!! 云々。

手も口も動かしながら目当ての図鑑を見つけ出したルークは流石というか、このスピードでできたなら始めからやってほしかったというか。恋するジェイドを観察するためにあんな会話をしたのかと思い至り、疲労がドッときた。なんならちょっと腹立たしさすら感じたトレイだったが、スカッとする瞬間は意外と早くやってきた。


「え?」
「ん?」


図鑑をカウンターで借りる際、ルークが当たり前のように両手を差し出した。対する名前は不思議そうに黒革の手袋を見て、ルークの微笑を見て、言外にハーブの匂い袋を催促しているのだと気付く。白魚の瑞々しい手が困ったように口元を隠した。


「ルークくん、匂いが強いものは苦手よね?」


だからルークの分は作っていない、と。

チケットがご用意されていなかったオタクのように、ルークは膝から崩れ落ちたのだった。


ジェイドVSルーク。結果、痛み分け。




企画へのご参加ありがとうございます! お祝いの言葉もありがとうございます! ユビキタスでジェイドVSルークと巻き込まれるキャラということで隣に苦労人二人と監督生とグリムを置いてみました。オチはお任せとのことで、おばあちゃんはお友達を贔屓しないだろうと痛み分けにさせていただきました。このお話で一番可愛いのはグリムかもしれない。気に入っていただけてたら嬉しいです。素敵なリクエストありがとうございました!

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