チェネif/アリィ王女でもない人



待って待って人種を考えてくれ死ぬ死ぬ死ぬ。

黄色人種、肌に色付いててもこんな太陽防げない。日差しが殺人級で火傷しそうな砂漠に何故置いていった誘拐犯。殺人級とか言ったけど級じゃないわ殺人だわ。我スウェットぞ? イチキュッパの灰色の布ぞ? どうやって生きろと。

オアシスどころか木の影すら見えない砂漠のど真ん中をちんたら歩いて何時間。うそ五分。日陰なしで五分でも体感半日経った気分だ。ここどこよ絶対日本じゃないよね、鳥取砂丘もうちょっと涼しいし狭いよね。となると外国に誘拐……はい? 信じない信じない、ここは日本です鳥取砂丘です。ッべー日本にこんな広い砂丘あったとか鳥取県ッベー流石っす先輩ちっすちっす。


「天の恵みか」


どんだけ意識が朦朧としてたのか。隣にはラクダの行列が並んでて、真面目に両手を合わせて拝んだのだった。神とは仔ロバでも蓮の花でもなくラクダに乗って現れるのか……。



「こちら極東の地より遠路遥々我らが熱砂の国へおいでいただきましたアリィ王女です」



はい、神じゃなくって詐欺野郎でした。やだぁ。

アラビア〜ンなお屋敷の開放的な大広間。上座っぽい一段上のリッチ〜な椅子に白いターバンを巻いて金色のジャラジャラを身につけたこれまたリッチ〜なおじさんがドッカリ座っている。対するこちらはターバンも巻いてるし金色のジャラジャラもついてるけどちょっと地味めなおじさんと、謎の格好に着飾っている私である。赤地に金縁で緑の孔雀? フェニックス? なんかそこらへんの派手派手な鳥の刺繍が鮮やかな着物もどき。白いイブニングドレスの上からガウンのように羽織って細い帯のようなベルトで腰をきゅっとくびれさせて……あの、なんか。


「ほう、珍しい仕立てだと思えば極東か。確かに熱砂との国交はほとんどない。よくぞ伝手を作ったものだ」


外国人が浴衣を着物と言い張るファッションにそっくりというか。

黙って俯く私を尻目に、二人は絨毯の上に並んだ美術品を手に取ってアレやコレやとくっちゃべり出す。


「極東の絵はペラペラだな。風にやられそうなほど繊細だ」
「こちらの茶器は骨を使った陶磁器です。手に馴染んでよろしいかと」
「不思議な色の石だ。とろみのある碧というべきか」
「極東にしかいない伝説級の珍獣を象った置き物なんていかがでしょう」


掛け軸、ボーンチャイナ、翡翠、パンダ。75%中国。極東っていうか東アジア。アジア人の見分けついてなくね? 私中国人だと思われてる? あはははは、笑えねー。


「ところで話は変わりますが、こちらのアリィ王女の嫁ぎ先はいかがいたしましょう」


ト ツ ギ ー ノ 。

なになになになに怖い怖い初手トツギーノなに?? 急にネタ出されても笑えないんですがなに??

嫁ぎ先? 先? お先真っ暗の先? は? いつの間に結婚の話になった。詐欺は詐欺でも結婚詐欺はヤベェじゃん。ガチ中のガチのアレでソレじゃん語彙が死んだ! この人でなし!


「ああ、うちのカリムの嫁にするつもりだ」
「は」


ボッカリ大口開けた隣のおじさんは、後にも先にも一番笑える変顔だった。ご冗談を〜お人が悪い〜とか考え直してほしそうなおじさんに対してお相手は本気らしい。押し切られる形で私はカリムさん? という人の婚約者になった。いや私はただ黙って俯いてたんだけどね?

そんな経緯でお金持ちのアジームさんちの穀潰しとして住まわせてもらうことになったのだった。いや〜お世話になります〜。


「生きて帰りたければ絶対に口を開くな分かったな肯け」


死にたくないです助けて。

なんか喉グワシッッてされてブツブツ言ったかと思えばめちゃくちゃ血走った目で脅された。ひぃん脅迫罪刑法違反具体的に何条かは知らん……。

おじさんはこんこんと『何も喋るな・姫らしくしろ・部屋で大人しくしてろ』をいろんな言葉で言い換え続けどっかへ行ってしまった。残った私はアリィ王女というよく分からん姫のフリをしてカリムさんの婚約者の部屋をあてがわれた。豪華以前に目がチカチカする。アラビア〜ンなホテルのスイートルームって感じ。ここにジッと篭ってろとのお達しだった。あ、案外いけそう。カリムさんさえどうにか誤魔化せればなんとか、なるか?

カリムさんという人は学生さんで、最近ホリデーで一時的に帰省しているらしい。大学生かぁ、年下との出会いってあんまないしなぁ。話が合うか不安。あ、そもそも話しちゃダメなのか。


「お前が遠くからやってきた姫さんか? オレはカリム。カリム・アルアジームだ。よろしくな!」


どっからどう見ても高校生未成年じゃないですか責任者呼んでこい。

ターバンを巻いた小柄な男の子は、白い髪に赤い目の色もさることながら、ヒーローショーみたいな非現実的なテンションで手を差し出してきた。ええ、これ握っていいヤツ? 刑法違反の次は条例違反? 社会的にも死にたくないです助けて。


「どうしたんだ? 顔が真っ青だぜ、腹痛いのか?」


そんなわけあるか。と言おうとした口をすんでのところで縫い付ける。あっぶな。喋っちゃダメなの忘れてた。必死で首を横に振ってから、ちょっとだけ、ちゃんと触るだけ、と言い訳しながらカリムさんの手を握った。すぐ離す前に思いっきり握られてブンブン振られたわけだけど。ひぇ、握力強い。男子高校生の握力だ。

身長は小柄でも私よりは明らかに大きい。何より遠慮がないのか距離も近く、引きずられる形で部屋から連れ出された。

一日目、アジームさんちの宝物庫を見せてもらう。
二日目、アジームさんちの宝物庫その2を見せてもらう。
三日目、アジームさんちの宝物庫その3を見せてもらう。
四日目、アジームさんちの宝物庫その4……
五日目、アジームさんちの宝物庫……
六日目、アジームさんちの……

……ここどんだけ宝物庫あるの? 入れる宝物の価値ゲシュタルト崩壊しない?

オウムの赤い羽飾りを手渡されながらぼんやり黄昏れた。大人しくてろって言われたのに連日お部屋から出てしまっている現実。バレたらおじさんに殺される……不可抗力なんですyeah……。

それ以外は豪華なお部屋で悠々自適な生活、かと思いきや。微妙に適応できていない。何せ国が違う。空気が乾いていてなんか居心地悪いし、食事は香辛料がキツかったり味が重かったりで量が食べられない。お茶に砂糖ザラザラだった時は金持ち特有の嫌がらせかと思った。砂糖恐怖症になる……。そんでもって夜は夜でぐっすり眠れたことがない。庶民生活がこびりついている体には豪華なキングサイズのベッドは柔らかすぎた。安眠ができずにゴロゴロ転がって、正座で瞑想もどきをしてもあんまり意味もなく。結局クッションを絨毯の上に並べて寝た方がマシだった。これに気付くのに三日かかった。

七日目の今日、珍しくカリムさんはやって来なくて初めて言付け通り部屋の中で過ごした。そういえばあの詐欺おじさんは二週間後に来るとか言っていた。あと一週間この生活なのか。ツラ。初日の夜にくぅくぅ鳴ったお腹は胃袋が縮んだのか大人しい。何より圧倒的な自律神経の乱れを感じる。お風呂に入りたいところだけどどうやらシャワーが一般的な文化らしい。仕事してないのにこのストレス。はぁ人間いず難儀難儀。

いつものように定位置の絨毯にクッションを並べた夜、カリムさんが従者を引き連れてやって来た。


「散歩しようぜ!」


マ?


「な、気持ち良いだろ!」
「っ! っ!!」


ひゃーーーーーー!!!!!!

なにこれこれなに高い高いたっか怖い落ちる潰れるひゃーーーーー!!!!!!!!

魔法の絨毯とかいうファンタジーな代物に乗せられて現在砂漠のど真ん中。なにこれ噂のVRとか思う暇もなかった。え? 夢? 幻? まぼろし〜? なんで絨毯が宙に浮いて、ハ、本当なに現実違うよね。とっくに死んでてここはあの世とか? ヤダヤダ早く夢から醒めて。


「あ、怖かったか? 絨毯のヤツはしゃいじまって。ちょっとゆっくり飛ぼうか」


気付くの遅いんじゃ。

カリムさんに肩を抱かれて縮こまっていた私。やっと速度がゆっくりになって、冷たい風がそよ風くらいに落ち着いた。月が異様に近い。砂漠は白く輝いていて、建物は遥か遠くの蜃気楼みたい。え、コレ帰れるよね。不安になって思わずカリムさんの服を掴んだ。肩の手が余計にギュッと強まる。


「あのさ、オレたち三日後に結婚することになったんだ」


ト ツ ギ ー ノ 。(2回目)

親子揃って急に結婚の話やめません????

ポカンとすぐ近くの顔を見上げる。ここ数日のハツラツ元気っ子が嘘みたいに眉を下げる。本当に苦そうな苦笑いをしていた。


「オレ、まだ十五だから正式にはできないし、身内だけの地味なヤツになっちまうけどさ。急にごめんな。オレがワガママ言ったんだ」


待て待て待って待ってください。

結婚って、私と? 何故? どこに結婚したい要素が?


「あと一週間でホリデーが終わって学校に戻ることになってるんだ。次のホリデーまで誰ともしゃべれないのは大変だもんな」


“王女の祖国では、未婚の女性が身内以外の人間に声を聞かせるのははしたないこととされています。何卒ご無礼をお許しください。”

そうそうそんな設定だったな。私の口封じとして詐欺おじさんがついた嘘。おかげでしゃべらなくても首を振るだけでできる意思疎通しかできていない。文字を書こうにもどうやらここは英語圏らしいし。いや会話は日本語なのになんで書き言葉は筆記体なのか。めちゃくちゃ達筆すぎてもはや模様にしか見えなかった。

そんなこんなでカリムさんの宝物庫ツアーもお食事中のおしゃべりもボードゲームも全て縦横に首を動かしてニコニコしていた。仕事でお客さんと世間話をしていたアレに近い。そっか、カリムさん私の不便を考えて三日後結婚とか言い出したんだ、なるほど優しい。でも急すぎる。どうにかならなかったの。

もしかして日本人のスマイル0円にやられたとか? まっさかー。


「オレ、お前の気持ちが知りたい」


…………ま、まさか、ねえ?


「ここならオレ以外に誰もいない。声を出したって大丈夫だ。だからさ、お前の気持ちを、お前の声で聞かせてくれ」


心の底から“参ってます”という顔で見てくるのが本当やめれ。普段のヒーローショーが嘘みたいに不安そうで、なんも声を出せないこっちが無茶苦茶悪いヤツに思えてくる。

ちょっとくらい、いいんじゃないかな、とは思ったけれどここでハイもイイエも言えない事実に思い至る。だって詐欺おじさんは二週間(多分カリムさんのホリデーの間だけ)姫らしくしてろって言ってたし、でもカリムさんと結婚して欲しくなさそうな雰囲気だった。本当はカリムさん以外の別の誰かにしたかったのか? いや知らんけど。


「頼むよ、アリィ」


きゅるるん。そんな効果音が聞こえた。

私渾身の困った顔も限界らしい。ええーん。こうなったらずるいオンナ(笑)になるしかないのか。明確に言葉にしないで曖昧に誤魔化す感じの方向で? 難易度高ーい。

恐る恐る。周りが砂漠で誰もいないことを念じながらカリムさんを抱きしめた。ひぃん条例違反未成年淫行ちがう。手が震えるのもなんとか堪えて、黙ってキュッとハグするしかなかった。ごめんなさいごめんなさい許して違うんです淫行ちがう……。


「お前って、真面目なヤツなんだな」


元気っ子の悲しい声なんて知らない知らない。

それからすぐにお屋敷に戻って、待っていた従者さんに絨毯を渡して部屋まで送ってもらった。柔らかすぎるベッドよりはマシでも、床クッションもそれなりにきちぃ。結局ぼんやりした頭のまま、新しい日を迎えたのだった。

その日の夕方。いつもの食事が始まった。いつも通り給仕された大皿からちびちび比較的食べやすいご飯を取っていると、隣から私の金色のカップが持っていかれた。え?


「オレ、今日はコレが飲みたいな!」


いやいやいやいやだめですふざけんな。

カリムさんが持っていったのは私が唯一美味しく飲める砂糖抜きのお茶だった。正式名称は知らん。コレがないとこの食事の重さに勝てないという私の必須アイテムなのに。なんて酷いことを。鬼か。悪魔か。

真っ青になってとっさにカリムさんからカップを引ったくってしまった。「あっ」「おいっ」滅多に喋らない従者さんからなんか突き刺さる視線をいただいたが、こちとら地味に死活問題である。大人気なかったかもとか余裕ムーブもできない。

流石に他人が一口つけたお茶を飲もうとは思わないだろう、と。


「やめろッ!!」


グイッと飲み込んで、私はぶっ倒れたのだった。




***




「アジーム様に失望されたくなかったのです」


それが動機らしい。

始まりはなんだったか。アジーム家のご当主様がカリムの嫁は他国から取ると言い出したことか。

ご当主がこんなにも夫人を抱えることになったのは、同年代に貴族の令嬢がたくさんいたせいだ。アジーム家という王家よりも財力のある家に嫁をやれば強力な後ろ盾を得る。逆にアジーム家としては一人だけ娶ると貴族社会のバランスが崩れて面倒くさい。そういった経緯で平等に令嬢を娶った結果、四十近い子供が産まれる結果となった。

確かにご当主は女性が大好きだが、流石に二桁も夫人を娶ったのはしんどかったらしい。ましてやカリムが複数人を相手にするのは向いていないだろう。

“熱砂の国の利になり、貴族社会のバランスが崩れない相手、他国の高貴な令嬢を探している。”

ご当主の一声に手を挙げたのがかの男だった。遠く遠くにある黄金の国に伝手を作った。姫と結納品を持ち帰って見せようと。アジーム家と親交の深い一族の当主がラクダを率いて他国へ渡った。

ここで誤算は二つ。男は王女の嫁ぎ先がアジーム家次期当主だと知らなかったこと。そしてお連れしたアリィ王女が途中の街で逃げ出してしまったことだ。

慌てた男は王女捜索の時間稼ぎにどこかから拾ってきた娘を身代わりにし、アジーム家当主の前に差し出した。そこでやっと次期当主の奥方、つまり今後お付き合いすることになる目上の相手にどこぞの馬の骨とも知らない女を据えたことを理解した、と。

バカバカしい。

思えば最初から変な女だった。手は姫君にしてはずいぶん皮膚が固く、働いている者のソレに近い。食事は驚くほどに少食。寝るときは誰に言われたわけでもなく自主的に床で寝始めた。加えて一番違和感があったのは、王女が文字の読み書きができなかったこと。教育が行き届いているはずの王族が文盲……識字率がどれだけ低い国だとしてもあり得ない。

明らかに普通の姫ではない。これは何かあるぞと思っていたが、侍女の一人の報告である仮説が立てられた。

アリィ王女には魔力がなかったのだ。

ここで何人かの使用人は察した。令嬢にあるまじき働き者の手。大量の食事を前にして少量しか食べない遠慮。わざわざ床で寝る意味。行き届いていない教育。

アリィ王女は、魔力なしとして迫害されてきたのだと。


『なんだよソレ』
『カリム、あくまで仮説だ。真実かどうかは、』
『ジャミル! オレ、アリィのとこ行ってくる!』
『待てカリム! 今何時だと……カリム!』


夜、人気がいない時を狙ってコッソリ注意を促したのが仇になった。

婚約者にとんでもない相手をつかまされたぞ、という警告のはずだったのに。走り出したカリムを捕まえたのは王女の部屋の前。口を塞いでもムームーうるさい主人をサッサと自室まで引き戻そうとした、その時。寝静まったと思っていた部屋の中から人が動く気配がした。

とっさに息を潜め、扉の隙間から中を覗く。刺客の関係で客室は使用人しか知らない覗き穴用の隙間が用意されている。カリムも習って覗くから見づらかったが、王女の姿はハッキリと見えた。

ベッドの上で変な座り方をしている。膝を折って、膝から下をピッタリベッドにつけるような、何と言ったらいいか分からない座り方だ。

後になって試して見ると、コレがまた足が痛くて痛くて。しばらくすると足の裏から脹脛全体に痺れが広がり、俺でさえしばらく立てなくなった。なんだってこんな難儀な座り方をしたんだ、と。あの時は首を捻ったが、全てを知った今なら分かる。

アレは女の自罰行為だったのだろう。

アリィ王女が迫害されていた説を信じ込んでしまったカリムは、義憤に駆られて結婚に乗り気になった。そして、“未婚の女性は身内以外に声を聞かせてはならない”という奇妙な慣習も不憫に思っていた。『あれじゃ宴で一緒に歌えない、楽しくないもんな』宴脳でモノを語るな。

身内になって普通に会話できるようにするため。カリムは驚くべきスピードでホリデーが終わる前に結婚する算段を立ててしまった。

それが男の焦りを助長したのだろう。

まさか自分が撒いた種を自分で刈り取りに来るとは。


「アリィ、アリィ! 良かった、目が覚めて、良がっだああ!」


アリィ王女の身代わりは、カリムが取り上げた杯を──毒の匂いがした茶を奪って煽った。カリムが飲もうとしているとでも勘違いしたのか、それとも罪の意識に苛まれて自死を選んだのか。

男は、カリムと身代わりが結婚する前に始末しようと考えたのだ。

それが発覚したのは、奇しくも喉を毒で焼いた身代わりの女からだ。慣習でしゃべれない、と思い込んでいたが、実は女の喉には入念に隠された呪いがベットリと張り付いていた。喉の内側、咽頭のあたりに施された強力な術式。それが毒で直接粘膜を焼いたことで薄れて、封じられていた女の声が一部だけ戻ってきたのだ。

あとは簡単だった。


「『蛇のいざないスネーク・ウィスパー』」


ガラガラの、血混じりの声が、男の特徴を漏らした。


「なぁ、ごめんな、お前、言いたくても言えなかったの知らなくて。なのにオレ、なんで謝っているのかも分からなくて、ごめんな、アリィ、ごめんなぁ!」


カリムが絨毯で空へ連れ出した時、女はカリムが声を出すよう促すと、震える手で抱き締めてきたのだという。


『ごめんなさい、って。口が動くのが見えた。いくら誰も見ていないからって言っても、故郷の慣習は破れないんだろうな。オレの言うことが聞けないから謝るなんて、真面目ないい子だな』


悪いことしちまった、と苦笑いするカリムは、今は半泣きで女の手を握っている。当然だ。脅されて、嘘をついて、騙して、何を言おうにも呪いで声が出ないのだから。カリムが促したところで始めから無理な話だったのだ。

女がアリィ王女じゃないことは、ご当主様と、使用人数名と、俺しか知らない。

カリムは女のことを、“迫害されて売られるように故郷から熱砂の国にやって来たアリィ王女”だと思っている。逆らわないように呪いをかけられて声を封じられた哀れな王女様。可哀想な女の子であることを含め、カリムはすっかり女を娶る気でいる。ご当主様もそんな息子の気持ちを無碍にできず、このままアリィ王女としてアジーム家に迎える心算らしい。


「ぁ、ぅう、カ、ぃムぅ、ん」
「うぅ、お前、そんな声なんだなぁ。もう少ししたら、ちゃんとした医者を呼ぶから、大丈夫だからな。そしたらいっぱい話そうな」


────無理だ。

呪いは完全に解けてはいない。男がかけたのは解呪法が確立していない欠陥品だった。辛うじて毒薬の炎症で術式が傷ついたから声が出ているだけで、喉を治したところでこれ以上の声は出ないだろう。

だが、コレで良かったのかもしれない。

文盲の女が真実を伝えられるワケもなく、カリムの中では永遠にアリィ王女でいられるのだから。カリムが信じる可哀想な王女。アジーム家に必要なのはアリィ王女であって身代わりの女ではない。



「ぜったいに幸せにする。結婚しよう、アリィ」



アリィ王女じゃない女は、今この瞬間にカリムに殺されたのだ。




企画へのご参加ありがとうございます! お祝いの言葉も嬉しいです! チェネレントラじゃない人がもしも熱砂の国にトリップしてたら、でした。アラジンの偽名のアリ王子をリスペクトしてアリィ王女です。本編よりもかなり悲惨な目に遭ってますがカリムくんにハッピーハッピーにしてもらえる未来は確定しているので、鈍感なままでいれば幸せルートです。正座=自罰拷問に行き着くジャミルが書きたいだけでした。楽しんでいただけてたら幸いです。素敵なリクエストありがとうございました!

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