リーチ双子のお姉ちゃん



お姉ちゃんがもしtwstに転生したら。単体で読めます。




最初の記憶はよく覚えていない。

なんだか死ぬ思いをしたような気もするし、ただ波に揺られてぼんやりしていた気もする。目が潰れるほどの美女に抱きしめられ、『よく頑張ったわね、さすが私の子』と囁かれた気もする。クラゲのようにぼんやりと不確かな記憶だった。いや、生まれたばかりの記憶とは普通はそんなものなのだろう。

生まれた頃の記憶はないのに、前世の記憶はハッキリと覚えていた。

ビュービュー耳元で騒ぐ風。手応えのないブレーキレバー。踏ん張ろうとして遥か後ろに脱げて転がったローファー。悲鳴を上げる暇もなく、自転車は異常な速度で下り坂を走り抜け、最後は大きな道路に突っ込んで、それから。

それから、名前は人魚になっていた。

ターコイズブルーの下半身と、頭部に行くにつれパウダーブルー様に白くなっていく肌。両掌についた水かき。全長数メートルもある細長いシルエットは、確かに御伽噺の人魚のようだった。

極め付けは顔だ。目が潰れるほどに美しいと思ったヒトは母だった。そしてこの顔は母と生き写しと言っても過言ではないほどそっくりだった。光の加減で碧い光沢が出る長い黒髪。同色の濃い睫毛に縁取られた金色のまなこ。小作りな鼻と形の良い唇。小さな顔に丁寧に並べられたパーツ。まろい頬はあと数年経てばすっきりシャープになり、儚げな美少女は絶世の美女になることだろう。

さて、前世は普通の女子高生だった彼女が絶対の美を急に与えられて、果たして平気でいられるだろうか。

答えは否である。


「リーチって貰われっ子なんだろ」


同じクラスの男子に言われて、そうなんだ、と信じてしまうくらいには。

実感のない生活だった。美しい海の底で美しい父母のもとで育ち、気が付けばいくつか下に双子の弟ができていた。

人魚は海に住まう魚の特性を併せ持って生まれる“人種”である。広義では人のうちに入るが、併せ持つ魚の個性が強く、同種の人魚といえど生態が違うのは当たり前のこと。

名前が生まれ変わった人魚はウツボだ。海のギャングと呼ばれるほど恐ろしい見た目と強靭な牙。一度噛みつけば丸呑みにするまで離さないような執念深さと凶暴さがある。その実、ちょっかいをかけなければ大人しく臆病だという。

その点、名前は逸脱した存在だ。

学校での名前・リーチは優等生を地で行くいい子ちゃんだった。そのくせクラスの中心にいるのかと言えばそうでもなく。美しい見目で遠巻きにされても平気な子であったし、話しかけられれば話し返すくらいにはコミュニケーション能力も破綻していない。声が素敵な男子にちょっかいをかけられても出来るだけ穏便にお帰り願った。事なかれ主義の平和主義。海のギャングとは程遠い。

だから、数年遅れて学校に入った双子の弟を見て「貰われっ子」と言われることが増えたのだ。

言われてみれば、思い当たる点がないこともない。

ウツボのメスは一度にたくさんの卵を産み、放置して生き残った子のみを育てる、らしい。名前にその頃の記憶はないけれど、一度にたくさん産むのだから短いスパンで何度も産卵するには体力的に難しいのではないか。現に人魚の学校に(双子以外で)兄弟で通ってるヒトは見たことがない。対して名前と双子は片手に収まるくらいの歳の差だ。名前を産んですぐもう一度産卵するのは母にとってハイリスク出産に違いなかった。

そして決定的なのは名前の顔。美しい母と瓜二つと言ったが、ただ一つだけ違う点があった。目の形である。

父はツリ目。母はタレ目。名前の目は綺麗なアーモンド型。──どちらとも似ていなかった。

近くで孵った稚魚が間違えて母の元に辿り着いたと言われれば、確かにと納得してしまった。私って貰われっ子なんだ、と。

前世の記憶があるのを黙っていなければならない居心地の悪さ。血縁なのに家族だと胸を張って言えない後ろめたさ。たくさんの不安がちょっとずつ重なって、名前・リーチ養子説が本人の中で確固たる真実になりつつあった。

だから。


「私は貰われっ子だからいいの!」


面と向かって弟たちに叫んでしまったのだ。

弟だと思ったことがない姉だった。
姉だと思ったことがない双子だった。

家族というのは表向き。外でも中でも必要最低限しか喋らなかった三人が、珍しく外で対面した。『リーチ兄弟が度胸試しでサメのいる海に行くんだって』という噂を聞きつけた名前が慌てて引き留めに来たのだ。

最初は『珍しいのが来た』という反応をした双子。ジェイドは考えの読めない顔で、フロイドはあからさまにうざがっている顔で姉を見た。けれど、それでも、名前は言葉を重ねて二人を止めた。度胸試しの範疇を超えていると思ったから。

本当に死んでしまうと思ったから。


「は、ナニソレ」
「あなた何を言ってるんです?」
「だって、ジェイドとフロイドは母さん父さんそっくりだけど、私はあんまり似てないもん! ウツボの人魚ってだけで、きっと沈没船の影から拾ってきた稚魚なんだ!」


沈没船の影、いわゆる橋の下の捨て子。

青白い顔を浅黒くして名前は甲高く叫んだ。本人が思っている以上に美しい母に似た姉は、母に泣かれた思春期男子のように双子を傷付けた。

いや、それより。


「誰ですか。誰がそんな事実無根なことを」
「それ、オレらも言われた〜。ムカつくよね、人ン家のことでホラ吹きやがって」


心なしかオロオロとし始める双子。

それにも気付かず、ついに名前は泣き出してしまった。


「貰われっ子の私は死んだってどうでもいいの! ジェイドとフロイドは本当の子だから死んじゃダメ! 母さんと父さんの本当の子なのに! なんで死んじゃうの!」


はぁ?? 誰も死ぬ気ねーし。
落ち着いて、ね?

双子が珍しく人を慮っているというのに、名前は稚魚のように泣き続けた。

死ぬのは怖い。死にたくなかった。なんで死ぬようなことをするのか。あんなに痛いのに。怖いのに。悲しくて、虚しいのに。

前世の車に弾き飛ばされてコンクリートに叩きつけられた女子高生と、生まればかりで危険な海を一匹で泳ぐ稚魚。二つの記憶が入り混じって、涙は止まらず、双子に手を引かれて帰宅し、父母に驚かれながら抱きしめられ、泣き疲れて眠るまで。名前はずっと海水の塩分濃度を上げ続けた。

目覚めた時、ひんやりと纏わり付く腕を、近くにあるそっくりな顔を見て、目から鱗が落ちた。一瞬、目の前に鏡があるのかと思うくらい、自分の顔と似ていると感じたから。

その日、初めて家族を家族だと認識できた。十年以上かけた遅すぎる気付きであった。


それから、名前は……。



「フーローイード!」
「ゲ、姉ちゃん」
「なになになにどうしたのこんな平日に! 学校は? サボり? お姉ちゃんに会いに来てくれたの? 学校サボってまで!? いけないんだー! いけない子にはこうしてやる!」
「うわっ、ちょ、触んなし、髪型崩れる!」
「姉さん、僕たち今は狩りの途中でして」
「ええ!? 真面目なジェイドもサボり? お姉ちゃんの顔がそんなに恋しかったのね……かわいい……こっちおいでイイ子イイ子するから、ね、ね?」
「姉さん……」


やべぇブラコンに成長したのだった。

名前・リーチ十九歳。絶世の美貌をホットケーキ蜂蜜がけバターの如く蕩かせて弟に構い倒す。

珊瑚の海の大学に進学がてら、バイト兼将来の就職先としてアトランティカ記念博物館に通っているのをリーチ兄弟が失念していた結果がコレだ。姉の長電話をブチ切りしなければこんなことにはならなかったかもしれない。

名前が心を開いたその後、『貰われっ子』発言にブチ切れた母が双子をけしかけ、クラスメイトのアズールを巻き込んだ弱肉強食邪智暴虐ムーブで噂を一掃したことにより、沈没船の捨て子説はなくなった。『ね、ねーちゃんはねーちゃん、だよ』『そうですよ、僕たち家族なのに他人扱いは酷いです。……姉さん』言い慣れない呼称をモゴモゴと言う双子。ワケも分からず手を引かれ、リボンが巻かれた銀の髪すきをプレゼントされた名前。



『フロイド、ジェイド』
『なに?』『はい?』
『って呼んでいいの?』
『あっ、当たり前じゃん! “ねーちゃん”が何言ってんだよ!』
『フロイドの言うとおりです。僕たちと姉さんで三人だけの兄弟なんですから』
『兄弟……お姉ちゃん……』



儚いお姫様のような顔ばせ。チョウチンアンコウがぶら下げる光のようにぼんやりしていたまなこが、徐々にキラキラと──爛々と光を取り戻していった。珊瑚色の唇を綻ばせ、柔らかな頬を持ち上げて、睫毛はふるふると感動で揺らいでいる。堪らなく美しい微笑みだった。

潮の満ち引きのように一気に様変わりした表情に、双子は揃って見惚れたものだ。……ほんの数秒だけ。


『おとうと、かわいい……』


ブラコンが産声を上げた瞬間だった。

さて、半年ぶりの餌ならぬ弟を与えられた姉はきゃらきゃらと人目も憚らず長い尾鰭を弟二人に巻きつけてマシンガントークを披露する。弟たちがアズールの極悪契約の一貫で契約相手の妨害をしているのも知らず、『ちょっと身長伸びた? カッコよくなったね』『男ぶりが上がったんじゃない? お姉ちゃん気絶しそうなくらいだわ』『だぁいすき(はぁと)』誉め殺しの作業に入った。

契約相手兼学校の後輩の前で身内に身内のノリをかまされて流石の双子もタジタジであった。


「あぁ、イソギンチャクが!」


奴隷の証が消えたことにより、アズールに何かあったことを知る。双子が慌ててナイトレイブンカレッジに戻ろうとした際、事件が起こった。慌てすぎて巻きついた姉をそのままに鏡を潜ってしまったのだ。


「えっ、いいの?」
「ヤベッ」
「姉さん、オクタヴィネル寮の水槽まで生きてくださいね」
「えっ、部外者が入って本当にいいの?」



「ダメじゃないかなぁ」監督生が正論を言った。

ウツボは湿っている間だけは皮膚呼吸が出来るとはいえ、流石にしんどそうな女神の如き麗しの人魚。目撃した生徒は『リーチが人魚攫ってきた。寮で監禁する気だ』と騒ぎになった。これが事件その2。

そして極め付けの事件その3が、



「うぁぁああああ!!!!!!!! なんでリーチ先輩がこんなところにいるんだ見るな見るな見るなぁぁぁああああああ!!!!!!!!!」



憧れの先輩にバブを見られて羞恥にのたうつタコちゃんである。







「……あ、これツイステ?」



お姉ちゃんは気付くのが遅い。




企画へのご参加ありがとうございます! お祝いの言葉も嬉しいです〜! 死人に梔子のお姉ちゃんがもしもtwstに転生したら、で書かせていただきました。お姉ちゃんがすごく久しぶりだったもので、やべぇブラコンの加減が難しかったです…。双子にウザ絡みするお姉ちゃんや引き気味の双子の距離感などなど楽しく書けました。ご期待に添えていたら幸いです。素敵なリクエストありがとうございました!

← back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -