世にも奇妙な朝を呑む



生徒会長補佐の仕事とはなんぞ、と聞かれれば答えてやれない情けなさ。冥はその現実を噛み締めていた。

朝の八時。三つ星専用モノレールで登校した冥の最初の仕事は生徒会長室に行くことだ。重厚な扉を三回ノックして、返事が来る前に開く様子を眺める。


「おはよう、冥」
「おはようございます、皐月さん」


扉を開けてくれた執事の揃に会釈しながらいつもの定位置に足を向ける。


本能字学園生徒会長、鬼龍院皐月。その御前に、堂々と、神栖川冥は腰を下ろす。

それはこの学園のみならず、鬼龍院の名を知る者なれば恐れ多いと平伏す所業である。しかし、冥の動きには迷いがない。その黒曜石の如き瞳にそんな感情が浮かぶことはないのだ。

何故なら、


「(今日の朝ごはん!ちょっと寝坊したからおにぎり一個しか食べてなかったんだよね!やったー!)」


テーブルの中央に並べられたサンドウィッチに釘付けだったのだから。

無論、その熱い視線に気付いていない皐月と揃には笑顔のポーカーフェイスで姿勢良く席につく黒衣の美少女にしか見えない。冥と周囲の齟齬は朝から健在であった。

冥お気に入りのウェッジウッド製ボーンチャイナのカップに揃の淹れた紅茶が静かに揺れる。アーリーモーニングティーには遅い時間だったが、覚醒しきっていなかった頭にロイヤルブレンドのコクはちょうど良い気付けになった。

冥はカップをソーサーに戻してから手を合わせる。いただきますの挨拶も早々にその輝かんばかりのサンドウィッチに手をかけた。


「美味いか?」
「うん」


思わず敬語が外れるくらいには。

ポーカーフェイスの笑みが蕩けるような笑顔に変わる。サンドウィッチに挟まった新鮮なレタスとオニオン、何より香ばしいローストビーフが口の中で幸福のハーモニーを奏でた。そう、冥はサンドウィッチに対して満面の笑みを浮かべていたのだ。


「そうか、美味いか」


決して、皐月に心を許しているから、という意味ではない。ないったらないのだが。皐月は目の前の、一つ年下の友とも呼べる存在を眩しそうに見つめた。もちろん、緩みそうになる口許をティーカップで隠すことを忘れない。

友の前であれ気の抜けた態度をとるわけにはいかない。鬼龍院家に生まれたお嬢様の、悲しき見栄であった。

お互い口数が少なく、会話が皆無に近い朝のお茶会。冥は慣れたように目の前のご馳走に集中することで現実逃避を図り、皐月はただただ可愛らしい友の食事を目の前で堪能する。

視点を変えれば美少女美女の優雅なお茶会にも食べ物に釣られた一般人を観察するお嬢様の図にもなる謎の時間。

噛み合わないが故に成り立つ構図が、この一年続いていると思うと恐ろしさすら感じる。そんな時間が、唐突に予鈴によって遮られる。


「時間でございます、神栖川様」
「ごちそうさまでした。それでは皐月さん、いってきます」
「ああ、また放課後に」


紙ナプキンで口を拭うと同時に元のポーカーフェイスの笑みが皐月に向けられる。すぐに過ぎ去ってしまう時間に対して、皐月はこの忌々しい予鈴をなくすべきかと思案する。毎朝恒例の皐月様ご乱心を無表情に隠してその姿を見送るのだ。

これが、生徒会長鬼龍院皐月と生徒会長補佐神栖川冥の毎朝の日課であり、始まり。


もしも、この学園を知らない誰かが生徒会長補佐の役職について尋ねてきたならば、冥は大変恥ずかしそうな顔でこう宣うのだろう。

"皐月様とお茶をするだけの簡単なお仕事です"と。

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