見つめて殺して



神栖川冥は興奮していた。


何でもない昼下がりの授業。眈々と進んでいく単元。窓から射し込む陽光と、満たされた胃袋のせいで居眠りが続出する時間。

冥は板書された英単語たちをシャーペンで丁寧に写しながらも、決して視界からその人物を外すことはなかった。どこか冷たさすら感じるその目には、傍目では分からない程度に熱が籠っている。

完璧な発音でスラスラと英文を朗読する重低音。首元までしっかりと締めたシックなダークスーツを纏う細身の体。一見して貧相に見える白い肌が、今日はさらに青白い。そこがまたいい。冥は心の中でウンウン頷いた。


唐突な話だが、冥は年上が大好きだ。


とりわけ、三十代半ばから四十始めほどの男性に魅力を感じる質であった。所謂"枯れ専"である。

もちろん、若い年代の男性に目を奪われないわけではない。しかし、やはり最終的に惹かれるのは決まって細身のおじさんなのだ。


そのタイプど真ん中ストライクの英語教師に、冥はノックアウト寸前であった。

とはいえ、それは愛だの恋だのという純粋なものではない。ただの憧れ、自己満足、眼福。つまりはそういうことなのだ。


そういうこと、なのだが……。


冥の黒曜の瞳にひたりと見つめられた英語教師にはたまったものではなかった。

なんせ彼は今年、本能字学園に赴任して来たばかりの新参者だ。この学園の異様な雰囲気に少なからず動揺し、その頂点である鬼龍院皐月と接点を持つ神栖川冥という少女に恐怖を感じていたのだ。


そう、何故なら彼は…………、


「公務であァアアるッ!!!」


それはまさに嵐の訪れだった。

蹴破られた扉が窓にぶつかってガラスが舞う。特徴的な野太い怒鳴り声とその白い巨体に、寝ていた者たちは肩を震わせて飛び起きた。もちろん、起きていた者たちもその恐ろしい理不尽な正義の権化を前に縮こまるしかない。


「風紀部委員長、蟇郡苛だッッ!!!」
「ひっ」


そして、もっともその姿に怯えていたのが黒板の前に立つ彼であった。

咄嗟に引きつった悲鳴を上げてしまった口を必死に手で押さえる。が、それは無駄なことだった。なんせ蟇郡の瞳は入ってきた瞬間からその教師を睨みつけていたのだから。


「何故、俺がここに来たのか分かっているな」
「は、い、いいいえっ」
「黙れェ!!この後に及んで言い逃れができるとでも思っているのかッ!!」
「ひぃいいい」


ああああ、もったいない。

シックなダークスーツが土下座によって埃に塗れる。それを残念に思ってしまうあたり、冥の感覚はもう麻痺してしまっているのだろう。この学園に入学して、授業中に騒動が起きるのは日常茶飯事になってしまったのだ。もはや慣れと現実逃避にお世話になる日々である。

ぼんやりとしているうちにいつの間にやら教師の姿はなく、蟇郡だけが黒板の前で仁王立ちしていた。恐らくあの教師は一つ星生徒に連行されたのであろう。

蟇郡は厳しい眦のままぐるりと室内を見渡したのち、当たり前のように冥に目を留めた。


「神栖川!!!貴様また性懲りもなくやりおったなッ!!!!」


え。

くわっ、と見開かれた三白眼と耳に痛い怒鳴り声が冥を襲う。何が"また"なのか言われている本人は全く分かってないのだが、蟇郡の叱咤は止まることがない。まるで鞭のように辛く、優しく言葉が繰り出されて行く。

そのまま、謎の罪を擦りつけられた冥は懇々と蟇郡の説教を受ける羽目になるのだったが、ついぞその内容を把握することはできなかった。




***




「あーらら。また冥ちゃんがガマくんに怒られてるわ」
「当たり前だろう。アイツの趣味は悪すぎる」
「まったくだ。この僕よりも先にスパイをあぶり出しているくせに、摘発もせずにただ眺めているだけなんてね」
「しかもわざと相手に気付かれるように見てやがる。精神攻撃にしちゃ行き過ぎてるぜ。あんな可愛い顔して女って奴ァ怖いモンだ」
「全面的に同意するよ」
「(その女に惚れてるのはどこのどいつよ)」


彼女のいないところでも勘違いは進行する。

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