いくつになっても腕白



藤襲山から帰宅後、涙ながらに娘の生還を喜ぶ母に出迎えられ、普段の素食とは違った豪勢な肉料理を食べた次の日。桔梗家に一人の子供が訪ねてきた。


「名前さん! おかえりなさい!」


千寿郎は怪我一つなく佇む名前を上から下まで眺めてから涙が浮かびかけた目を擦る。千寿郎がここまで一人でやって来るのは初めてのことだった。

二年ほど前から杏寿郎の横にくっついて来るようになった千寿郎。杏寿郎とそっくりな顔立ちながら、どこか引っ込み思案なところもある子供らしい子供に、名前も接し方が分からず困惑したものだ。それも子供特有の妙な遠慮の無さで何とかなったのだが。

どうして一人なのかと尋ねたところ、訓練で忙しい杏寿郎の代わりに名前の安否を確認しに来たらしい。名前が先に選別に行った後、より一層訓練に打ち込むようになったのだと。寂しさを隠そうともしない千寿郎に、そっと頭を撫でた。一応帰宅した日に母が手紙をやったと聞いたが、千寿郎に直接確認に行かせるあたり、過保護なのか放任なのかよく分からないところだ。


「千寿郎さ、ただいま戻りました」
「あ! また“さ”で止めましたね! “さん”ですよ!」
「千寿郎さ、ん」
「そう! “母様”や“父様”は言えるのに、どうして?」
「う? 母様さん? 父様さん?」
「あー! ちがいますちがいます! 様に“さん”は付けちゃダメですよ!」


たどたどしい敬語で、千寿郎は名前より年下でありながら名前を妹扱いしてくる。

それは千寿郎が物心つく前から今に至るまで、彼女の言葉の上達が至極ゆっくりしており、何事にも優秀な兄と常に生活を共にしていた千寿郎にとって自分より成長が遅い人間を知らなかったことに起因する。つまり生まれて初めて誰かに教えられる立場に立てて兄貴風を吹かせたくなったのだ。

名前の言葉を一つ一つ訂正していく時、引っ込み思案がなりを潜め、兄のようなハキハキとした話口に近付く。いつも下がっている眉がやや上向くこの時、二人が見目以外でも似た兄弟であることを名前は実感する。そのくせ、杏寿郎が会いに来なかったことに引っ掛かっている自分には一切気付かないのだった。


「お話、聞かせてください! たくさん、たぁくさん話してください! 名前さんの代わりに、僕が兄上にお話ししますから!」
「うん」


着物の袖をぐいぐい引っ張る少年には、流石の名前も絆された。千寿郎も、兄が訓練に没頭している間、迷惑をかけないように大人しくしている。子供には堪え切れない時もあるのだろう。杏寿郎の真似をして豪快にいい子いい子と撫でると、千寿郎はより一層明るく笑った。

その表情は、名前が藤襲山での出来事を語るにつれ徐々に別のものへと変わっていったが。


「鬼殺隊なのにお花をつむの……?」


鬼の件を省けば完全なるフィールドワークだったので。



***



「俺は鋼鐵塚という者だ。桔梗名前の刀を打った。桔梗名前はお前か」
「はい」


選別から十一日後。タコのような赤いマスクを被った男が桔梗家を訪ねた。歩くたびに風鈴がちりんちりんと鳴る不思議な笠がとても気になる。名前が頷くのを確認した鋼鐵塚はその場で刀について話し始めたが、最初に玄関に出た母がオロオロし始めたので、名前は仕方なく鋼鐵塚の袖を引っ張って無理やり縁側の方へと誘導した。


「日輪刀は持ち主によって色を変える“色変わりの刀”の異名があってなぁ。花の呼吸の家系なら刃は何色になるだろうなぁ。水の派生はだいたいが寒色系だが、花ともなればそれはそれは綺麗な色になるに違いない。鮮やかに染まってくれよ」


こういう人の話を聞かずにペラペラと話し続けるタイプの人間は、実は嫌いではなかったりする。何故なら彼らは相手が話を聞いていることが重要なのであって、相手からの意見を最初から求めないからだ。

ふんふん頷きつつ、鋼鐵塚が桐箱から一振りの刀を取り出すのをジッと見つめる。

名前は刀が苦手だった。もともと肉弾戦が主であり、刃物は自分の手かそこら辺の石を拾って即席ナイフとかが鉄板だったので。わざわざ長物を持ち歩いて抜刀納刀するのが慣れない。加えて日本刀は美術館で飾られていてもおかしくない美しさと繊細さを持っている。正直鏡の代わりになるほど磨き抜かれた刃をよく武器にしようと思ったな、と軽く困惑しているくらいだ。父に言いつけられていなければ藤襲山でも抜かなかったかもしれない。

ところが、鋼鐵塚が持ってきた刀は少しだけ違った。凝で見ればうっすらと鋼鐵塚のオーラが滲み出ているのだ。傑作、とまではいかなくとも凡百の刀と比べればかなりの名品だとすぐに分かった。

これを武器にしろと言うのか……という困惑は、前世で知人に触らせてもらったベンズナイフがかなり使い勝手が良かったことを思い出して改める。


「さぁさぁ、早く抜いて見せろ」


ぐいぐいずいずい来るマスクに言われるがまま鞘から刃を抜く。今まで見た中で一番鏡のような磨き具合に素直に感嘆した。これはベンズナイフのような熱狂的なコレクターがいてもおかしくない。柄と手の馴染み具合といい、使い心地も良さそうだ。まあ、それを加味しても綺麗すぎて武器に使うというのはいささか躊躇われるが。

日の光に当ててみたり、近くで刃紋を覗いてみたり。矯めつ眇めつ刀を観察してしばらく。


「お前ッ、剣の才能がないなッ!!!!」


突然。鋼鐵塚がワッと叫び出した。


「俺は! せっかく! 綺麗な刀身が見れると思ったのに!! 久しぶりに剣士に刀を打てたのに!! それを才無しの小娘にくれてやるなんてッ!!!! あんまりだッ!!!!!!」


ワァワァワァワァ!!

大の大人が縁側から転げ落ちて庭で駄々をこねている。衝撃の映像だった。

どうやら刃の色が変わらないのがいっとう不服らしい。それにしたってこれはない。出会った頃の千寿郎でも見たことがない大人の癇癪にビックリして、無表情の名前は慌てて強行策に出た。

手のひらから刀全体にオーラを広げ、纏わせる。周。オーラが一般人でも見えるように厚く濃く施したのだ。……やりすぎなほどに。

──ズッ、ズズッ、ぶぉおおん。

元具現化系能力者の本気により、結果、日輪刀は見かけだけはその名の通り発光する代物に化けた。


「…………ぉ? おお、おおおお! すごい、すごいぞこれはァ!!!!」


端的に言う。ライトセーバーだ。


「なんと眩しい刃だ! これは、うっすらと紫がかっているな、そうか、そうか! 素晴らしい! 流石は俺が打った刀だ!」


大人の癇癪から一変。今度は大人の大はしゃぎで手を付けられなくなるなんて、誰が予想できようか。

後日、これをキッカケに鋼鐵塚は名前の専属刀鍛冶になりたがったが、名前があまりに刀を使わないためにすぐに複数人の掛け持ち鍛冶師に戻った。「流石俺の刀! まったく刃毀れしないとはとんだ業物だな!」と良いように解釈した彼はいつまでも上機嫌だったとか。

以降、ライトセーバーを見ようと名前が帰宅しているのを見計らって桔梗家に訪れるようになった鋼鐵塚。ライトセーバーの輝きはオーラを纏わせないと出ないためかなり面倒だったが、癇癪持ちの大人にこうもウキウキされると断りにくい。これは名前の中に空気を読むという人間性が育っていたことを喜ぶべきか。

はじめは困惑していた名前も、いつの間にか茶を淹れる程度には彼に慣れた。もっと理不尽な人間を前世で知っていたからだ。


「【フェイタンよりはマシ】」


これに尽きる。


「それでだな、今度打つ刀は俺の家に伝わる云々」
「すごいすごい」
「そうだろう!! すごいだろう!! さらに玉鋼を打つ時の云々」



***



選別から十二日後の朝。


「ぁ……」


髪紐に込めた分のオーラが切れたことが分かった。

二月分。約六十日分のオーラを十二日で消費した。およそ八割減。少年、錆兎が起きて普通に会話できたことを考えるに、体内の治癒に関わっていたのだろうが、体内の構造など大まかにしか理解しておらず、目的にない動きをした画竜点睛は、その分を補うように膨大なオーラを消費したのかもしれない。

オーラが消えた今、あの髪紐はどうなっただろう。体内に残留しているか、体外へと排出されたか。排出されたとして、錆兎の傷はどうなったのか。十二日で脳内の主要部位はどれだけ自然治癒されるのか。──今、彼は生きているのか。いくら考えど答えが出ない疑問が名前の頭に居座った。

変質した画竜点睛について、もっと詳しく探る必要がある。

その方法を思案する名前の元に、騒々しい鎹鴉の知らせは届いた。


「桔梗名前! 桔梗名前! 最初ノ任務ヲ言イ渡ス!」


飛んで火にいる何とやら、だ。


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