リィンフォースを求めてよ



※プロ軸でシェアハウスしてる弟たち。
※押しかけてくる兄たち。(※メイン)
※犬とフクロウのお世話を真ん中に置いて薄すぎる恋愛要素。
※サラッとフクロウの餌やり描写やってるのでちょっとでも無理な方は注意してください。



端的に言えば我慢の限界だった。

糸師凛が高校を卒業してすぐPXGのオファーを受けパリに飛んで一年。19歳初めてのシーズンオフに入ったこの頃。パリ都心のアパルトマンの一人暮らしにうんざりしていた。

パリの住居は概して古い。中はリノベーションされているとはいえ、外装からしてどこぞの美術館や宮殿を思わせる装飾や外壁をしている。それは目に見えない壁や設備も似たようなもので、スタジアムと練習場でほとんど過ごすだろうとチームが提示した物件から適当に選んだことを後悔するほど面倒なことが頻回した。

電力供給の不安定。ご近所の騒音。室温調整の不便。水回りのトラブル。日本の住宅設備がどれほど整っていたのか骨身に染みる。何より、英語と付け焼刃のフランス語では時たま言葉が通じないこともあり、血管をブチブチさせることも数えきれず。純粋な語学力の低さか人種差別的なものなのか判断付かないところが余計に面倒だった。

こんなことならロキの提案に乗っておくべきだった、と後悔までし始める。入団当初、アパルトマンに住むと言った凛にシェアハウスを申し出てくれたのがブルーロックで指導者兼踏み損ねた台として接したロキ。相変わらず人が好い爽やか善意を秒で振った経緯がある。あの時頷いていたらクラブチームが用意した若きエースストライカー御用達の豪邸で静かな時を過ごせていただろうか。プロ一年目、まだ神速神童に食らい付けていないプライドでそっぽを向いた当時の自分を千回蹴り転がしてやりたい。一年同じチームでプレイしておきながら「やっぱりシェアハウスしたいナァ」と言い出さなかったあたり現在進行形で意地っ張りな末っ子属性は治っていないのだが。

そんなストレス溜まりまくりの鬱屈がプレイにすべてぶつけられた結果。王子然としたロキとは対照的な破壊の天才としてそこそこの成績を納めることに成功。待遇が目に見えて変わりつつある矢先、ドイツから一人の選手がPXGに引き入れられることになる。

バスタード・ミュンヘンのSB。プロ二年目に突入したガブリエル・カイザーである。

ブルーロックでストライカーのエゴを学んだくせに、結局兄のお世話係として後ろに縮こまることを選んだクソ害虫野郎。それが、ドイツを抜け出して凛の元に“戻って来た”。

凛は、ガブリエルの物件の話が持ち上がる前にマネージャー経由でコーチ陣に話を通した。


「《練習場に近い家をリストアップしておけ。俺とアイツが住む家だ》」


そういえばあの野郎、フランス語も話せたな。

自分の通訳に使ってやる気満々で話を付け、殊勝なことに向こうも反論なく頷いたことに鼻を鳴らす。誰が見ても満足そうな末っ子仕草にロキはフランス人らしからぬ苦笑を漏らした。

さて、それから日を置かず練習場から程近いパリ郊外の一軒家に引っ越した凛。遅れてドイツからの荷物と共にやって来たガブリエルの腕には、


「…………ンだそれ」
「ミケ」


どっからどう見ても犬。

それも三毛ではなく白い毛皮のボルゾイを抱えて新居に足を踏み入れた。


「おうちには、番犬、ひちゅよーでしょ?」


どうして忘れていたのだろう。ブルーロック時代に散々体験したはずだ。この男がサッカーの実力に比例して常識が常人の枠を飛び越え月に行っていることを。

パリの来たその日に保護施設から引き取って来たらしい生後半年は経っている中型犬サイズの仔犬。多頭飼育の家での予期せぬ妊娠・出産によりあぶれてしまい、血統書付きではない大型犬ゆえに貰い手がつかず困っていたらしい。そういう話を聞かされるとさすがの暴君も戻してこいとは言えなくなった。しゃべる人間よりしゃべらない動物に優しくできるタイプなので。

ちゃっかりブリーダーやペットシッターの伝手まで作ってやって来た用意周到さに凛は頭を掻きむしった。犬を飼うことへのこの執着はなんだ。もっとサッカーに向けろや引っ付き虫。


「だめなの?」
「そうは、言ってねぇだろ……」


犬と一緒に上目遣いしてんじゃねぇわボケ。

しばらく会っていない間に芽生えたらしいガブリエルのエゴ。今回古巣を抜け出してパリまでやって来たことでほんの少しだけ期待していた凛の気持ちを別の形で弄んでくる。やっと兄離れしたと思えばコレだ。許せねぇなガブリエル・カイザー。

糸師凛とガブリエル・カイザーの二人暮らしはプラス一匹の同居人を増やして未知の生活に突入したのだった。

なお、その二週間後に凛自身も飼い主が見つからないコノハズクのジャックを引き取って育てることになるとは本人も知り得ない未来である。


「お前が飼っていいなら俺だって好きなもん飼う」


言い分も末っ子。




「《ミヒャエル、くさい》」
「《く……??》」
「ブッッッ」
「ハッ、ザマァ!!」


一ヶ月後。人の鼻には心地よくても犬の鼻には毒な香水をふりかけた兄の来訪にガブリエルが苦言を呈し、何故かブッキングしたクソ兄貴が不意打ちで噴出、固まる皇帝を思いっきり人差し指で嘲笑う凛のカオスが極まるイヤァな未来が確定してしまった。

ミケが家に来て良かったと思った最初の出来事である。



「サッカー選手をやめて動物園でも始める気かよ」
「とりあえず口拭けや」


噴出したツバを付けたまま『え? 別に笑ってませんが?』と我が物顔でソファを陣取る糸師冴。カイザーはシャワーに行った。年頃の娘に拒絶された並みの悲壮感で、凛はミケにご褒美を買ってやることを決めた。鹿の骨とか、鮫の軟骨とか、お試しさせてやるのも悪くない。

乱暴にティッシュで口元を拭い、屑籠にノールックでシュートを決めた冴。凛が明後日の方向に思考を飛ばしていることに気付き、黄金の左足で弟の覚醒を促した。


「いッ!? ざっけんなクソ兄貴!」
「様子見に来てやったお兄様にその態度はなんだ愚弟」
「誰が来いって頼んだよ! アァ!?」
「確かに、頼まれたのは母さんからだな。お前に送った荷物が返送されたからって俺のとこに送りやがった。引っ越したなら言っとけよ」
「今度言うつもりだったんだよ。小言のためにわざわざ飛行機で二時間か? ご苦労なこった」
「ハァ……分かった、要らねぇ荷物だったんなら俺から日本に送り返しておく。お前はせいぜいピッチでも家でもガキみてぇに暴れまわってろ」
「あ? ……おい待て荷物は置いてけやバカ兄貴」
「要らないんだろ、このブルーレイ」


フランスで見れるサブスクに入っていないジャパニーズホラー!

「待て、オイ、待てってば! 兄ちゃん!」「離せ凛、伸びる」お高いカシミヤのセーターを引っ張って駄々をこねる弟。図体の差で動けない兄。糸師兄弟の小さな諍いは、ジャックが餌を強請って鳴くまで続けられた。


「《グロイ》」
「《当然だろ。弱肉強食だ》」


コノハズクは小さい体につぶらなお目目の可愛いフクロウちゃんだが、当たり前に主食はネズミである。しかも詰まらないように内臓を取り除いてナイフやハサミで食べやすくカットしてやる必要がある。

グロはホラーで耐性がある凛と、妙に肉を切るのが上手いガブリエルは難なく解凍しておいたネズミのカットができる。問題は餌をやりたいと言い始めた兄たちである。

軽く顔をしかめる冴と露骨に「《オェッ》」と舌を出すカイザー。シャワー上がりでガブリエルの服を借りているからか、ミケが「ご主人……じゃない? どちら様です?」と回りをくるくるしている。

ガブリエルは犬を飼うにあたって香料のキツイ美容品を一切断った。それどころか神経質なほどに匂いがあるものを排除した結果、人間の何倍も嗅覚が発達しているはずのミケがうろうろ困惑するほど無臭になった。もともと気配が薄いのも相まってマジのガチで無である。これに不安になったミケがガブリエルを視認するとすぐに毛を押し付け匂いを移すようになり、凛の方がキレた。「犬を困らせるな」「こまってるの?」「見て分かれ飼い主」「むぅ」ミケはその間ガブリエルの股の間でお座りしていた。

それから服の匂いは一応残すようにしているらしく、ミケにとってご主人の匂いは服である。つまり今のカイザーはご主人の匂いを纏っている不審者。


「《犬を困らせるなクソ兄弟》」
「《俺が身動きが取れずに困っているんだが?》」
「《兄弟そろってどうしようもねぇな》」
「《ガブリエル、コイツは言語野になにか問題を抱えているに違いない。シェアハウスは考え直せ》」
「《ここじゃないと大型犬飼えない》」
「《PXGに行くぞ。不動産選びからやり直させてやる》」
「《勝手に決めてんじゃねぇよ。たかが兄貴の分際で何様だ? 兄貴じゃなくて管理したがりママなのか?》」
「《クソ生意気。ブルーロックでも世一に世話されるバブちゃんだったが、今度はガブリエルに寄生する気か? ますますいけ好かないない赤ちゃんだねぇ》」
「《鏡見て言え虫食い薔薇野郎》」
「《泥棒猫がにゃーにゃーと》」

「《このままやっていいのか?》」
「《いいよ。ピンセットでゆっくり。指は出したらダメ》」
「《お。おー、食った》」
「《ジャックまだお腹空かせてる。もっと大きいのでも大丈夫》」
「《マジか》」


同じ部屋にいるのに空気が違いすぎる。


「《そういえば、コイツの名前はMikeマイクだったか》」
「《ミケ》」
「《マイクはマイケルの愛称で大天使ミカエルをルーツに持つ。つまり俺と同じルーツの名前ということに……》」
「《なんでミケだ? 三毛でも猫でもないだろコイツ》」
「《番犬の名前はミケに決まっている》」
「《ポチに決まってるだろ》」
「《そのやりとり吐くほどやった》」
「《飼い犬に兄の名前をつけるほど寂しかったのか? やはりドイツに戻った方が、》」
「《聞けバカイザー》」
「《お前そんなキャラだったのか?》」
「《ミケだもん……》」


ちなみにジャックは凛が好きな映画でドアを斧でぶっ壊して顔を覗かせるクレイジーな父親から取った。レジェンドなので仕方ない。

「呼びましたか?」と鼻先を押し付けてくるミケにガブリエルは耳の裏をかいてやった。人間相手より犬に対して幾分スキンシップが柔らかいことを、一緒に住み始めてから凛は不思議に思っている。


「《おい薔薇野郎。お前んち昔犬飼ってたのか?》」
「《いんや? うちはペット禁止だったからな》」
「《フゥン》」


じゃあ反動か?

近くにいるのに全貌が分からない。いつまで経っても不思議な男だ。

ジャックがおなかいっぱいで眠たげだったので、フクロウ部屋から移動してリビングに戻る。豪邸ほどではないが、ガタイの良いサッカー選手四人がぞろぞろ歩いても窮屈じゃない程度には広い家だ。


「《おい凛。パリでは客に茶も出さねぇのか》」
「《水道水でも飲んどけクソ兄貴》」
「《コーヒーでいー?》」
「《おい勝手に出すな》」
「《ミヒャエルにコーヒー出すよ?》」
「《流石分かっているなぁうちの薔薇ちゃんは。どこかの弟とは大違いだ》」
「《おい、塩こぶ茶はないのか》」
「《心底ウザってェな兄貴って生き物は》」
「《あるー》」
「《出すなボケ!!》」


音もなくキッチンに向かうガブリエル。キッチンには入らないよう躾けられているため、仕方なく凛のそばに寄って来たミケ。チラチラとカイザー(の服)を気にかけているので、渋々ゴーサインを出すとカチカチ爪を鳴らしながら歩いて行った。冴の方に。


「《噛まねぇよな》」
「《ミケ、噛んでもいいぞ》」
「《ふざけんな。噛むなら薔薇野郎だろ》」
「《お前たちこそふざけすぎだな。俺のガブリエルが躾けた愛犬がそんな粗相をするはずがないだろ》」


無表情ながら手だけはこわごわ伸ばす冴が新鮮だ。大人しく耳を伏せたミケに強張っていた目元がゆっくり解ける。こんな兄はスペインに行く前にしか見たことがない。

ぼぅっと観察してしまったのは一瞬だったが、少しあからさまに見すぎたらしい。ハッと我に返ると、勧めてもいないのに勝手にソファを占有したカイザーが悪の親玉みたいな笑みを浮かべている。


「《こっちを見るな。減る》」
「《おやおやぁ? 他人様の行動を制限できる権利があるなら俺だって命令するが? ガブリエルと同じ空気を吸うな》」
「《弟のことになるとイカレ野郎も大概にしとけ》」
「《弟じゃない。いも…………、》」
「は?」


何だ急に。

ニヤニヤと厭らしい笑みが途端に剥がれ落ちる。カイザーは手で口元を隠しながらブツブツと遠くを見ていて、端的に言って気持ち悪い。

そうこうしているうちに茶を淹れたガブリエルが気配もなくやって来たので、カイザーがパッと明るく大袈裟に弟を褒める。冴のカップは塩こぶ茶。カイザーとガブリエルのはコーヒーで、凛には緑色の液体が入っていた。緑茶だ。

凛はミルクを入れないとコーヒーが飲めない。冴やカイザーがいる前でドバドバ入れたらおこちゃま扱いは必至だったから、きっと飲めないものを無理やり飲むことになっていた。

むずむずして、しゃらくさい。

そんな気遣いなんて知らなそうなツラして、凛のことを分かっている風な態度をたまに取る。そのくせ猫舌なところは眼中にないようでアホみたいに熱い。めちゃくちゃふぅふぅして目があった冴に鼻で笑われた。イラッ。


「《ところで、お前が楽しみにしてたディスクの中身はなんだ》」
「《ほぉーーーー??》」


面白がってるような、真面目ぶっているような、……いややっぱ馬鹿にしてるな。なんかそんな気がする。

じっとりと半目の冴と、またニヤニヤが戻ってきたカイザー。「《ガブリエルと同じ屋根の下で住む男の為人は知っておきたい。中身を検める必要があるな》」完全にレーティングが必要なアレだと思われている。まあ実際レーティングが必要なのは本当だが。

冴のソレは純粋な興味だ。スペインに渡ってからの凛の趣味なんぞ知らない兄なので。


「《英語字幕もねぇぞ》」
「《言葉は解らずとも通じるだろ》」


そうだな。

というわけで、各々がソファに身を預け、何故かカイザーに追い出されそうになっていたガブリエルもミケを膝に乗っけることで固定。うるさいカイザーを黙らせるために無理やり流したのは、皆さんご存知ジャパニーズホラーである。


「《日本に、日本に神はいないのか……?》」
「《ふざけんなよドマゾが》」
「《ハッ! お望み通り見せてやったのにビビってんじゃねーよ!》」
「《怖かったなぁガブリエル。今晩は兄が一緒にいてやる》」
「《誰が泊らせるか一人で漏らしてろ》」
「《ミヒャエル、私の部屋でいい?》」
「《バカイエスマン!》」
「《俺はお前のベッドでいいぞ》」
「《テメェはソファで十分だ!》」


見せなきゃ良かったジャパニーズホラー。

結局一泊して帰ることになった冴とカイザー。マジで冴は凛の部屋を奪ったし、カイザーはガブリエルと同衾する気満々だ。

夜、ジャックの目が冴えた時間に寝る前の瞑想をしていた凛。フクロウが生活しやすい環境に整えた一室は、不思議と凛の心を落ち着けてくれる。時たま聞こえるジャックの鳴き声すらいい集中力を引き出す呼び水になった。


「お前がカイザーの弟と仲良しこよしとは思わなかった」


ひと段落ついたところで、部屋の入り口に立つ兄の存在に気が付く。


「……そっちの中でどんな俺像が出来上がってるかなんざ興味ない。勝手に枠に当てはめてんなよ。ぶっ殺したくなる」
「今は、殺したくねぇのか」


なんだソレ。


「安心しろよ。今度こそ完璧にぶち壊してやるから」
「……アイツと一緒にか?」
「は?」


おかしい。どうしてコイツは、糸師冴は、こんな意味不明なことを感傷的に聞いてくるんだ。


「ガブリエル・カイザーは、お前にとってずいぶんデッカくなっちまったんだな」
「気持ち悪ぃこと言ってんなよ。アイツは俺の、」


俺の、なんだ?

途端に閉口する凛。困惑は否が応でも相手に伝わる。兄弟で同じ色の瞳が、静かに、冴え冴えと。


「アレは怪物だ。ナメてると簡単に食われるぞ。いっそ今のうちにカイザーに回収させた方がマシかもしれない」


何が怪物だ。あんな間抜けで赤ん坊のようなエゴしか持たない野郎が怪物なわけがあるか。

反論しようとする口が、イヤに重くて。


「どうして俺があんな昼行灯にビビるんだ。アイツは俺の────」


今、────俺のもんだと、言おうとしたか?



「フン。やっと気付いたか。客観視に目覚めたらサッサと寝ろよ遅れてきた思春期」
「ししゅ、ハ、なんのはな、ッちげーって、やめろそーゆー、」
「オトモダチを取られたくないのも思春期の独占欲だろ」
「聞けって! 俺はそんなんじゃ、……兄ちゃん!」


この流れで普通に俺の部屋占拠しやがった! アイスを奢ってくれた優しい兄ちゃんはどこに行ったんだ!

混乱が収まらないまま、せっかくの瞑想の効果を台無しにされたまま部屋を出る。一応ゲストルームとかいう物置部屋がある。そっちに足取り荒く向かえば、既に先客がいた。

電気をつけていない暗い部屋に、窓から差す月明り。照らされる金髪がただひたすらに網膜に焼き付いた。


「つかう? ここ」
「ああ」
「ベッドメイクした。寝るのだいじょーぶ」
「ああ」
「オシャすみ、リィン」
「ああ」
「?」


一度首を傾げたものの、特に気にすることなく出て行ったガブリエル。そのままカイザーと同じ部屋で、あの無駄にデカいベッドを共有して寝るのだろうか。

正直に言えばムカつく。19歳の野郎が兄貴と同じベッドで寝るってなんだ。兄離れしたくて監獄に来たくせに、結局プロになっても昔と同じポジションに甘んじやがって。やっとこっちに来たかと思えば、アポなしで来た兄に甘々対応して。兄離れしたいのか本心ではしたくなかったのかどっちなんだ。

糸師凛は、ガブリエル・カイザーが兄から離れるための一時的な止まり木でしかないのか。

ムカムカとした気分のまま硬いスプリングに身を預ける。こっちに冴を通せばよかったんじゃ、と気付いたのは翌朝。乱暴にベッドを蹴って起こす冴の顔を見た瞬間である。

ミケを連れて散歩がてらのロードワークをとっくに終えたガブリエル。凛がジャックへの餌やりを終えたのを見計らって朝食が用意されていた。カイザーがリクエストした見慣れないサンドイッチと、冴がリクエストした茶漬けがダイニングに並んでいる。どれだけ我が家の日本食材を減らす気だ。

糸師家の母と何度か電話でやり取りした結果、無駄に完成度の高い日本食を習得したガブリエル。本人もブルーロックにいた時に日本食のとりこになっていたらしく、本当に完成度がおかしい。一口食べた冴が目をかっぴらき、「《レ・アールに推薦しておく》」と宣ったせいで「「《コイツは俺のだ》」」とカイザーと最悪のハモリを朝から披露してしまった。(カイザーを)殺してくれ。


「《んん? 聞き間違いか? 今とんでもなく思い上がりも甚だしい空耳が聞こえたな》」
「《うるせぇなマウントクソ皇帝。俺んちの住んでる時点でコイツは俺のもんだ》」
「《帰るぞガブリエル。コイツにお前の舞台での正しい立ち位置を分からせてやれ》」
「《ミヒャエル》」


コーヒーをコトリと置いたガブリエル。


「《私、頑張りたいって言った》」


いつもの無表情を、ほんのりと物憂げに曇らせ、兄をひたと眼差すブルーアイ。同じブルーアイがゆらりと見つめ返す様を、何故だかソワソワと見守ってしまう。隣の冴は我関せず茶漬けを啜っていたが。


「《サッカー、頑張ったらダメなの?》」


これにダメだと言えるヤツは兄じゃない。

現に、カイザーは憎たらしさが見る影もなく「《仕方のない子だ》」とサンドイッチに噛り付き、ガブリエルもいつものように黙々と食事を再開する。あまりにもアッサリとしたその会話に、一番満足感を覚えているのは紛れもなく凛だった。



「《いいかクソガキ。あくまで一時的なレンタルだということをクソ忘れるな? ガブリエルは俺の薔薇だ》」


さんざっぱらガブリエルにハグとキスをかまし、ミケを撫でた手で凛の髪をぐしゃぐしゃにして帰って行ったクソ皇帝である。もちろん背中にご近所トラブル並みの音量でFワードを浴びせかけた。



「お前、なんで俺とシェアハウスしようと思った」


引っ越して一ヶ月。今さら過ぎる質問に、ミケのブラッシングをしながらガブリエルは答えた。


「リセット、したかった」
「なにを」
「マインドを、ブルーロックにいるときに」


ガブリエルのプロ生活のことを凛は知らない。ひとりの独立したストライカーではなく、カイザーシステムの一歯車として組み込まれたことに対する憤りでどうにかなりそうになったくらいで、その間のガブリエルの心境なんざ誰も分かるわけがない。


「リィンといっしょ、できる思った」


などと、ミケの毛並みを撫でながら、ビックリするくらい柔らかく微笑むものだから。


「リセットが終わったら、どうせ兄貴の元に帰るくせに」


末っ子器質の面倒くさい照れ隠しが、勝手に飛び出てしまう。

共感性ゼロ点のぼんやり顔に戻ったガブリエルが、ミケを撫でた手でゴシゴシと凛の髪を撫でまわす。カイザーがやった手つきとそっくりの乱暴さで、腹立たしくて仕方ない。


「ミケにはもっと優しくやるだろ、アホガビ」
「う?」


指摘した途端、そろーりそろーり毛並みを整えるための手つきで、時折耳の裏をこしょこしょしてくる。本当に犬と同じ扱いのくせに、こっちの方がさっきよりも断然ムカつかない。だから、手を払いのけることを意図的に忘れてやった。


「シーズンが始まったら覚悟しとけよ。FWに返り咲かなきゃ許さねぇからな」
「FW、ロキとツートップでしょ?」
「ロキを追い落とせっつってんだ」
「ふーん。リィンは落としちゃダメ?」
「言いやがったな付属品」
「ふ? なにの?」
「俺のだ」


糸師凛の人生は誰にも侵されない。誰の付属品でもない。誰かの人生の『何か』でもない。譲れない領分を持ち続けることは、誰かに人生を譲らせることでもある。



「ガブリエル・カイザーの人生を、糸師凛の人生の付属品にしてやる」



お前の人生を俺が侵してやる。









「お、まえ、ホラーの見すぎだろ。無理にでも一本くらいロマンスも見とけ童貞」
「はぁ? サッカーに童貞は関係ねぇーよ」
「ここまで来てサッカーの話だと思っているのか?」
「じゃあ何の話?」
「ッはーーーーーーーーーー……」


まだ帰ってなかった糸師冴。各々の理由で「「????」」を飛ばす弟組に肺がペッタンコになるほどの溜息を吐いた。

よし帰ろ。




***




シーズンオフってよっぽどの陰キャでもない限りバカンスに行きまくるのがヨーロッパの常識なんだって。知らんけど。

恐らく一応人間的な観点から弟の心配で様子見に来たと辛うじて判断できるカイザー兄と糸師兄の訪問から一週間。一週間であのお騒がせ兄貴たちは再び凛&ガブリエルのシェアハウスに襲来した。バカ。

さらにバカなのはミケとジャックのために日帰りで遊べる場所をリサーチして口裏も併せていないのにほぼ同じタイミングでやって来たことである。これに一番怖がっていたのは冴だ。なにせクレイジーブラコンクソ野郎と自分が同類みたいな誤解が生まれかけたから。遺憾の意。

そんなわけで四人がやって来たのはディズニーランド・パリ。


「《ミケ?》」
「《ミッキーマウスを知らない人間っているのか》」
「《今日だけはネスからお株を奪ってしまったなぁ、ガブリエル》」
「《カチューシャごときでよくもマァ》」
「《リィンもお揃い?》」
「《お前と揃えるとそっちの野郎とも揃っちまうんだよ》」
「《買ってこい凛。俺に構わず》」
「《買わねーし。億が一買う時はテメェも道連れだ》」
「《寂しがりんぼねぇ、凛くんは》」
「《うっせぇ黙れ死ね》」


魔法使いミッキーのカチューシャをお揃いでつけてドヤ顔カイザー兄弟と、ポップコーンケースやらパスケースやら首から提げまくって虚無顔糸師兄弟。温度差で風邪を引く四人組はなんやかんや言いつつアトラクションとパレードを中心に楽しんでホクホクと帰宅した。まだPXGに加入して日が浅いガブリエルとホームではない冴とカイザーは騒がれる心配が少ないパリを気に入りつつあった。

ほとんど頬をくっつけたカイザー兄弟のツーショは深夜に投稿されるや否やおバズリ申し上げ、完全に糸師兄弟を蚊帳の外に置けたことにご満悦カイザー。しかし翌日きっちりしっかりパパラッチによって兄弟ぐるみで仲が良いPXG新参者コンビとして取り沙汰され、凛は思いっきり歯茎むき出しでカイザーを威嚇した。冴はアイスの当たり棒を見る目で状況にドン引きしていた。


「しおこぉぶちゃ、のむ?」
「飲む……」


心理的距離はこっちの方が近いかもしれない。









「《余計なお世話かもしれないけど、ガビを一人にしない方がいいよ。この前ナンパされてたから》」
「《あ? なんで俺に報告した?》」
「《だって付き合ってるんでしょ?》」
「…………つ?」


この奇妙な関係が崩れるのは意外と早かった。なにせ神速神童のハイスピードな切り込みが100%善意ひゃくぜんで決まり、凛の心境に特大の大嵐が起こるのがシーズン初頭。ガブリエルがSBからFWに返り咲くための大事な時期、凛は遅すぎる思春期を拗らせるハメになるのである。






カイザー兄弟と糸師兄弟で仲良くデデニー行ってほしいなってネタから派生しました。ボルゾイ飼いたいのは私。あくまでリィンちゃんといい感じになるための√なので本編とは別のパラレルワールドだと思っていただけると助かります。

← back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -