ホワイトアウトを許さない
※人によってはグロ治療注意。
ルエラが海賊船に乗って半年。補給を除き、ここまで長期間船に乗ったのは初めてだ。それだけこの世界の海が広いということだろう。
暗黒大陸だって大陸の名の付くのだからそれなりの大地は必要だろうし、こんなに海ばかりということもあるまい。やはり、前世の世界とは違うのかもしれない。
分かっているつもりでも未だに付いていなかった諦めがようやっと落ち着いた。そこでずっと放置していた選択をまた迫られることになる。
この船を降りるか、もう少し様子を見るかだ。
バレルズ海賊団が偉大なる航路に渡る気がないことは、実は一ヶ月乗った時点で気が付いていた。それでも乗り続けていた理由は、すぐに乗り換えられる海賊とはち遭わなかったことと、もう一つ。
変質した念能力を試す実験体が欲しかった。
物から別の物へと作り変える能力が、物から生き物を産み直す能力になった。その弊害として、ずいぶんとオーラを食うようになってしまった。そりゃあ、物の構造は前世で嫌というほど学んで覚えて実践してきたのでお手の物だが、今は勝手に見知らぬ生き物に変化してしまうのだ。銀製のナイフ一本とて勝手に銀製のトビウオに変化してしまう。注いだ分のオーラを数パーセントから数十パーセントもロスしてしまうこの変化を、どうにか克服しなければならなかった。
……というのが、10歳までルエラが課していた目標であり、現在はまあ合格点まで達成してしまった能力だ。しかし、能力を極めるごとにまた新しい課題が浮上するのも世の常である。
医者について旅をしていた二年の間、野外手術で内臓に残った弾をほじくっている様を眺めている途中。ふと、手に持っていた巾着にオーラを注いでいる自分に気が付く。能力柄、身に着けている物や手にある物に全自動でオーラを注ぐクセがあった。その巾着も、十分に染み渡った己のオーラが見て取れ、思わずつぶやいた。
『【
画竜点睛】』
胃袋だった。
赤くぬめぬめとした内臓が、子供の手のひらに収まっている。幸いにも医者は自分の手元の胃袋しか見ておらず、かたわらに出現した胃袋に気付いていなかったので。ルエラは目だけまん丸に見開きながら、そっと元の巾着に戻した。
確かに、内臓は生きているな。
死体は物扱いする倫理観の暗殺者である。知人と一緒に拷問しながら目ん玉取り出したり、通りがけに心臓もいだりするタイプの人間は、取り出した手の内臓がどれだけ生き物であるか知っている。
この内臓を人間に移植したらどうなるのだろう。
生憎、医者の保護者と別れたのはそれからすぐ後で、内臓が必要になるような怪我人と巡り合う機会もなかった。前世の価値観なら通り魔的に一般市民を襲って内臓を取り替えることも考えたが、現在は一応道徳とか倫理を医者から説かれた後だ。“罪なき人々”を殺すのはいけないこと。
なら、“罪ある人々”はどうだろう。
そう。ルエラが未だにバレルズ海賊団に乗っているのは、内臓を負傷するような怪我人が出るのを待っているのである。
ただし、バレルズ海賊団はそこそこに弱かった。
商船や一般市民を襲って金品を巻き上げる程度には腕っぷしはあったが、他の海賊と交戦すると弱いやつはさっさと死ぬ。強いやつはほとんど無傷で、内臓が必要になるほどの重傷者は海に放り出された。
流石に死体で練習はできない。
そういうことが何度も続いたものだから、ルエラはそろそろ船を乗り換えようかと悩んでいた。
「ジェルマ66は悪の軍団で、いろんなところに戦争を仕掛けては人々を困らせている。今日は青の街アズュエルの宝石を狙って街を襲った話だ」
同室の少年は、傷だけの体を丸めてルエラと目線を合わせてくれる。人間とは思えない体長だらけの船で、首が痛くならないのは少年相手の時くらいだ。
少年、ドリィはルエラによく構った。ときどき視線が鬱陶しく感じるくらい、ルエラを監視している。身体強化以外の念能力を発揮できないのは、いつでも気にかけてくるドリィがいたからだ。
とはいえ、ルエラはドリィのことを疎ましいとは思わなかった。
ルエラのたどたどしい言葉に耳を傾けてくれるし、早口すぎて聞き取れなかった船員の命令をゆっくり教えてくれる。こうして一日の終わりに読み聞かせをしてくれて、ヒアリングがさらに上達していた。
何より、ジェルマの話をしてくれるのがいい。
荒唐無稽な勧善懲悪な子供だましでしかないが、ところどころ昔住んでいた船で見聞きした情報が盛り込まれている。改造人間とか、人造人間とか、名前とか。ジェルマに潜伏しているスパイが他国に情報を流すためのカモフラージュではないかとすら思えてくる。帰る手掛かりになるかもしれない情報は、できるだけ仕入れておきたい。
「ジェルマのおふね、いく、したい」
「あ……はは。ジェルマは、その、とても遠いところで隠れているんだ。簡単には行けないさ」
「子供の夢は壊せないな……」聞こえてきた呟きの意味は、その時は分からなかったけれど。何年か後にジェルマのことを尋ねまわったルエラは「あんなおとぎ話まーだ信じてるのか? いくつだお前」とバカにされることになる。空島もジェルマもあるんだよ。
小さな体に見合わない力仕事をしながらドリィと言葉の勉強を続けた。そんな半年間だった。
ある時、海賊たちが一つの宝箱を囲んで歓声を上げた。
「あくみゃの、み?」
「悪魔の実だ。食ったやつは人間離れした能力を得る代わりに一生カナヅチになる果物だ」
「かにゃ、かなぢゅち」
「カナヅチな。泳げないってことだ」
得る能力は違うのに、制限は一律なのか。
眉唾物でしかない話だが、海賊たちはジェルマの存在よりも現実的に扱っている。この世界の常識にまだ疎い自分を自覚した。
で、その悪魔の実は売れば結構な値段になるらしく、一味は取引場所にほど近い冬島・ミニオン島に長く滞在することになった。
「船長!! 何の音もせず、気付けば屋敷が大爆発を〜〜!!」
「何だとォ!? そんなことがあるかァ!!」
「宝物庫に火の手が!!」
「火を消せ!! どういうこったァ!!」
「侵入者でもいるのか!?」
ドリィと給仕をしていたルエラは、突然真っ暗になった部屋の中にいた。騒ぎ立てる海賊団の混乱の中、オーラを薄く伸ばした歪な円に不思議な気配の男を捉えた。
何の能力だろう。この世界に念能力者はいないから、きっとこれが悪魔の実の効果なのか。
暗闇の乗じて一人で暴れまわり、悪魔の実を持って窓の外へかけて行った男。その直後、投げ込まれた何かを認識して瞬時に飛び退った。
爆弾だ。
「ルエラッ!!」
伸びてきた手を逆に引っ掴んで引き寄せる。薄い腹にドリィの頭を抱え込んで、全身をオーラで防御した。
音もなく発光したそれを、今まさに爆発したのだと気付けた人間は何人いただろう。
大なり小なり流血している海賊たちの中で、ドリィとルエラだけが無傷だった。爆発に吹っ飛ばされたこと以上に、暗闇で突然強い光を浴びて目をやられた人間が多い。しばらくして何人か回復してきた。いち早く起き上がったのは船長のバレルズで、殴られた頬をさすりながら「ドリィ!」と叫んだ。抱えていたドリィの体が可哀想なほどに縮こまった。
「侵入者を追え! 殺せ!! “オペオペの実”を奪い返すまで帰って来るなァ!!」
「は、ぃ」震えるまま返事をしたドリィは、ルエラに向き直って階段を指差した。
「しばらく屋根裏で隠れてろ。誰が来ても、出てくるんじゃないぞ」
侵入者にも悪魔の実にも興味がなかったので、こっくり素直に頷くルエラ。そのままとてとてと階段を昇って行き、二階に差し掛かったところでそっと絶をした。
これは、実験体を手に入れるチャンスじゃないかと。
足音も呼吸も気配も完全に殺した子供が、二階の床と階段の柵の隙間から顔をのぞかせる。倒れたままの人間も生きている人間も一所に集まっている。いっそ健常な人間の意識を刈り取ってから実験してもいいかもしれない。
「っ!」その瞬間、ルエラは頭を引っ込めた。完全な絶をより完全に注意しながら、二階の廊下の隅で耳を澄ませる。
複数の強い気配がこのアジトに近づいていることを、円をしなくても分かってしまった。
はじめに相手の力量を計ること。
自分との力量差を知ること。
勝てない相手とは戦わないこと。
骨の髄を通り越して魂まで染みついた暗殺者の鉄則。両親と祖父の教育の賜物を反芻し、ただ脅威が過ぎ去るまでジッと待った。
銃声が止む。人の足音が遠くに消える。生きとし生けるものが垂れ流すオーラが、この屋敷にはないことを確認する。
ここにいても、もう目的は達成されない。
階段を降り、一階の死体の隙間を進み、降りしきる一面の銀世界に足を踏み入れた。その先で、
弱弱しくオーラを燻らせる大男を見つけた。
駆け寄る。しゃがみこむ。血まみれの体は身じろぎ一つしない。呼吸も止まっている。目は閉じてしまっているので瞳孔の散大具合は分からない。
けれど、確かにオーラは立ち上っていた。
失血によるショック状態か。趣味の悪いシャツをビリビリと裂き、銃弾による穴がいくつも空いた上半身を眺める。普段から持ち歩いている適当な石ころを取り出し、ステンレス製のタツノオトシゴに変えた。尖った口がメスのように正中線をなぞり、必要最低限の開胸をしたそばからおもむろに髪を切った。
前世のルエラは耳下までの白いショートヘアで、今は何故かその長さ以降はピンク色の髪になっている。いくつになっても馴染まないそれは、ルエラにとってウィッグのような“もの”だった。
十センチほどざっくり切り出したそれは、瞬く間に赤い血潮となって大男の体の中へと吸い込まれていく。髪は一ヶ月で二、三cm伸びるので、この髪にはオーラ三ヶ月分。つまりおよそ三ヶ月はもつ。その間に新しい血液ができて元に戻る前に古い血として捨てられることだろう。
そうして輸血をしつつ、体内に残っている銃弾を五つ六つと取り除いていく。特に出血がひどい臓器を確認すると、左肺の上葉と心臓だった。
ちょうどよい大きさの物を求めてポケットの中を漁る。一番大きな持ち物を取り出して、ほんの少し躊躇った。
ルエラがジェルマから持ち出した金目の物は最初の半年で売り払ってしまったが、唯一手元に残っているのが、双子の姉とお揃いのピンク色の靴だった。
「ねね……」
売ったって金にならないのは分かっている。だからって捨てずに持っていたのは……どうしてだろう。
気が付けば8年もオーラを込め続けている。もう手のひらより小さくなった靴を、ギュッと握りしめ、小さく呪文を呟いた。
右手には肺の上葉、左手には心臓。これらをつなぎ合わせればちゃんと機能するのか。そっと肺を置くと、切り捨てる予定だった元の肺に骨の隙間をすり抜け溶けるように吸収されていった。残ったのは滑らかな赤黒い肺。続いて心臓も押し付けると、同じように健康なピンク色がドクンドクンと動き出した。
頭では困惑していても体は勝手に動いてくれるものだ。開いた胸を丁寧に元に戻し、まだ五センチ残っていたピンクの髪をまた切り取る。血や骨や皮膚となって吸い込まれていくのを見送ると、むき出しの上半身にそっと耳をくっつけた。
暖かい。動いている。呼吸も正常。出血は、恐らくない。体は正常に動いているが、意識は戻るだろうか。
しんしんと雪が降りしきる中、夏休みの朝顔観察みたいにしゃがみこんで大男の目覚めを待つルエラ。遠くで軍艦がドンパチやっているのも他人事で、じぃぃ〜〜〜〜っと青い目を見開いていた。
結局、大男が目を覚ましたのはそれから十分経った後。流石に低体温症で死ぬかもしれないと屋敷に運び込む準備をしていたルエラは、暖かい紅茶色の目が開いていると分かると、もとの位置にしゃがみ直した。
息はしている。体温もある。瞳孔は開いていない。うろうろと落ち着かないのは状況を呑み込めていないせいだ。「お、れは、」
ガバッと体を起こして「いっっっでぇぇぇ!!」とまた転がった。
元気だ。
「ロー……ローはどこだッ!?」
法律? 生? 低い?
雪まみれになってまた立ち上がった大男は何事かを喚きながら駆け出そうとしている。ルエラはとっさに長い足に抱きついて大男を転ばせた。
「ぶべっ!?」情けない悲鳴を上げて顔面から雪に突っ込んだ。銃弾は取り除いたし、心臓と肺は新品に取り替えたが、他にも全身に殴打されたアザや切り傷がある。体力もあまり回復していない大男を捕まえるのは簡単だった。
起き上がろうと体を反転させた大男。シャツは破ったので前が全開だ。つまり仰向けで素肌を晒した男の胸のあたりに最近11歳になったばかりの小さな女児が馬乗りになった。
事案である。
やっとルエラの存在を認識したらしい相手は、小さな黒目をもっと小さく狭めてルエラを凝視する。ルエラは構うことなく大男の胸に手を伸ばした。
「かえして」
「なんっ、なっ!」
何をって、ルエラのピンク色の靴だ。
これは実験であって治療ではない。もともと大男の意識が戻ったら再び取り出そうと思っていた。見ず知らずの相手にタダでくれてやる気は一切ないし、相手は悪魔の実を奪った泥棒だ。一般市民を殺すのはダメでも、犯罪者が死ぬのなら医者も許してくれるだろう。
「かえして」
「いや、なにを……これか!?」
女児の白い手が今はない胸の傷に差し込まれようとした瞬間、慌てた大男が自分が被っていた帽子をルエラの頭に押し付けた。
ワインレッドに変わる視界。何故?が頭の中で大量発生した。
「くしゃい」
「は、はぁぁ!? おれぁまだ臭う歳じゃねェ!!」
血と汗と皮脂が染み込んだ布だ。逆にいい匂いがしたら多分人間じゃない。
さっきまで死にかけていたとは思えないほどギャーギャー喚く男を押しのけ、帽子を突き返そうとした、──その時。
「そこ! 何をしている!?」
白いコートに帽子、銃を構えた男が数人。視界の隅から駆け出していた。……海兵だ。
雪を蹴り上げて走って来る姿を見て、慌てて靴を取り返そうとしたがもう遅い。自身の念能力を人に、とりわけ海軍に見せるつもりは一切なかった。意識のない男相手だったから大胆に使えたのだ。ここまで近寄られては終わりだ。元の靴に戻すことは容易だが、大男はその瞬間体内に異物を受け入れた影響でショック死してしまう。そうなったら真っ先にルエラが疑われるだろう。
男の皮膚を突き破ろうとしていた手でシャツを掴み、逃がさないと言わんばかりにくっつく。大男は赤くなったり青くなったりしながら両手を思いっきり頭上に突き上げた。
「誤解ですおまわりさんッ!!!!」
拳を握ってとってもコロンビア。
***
「あの男はドンキホーテ海賊団っていう悪い海賊の幹部でね、お嬢ちゃんと二人きりにさせたら危ないんだ。お見舞いなら海兵さんと一緒に行こうね」
“チュージョー”と呼ばれた白髪の女海兵に諭され、ルエラは完全に打つ手がなくなってしまった。
海軍に保護されて三日。先に保護されていたドリィと同じ部屋に押し込まれ、軽い凍傷とかすり傷の手当を受けたルエラ。何度も何度も靴を取り返しに行く機会をうかがって、会わせてほしいと嘆願したが、海兵たちはロクに取り合ってくれなかった。むしろ言葉がたどたどしい子供のことを最初は不憫に思っていたのに、だんだん厄介者扱いをするようになった。そのたびにドリィがペコペコ頭を下げるので、こういう水飲み鳥のおもちゃがあったなとルエラは思った。
そうして三日目の今日。近くの島にある海軍基地の病院で過ごしていたが、夜になって作戦を開始することにした。
ドリィが眠るベッドの横をすり抜け、窓から外に出る。円をしながらあの独特の気配を探ったが、似たような気配はあっても同じものはない。最終手段として、ポケットにくしゃくしゃに入れていた帽子を取り出した。
あの大男がルエラに押し付けてきた帽子だ。この三日、ポケットに入れてオーラを注ぎ続けた。
「【画竜点睛】」
ワインレッドの布がひとりでに丸まり、もごもごと蠢いた後、一羽の赤いハトに姿を変えた。
前世にはなかった能力の特性。他人の物は生き物に変わると持ち主の元へと帰ろうとする。特にハトは伝書鳩があるように帰巣本能が強い。
ハトの足にひもをくくりつけ、持ち主の元へ先導してもらう。この基地にいないのなら、町の宿屋か、軍艦の中に繋がれているのか。とてとてと導かれるまま歩き出して、五分。
そこは港だった。
軍艦はいくつか停まっているけれど、明らかに数が減っている。
そして、ハトはどの軍艦にも向かわず、ただ一心に海の向こうへと羽をばたつかせていた。
「………………」
出港した。
もうこの島に、あの男はいない。ピンク色の靴はあの男の一部として持ち逃げされたのだ。
合点が要った瞬間、ルエラはおもむろに一つの軍艦に足を向け、
「ルエラッ!!」
円を解いていたせいで気付いていなかった気配に呼び止められた。
ドリィだ。ベッドで眠っていたのと同じ格好で、裸足に靴を引っかけてドリィが走って来た。
「どこ行くんだ。こんな夜中に抜け出して、海兵さんに怒られるぞ!」
「かいへー、うそつき」
「なんだって?」
「おみまい、いく、うそつき」
その時のルエラは、珍しく拗ねた表情をしていたのだろう。
いつも他人の機微に敏感なドリィは、それでも無表情しか見たことのない子供の分かりやすい変化に目を丸くした。
「だいじもの、とった。かえして、いった。だめだた」
だから取り戻しに行くのだと。
見慣れない赤い鳥を抱えて何でもないようにこぼす。
ルエラに大事なものがあるなんて、ドリィは知らなかった。行きたいところがあることくらいしか、人間らしい感情を持っていないんじゃないかと。心のどこかで不気味に思っていたのかもしれない。
そんなルエラにも大切な、取り戻したいくらい大事なものがある。
ドリィが逃げて海軍に保護されている間に、ルエラの大事な物は海賊に奪われてしまったのだ。
震える手がギュッと拳を作る。この震えは恐怖ではなく、決意だ。
「おれも行く。いっしょに行こう、ルエラ」
ドリィがどんな気持ちでそう言ったのかルエラは知らない。けれど、ドリィは言葉の先生として優秀だったし、バレルズ海賊団の中では一番強かったから。
「いーよ」
こうして二人は海軍の軍艦に無断乗船したのだった。
・
・
・
「ところで、奪われた大事なものってなんなんだ?」
「ん、んんー。……しゅ、ピンク、んーー?」
“靴”がとっさに出てこなかったルエラは、もにゃむにゃ言いにくそうに頭を悩ませ、最終的に面倒になって、大男の開胸部位のつもりで自分の胸を指差した。
「
心臓」
「…………
心ォ!?」
「ん」
それは、つまり、ヤツは大事な物を盗んでいきました的な…………は?
一気に真っ青になって全力で部屋に連れ戻そうとしたドリィ。しかしこの女児、19歳の腕っぷしすら無視して引きずれる。
やっぱり化け物だ。遅まきながら、ドリィは自分の選択の間違いを悟った。
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