煉獄先生の胸の内



煉獄杏寿郎には幼馴染がいる。

実家の近所にある個人塾の一人娘。桔梗名前は昔から変わった子だ。髪色が耳下を境に白黒で分かれていたり言葉が不自由で舌足らずなのもそうだが、雰囲気がまず不思議であった。

杏寿郎の母と名前の母君は近所で年が近く、良く話す仲だったので、杏寿郎と千寿郎は名前と遊ぶことが多かった。ある日、名前が杏寿郎の袖を引いて「きょじゅろ、さ」とたどたどしく名を呼んだ。「杏寿郎だ。杏寿郎」訂正してやると素直に声に出して繰り返す。懐かれているのが分かりやすく、くすぐったい気持ちになった。


「どうしたんだ名前。何が聞きたい?」
「あかひゃ、どうする、できる」
「どう、する?」


この時、杏寿郎はその意味を理解できなかった。“赤ん坊はどうやってできるのか”とちゃんと聞かれても、中学生に上がりたてで保健体育もまだな時分には無理な質問だった。なので困った杏寿郎が自分の母に聞きに行く。母は凛々しい顔をあからさまに歪めた。


「何故、それが知りたいのです」
「名前が、父君に言われたって」


般若がいた。

ここまで怒った母はそうそう見たことがない。ちなみに般若は人生で三度ほど見たことがあるが、内二度は桔梗家関連で、一度は父が自棄酒で体を壊した時のことだ。

それからどうなったのかはよく分からないが、名前は良く煉獄家の剣道場に入り浸るようになった。生憎と剣道の才能はなかったものの、柔道や空手や合気道など体捌きは並外れていた。世の中には何か秀でたものの代わりに何かが不得手な天才がいると聞く。なるほど、名前はその類の人間なのだろう。杏寿郎は不得手を少しでも減らすために名前の勉強を教えるようになった。思えば教師を志したのはこれがキッカケだったのかもしれない。

それからは表面上は穏やかに過ぎていった。杏寿郎は無事教師になり、名前は言葉が不自由なだけで国語以外の勉強はよくできた。キメツ学園で教師と生徒として接するのはなんだか新鮮で少しこそばゆい経験だ。

そんな中、転機は突然やってくる。名前の母君が呆然とした様子で煉獄家を訪ねてきたのだ。


「あの人の部屋から、こんなものが」


差し出された手紙は、写真のない釣書のようなもの。つまり、見合いの話だ。


「いつかやると思ってたけれど、まさか高校生のうちから……しかも相手が杏寿郎さんより年上なんて……」


母が二度目の般若になった。

それから母が叱咤激励し、母君がやっと強気になる。トントン拍子で話が進み、気がつけば名前と母君は実家へ高飛び。父君は家庭を支えてくれる人間がいなくなり、ようやく何かを間違えたことを悟ったらしい。

テレビ電話で勉強を教えたりや郵送で教材を送ったりと影ながら名前の力になろうとした杏寿郎。その甲斐あってか桔梗家の仲は修復されつつあるし、名前は再び学園生活に戻ってくることができた。良いことだ。

事件が起きたのは最近のこと。ふと、煉獄家に例の釣書が残っていることに気付き、何とは無しに中身を検めた。

相手は見知った男だった。


「なんと」


体育教師の冨岡義勇だ。

なるほど、確かに杏寿郎より一つ年上だ。母君の言っていたことは分かる。だが、冨岡先生が勤め先の学校の教え子と見合い? まさか、そんな。否定したくとも既にこけし顔で名前の腰を抱く冨岡先生の図が頭から離れない。

いやいや犯罪だろう!
俺は認めないぞ!
お前に名前はやらん!

動揺のあまり梟のような目のまま行ったり来たり廊下を歩き回った杏寿郎。千寿郎は静かに怯えた。


「見合い? ……ああ、去年だったか。結婚した姉が勝手に親戚に頼んでしまったらしくてな。相手に送られる前に断ったんだが」


良かった。教え子に手を出す教師はいなかったんだ。

次の日にそれとなく聞き出してみると呆気ない答えが返ってきた。さんざっぱら淫行教師と軽蔑した事実は永遠に胸に仕舞っておこう。杏寿郎は密かに誓った。

けれども、だ。


「ところで冨岡先生。三年蓬組の桔梗に関してなのだが、彼女の髪は地毛だ! 幼馴染の俺が保証しよう!」
「公私混同はするべきではない」
「保証! しよう!」


公私混同はしていない。学校では桔梗呼びだし、馴れ馴れしく話をしないし、小テストが満点だった時に花丸の横にネコちゃんを描くのすら自重しているのだ。公私混同ではない。きっと!

“冨岡先生と煉獄先生は仲が悪い。”

後に生徒たちから誤解された原因になった会話であった。



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