女子高生延長戦



桔梗名前がキメツ学園高等部三年生2回目に突入した発端は、去年の夏休みに遡る。

とはいえ名前が知っていることと言えば少ない。何せ急にブチ切れた母がいつの間にか用意されていたスーツケース二つと名前を連れて飛行機で祖父母の家に里帰りしたのだ。どうしたのか聞いても母は笑顔で何も答えず、名前はよく分からないまま祖父母に甘やかされて暮らした。

それから五度ほど父がやって来て玄関口で騒動が起こったが、名前はやっぱりよく分からなかった。「モラハラ」「虐待」「精神的苦痛」「離婚」テレビの中で聞いたことのある単語は、全部父母の間でリアルな出来事としてあったらしい。

そして半年後。今年の二月に名前と母は家に帰って来た。ゲッソリした父を見るのは珍しく、名前の名前を呼んで普通に会話しようとする父はもっと珍しかった。ちょっと怖い。いつものように「おい」「お前」「勉強しろ」「出来損ない」「見合いしてさっさと家庭に入れ」などと言わないのかと聞くと母から笑みが消えた。二人分の視線を受けた父が「ずっとここにいればいい」とたどたどしく言ったのが、本当にワケが分からない。

こうして一応は以前の暮らしに戻った名前であったが、半年休んでしまったので出席日数が足りない。留年という形で二度目の高校三年生が始まったのだ。


「おはようございます名前さん!」
「おはようございます、千寿郎さん」


名前はのん気だ。ひたすらマイペースだった。何せ今年中等部に入った幼馴染の千寿郎と一緒に登校できるのが嬉しかったのだ。

学ランに着られているような千寿郎は名前のことを心配そうに気遣っているが、のん気さが伝わったのかいつも通りの態度に戻った。

道すがらの話題は学校のこと。千寿郎は剣道部に入るつもりらしい。実家が剣術道場で、兄が先生になったから代わりに自分が継ぐのだと。


「名前さんは部活に入ってないんですよね?」
「うん。勉強しないと、ダメだって」


名前は生まれつき言語系が苦手で喋りが上手くなかった。それを何らかの知的障がいだと断じた父が補うために異常な勉強量を娘に求めてきたのだ。桔梗家が個人塾でそこそこ有名だったのが災いした。父は自分の血が混じった子が知恵遅れなことに耐え切れなかったらしい。

ちなみにそれは中等部に入る時に課されたことで、現在では無効になったことを知るのは家に帰ってからの話。

眉を下げて顔色を伺う千寿郎に、名前は不思議そうな顔をした。そして閃いた無表情で金赤の髪の毛をもふもふ撫で始める。


「な、ちがっ、撫でてほしかったわけではありません!」
「ちがうの?」
「違います! 僕はもう中学生なんですから!」


思春期突入目前。プンスコする千寿郎に、ちょっと寂しさを覚えた名前だった。

仲良く一緒に校門を潜り、高等部と中等部の境で別れた二人。高等部三年蓬組の教室に入ると、真っ直ぐ自分の席まで歩いていく。既に隣の席にはお馴染みの女子生徒が今日の予習に教科書を開いていた。


「おはようございます、しのぶさん」
「あら。おはようございます名前さん。今日も千寿郎くんと登校してきたんですか? なんだかお花が舞って見えますよ」
「う、はな?」


キョロキョロと辺りを見渡す。しのぶがクスクスと笑い、蝶の髪飾りが生きているように羽を揺らした。

しのぶとカナエの胡蝶姉妹は桔梗家の個人塾に通っている生徒だ。けれど名前が二人に会ったのは高等部に入ってから。父に塾への立ち入りを禁止されていたので、しのぶとは友人の蜜璃の紹介で、カナエとは生物の授業で顔を知った。

蜜璃は三年間クラスが一緒で、食堂や放課後の食べ放題でご飯を食べる仲だった。去年はほとんど一緒にいれなかったのが、少しだけ心残りで悲しい。

思い出して心なしかしょんぼりしてしまった名前。あら、と目を丸めるしのぶ。慣れた様子でカバンの中からピンクの包み紙を取り出す。


「名前さん。これは昨日、姉さんとカナヲと三人で作ったチョコブラウニーなんですけど、良かったら味見してくれませんか?」
「する」


サッと受け取った名前が分かりやすく目を輝かせる。冨岡先生と表情が似てる、と言う生徒もいる名前の澄まし顔だが、どこが似てるのだろうとしのぶは不思議に思った。


「チョコ、おいひい。すき」


チョコレートに目がない一つ年上の友人は、こんなにも無邪気で可愛らしい。しのぶはいつも癒されている。



← back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -