風紀委員の朝
それは、我妻善逸が今年度初めての風紀の服装検査をしていた時のこと。
校門前でバインダー片手に溜息を吐く。この学校は中高一貫の大きな学校で、母数がかなり多いとはいえ変人の比率が高すぎる。今日もピアス禁止で呼び止めたのに「親の形見なんです」と頭を下げられ、シャツ全開を注意すれば逆に殴られ、鞠持参を指摘したらぶつけられ、染髪している先輩に声をかければ睨まれたり凄まれたり。正直もう辞めたい。
けれど悪いことばかりというわけでもなく。綺麗な先輩や中等部の可愛い子を合法的に見れるのはかなり良い。辞めたい気持ちがすぐ吹っ飛ぶくらいだ。最高。幸せ。ふふふひうははひゃひゃぐふぐふ。
テンションの高低が激しい中、遠くからまた派手な髪色の生徒が見えた。なんとモノクロだ。パッと見は白髪に見えたがシュシュで緩く纏めている髪は黒。型破りにもほどがあると戦々恐々としていた善逸だったが、近付くにつれ相手が女子生徒であることに気付く。少しホッとした。男の先輩よりは声をかけやすい。
「あの、染髪は禁止ですよ。学校から許可証があれば別ですけど」
現に善逸も持っていたりする。そして冨岡先生には見せても無駄なお察し紙効力。
声をかけられた女子生徒は、冨岡先生に似た感情の読めない顔をしていた。苦手意識がやや増す。ビクビクと相手の出方を伺っている善逸に興味がないのか、マイペースにカバンをごそごそ。お目当ての物が見つかったのか、無表情にパッと華やかな喜色が浮かんだ。
「あった。はい」
あ、可愛い。
涼しい目元にちょっと闇が深そうな青紫の瞳。クール系かと思いきや笑うと年下の女の子のように無邪気なイメージに様変わり。善逸よりちょっと背が高いのに小動物じみた可愛さだ。可愛い。やっぱり女の子は可愛い。ああ、目の保養。癒される。可愛い。
可愛さに目が眩んだ善逸は、許可証の日付が去年なのを見逃した。
「あのあのあのぉ、お姉さんは何年生ですか? 先輩ですか? 俺、二年の我妻ぜ、」
「お? おお! 名前じゃねーか! 久しぶりだなァ!」
「天元様」
自己紹介は途中で途切れた。
ダボついたパーカーにジャージ。謎のヘアバンドと謎のアイメイク、地毛なんだか脱色なんだかよく分からない白髪のロン毛。輩先生と名高いヤバい美術教師が女子生徒に向かってずんずん近付いてきたのだ。
そして、え、天元様? さまァ!?
「今年は留年すんなよ! 俺様だって高校は三年で出てったってのによォ、お前ホント馬ッ鹿だよな!」
「う。がんばる」
待て待て待て待って。留年? 留年!? はぁ!?
可愛いと思った女の子が、馴れ馴れしく大男に頭を叩かれてケロッとしている。もしかしたらヤバい先輩なのかもしれない。そういえば先輩にしては去年学校で見たことがない顔だし、耳から聞こえる心音がメトロノームのように一切乱れがない。
あっ、ヤバい人だ。
善逸はそっと気配を消して校門の影に隠れた。
「サボるな我妻」
「いたっ!? なんで殴るのぉ!?」
冨岡先生は理不尽だ。
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