無花果姉さんとケーキバイキング



無花果姉さんは不思議な人だ。

初めて会ったのは中学生になる前、だったと思う。ランドセルのベルトが少しキツくなって来た時分で、いつも通り、何も変わりないある日。お家に帰ると見知らぬハイヒールがうちの玄関にあった。


「ただいま」


恐る恐るリビングを覗くと珍しい時間に母がいて、見知らぬ女性と談笑していた。秘書さんじゃなくて、もっと若い女の人だった。


「無花果、名前よ。大きくなったでしょ」
「名前?」
「は、はじめまして」


急に名前を呼ばれてビックリ固まった私。対して相手は遠くからでも分かるくらい大きく片眉を上げて私を見ている。パーツ一つ一つはお母さんとそっくりなのに表情が全然違くて、びっくり半分怖い半分でたどたどしく自己紹介してしまったのを覚えている。


「初めまして、か」


第一声がそれだった。呆れたような声音。お母さんから言わせるとアレは落ち込んだ声だと言っていたが、私には違いが全く分からない。


「お前が三歳の時にも一度会っている」
「ああ、七五三! 無花果もお揃いの振袖着たわよねぇ」
「色が同じだけだろう。もう物忘れか?」
「お揃いだってあなたが喜んだんじゃない。若年性かしらね?」
「う、うるさい!」


怖いようで怖くない。なんだか不思議なお姉さんだなぁと。のんきに見上げていた。まだほんの少ししか前世の記憶を思い出していなかった、ぼんやりさんだと心配されていた時期の話だ。



***



「本当に、本当に大丈夫ですか?」
「くどい」


中王区外の大学に進学してから初めての長期休み。久しぶりに実家に帰ると、ちょうど母に用事があったらしい無花果姉さんがいた。

実家に一度帰ってから友人と待ち合わせて出掛ける予定だった。それがたまたま無花果姉さんがいる前で友人からキャンセルのメールが入ったんだ。「予定なくなっちゃいました」世間話のつもりであって、だからどうしたって内容だったのに。何故だか代わりに無花果姉さんがついて来ることになって、ずっと心配している内に中王区外のお店に着いてしまった。

行先は、スイーツバイキング。

……ただのスイーツバイキングではない。いや、ある意味ただのバイキングかな? とりあえず率直に言って無花果姉さんがいるには浮く店、だとは思う。……ス◯パラだ。

内装から食器までパステルカラー。十代二十代女子をメインターゲットにしててワイワイガヤガヤ騒がしい店。そこに体のラインがハッキリわかるハイブランドのミニスカワンピース。そして床に穴が開きそうなピンヒールの無花果姉さん。足を組む動作一つでモーブ色の椅子が玉座のような何かに見える。ひぇ、場違い。

その無花果姉さんと言えば、初めて来たのに慣れた店のようにフルーツ系のケーキ数切れとトマトパスタ少々を完食。今は優雅に紅茶で唇を湿らせている。本当に着いて来て良かったのかな。もう飽きてない?

ティラミスをもぐもぐしつつ大学でできた友達とか変な教授の話、よくお茶するカフェとか。とにかくいろいろと喋って、相槌を打ちながらたまに鼻で笑ったり眉を顰めたり意地悪な顔をする無花果姉さんを眺めた。

怖いようで怖くない。そのイメージはまだ続いている。今にも怒り出しそうな顔はよくするのに、無花果姉さんが本気で怒ったところを私は見たことがない。お母さんに噛みつく時だけは照れ隠しのような何かだとはっきり分かる。部下の人たちは結構ビックリした反応なので身内だけの態度なんだろう。


「お前、アップルパイはどうした」


紅茶で喋りすぎた喉を休めていると、急にそんなことを聞かれた。


「アップルパイ? あ、ありましたね、取ってきましょうか?」
「私は、お前は食わないのか、と聞いている」
「あ、あー……」
「好きだろう」


そりゃあ、好きですけれども。


「外ではあまり、食べないようにしてて」
「何故だ」
「パイ生地ってボロボロこぼれるじゃないですか。綺麗に食べれる自信がなくて」
「……お前は馬鹿か」
「え、えへ」


わざとおどけて見せると、綺麗な眉毛をくいッと上げてから無花果姉さんは立ち上がった。そのままツカツカとピンヒールを鳴らしてケーキコーナーに歩いて行って、すぐに皿を二つ持って帰ってきた。片方には一切れ、もう片方には三切れのアップルパイが、……なんで?

三切れの方を私の前に、一切れの方を自分の前に置いた無花果姉さんがドサッと座る。乱暴にピンク色のフォークを引っ掴んでぶっすりアップルパイに突き刺し、塊のまま一口。かぶりついたことで中身の林檎が溢れてパイ生地は皿の上に飛び散った。素知らぬ顔で咀嚼している無花果姉さんは、真っ赤な口紅をパイ生地のカスまみれにしている。

さっきまでケーキを綺麗に一口大に切り分けていたのが嘘みたいに、貪るように一瞬でパイを食べ切った。それどころか、追い打ちをかけるように親指で唇を拭って付いていたパイ生地のカスを舐めとる。お行儀が悪いと思う動作さえ様になるのだから、無花果姉さんはすごい。


「食いたい物があるなら食う。やりたいことがあるならやる。他人の目を気にして己を縛るな。かえって見苦しい」


くっきり引かれたアイラインが目を惹く眦。鋭さをさらに強調しているのに、怖い、とは違う感情でドキッと心臓が大きく跳ねた。


「好きなんだろう、アップルパイ」
「…………はい」


ダメ押しの確認で、アップルパイ三切れが並んだ皿をこちらに引き寄せる。それにしてもよく私がアップルパイ好きなの知ってるなぁ、と不思議に思いながらフォークを刺した。

林檎のコンポートがしゃりしゃり歯触りが良くて美味しい。最初に食べ方を気にしていたのも忘れて、気がついたら三切れペロリと食べてしまった。


「悲惨だな」


結果は食べカスだらけになるわけで。

「ふはっ」満足そうに見ていた無花果姉さんが小さく笑う。顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。


「だ、だから言ったじゃないですかぁ!」
「拭けばいいだろう」
「口紅が取れちゃうのが嫌だったんです!」
「フン」


恨みがましい言い方が我ながら子供みたいだ。もう大学生なのに。むしろ前世は社会人だったのに。ムッとした口をお手拭きで拭っていると、目の前に黒い箱が置かれる。数センチほどの直方体のソレは、無花果姉さんが好んで使っているブランドの口紅だった。


「やる」
「え、これってお高いやつじゃ、」
「買った後で気に合わなくなった。お前が使え」
「え、えぇ……?」


気に合わないって、明らかに封が切られていない新品なのに。ペリペリとシールを剥がして中身を取り出す。黒皮とシルバーのデザインはやっぱり姉さんが持っている物と同じで、でも色は確かに姉さんが使うにはピンク味が強い。

無花果姉さんにもこういうのを買いたい時があったんだなぁ。


「なんだ、塗らないのか?」
「え、今?」
「お誂え向きにほとんど取れているだろう。それとも私が塗ってやろうか?」
「から、かっ、からかわないで!」


なんでいきなり色っぽくなるの。さっきと別の恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

無花果姉さんは怖くないけれど、こういう心臓に悪いことをしてくるのはちょっと怖い。私にとってはいつまでも不思議な親戚のお姉さんだ。



***



「あら? 名前ちゃん、そのリップ可愛い色ね、買ってきたの? ……無花果が? じゃあ入学祝いね! だってあの子が気に合わない物にお金を出すわけないもの。いくつになっても素直じゃないんだから、もう。ちゃんと後でお礼言っとくのよ? にしてもうちの子は何でも似合うのねぇ、可愛いわぁ!」


四年後、これと同じような流れで就職祝いのルブタンが贈られることを私はまだ知らない。




企画へのご参加ありがとうございます! プニカの人と無花果姉さんの仲良しな話を書かせていただきました。無花果姉さんの分かりにくいデレをふんわりとしか受け取らない鈍感主人公でした。ちなみにルブタンは「通勤用に毎日使える物がいい」と言ったらポンと渡されて「ひぇっ」となった裏設定があります。そして毎日履いてるうちに値段を忘れる…。楽しんでいただけたら嬉しいです。素敵なリクエストありがとうございました!

← back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -