if/寂雷先生にヤンデレられて毎日快適



「うん、今日もよく似合ってるね」
「あ、ありがとうございます……」


黒いタートルネックとミモレ丈のプリーツスカート。厚めの黒タイツとローヒールの黒いパンプス。大きめのクロスのシルバーネックレスは胸元でキラキラ輝いている。今は脱いでる白いチェスターコートは遠目だと白衣に見えないこともない。

……はい、完璧なペアルックです。

お付き合いを始めて半年経ったけど、相変わらず寂雷さんの意向はよく分からない。

お母さんが最初に言った『飴村乱数か神宮寺寂雷あたりならどう?』という助言を頼りにお見合いして、最初に向こうから色よい返事が来たのが寂雷さんだった。(乱数さんとは何度かメールのやり取りをして友人になった。今でも続いている不思議なお友達だ。)

寂雷さんはお噂通り優しくて懐が深く、医者という聖職に相応しい人格の人、なんだと思う。正直そんな人に対して権力を振りかざして渡りをつけたっていうのも居た堪れなかったのに、それがどう転んだのかお付き合いまで行ってしまった。畏れ多すぎて卒倒しそうになったら、危うく新宿中央病院に運ばれるところだった。余計に頭が上がらない。


『何か私にできることはありませんか?』


居た堪れなさが頂点に達して畏れ多くもお尋ねしたところ『じゃあ、』と恥ずかしそうに、ちょっと照れ顔で可愛らしく言って来た内容がペアルックだった。『ダメかな?』そわそわと落ち着かない寂雷さんは、年上の男性なのに庇護欲みたいなものが溢れて仕方ない。断るという選択肢もなく、現在の状態が出来上がってしまった。

毎日じゃないし、毎回でもなく。謎の頻度で遅くてもデートの前日に電話が来る。それが少し憂鬱でもあったり、する。

何故ならお家デートでは一回も着てこいと言わないのに外で待ち合わせする時ばかり指定してくるんだもの。

待っている間の周囲の視線が痛い。寂雷さんが来るまで麻天狼の神宮寺寂雷の熱狂的なファンがついにコスプレに手を出したみたいな痛々しい目で見られる。シンジュク・ディビジョンでの待ち合わせが多いから、一度職場の先輩に『えっ』って見られた時には初めて仮病で有給とってやろうかと小一時間悩んでしまった。

今日も似たような状況で待ち合わせになって……終業直前に急患が入ったらしい。白衣を着たまま遅刻して来た寂雷さんはひとしきり謝った後にニコッと花を飛ばすように笑った。

こうして並んでみるとお揃いなのが遠目に見ても分かる。ちょっと引き攣りかけた表情も、相手の素直な喜びを伝えられるとあまりあからさまにはできない。もう断れないんだなぁって諦めが出てくる。

1つ1つ目で見て頷いている寂雷さん。それがふとした瞬間に止まって、口元に手を当てて考え始めた。


「何か、タイツがおかしくないかな?」
「タイツ、ですか?」


そろっと足首のあたりを確認してもよく分からない。はしたないかも、と思いつつ少しだけスカートの裾を上げてみる。


「あ、デニールが違うかも」
「でにーる?」
「タイツとかストッキングの厚さ? の単位? です」
「つまり、私が用意したものとは別のものを着用している、と」
「そうですね、いつものよりちょっと透けてます、し?」


よく足首だけ見てタイツの違いが分かるなあ。名医ともなると観察眼が人より優れていらっしゃるのか。

そう感心している私の両肩に大きな手がガシッと乗っかる。もちろん寂雷さんの手に違いなくて、びっくりして相手を伺うと、もっとびっくりする光景がそこにあった。


「どうして、」
「寂雷さん?」
「私のこと、嫌いになりましたか?」


え、ええ?

なんで今にも死にそうな顔をしているの?

何故か敬語になってる口調も、初対面の時の社交辞令な雰囲気に似ていてとても気になる。よくよく見ると綺麗な水色の瞳がうるうるしていてもっとパニックになった。


「寂雷さん寂雷さん。落ち着いて。どうしたんですか? 急患でお疲れなんですか?」
「名前さんが、」
「私が?」
「いつもと違う服を着ている、から」
「から?」
「私のことが嫌になったんだと」
「なんで!?」


余計に分からなくなってしまった。

俯く寂雷さんとオロオロするしかない私。そうこうしているうちに周りからの視線を感じ始めて、そういえばペアルックしてたことを思い出す。

もしかして、寂雷さんのコスプレしてるヤバいファンが寂雷さんに絡んで泣かせたとか思われてる?

………………うわっ。

想像しただけで変な鳥肌が腕にびっしり立った。無理。ヤバい。社会的に死ぬ。


「あの! 寂雷さん! とりあえず移動しましょ! 私、久しぶりに寂雷さんのお家に行きたいなあ!」


必死に腕を引っ張ったその後、どうにかこうにか場所を移動して寂雷さんのマンションのリビング。

モノトーンと観葉植物で無機質と柔らかさがちょうどよく合わさった部屋。二人掛けのソファで、私たちは隣り合って座っている。


「始めは、君が初めてここに来た時だった」


そう言った寂雷さんの顔は、まるで死刑宣告を受けた被告のような真っ白さだった。


「私が普段生活している部屋、私が購入したものだけの空間に名前さんがいると思うと、なんだか落ち着かない気持ちになってね。そうして、ふと。ああ、これは嬉しいという気持ちなんだと理解したんだ」
「嬉しい?」
「君という存在が私に包まれているようで……君の全てが手に入ったみたいで、嬉しくなってしまったんだ」


真っ白い、正気のない顔が俯く。普段は背中に流している髪がシャラリと肩から滑り落ちて、その顔も私からは全然見えなくなってしまった。

この光景だけでかなり浮世離れした気持ちになったのに、言っている内容はもっと現実味が湧かない。私が、寂雷さんの私物に? 囲まれてるのが嬉しい、と? もしくは衣食住の世話をしたい、と? うん? 解釈合ってる?

首を傾げるこちらの様子も見えていないのか。まるで帳か簾かのような長髪の隙間から、掠れた声は絶え間なく聞こえてくる。


「本当は名前さんの食事も服も化粧品もシャンプーも、何もかも、私手ずから与えてしまいたい。けれどそれは土台無理な話だ。私は家事がそれほどできる男ではないし、女性の身の回りの品にも明るくない。不出来なモノで名前さんの生活を彩ったとして、君にとってはきっと受け入れがたい苦痛だろう。何より、」


──何より、私が許せなかった。

俯いて、膝に肘を置いて、両手を祈るように組んで。教会の告解室にでもいるような気分になる。その場合、寂雷さんがお悩み相談者で私が神父さんになるわけだ。あれ、普通逆じゃない? 私がお悩み相談したいくらいなんですけど。


「それで、このペアルックですか?」


ピラッと着たままのチェスターコートの裾を摘んで見せる。長い髪が風が吹いたように揺れて、相手が小さく頷いたことが分かった。


「どうしても、諦めきれずに……服を買い与えるくらいなら大丈夫じゃないか、と」
「えーっと、ペアルックだったのは?」
「女性の服は詳しくなくてね。とりあえず私と同じ格好の名前さんを見れば、視覚的に満足するかと」
「ま、満足しましたか?」
「始めは」
「始めは……」


ということはもう満足できてないってことだ。


「異常、だろう?」


困った。普段は理路整然と意見を述べる寂雷さんの要領を得ない話にも戸惑うし、


「君にはずいぶん、不快な思いをさせてしまった。嫌われても仕方がないでしょう」


何より、あの寂雷さんが観音坂さんのような落ち込み方をしているのが一番落ち着かない。


「えっと、寂雷さん」
「はい」
「私たち、お付き合い、してるんですよね?」
「私はそのつもりでした」
「でした!?」
「ですが、私と君は干支が一周も違うんですよ」
「今さら!?」
「今さらじゃなく、ずっとです」


ずっと。繰り返されたそれが、とても重く感じた。


「名前さんに釣り合う恋人になりたかった」


それはこっちのセリフなんですけど!?

心底仰天するこちらとは正反対に、それっきり、とうとう黙り込んでしまった寂雷さん。私はもっと困ってしまった。

大人な対応で、いつも聞き役に回っていた寂雷さんが、こんなにもたくさん喋るところを初めて見た。……きっと、私が寂雷さんにとって子供にしか見えないんじゃないかって不安に思ってるのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、寂雷さんの方が年の差を気にしてたんだ。

だから、何か自分のものを身につけさせて私が寂雷さんの彼女だって安心したかった、のかと思ってしまった。そうしないと落ち着かないくらい、ずっと、不安だったんだなって。

恐る恐る、まだ簾のように顔を遮っている髪に指を差し込む。そっと肩の後ろに流してやると、真っ白い寂雷さんの顔が現れた。眉間にシワを寄せたまま、ジッと自分の手を見つめていて、こっちを見ようともしない。

それがむしょうに寂しくて、なんだか泣きたくなった。


「い、言ってくださいよぉ……」


思ったより情けない声が飛び出る。途端にパッと暗色のカーテンが広がって、寂雷さんの驚いた顔がこっちを向いた。


「名前、さん?」
「私、寂雷さんは優しいから、本当はずっと、年下のお見合い相手に気を遣って、お付き合いを了承したのかもしれないって不安だったんです。だから、何かできることはないかって聞いたのに」
「痛っ、名前さん、髪、」
「ペアルックよりやってほしいこと、あったじゃないですか! なんで始めからソレ言ってくれないんですか! 言ってくれなきゃ分からないじゃないですかっ!!」


八つ当たりだ。それでも何かしたい手は止まらなくて、近場にあった髪を引っ張ってしまう。私が困ったように寂雷さんもちょっとくらい困ればいいんだ。

恐ろしく指通りのいい髪を滑らないようにしっかり握り締めていると、骨張った手が私の顔に伸びてきて、両手で頬を包まれる。


「ほんとうに?」


視線を誘導するように、顔を上げさせられた先で、見たこともないほど幼い笑みを浮かべた寂雷さんが至近距離まで近付いていた。


「本当に、私が恋人でいいんですか? 君に、お願いしても許される存在に、なっていいんですか?」
「いいに決まってるじゃないですか。初めからそのつもりだったんですよ、私」
「君に、ちゃんと好かれていると自惚れても?」
「あ、当たり前です……自惚れてください。私も自惚れますので」
「じゃあ、早速ひとつ、お願いしても?」
「どうぞ」


硬い皮膚の感触。普段カルテやマイクに触れている親指が、私の唇に触れている。意識した瞬間、相手のお願いの内容が分かってしまい、顔が意図せず熱くなった。


「ここに、もっと、触れていいかな」


もう何度もしているスキンシップなのに、こうも面と向かって聞かれると余計に恥ずかしい。

はい、と言う前の唇は、さっきよりも柔らかい感触に包まれた。



***



という擦った揉んだがあったのは、今は遠い思い出。懐かしさすら感じるほど、寂雷さんは明るく、大人っぽさの中に幼さを兼ね備えた可愛らしい人に変わってしまった。


「名前さん、こういうベッドがあるのだけど、白と黒とベージュならどちらがいいかな」
「キングサイズですか。豪華ですねぇ。寂雷さんのお部屋なら白か黒の二択でしょうか」
「じゃあ白にしようかな」


寂雷さんは楽しそうに家具のカタログをチェックしている。前のベッドが壊れたのだろうか。新しく買うベッドは、前のに比べてかなりデカいけれど、寂雷さんの身長ならそれくらいあっても困らない大きさだと思う。

鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌の寂雷さんは、ふと私を見ては目尻に薄くシワを浮かべて幸せそうに笑う。今日も寂雷さんセレクトのシンプルなペールパープルのワンピースを着ているからか、もしくは寂雷さんセレクトの桜ピンクのリップか。はたまた寂雷さんとお揃いの香水の香りで嬉しくなったのかもしれない。

あれから月一で雑誌を数冊買ってきて流行りの服やらコスメやら何から二人で選ぶ時間を作った。私が気に入ったものを提案をして寂雷さんに選んでもらう形で、一月分の服やら化粧品やらを全部寂雷さんセレクトで生活するというライフスタイルを確立した。

正直言うとファッション誌を見るのは好きでも選ぶのが苦手な私にとってコレはかなり楽なことだ。着る服やアイシャドウ、リップの色に悩むことなく、始めから決まっている寂雷さんセレクトのもので固めればいいなんて。前日に悩んで寝不足になることもなく、以前より快適快眠な生活を送っている。

流石に食住は別々だけれど、そこのところは寂雷さんも忘れているんだろう。会うたびに目に見えて嬉しそうな態度をオープンにしてくる相手に、私の方まで嬉しくなってしまう。

今日も今日とて寂雷さんのお家でまったりデートしているわけだけど、それにしても、


「ランチョンマットは、」「お茶碗は、」「箸は、」「バスローブは、」「ドライヤーは、」「スリッパは、」「テーブルは、」「ソファは、」「間接照明は、」「観葉植物は、」「絵画は、」「本棚は、」「枕は、」「カーテンは、」


今日はやけに質問が多いなぁ、って。


「寂雷さん」
「うん?」
「ずいぶんたくさん買い換えるんですね? あ、それともお引越しですか? 転居を機に家具を買い換えるなんて、思い切りがいいですねぇ」
「お引越し、したいのかい?」
「え?」
「名前さんは、今の私の家では嫌かな?」
「い、いえ、そんなことは、」
「ああ、良かった。ここがダメだったなら新居探しでまた時期が伸びてしまう。そうなったらもう堪えられそうにないよ」


ニッコニコ、いつもの三倍増しで笑顔が神々しい寂雷さん。対して私は、言っている内容が理解できず、惚けてそのご尊顔を眺めるしかない。


「やっとまとまった時間が取れそうだから、今度は食事と住処の方に手をつけたくてね。まずは同棲から始めてみようと思うんだけど、どうかな?」


どうかな、って。さっきの質問じゃあ決定事項じゃないですか。

食住の件は忘れていなかったらしい。肯定が返ってくることを疑いもしないで返事を待つ寂雷さん。そんな自分勝手な彼に対して、私は、


「同棲ですか。なんだか新婚さんの練習みたいで照れますね」


ちょっと満更でもない気分になってしまった。

そもそも、私って優柔不断だから代わりに決断して引っ張ってくれる男性と結婚したかったんだった。寂雷さんは亭主関白って感じではないけれど、優しく手を引いてくれるのはむしろ有難い。悩まなくていいことは、それだけ快適な毎日を過ごせるってことだし。何より。


「し、新婚さん……」


私なんかより人生経験豊富そうな人が本気で照れているのは、可愛い以外のなにものでもないと思うわけです。

はあ、寂雷さんとお見合いして、お付き合いできて、本当に良かったなぁ。







「うわっ、洗脳こわっ」


『同棲することになりました』と乱数さんに報告メールをしたところ、返信は何故か来なかった。



企画へのご参加ありがとうございます! プニカ主でヤンデレ寂雷先生に甘やかされて依存させられる話でした。私のヤンデレに対する知識が足りず、加えて「これ先生が甘えてる話になってないか?」という出来になってしまいました。リクエストに沿えていなかったらすいません…。財力と行動力で囲ってくる先生と許容力∞で肯定する主人公が依存関係を徐々に強めていくのを意識しました。楽しんでいただけたら嬉しいです。素敵なリクエストをありがとうございました!

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