理鶯とクッキングwith銃兎
※タイトルでお察しください。
普段はうっすら埃を被っているテーブルが今日は綺麗だ。そりゃ、今朝俺が自分で拭いたからそうだろう。恋人が家に来るのだからそれなりに気を遣う。久しぶりに家に来て飯を作ってくれるというので、最近荒れ気味だった部屋の掃除に取り掛かった。そして、出迎えた彼女の隣には理鶯がいた。は?
『さっきマンションの入り口で会ったので一緒に来たんです』
『すまない、パートナーとの時間を邪魔する気はなかったんだが』
『邪魔なんて。荷物まで持ってもらったんですから、お食事くらい一緒しましょうよ。銃兎さん、いいですか?』
という経緯で、テーブルの向かいには理鶯、俺の隣に名前さんが着席している。理鶯は心なしか嬉しそうな無表情で、名前さんはあからさまに俺を気にしてそわそわしている。持参したらしい赤いエプロンが新鮮で可愛らしい。ああ、本当に可愛らしいな……。
テーブルをもう一度見る。正確には上に鎮座している深めの白い皿。目を背けていたソレは、変わらずそこにあった。
「良い匂い〜」
「うむ、良い出来だ」
「…………そう、ですね」
ツヤツヤの白米、一口大に切られた野菜と肉がゴロゴロと浮いている茶色いルー……。
カレーライス、だ。
……………………どっちだ。
「そういえば、海軍では金曜日はカレーの日って決まってるんですよね」
「ああ、ずっと海中に潜っていると曜日感覚が曖昧になるからな。小官もカレーの日は心が躍ったものだ」
「本場の海軍カレーを知っている方に教えてもらえるなんて、ラッキーでした」
「そこまで買われているとは、なんとも面映ゆいことだ」
仲良く談笑しているところ悪いが、こちらはそれどころではない。
名前さんがスーパーで買って来たらしい食材の中には一般的なカレーの材料しかなかった。それは冷蔵庫に移す段階で間違いなく確認している。理鶯も手ぶらで来た。なら安心できる、はず。それでも理鶯監修の料理というだけで嫌な予感はひしひしと感じた。
目視できる範囲で、カレーは市販ルーの他に何か別のスパイスが混じって見える。ジッと睨みつけても黒や緑、赤の粉末としか分からない。調味料なら理鶯の服のポケットに十分入る。虫の粉末か何かの可能性も捨てきれない。
普通の食えるカレーか、ゲテモノ入りのカレーか。
……どっちだ!?
「コリアンダーとかクミンシードは知っていたんですけど、クローブって初めて聞きました」
「クローブは匂いは甘いが味が少々刺激的だからな。配合を間違えると食えないカレーになってしまう。素人には扱いが難しい。知らなくても不思議じゃない」
「へぇ、毒島さんは物知りですねえ」
「実益を兼ねた趣味だからな。詳しくもなる」
一つ一つ色を示しながらどういう風味のスパイスかもう一度おさらいしているらしい理鶯。なるほど、未知の食材ではなくちゃんとした市販の調味料らしい。
「ずいぶん本格的なカレーを作ったんですね。普段からスパイスまでこだわっているんですか?」
「いえいえ、普段は市販のルーですよ。実は毒島さん特製カレーの材料が足りなくて、もう一度スーパーに行ってスパイスを買い足したんです」
「最近のスーパーマーケットは何でも売ってるのだな。久しぶりで楽しかったぞ」
ここでやっと肩の力が抜ける。
この会話からして、すべての食材がスーパーで買ったものらしい。理鶯は使う材料がゲテモノなだけで腕前はプロ顔負けなのだから、これ以上の勘ぐりは流石に失礼だろう。
「じゃあ、冷めない内にいただきましょうか」
「うむ」
「ええ……いただきます」
スプーンですくったカレーは、やっぱり普通のカレーだ。
黙々とカレーを口に運ぶ二人に気圧され、覚悟を決めて一口。
「…………うまい」
うまい、だと……!?
「本当ですか? 良かったぁ」
そわそわこちらを気にしていた名前さんが安心したように息を吐く。が、彼女以上に安心しているのはこちらの方だ。
これは、カレー専門店で食べる類のカレーだ。辛さも程よく、鼻に突きぬけるような風味もまた複雑で謎の爽快感がある。一口大の野菜は柔らかくよく味が染みている。肉も繊維質でありながら歯で小気味よく噛みきれる。なるほど、チキンカレーか。普段はビーフ派だが、ここまでプロの味を出されると文句など出るはずもない。飲み込んでから残る後味がほのかに甘く、煮込む時の隠し味に何か入っているのだろうか。
「本当に美味しいです。スパイスにこだわるとここまで違うんですね。果物のような甘味も感じて……隠し味か何かですか? リンゴとかがメジャーですかね」
「え?」
「む?」
「えっ」
な、なんだ、この反応は。
途端にひしひしと蘇ってきた嫌な予感。いや、スーパーの食材だけでは流石にゲテモノ料理は作れないだろう。気のせい、そう、気のせいに違いない。
「そ、そういえば理鶯。今日は私に用があって来たんでしょう?」
「ああ、以前に食事を奢ってもらった礼をしたくてな」
「はい?」
以前、というと。思いつくのは、ディビジョンバトルの時に中王区のレストランでご馳走したあの時のことだろうか。
「今朝たまたま山でオオコウモリを見つけたんだ。以前は振る舞えなかったから、この機会にご馳走したくてな。彼女に調理してもらったんだ」
「コウモリって本場ではカレーにして良く食べられてるんですよね」
「ああ。……なるほど、オオコウモリは別名フルーツコウモリと言うだけあって餌が果物だ。肉の味にやや果糖のような甘さが残っていてもおかしくない。銃兎はそれを勘違いしたんだろう」
「へぇ……あっ、本当だ。ちょっと甘いかも」
カチャ……。
「銃兎さん?」
「銃兎?」
「失礼、辛さが後からやってきました。水を持ってきますね」
スプーンを置いて、最小限の動きでスッと立ち上がる。心底不思議そうな名前さんと理鶯をリビングに残して、ギリギリ急いでいると分からな程度の速さで、迅速に、早歩きで、キッチンの冷蔵庫まで辿り着く。
冷蔵庫の中にはスーパーのレジ袋に入った謎の肉塊があった。なるほどなるほど、レジ袋の中に入っていたから分からなかったのか。はは、は、はははははは……ッ!
「うぼぇッッッッ!!」
正気に戻るとミネラルウォーターがリットル単位で減っていた。
***
「冷蔵庫に明日の分のカレーも入れておきました。カレーは一晩置いた方が美味しいですし、お仕事から帰ってきたら温めて食べてくださいね」
悪魔か?
企画へのご参加ありがとうございます! プニカの主人公と理鶯の料理を疑心暗鬼になりながら食べる銃兎でした。理鶯は普通にお肉置いて帰るつもりだったのに、主人公に褒められた嬉しさと善意で今回の悲劇が起きました。カレーとかいうだいたいのものを美味しくしてしまうチートを使われた銃兎さんがひたすら可哀想でした。作り置きのカレーが消費されたか否かはご想像にお任せします。リクエストいただいた段階で既に面白くて、ちゃんとその面白さが伝え切れているか不安ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。素敵なリクエストをありがとうございました!
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