if/もしもmhaにトリップしたら



※25巻までのネタバレあります。
※時間軸も視点もごちゃごちゃです。
※グロさ的にもエッチ的にもR15かもしれない。




ドゥルシネーアは歩く。

空を狭める高層ビルの間、活気あふれる商店街の中、子供たちが駆け回る公園の前を通り過ぎ、パトカーのサイレンと共に走り去るマントの裾を不思議そうに眺める。確かそんな行事があったな、ハロウィンだったか。しかし季節はまだ暖かい。あのイベントは確か冬、いや秋だったか。時期尚早な人もいるのねぇ。良く分らないままウフフと笑って、歩いて、歩いて、歩いて。最終的に交番まで辿り着いた。


「Hello. Excuse me.」
「はいはいこんにちは。……あ、外人さん?」
「Could you answer my question?」
「え、えー、イエス」
「Do you know ONEPIECE?」
「ワンピース? 服屋、あー、クロースショップ、オーケー?」
「Oh, I see. Thank you so much.」
「え、服屋は?」


漫画に憧れて来日した外国人のフリをしてみたが、どうやら無駄だったらしい。

こういう会話を何度も繰り返して分かったのは、ここはドゥルシネーアの前世、名前が生まれた世界ではないということだ。

この明らかに現代日本でありながら、元いた世界と似たようなデフォルメされた人間が闊歩する社会。ドゥルシネーアは戸惑った。もしかしてまた異世界に来てしまったのかしら。戸惑いながらも掠れかけて忘れそうな前世の記憶を元に漫画の名前を聞いて回る奇行に走ったわけだ。

さて、これからどうするべきか。不老不死ゆえに歩いても歩いても体に疲労は蓄積されないが、精神的となると話は別だ。どこかにちょうどよいベンチはないか、コツコツとヒールを鳴らして角を曲がった。その時、


「っ!」
「あら?」


死角から飛び出した子供にぶつかった。


「ごめんなさいね、大丈夫?」
「あっ」


労働を知らない白い手が子供の前に差し出される。白い髪の下で三白眼がこれでもかと見開かれた。


「どうかしまして? もしかして怪我をしてしまったかしら。よく見ればお顔もお洋服もボロボロね。どこか洗えるところを探しましょうか」


上等な長いスカートと一緒に地面に膝を付ける。ドゥルシネーアはハンカチをポケットから取り出そうと、差し出した手を引っ込め……られなかった。引っ込める前に泥だらけの小さな手がしっかり、ガッチリと、その白い手を汚したのだ。


「ぁ、あ、あぁあ、ひっく、うぅっ」
「どうしたの? 痛い?」
「ぐす、う、うん、うん……っ」


茶色くカピカピと張り付いた汚れの正体が血だと、この時初めてドゥルシネーアは気付いた。気付いても手を離せなかったのは、子供の力が予想外に強かったから。何より、触れ合わせた手から小さく崩れては戻る痛痒い皮膚の感触。ぴったりと手と手が癒着してしまったかのように動かせず、紅茶色の瞳をまあるく見開くしかできなかった。

けれど、彼女を知らない子供からすれば、ずっと微笑んでいる優しい女性にしか見えなくて。



「たすけて、ぼくをたすけて……!」



子供は、──志村転弧は、一生そのことを覚えている。




***



黒い霧の中から現れた敵、敵、敵。その最後尾を悠々と歩く手だらけの男と顔の見えない黒い男、そして場違いな金髪の女。

相澤は生徒の安全を最優先に我先にと飛び降りた。まずは粗方の雑魚を片付け、応援が駆け付けるまで時間稼ぎ。可能ならば相手の頭を鎮圧してしまおう。個性と体術を駆使して順調に数を減らしていく途中、目視可能な距離まで来た瞬間に自然と理解した。

アレはこの集団で“浮いている”。

顔や体に手を貼り付けている男ではない。その後方で慎ましく控えている女の方だ。男は見るからにトップであるのは分かる。横にいる黒い靄の塊のような男も、手だらけ男をサポートする存在であることは察せた。

あの女だけが、何故ここにいるのか分からないのだ。


「“おばさん”はそのまま下がってて」
「あら、お邪魔だったかしら」
「そうそうお邪魔。動いたら壊すからね」
「死柄木弔。あまり本意ではないことを言うものではありませんよ」
「は? 本意ってなに。日本語しゃべれよ黒霧」
「そういうところですよ。さ、死柄木弔の言うとおり、貴女は安全なところで見ていてください」
「うふふふふ。はぁい」


まるで授業参観に来た父兄のように、微笑ましいと言わんばかりの態度でヒールをカツリと鳴らした。実際、怪人脳無が暴れても、手だらけ男が攻撃されても、オールマイトが到着しても、女は笑って突っ立っているだけだった。

それが初遭遇。

死柄木弔。
黒霧。
──“おばさん”。

敵連合を名乗るお粗末な集団。戸籍がない男二人と、名前も分からない女。その姿はたびたびセットで目撃されることとなる。

ショッピングモールでの緑谷への接触。緑谷曰く、近くで見た女は本当に絵本の中から飛び出してきたようなお嬢様で、友人以上に親しく死柄木弔の手を握っていたらしい。あの死柄木の手だ。いつ個性が発動してボロボロと崩れるかも知れない手を握るなど、自殺行為に違いないというのに。

潜伏場所のバーに出入りする後ろ姿。それまでに商店街で夕飯の買い物をしたり、魚屋の店主と立ち話をしたり、街の中ににひょいと入り込んだかと思えば、すぐに飛び出して非日常の住人に様変わりする。

敵連合を追う道程の、いつどこでどんな風に見ても。女は美しい笑みを浮かべていた。


「“おばさん”っつークソ女、頭がイカれてやがる。敵のくせに子供に乱暴はできねぇとか抜かしやがって、縄解く代わりに俺の手ェ握りやがった」


誘拐された爆豪を救出した後の、事情聴取の時のセリフだ。

連合が爆豪の個性を把握していないはずがない。いつ爆破されてもおかしくない状況で、“おばさん”は笑顔だったのだとか。


「名前はなんて呼ばれていたか分かるか」
「雑魚どもはドルシ、なんとかっつってた。ワープゲートは名前だと」
「ドルシ。名前」


敵名と本名だろうか。あとは塚内刑事に調べるのは任せるしかない。

あの女が動くところを見たことがない。だからこそ不気味だ。何か重要なことを見落としているような、気付かなければいけないことがあるような。

漠然とした不安が胸の内でトグロを巻く。いつ首をもたげてこちらに噛み付いてくるか。


「ドゥルシネーア! 良くやった!」


知らないものは怖い。未知数ほど強大な落し穴だ。拭えぬ不安を日々残したまま、予想外の場所でついに。相澤は彼女の名前を知ったのだ。

ドルシ……ドゥルシネーアか!



「そのまま壊理を連れてこい!」



死穢八斎會若頭、治崎廻の叫び声だった。



***



先生、という男は試験だと言った。

死柄木弔が立派に成長するための重要な時期だと。だからこそ保護者の君が近くで見ていてくれ、きっと彼の力になると。そう言った男はもういない。オールマイトに敗れてどことも知れない檻の中に入った。

残された死柄木弔は動揺し、荒れに荒れ、そしてヒーローへの復讐を誓った。世の中をひっくり返す。先生に見込まれた以上のナニカになる。その一歩を、保護者然と後ろから見ていることはもうできなくなった。

死柄木弔はもう大人。一人の男になってしまったから、保護者同伴は外聞が悪いのだろう。

思えば、この前世に似て非なる現代社会日本に来て、戸籍のないドゥルシネーアは異邦人でしかなかった。それでも衣食住なしで生きていける不老不死の体だ。どこへなりとも好きに行って自由を謳歌できたに違いない。

けれど、ドゥルシネーアは子供に手を差し出した。
子供はドゥルシネーアの手を取った。離さなかった。

だから、始めたのはドゥルシネーアの方で、子供を突き放すことなど出来ず。家族という大義名分を得て、一緒に巨悪の権化の元に身を寄せることとなったのだ。

オールフォーワン……先生は、この関係を認めていた。推奨さえしていた。死柄木弔に肉親の手を嵌めながら、偽の家族の称号をドゥルシネーアに嵌めた。『君が求めるのならそれでいい。僕は君を尊重する』死柄木弔にも、ドゥルシネーアにも向けられたその意味。

優しい、冷たい、無責任な甘やかし。受ける側も与える側も自覚があるのなら存分に楽しみなさいという、嘲笑と寛容を見せつけたのだろう。気付いたのは恐らくドゥルシネーアだけだった。

それからの関係は、言うなれば先生に“子供を預ける親”に違いなく、つかず離れずの距離で軽口を叩き合い、たまにドクターの実験に付き合うことで教育費とする。そんな大人な関係だった。

子供の預け先が消えた今、ドゥルシネーアは教育に関して人任せの甘やかしママから、子供の一人立ちを願う教育ママへと方針転換しなければならなくなった。


『おばさん、どこ行くの』


このベッタリ腰に張り付いた可愛い子を親孝行な大人にするにはどうするべきか。

頭を悩ませながら、ドゥルシネーアの飴と、黒霧の精一杯の誘導と、先生の『いつかは距離を取らなければいけないよ』の一言で、死柄木弔は徐々にドゥルシネーアから四本の指のうち、一本を離した。

今回の出向はそのためだった。


「弔くんからの命令で仕方なく来ました。トガです」
「久し振りだなトリ野郎。てめェ絶対許さねェぞ。よろしくお願いします」
「こんにちは。ドゥルシネーアと申します」


ジャパニーズマフィア。ヤクザ。極道。通された地下の部屋には組のモチーフが壁にかけられていた。イメージにある無駄に大きな額縁に入った精神論の書道は、残念ながらないらしい。

勢揃いしたマスクの集団は圧巻だった。

ペストマスク。ペストが流行った時に医者が被ったもの。クチバシに当たる部分に香草を入れて常時吸うことで感染防止と汚臭の緩和、そして魔除けの意味があるのだと聞いた。なるほど医者。彼らの研究成果からして、個性という突然変異を病気にカテゴライズして治療を目指しているのだろう。そう考えるとヤクザというより傍迷惑な慈善活動家のようでもあった。

彼らには既にこちらのマグネを殺された前提がある。若く仲間想いの良い子な青年少女はお手手繋いで仲良くとはならないだろう。社会では嫌いなヤツとだって表面上はやり過ごしながら仕事を熟さなければならない場面が何度もある。その点を理解しているのがヤクザモノで、理解する気がないのがこちらの二人組だった。

さて、どうしたものかしら。ドゥルシネーアはニコニコと成り行きを見守っていた。死柄木弔の指示はこの二人の保護者役であって、彼女自身がしゃしゃり出るのは推奨されていないので。

仲が悪いながらに弾む会話を外から聞いていると、不意打ちで事態は動き出した。

治崎の部下に尋ねられるまま、二人が個性を喋ってしまったのだ。


「そちらのお嬢さんは、どんな個性なんですか」
「──────」


むず、むずむず。唇が痒がるように勝手に痙攣する。脳が質問の内容を噛み砕き、声帯が引き絞られ、舌が出せ出せと活発になった。あら、あらあらあら?


「特にありません。強いて言うならこの髪かしら」
「、髪?」
「綺麗な金髪でしょう? 甥っ子たちとお揃いなの」
「ハァ??」


あ、これ個性というよりチャームポイントね。

口元に手を当ててちょっとだけ恥ずかしがるドゥルシネーア。でも笑顔。


「その人特有の性格とか、癖、好み。個性ってもともとそういうものでしょう?」
「……ああ、なるほど。超常発現以前の思想学ですか、興味深い。ただ、今はお互いの親交を深めている途中でして、学術的な論議は隣の二人と後でしていただきたいものです」
「まあ、失礼しました。ええと、私の個性でしたね」


治崎の部下がこちらに向く前に早口で。


「生体サーチですわ」


適当に見聞色の覇気の説明をしておいた。

そんなことがあったから、治崎の部下の音本にはちょっと距離を置いている。まあ、それがなくても連合側三人組で固まるしか居場所がないのが現状だった。


「ドゥル姉はさぁ、なんでそんなに落ち着いてるの?」
「そうだぜ! いつもニヤケ顔で気持ち悪い。ミステリアス美女サイコー!」
「トゥワイスくんありがとね」


女子高生に纏わりつかれ、軽めの青年に指を差される。うん、十年以上経ってもこの気安さには慣れない。新鮮でいいことだ。


「マグ姉が殺された時も笑ってたよね。ね、なんで?」


無邪気で、柔らかくて、可愛らしい笑顔は、ドゥルシネーアを責めていた。悲しみを共有できないものは仲間ではないと、疑い、失望している。

八斎會に出向を命じた死柄木に刃を向けたのと同じように。


「ヒミコちゃん。私ね、この顔しか作れないのよ」
「作る?」
「笑顔しか浮かべられないの」
「はぁ? じゃ何か? 涙出るくらい悲しいってのにハッピースマイルってか? アンハッピー!」
「そうなの、ごめんなさいね」


乱れた前髪を整えてやって、モチモチした頬を両手で挟み込んでやる。抱きついている手の内にナイフがあることなんて、これっぽっちも気付かないフリをして。

できるだけ真顔になるよう、頑張ってみた。


「私ね、泣きたい時は、もっと笑うようにしているの」


それでも、ドゥルシネーアは笑顔だった。


若者二人と交流を深めた後にはお仕事が待っていたわけだが、ドゥルシネーアはハッキリ言って足手纏いだった。だって生体サーチ、というか見聞色の覇気は戦闘には向かない。せいぜい避けて避けて相手を疲弊させ逃げるのが関の山だろう。

だからこそ、治崎と玄野と同行してレーダー役をやらされているわけだ。何せ裏切ってもすぐ殺せる非力さだったから。


「うちに来る気はないか」


包帯だらけの少女を運ぶ玄野と並んで治崎の後を歩く。やはりというか初対面の柔らかい声は偽物だった。


「転職のお話かしら?」
「転職も何も無職だろ。就職と言ってほしいな」
「若、女を口説くの下手すぎやしやせんか」
「……口説いてるつもりだったのですか?」
「言葉の綾ですよ」


それは、どうだろう。

逃亡に生体サーチがすこぶる有用なのは抜きにしても、この治崎という男がそれとなくドゥルシネーアを気に入っていることは知っている。というかさっき知った。何せ今は常時見聞色の覇気を展開している。一番近くの人間の意識も流れ込んでくるのは仕方ない。表層のほんの上澄みでしかないが、この潔癖症で人嫌いそうな男がドゥルシネーアに悪感情を抱いていないことに驚いた。

恐らく、根底にあるのは個性への忌避感。アレルギーと言ってもいい。それをどうとも思っていなさそうなドゥルシネーアに対し、僅かばかりの興味を抱いたのだろう。

そう分析したところで、だから何だ。


「私ね、おばさんなの」
「突然なんだ」
「俺らと同い年にしか見えねぇが」
「いえね、弔くんのおばさんなのよ、私」


家族を置いて他所へは行けないよ、という大前提はどう足掻いても覆せない。という話をしたつもりだった。

空気が数秒固まった、気がする。

信じられないように見てくる玄野と、一切振り返らない治崎。無言のまま続くかに思われた時間が、石ころを転がすように一言。


「家族、か」


不思議に暖かくて、脆そうな声をしていた。

治崎と会話らしい会話をしたのは、これが最後だった。


「玄野さん、蹴りが来ますよ」


ルミリオンの透過を利用したキックが炸裂した。エリを奪取されたのを皮切りに戦闘が始まり、ドゥルシネーアは完全に蚊帳の外に立った。

再び舞台に上がったのは、治崎とヒーローたちの戦闘が激化し、死に体のルミリオンがエリを連れて廊下で倒れているところ。

ここでドゥルシネーアは迷った。

遠くから文字通り地響きと共に伸びてくる呪詛。子供という素材を欲する協力関係(この時点でトガとトゥワイスの謀反によりとっくに破綻していることを彼女だけが知らない)の男と、無力に搾取されるばかりの可哀想な女の子。子供は大切にする主義のドゥルシネーアにとって、エリを連れて戻ることは子供を害する行為だとちゃんと理解していた。

でも、と。先ほどの治崎の声を、“心の声”を思い出して中途半端に手が止まってしまう。「家族」という言葉に呼応して彼の胸の内に降って湧いた暖かさ。『親父』と呼ぶあの柔らかさは、本心からのものだと思った。彼だって親を求める子供に違いなかったから。

子供と子供を天秤にかかれば水平のまま微動だにしなくなる。道理だ。

だから、ドゥルシネーアはズルをした。


「あなたはどうしたい?」
「っ、どう?」
「ここから逃げたいか、彼のところに戻りたいか」
「だめ、ダメだエリちゃん、その人の言うこと聞いちゃッ!」
「エリちゃん、可愛い子。あなたが言ってくれれば私、なんでも言うことを聞くわ」


こう言えば、心を囚われた少女がどんな答えを返すか、知っていて聞いたのだ。


「わたしを、あの人のところに連れてって」


化物は人のように微笑んだ。

それからは怒涛の勢いだ。ルミリオンの呻き声をBGMにエリを抱き上げて運ぶドゥルシネーア。連れてこられたエリ取り込み、化物じみた見目に肥大化した治崎が、エリの突発的な行動により逆に窮地に追い詰められ、最後はヒーローによって倒される。

これほどシンプルな勧善懲悪があろうか。

間近で泥臭いヒーローショーを観戦したドゥルシネーアは、肩を落として身を隠そうとした。その時、


「ドゥルシネーアッッ!!」


知らない声に名前を叫ばれた。

ドゥルシネーア。その呼び名はこの体の名前ではあるけれど、この世界においてはヴィラン名として使っている。それを呼ぶということは、敵と分かっていることを指す。姿は見せず、住宅街の塀の隙間に身を滑らせ、トガとトゥワイスの居場所を探りがてら声の主を見た。


「ドゥルシネーアッ! お前は敵連合にとって、死柄木にとっての何だッ!」


ヒーローたちの集団の中で血だらけで寝そべる男。どこかで会ったような気もしなくもない。


「家族だって、言ってるのに」


聞こえないことが前提の答えは、やっぱり相手に届かなかった。

久しぶりに甥っ子に会いに行こう。



***



母のように優しく抱き締めてくれた。
(でもお母さんはこんな匂いしなかった)

姉のように手を引いてくれた。
(でも華ちゃんはこんなに大きくなかった)

祖母のように頭を撫でてくれた。
(でもおばあちゃんはこんなに柔らかくなかった)


『じゃあ、おばさんって呼んでちょうだい』


だから、元々存在しない“叔母さん”にした。


『おばさん、ギュってして』
『はいはい』


二人きりで街を歩いた。二人きりで公園で遊んだ。二人きりで高架下のホームレスごっこをした。

大人は勝手だ。警察は勝手だ。ヒーローは勝手だ。転弧一人が歩いていた時は誰も声をかけなかったのに、助けてくれなかったのに。おばさんと二人で歩いていると邪魔をしてくる。虐待だの誘拐だの、ワケノワカラナイことを言っておばさんと引き離そうとする。

だから、壊した。モンちゃんみたいにバラバラに。おばさんも一緒にバラバラになったけれど、最後は笑顔で見守っていた。

おばさんは家族のように愛してくれた。
(でも、家族は死んだ)

新しい家族になれると、本気で思った。
(だって、本当の家族は殺したから)


「何で一人にしたの、おばさん、名前おばさん」


あれ、何を考えてたっけ。

無我夢中で柔らかい女の肌を掻き抱き、首筋に顔を埋めて大きく息を吐く。名前は変わらない。血が出るまで強く抱き締めても、個性が暴走して粉々に崩れても。ずっと笑って転弧の、弔の手を受け入れてくれる。ああ、服がダメになるのは嫌がったっけ。先生に拾われて部屋を当てがわれてからは、こうして裸になって弔の抱擁を受け止めた。

ずっと。十五年経っても。見目が変わらない、死なない、永遠の家族。

ああ、今だって血の匂いがする。両手の五指が触れた白い背中が、肉片となって崩れていく。その分すぐに元に戻って、ハリのある女の背中はこうなのだと弔に教えてくれるのだ。

カサついた肌を胸元に寄せ、女性の象徴たる乳房にキスをする。くすぐったい振動が生の拍動と共に弔を包んだ。


「あらあらまあまあ。弔くんは甘えたさんねぇ。こんなに素直なのは何年ぶりかしら」
「茶化すなよおばさん」
「うふふ、そんなに寂しかったの? 可哀想なことをしたわぁ」

あの日、あの時に差し出された手は変わらずに弔のためにある。

弔の、弔だけの、汚れても壊れても元に戻る不思議な手。大好きな手に指を三本絡めて頬擦りする。柔らかすぎて頭がおかしくなりそうだった。

父さんの手と違って、コレは転弧をたないから。

廃屋の寝室。薄汚れたシーツが被さっているだけのパイプベッドに全裸で座る美しい人。宗教画から飛び出してきた女神様のように弔の頬を挟み、柔らかな花弁の唇を弔の唇の傷に寄せた。ちゅぅ……と可愛らしい音が鳴って、クスクスと笑う。

名前は弔を愛しているけれど、それは本当の愛ではないことを知っている。愛のように与えるギブばかりで報酬テイクのない欠陥ではない。彼女はキチンと報酬を受け取っている。可哀想な子供を受け入れる真っ当な人間という自己満足を得ている。

愛を与えるように、施しを与えているのだ。

なんて打算的で、醜くて、心地よい。だから弔は彼女を信じられる。無遠慮に手を伸ばして、愛を乞うて、毟り取れる。だって既に彼女は報酬を得ているのだから。

唇が離れていく隙をついて、今度は弔の方から名前の顔に唇を寄せる。情緒もへったくれもなく唇を奪って、奪って、奪って。施された分以上に奪って何が悪いというのか。

名前が笑っているのだから、何も問題はないだろう。


「おばさん、だいすき」
「ありがとう、弔くん」


おばさんも大好きよ。

愛していると言わないおばさんが、弔はやっぱり大好きだった。



企画へのご参加ありがとうございます! ユビキタスのドゥルシネーアさんでヒロアカにトリップしたら、でした。特に指定がなかったので自分が好きなキャラを自分の性癖に正直に書いてしまいました。ちょうど25巻を読み返してたせいもあります。ドゥルさんも死柄木弔も恋愛とか性欲とか一切なくコミュニケーションの一貫でこういうことしちゃう歪んだ関係です。楽しんでいただけてたら幸いです。素敵なリクエストありがとうございました!

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