柱とおはぎ問答(無用)



不死川実弥は見慣れぬ女に目を止めた。

白黒のふざけた頭を質素な簪二本で纏めた、青紫色の羽織の女。隊服をきっちりと着こんでいるくせに、釦は首元の一つを除いて全て違う意匠のものに付け替えられている。真っ白い手には指環や紐が着いていない指は一本もない。お座敷にちんまりと座り、無表情で手元を覗き込む面差しは涼やかで、──気に喰わない水柱の雰囲気と被る。僅かに眉間に力が入った。

あれは、確か音柱が連れてきた女だ。だが蟲柱の蝶屋敷でも何度かすれ違ったことがある。現に蟲柱が気安い態度で茶器を手渡している。女も当たり前のように受け取って僅かばかりに口端を持ち上げた。

確か女の名は、


「どうしたんです、名前さん。甘い物、お好きでしょう?」


そう、確か、桔梗名前とか言った、


「おはぎ、微妙」


……何て言ったあのアマ。

茶器を持つ手に力が入り、寸でのところで持ち堪える。危ない。お館様の家の物を壊すところだった。

今日は柱合会議の後に、お館様とあまね様のご厚意で茶と菓子が振る舞われ、継子や近しい者を呼んでいいと通達されていた。そこで出されたおはぎを、お館様のご厚意を、あの女は微妙と言った。

ケチをつけやがったのだ。


「生意気言える立場かテメェ」
「そうだぜ名前。前は美味そうに食ってたじゃねぇか」


突然の実弥の言葉に乗ったのは連れてきた側の音柱で、監督責任は確かにあるだろうと僅かに溜飲を下げる。しかしながら女の無礼は一味も二味も違かった。


「おはぎ、あまり甘くない。おかしではない」
「は」


別に実弥も、自分の好物を否定されたからと言ってキレ散らかす人間ではない。ただ、今回間が悪かったのがつい先程の会議で水柱と意見がぶつかったこと、名前の雰囲気がやや水柱に似ていたこと、お館様のご厚意を無碍にしたこと、あとやっぱり好物を否定されたこと、などなど。いくつかの要素が重なって、

──ぷっつん。


「そこに直れェ」
「なお?」


風柱、おはぎで日輪刀を抜くの巻。


「待て不死川、お館様の屋敷で抜刀は流石に看過できんぞ」
「下っ端の無作法も看過できねェ」
「そうだな! なので俺が代わりに叱咤しよう! ──名前!」


気安く下の名を叫んだ炎柱。呼ばれた相手といえば「杏寿郎さん、なに」と同じく下の名で呼び返す。ここに来て実弥はやっと、女が炎柱と旧知の仲であることを察する。


「アレは煉獄の幼馴染だそうだ」
「何故伊黒が知っている」
「甘露寺が言っていた。言葉も分からぬ幼子の時分からの付き合いだとか」


珍しく口を挟んできた蛇柱になるほどと頷く。蛇柱の隣で桜餅を吸い込んでいた恋柱が、姉のように甲斐甲斐しく自身の皿から桜餅を移していたから。


「名前、お館様からのご厚意だ。滅多なことを言うものではないぞ」
「あのね名前ちゃん。おはぎだけじゃなくて桜餅もあるのよ、すっごく美味しいの! 私、気が付いたら三十個もつまんでしまったわ!」


ハキハキと快活に作法を説く炎柱と女性にしては背が高い恋柱。二人を見上げて素直にうんうん頷く女。こう見ると確かに頑是ない子供にしか見えない。「アレで十九だ」「甘露寺と同い年じゃねぇか」下がりかけた溜飲が一気に元に戻った。

だいたい。


「おはぎが得意でないなら、始めからそう言えばいいではないか!」
「しっかし俺と任務で茶ァしばいた時は黙々と食べてたよな?」
「まあ! もしかして、宇髄さんとのお茶だったから? それって……きゃあ、素敵だわ!」
「甘露寺さん、名前さんがそんな早熟なわけないじゃないですか」
「うむ、よく分からんが名前にはまだ早い!」
「まあ、俺様の顔はド派手だからな! たとえ嫌いなモンでも俺のおかげで気にならなかったんだろう!」


コイツら、おはぎが悪いと言う結論に辿り着いていないか?

何度も繰り返すが、決して、自分の好きな物を否定されたから怒っているのではない。お館様とあまね様が用意してくださった物を悪く言われることが許せないだけで。


「桜餅、おはぎより(葉が酸っぱ苦くて)マシ」


二度目のぷっつんであった。


「不死川、どこへ行く」
「すぐ戻る。必ず戻る」


全集中の呼吸フル活用で馴染みのおはぎを買って本当にすぐ戻った実弥。兄姉の会にずかずか割り込んで風呂敷をドンッと置く。


「本当のおはぎを食わせてやるよ」


「不死川、まだこちらにおはぎが残っている」「冨岡さんは黙ってください」「(ムッ)」外野の会話が聞こえなかったのは幸運か。重箱の蓋を開けギッシリ詰め込まれたおはぎを女の眼前に突き出す。


「不死川、何もそこまでする必要は」
「問答無用! テメェが甘やかすからこうなったんだろ煉獄よォ! 好き嫌いなんざ贅沢の極み! 贅沢を覚えさせちまえば人間堕落するばかりだ!」


『おはぎで正論を言うな』

座敷にいたほとんどの人間がそう思った。

依然、鼻先スレスレまで突きつけられた餡子の海。女の眉がほんの少し震える。「食え」すかさず催促すればゆっくりと白い手がおはぎをつまみ、一口。薄い唇に餡子をくっつけたまま、もぐもぐもぐ。ごくり。その名の通り桔梗の花のような瞳に光が差す。


「おいひい」


実弥、ドヤ顔で鼻を鳴らす。

兄姉の会、手を叩いて褒めそやす。

残りの柱、真顔。

種明かしをすると、実弥が持ってきたおはぎにはほんの少し多めに砂糖が入っており、ちゃんと砂糖が入ったおはぎをあまり食べたことがなかった名前がびっくりしただけなのだが。

何も知らない面々は嫌いな人参を食べた我が子を見るように、おはぎを黙々と消費する名前を挟んであれやこれやと話に花を咲かせる。平和だ。

こうしてお館様とあまね様が意図したのとはまったく別の形で柱たちは親睦を深めたのであった。



「でも、はちみちゅパンケーキの方が、甘い」



──ぷっつん。

あっ。




企画へのご参加ありがとうございます! 手足主と柱たちとの絡みということで、まだ出番がない不死川さんに出張っていただきました。久しぶりに手足主のほのぼのギャグを書けて楽しかったです。素敵なリクエストありがとうございました!

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