遠い未来、僕らは月に行った



※10巻のネタバレあります。
※オリ主がちょっと酷いです。



ネフライトはジェダイトと対になる宝石だ。主な違いは硬度と靭性。簡単に言うとジェダイトは硬くてネフライトは柔らかい。そして、この二つの総称がジェードだ。

私はジェードと同時に生まれた。緒の浜で同じ緑の塊として産み落とされ、先生に削られて今の形になった。

ジェードと私は、顔の造形は似ていない。髪型もジェードみたいに結ばずおろしていて、細長い新緑色の髪束が二本、風に煽られてふわふわ浮かぶ。これは硬度と靭性の違いか、それとも先生に何かお考えがあったのか。私に知る術はないけれど……少しだけ感謝していた。

私とジェードは、違うんだと実感できるから。

でも、


「月に行こうと思うんだ」


ラピスの頭でフォスは言った。笑っているのに全然笑っていない。ラピス・ラズリの嫌らしいところが見事に移っている。


「いいんじゃない」
「名前にも来てほしい」
「いいんじゃない」
「月にはジェードも行ったこと……いいの!?」
「いいよ」


けれど、大袈裟に身を乗り出して聞いて来るあたりフォスの部分もちゃんと残っているみたい。


「ジェードのしたことのないこと、したいわ。月に行けば知らないこと、たくさんあるかしらね」


もしくは、仲間を砕く武器にされるのかしら。それもいいかも。だってジェードはここにいる限りそんなことはできないもの。

私にできることはジェードにもできる。
ジェードができることは私にもできる。

違うのは、硬度と靭性だけ。


──なぜ?


ふわふわふわふわ。風に煽られる髪のように、いつまでも疑問に思っている。

なぜ、私はジェードと一緒に生まれたのだろう。本当はジェードの一部で、何かの間違いで私だけ抽出されてしまったのか。なら、ジェードができなくて私ができることがある。必ずあるはず。そう、漠然と信じてきた。

まだ、“できること”は見つかっていない。

戦闘に出る。
可もなく不可もなく。
会議に参加する。
ジェードと意見が被る。
レッドベリルの服のモデル。
上手くポーズを決められない。
飛んできたフォスが割れないようにキャッチ。
ジェードと同時に成功。
シンシャの心を開く。
できない。
冬眠明けに目覚めるタイミング。
ジェードと同じ。
できない。
ジェードと同じ。
できない。
ジェードと同じ。

なぜ。なぜ? なぜ。なぜ?


「ジェードは月に行かない。私は月に行く。行くことが“できること”。そう言いたいんでしょう?」


……本当は行きたくない。

モルガナイトも、ゴーシェナイトも、ゴーストクォーツも、アンタークチサイトも、ヘリオドールも、……結局みんな帰ってこない。カケラを集めても全てに至らない。どんな装飾品にされているのかも、想像だけで答えなんて分かるわけがない。月に行けばみんなと同じ装飾品にされる可能性の方が高い。

……それでも、待つ側は飽きた。ジェードと同じことは飽きた。飽きた。飽きた。飽きた!


「ジェードのことは好きなのに、好きでいることに飽きた」


連れてって、フォス。

伸ばした手に、眩しい合金が重なった。



***



「フォス! フォス! エクメアを紹介して!」
「え、なんで?」
「私もあれやりたい!」
「あれって、あのもらい割れしそうなあれ!?」
「それ! 私もやりたい!」


カンゴームにお願いしたら怒られた。エクメアとはカンゴームしかしちゃいけないみたい。よく分からない。


「代わりのやつを紹介してやる」
「やった」


ハイタッチしようとして、そういえばカンゴームは月人じゃないことを思い出した。危ない。割れるとこだった。

月に来てから、自分がなんて名前の宝石だったか忘れてしまった。

元々は何とかという宝石だったけれど、誰かと比べられるのが嫌で、比べてしまう自分が嫌で、先生にお願いして新しい名前をつけてもらった。それが名前だった。

ここには誰かがいない。誰かを基準に置かなくていい。忘れていい。最初はいろいろと考えていたはずなのに、月にはたくさんの知らないことがあって、覚えていられる容量がなくなってしまったんだと思う。

みんなには「変わったね」と言われる。ダイヤやアメシストには嬉しそうに、イエローやベニトには複雑そうに。カンゴームは「へぇ」としか言ってくれなかったけれど、たまに会うとよく話す。だから今回もちょっとくらいエクメアを貸してもらえると思ったのに。

『結婚式』という祭典が終わってちょっとした後、カンゴームじゃなくてエクメアがやって来た。知らない月人を連れて。


「私には妻がいるので無理だ。こちらで手を打ってくれ」
「うそだろ」


ツマって何かしら。また知らないものを聞いた。

エクメアと同じ大きさで、顎にゴミをつけている変な月人。エクメアと概ね同じだったので、素直に頷いた。


「私、あれもやりたいの。カンゴームが、月人は口の中で内緒話をするんだって!」
「ぶっ」
「いいじゃないか、妻はタイプじゃないんだろう」
「意外と根に持ってたんだなソレ」


月人が震え始めた。何かの不具合かしら。私たちならインクルージョンの不調は光を浴びれば大丈夫なのに。エクメアはいつものよく分からない顔で隣の月人の肩を叩いて戻って行った。月人は手で顔を覆った。


「バルバタです」
「名前です。よろしくね」


月人──バルバタは、自分で自分の煙のような髪をかき回す。月人の髪は柔らかそうで面白い。そういえばカンゴームもエクメアの柔らかいところが好きだと言っていた。気になって、しゃがんでもらえるように頼んだらゆっくりと頭が目の前にやってきた。

手を伸ばす。触れる。宝石と違って、割れたり擦れたりすることもなく沈んだ。


「わぁ、本当に柔らかい」
「あのさ、そういうのはやる前に言ってくれない?」
「じゃあ、このままあれやっていい?」
「あれって、キス?」
「きす? ううん、割れそうなあれ」
「それは多分キスのことだよ」


なるほど。また新しいことを知った。


「じゃあ、あなたとキスしたいわ」
「予想外の破壊力」


距離をとられて手から煙が離れていく。「あっ」と声を上げると、遠くのバルバタの顔が結露していた。


「一度でいいの。ううん、気に入ったなら何度もしたいけれど、まずは一度」
「お友達からお願いします」
「友達になったらいいの? では、ツマは友達のことなのね!」


またバルバタが髪をかき回した。

それからバルバタとは時間が空いたらたまに会うようになった。バルバタは技術責任者で粉になったみんなを戻す研究をしているみたい。前にフォスが言っていた。それからカンゴームの勉強の先生。だから時間が空くことはそんなにない。でもエクメアは王子(というすごいモノ)なので、命令に従って私と会う時間は作らないといけない。と、料理をしながら教えてくれた。

そうなの、バルバタは『結婚式』の時に食べた光マカロンを作った月人だったの。


「美味しい! 初夏の青の森で白粉花の隙間から差す西日みたい!」
「料理に向いてそうだ」
「料理、私もできるの? したいわ!」
「俺の趣味に付き合わせるようなものだが、それでいいなら」


にっこり頷くと、砂浜に似た粉が入った器を渡される。それから言われるがまま作業を繰り返して、熱を加えるキカイでムクムクと膨らんでいくキジを眺めた。


「まだキスしてはダメなの?」
「キスってのは友達はしないモノなんだ」
「じゃあ友達をやめるわ」
「ひっでぇ。これでも君と料理する時間は気に入って、る……」


ゴンッ。

バルバタの顔が近くにある。服を引っ張って無理やり顔をこっちに寄せさせたから。口に口がくっついている。でも割れない。相手は柔らかい月人だ。まるで煙に頭を突っ込んでいるみたいに真っ白で、なのに触ってる感覚があるのが不思議だった。

気分がいい。

本当は誰かとこういうことをしたかった。できなかった。誰かと近付くと、割れてしまうのは私だから。顔をよく見てくっつきたかった。できないと諦めて、忘れて、私は今バルバタとキスをしている。

きっと、××××とキスしてもこんな良い気分にはならなかった。そう、確信している。


「ねぇ、舌を伸ばして。私の舌は伸びないの。これじゃあ口の中で内緒話ができないわ」
「エクメアあんにゃろう」


バルバタの顔はよく結露する。




企画へのご参加ありがとうございます! フォスと月に行く話でした。フォスの影が薄いのとジェードが可哀想で申し訳ないです。おっとりあらあらお姉さんだったのが月に行ったら何故なに幼女になってしまった主人公。バルバタは幼女に手を出した背徳でこれから結露しまくります。勝手にバルバタ夢にしてしまいましたが、楽しんでいただけたら幸いです。素敵なリクエストありがとうございました!

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