Act your age!!



私の家族。二年四組、入間名前。

パパ、ママ、お兄ちゃんと名前。私のお家は四人家族です。パパはお仕事が忙しくて大変そうですが、いつもお家に帰って来ると私の頭を撫でてくれます。ママはお料理が上手です。私がいい子にしているとグラタンを作ってくれます。お兄ちゃんは意地悪で私には分からない言葉をたくさん使ってきます。分からない、と言うと馬鹿にしてくるのでやっぱりお兄ちゃんは意地悪です。でもパパとママがいない時は私の手を引いて歩いてくれます。パピコも半分こしてくれます。ありがとうって言うとちょっとだけ笑ってくれるので、私はたくさんありがとうを言います。意地悪なお兄ちゃんでも私はお兄ちゃんのことが大好きです。パパもママもお兄ちゃんも大好きです。今度のお休みはパパとママがいます。パパとママとお兄ちゃんと私、みんなでお買い物に行くのが楽しみです。

楽しみで、ずっと、

大きな音がしました。パパが大きな声を出して、ママが私を引っ張りました。痛いです。ママ、痛い。どうしてお外で抱っこするの? パパはなんでどこかに行ったの? ママのお胸がドクドク言っています。ママの腕が離れません。何も見えません。熱い。何か濡れています。変なニオイがします。ママ、パパはどこに行ったの? ママ? ママ、お返事して。名前のこと嫌いになったの。頭がフワフワします。もう痛いのかも分かりません。ママ、寝ちゃったの? お外で寝るなんて変なの。じゃあ、私も寝てもいいかな。ママの手はもう痛くありませんでした。ママの手が背中から離れたから、もうお胸から離れても怒られないと思いました。だから、だから、ママのお顔を見たんです。見て、見、み、みみ、みみみっみ、みちゃ、ダ、ダダメめっめ、めめ目目っめめっめめめ──────────。

手が、動きません。何も、分かりません。私は迷子になってしまいました。パパも、ママも、きっとお仕事に行っちゃったんです。きっときっとここにいないんです。お兄ちゃん、お兄ちゃんどこ? 私の手を握って。どうして、手を、お兄ちゃん、手を引っ張って、パパとママのところに連れて行って、お兄ちゃん、お兄ちゃん、ねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。

たすけて、


「『ぉに……ゃ、』」
「名前ッ!」


パッ、と勝手に目が開いた。喉がカラカラで、熱くて、布団を被っているのに背筋から凍えるような寒気がする。冷や汗が止まらない。走り回った後の犬みたいに、呼吸の感覚が短くて……。

耳のすぐそばでアラームが鳴っている。男の人の必死な声。パパに似てる声。最後に聞いたのもこんな大きな声だった。手が震える。寒い。目が霞む。まるで、あの子の最後みたいな──ちがう、違うの。あの子は私だった。目覚めてから、初めて自分が“入間名前”なんだという自意識が芽生えた。

私は、十八年間眠り続けた可哀想な女の子だった。

幸せな家庭に生まれて、愛されて生きてきた七歳の女の子。それが交通事故で大怪我を負い、奇跡的に助かるも植物状態に陥り、年齢の倍以上を病院のベッドで眠って過ごした数奇な人生。可哀想だと同情したのは、私という二十五歳の成人女性が体を乗っ取ってしまった罪悪感があったからだ。

この子は現在二十五歳。発育が悪く十代に見えなくもないが、年齢は私と同じだ。そして私も、目覚める前に交通事故にあった記憶がある。何らかのオカルト的なアレコレでこの女の子の中に入ってしまったんだと、目覚めて二週間でそう結論付けた。きっとこの女の子の意識はこの体の中で眠ったままか、もしかしたら私の体に入っているかもしれない、と。いつ目覚めるかも分からない彼女を思い、そして妹が目覚めたと泣いて喜んでくれたこの子の兄に配慮する焦れったい日々を過ごしてきた。

それが間違いだと知ったのが、今。

思い出してしまった。思い出したくなんてなかった。

私はあの交通事故で死んで、幸せな家庭に生まれ落ちた。前世の何もかもを忘れて、普通の女の子として成長した。そしてまた交通事故に遭って、普通の女の子は壊れてしまった。


「名前、お医者さん呼んだぞ。もう少しだ、もう少し頑張ろうな」


私は──入間名前は、助けてくれなかった兄に絶望して死んだんだ。

床に膝をついて必死に私の手を握りしめる兄。あの日触れることができなかった手が、私に。……場違いだ、理不尽だと分かっている。当時十一歳の兄に何を求めているの。子供が子供を助けられるのはファンタジーの世界だ。逆恨みにも程がある。けれどあの日、手を握ってほしかった女の子は──絶望した私は、今触れている大きな手にどうしようもないほどの憤りを感じている。

なんで今なの!
どうしてあの時じゃないの!

両親の死に目に会ったばかりの七歳の女の子は、年相応に分別もなく泣いて叫んで愚図って……死んでいった。

そして“私”を思い出したんだ。


「過換気症候群、過呼吸ですね。強いストレスがかかると発作的に引き起こされてしまうのですが、何か強い恐怖を感じるようなお話をされましたか?」
「いえ、妹は眠っていて……急に目を覚ましたらさっきのように」
「なるほど、怖い夢でも見たのかもしれませんね。では、しばらくはICUに移して様子を見ましょう」
「よろしくお願いします」


こんなこと、兄には言えない。
知られてはいけない。


「兄ちゃんがついてるから、一緒に頑張ろうな」


記憶の中の兄は勉強ができるわりに悪ガキのように生意気でヤンチャな子供でした。お兄ちゃんぶるのを恥ずかしがって妹にちょっかいかけて、たまにぶっきらぼうに優しくする、可愛らしい男の子でした。

それがこんな、こんな風に世界に一つしかない宝物を触るように恐々と撫でてくる。仕立ての良いスーツを着て、髪を七三に整えて、眼鏡をかけて、美しい顔で儚く笑うこの兄を、私は知らない。

当然だ。時間は十八年も経っている。その間にあったことなんて私が知りようもない。しかも兄や医者は私に知らせまいとしているけれど、彼と私の両親はとっくに死んでいて、私たちはたった二人だけの家族になってしまった。お互いを唯一の肉親として寄り添い合うしかないんだ。

家族をもう離すまいと必死に捕まえることの、どこがおかしいと言うのか。

愛憎は紙一重。愛しいあまりに憎らしく、憎らしいあまりに愛しくなるのは当たり前なんだと、この時私は身をもって理解した。

この兄のために、私ができることはなんだろう。一度目の人生で人並みの幸せを得た私が、たった一度の人生で孤独の苦しみを知った兄にできることは。


「ぁ、ぃ……と」


昔のお兄ちゃんはありがとうを言うと照れ隠しにムッとした。それでもちょっとだけ隠しきれなくて口元をムズムズと緩めてしまう。今の兄もそれは同じで、違うのは眼鏡の奥の目が潤んでいるくらいだ。そんな兄を見て、私は静かに決意した。

兄が思う妹像を頑張って演じよう。


──あの日死んでしまった入間名前を、この世に生き返らせるんだ。



***



「がんばぇーキャワキュアー!」


すいません、ごめんなさい、申し訳ありません、全面的にこちらの落ち度です、馬鹿な私が悪うございました、許して、許して!

院内学級の子どもたちに囲まれて観るキャワキュアは圧巻だった。日常パートでは静かにきゃらきゃら笑っていた子たちが敵が放った怪獣ヤヴァタンの登場で悲鳴を上げ、駆けつけたキャワキュアの変身シーンで歓声、キャワキュアのピンチではもはやテレビの音量が聞こえないほどの大声援だ。この子たち本当に何らかの病気で入院してるのか? と言わんばかりのパワフルさ。テンションに食らいついていくだけで私は瀕死の重傷を負っていた。

この後ジャンプご長寿アニメを見て解散になる頃には私は無の境地に達していた。看護師さんが慌てて体調を聞いてくるくらいには。おかげで私はベッドの住人に返り咲く羽目になった。

ナメてた。小学生の真似、重労働だ。

なまじ入間名前が実年齢よりおっとりした喋り方でちょっと天然が入っていたものだから、ただの小学生を演じるより難しい。兄に倣って実年齢よりは頭が良い子だったが、それにしたって七歳児。あまり変なことも言えず、私はぼんやりとした不思議ちゃん扱いを受けつつある。それも事故で眠っていた後遺症として心配そうに見られてしまうとラッキーなのか否か素直に受け入れがたい。

そもそも、私が本格的に小学生のフリをするのはもっと先になるはずだった。

十八年という驚異の年数を寝て過ごしたこの体に筋肉はない。脂肪もなく、ほぼ骨と皮のような有様で声がまともに出るはずがない。ボディランゲージなんて以ての外。きっとリハビリは年単位になるだろう。その間に兄と交流して、もう化石のように風化しつつある七歳までの記憶をゆっくり思い出そうとしていた。

それが覆されたのが超科学的なびっくり装置。ヒプノシスマイクの存在だった。


「こんにちは、お嬢さん。調子はどうかな」
「こんにちは。ちょっと疲れたかも、です」
「そう。では今日はお話だけにしようか」
「はぁい」


私が目覚めてから二週間。つまり小学生になり切ろうと決めてからすぐに対面した彼。よその病院から出張して来ているらしい、神宮寺先生がマイクを白衣のポケットにしまい込んだ。……そう、マイク。お医者さんとマイク。チグハグすぎる。カンファレンスか発表で使ったのをそのまま持ってきた、とかの方がまだ分かるのに、それは治療のために使われる立派な医療器具だった。

ヒプノシスマイク。hypnosis催眠 microphoneマイクか。音を電気信号に変換し耳から脳へ伝導、自律神経に直接働きかける効果がある。特に歌で言葉を乗せて聞かせると効き目が桁違いなのだとか。音楽がセラピーに有効とは有名な話だ。神経に作用と聞けば人体に造詣が深い医者が持っているべき代物だと納得もする。この病院のお医者さんじゃなくわざわざよそから神宮寺先生が呼ばれているのも分かる。きっと先生は神経内科の偉い人で専門家だから使えているんだ。

先生は私の神経に筋肉を活性化させるように働きかけリハビリ効率を上げた、らしい。

そのおかげ様で私のリハビリは奇跡のようなスピードで進行した。具体的に言うと二週間で寝たきりから車椅子生活になる程度だ。エリクサーでも飲まされた方がまだ納得がいく回復スピード。なるほどなるほど。

私は近未来の日本に生まれたらしい。

それもそうだ。私の時代だって固定電話が廃れて携帯電話に移行、その後スマートフォンなどのタブレット端末が普及するまで二十年ほどだ。これくらいの超科学ならまだ受け入れられる。そうか、近未来か。私はタイムマシンなしで未来に来ちゃったのか、ははは。

頭が痛い。


「本当に疲れているみたいだね。私とお話するのもつらいかな?」


神宮寺先生が心配そうにこちらを伺ってくる。そうか、近未来の医者はこの長さの髪も白メッシュも許されるのか。自己表現の許容範囲が広がったのか。いいことだな。


「それとも、何か不安なことがあるのかな?」
「ふあん……」


病院の人たちは私の不安を取り除くことに細心の注意を払っている。一度怖い夢を見て過呼吸を起こした患者だ。一時期はICUに入って精神安定剤を飲んでいたくらいだ。また発作があったらと思うと心配なんだろう。


「お兄ちゃんと、上手におしゃべりできない、です」
「お兄さんと? それはまた、どうして?」
「わかんない」


分かってる。分かってるけど先生には言えない。誰にも言えない。

だって喋ったらボロが出そうで怖いなんて、言ったらそれこそ反応が怖い。

少なくとも一ヶ月は喉が動かないと思っていたんだ。それが一週間で普通に会話できるようになってしまって、シミュレーションが間に合わなかった。小学生ってどんな喋り方をするんだ? どれくらいの知識で、どれくらい受け答えがハッキリしているのか。親戚に小学生がいなかった私には想像力をフル活用しても難問だ。加えて演技までしなくちゃいけないなんて、あまりにも無理難題すぎる。

それでも、忙しい仕事の合間を縫って見舞いに来る兄と喋らない選択肢はない。前に汗だくになって面会時間ギリギリに来た時は思わず泣きたくなった。多分、もう会えないパパが深夜帰宅した時のことを思い出したんだと思う。


『お仕事がんばってゆね、お兄ちゃんえらいえらい』


まだ上手く動かせなかった手を精一杯伸ばすと、思いの外強い力で握られてびっくりした。空いている方の手で口元を抑えているのももっとびっくりした。まさか、泣いてる……? この人にこそ精神安定剤が必要なのではと、真剣に兄の健康が心配になった瞬間だった。

以降、兄は前以上に私に対して溺愛を強めた、気がする。なんとなくだけれど、可愛い妹から可愛い一人娘みたいな接し方に思える。二十五歳の娘を猫可愛がりはしないだろうが、それにしたって私に甘い。

そういえば、記憶の中のパパも同じような反応をしてたような。なるほど、そうだ。


「お兄ちゃん、パパみたいなの」


親子だから。それは似て然るべきだ。私は確か母親似のおっとり垂れ目だし、パパや兄のキリッとした目元は七歳の私にとって憧れだった。


「パパに似てゆの、ジッと見ちゃうの、です」


ところでなんで“る”を噛むと“ゆ”に聞こえるんだろう。これが不思議ちゃんだと思われてる原因だとしたら、もっと発音の練習に力を入れなければならない。


「お嬢さんはお父さんのことが大好きなんだね」
「ママもお兄ちゃんも、好きだよ?」
「それはそれは。とても素敵なことだ」
「普通だよ?」
「普通とは、とても素敵なことなんだよ」


サラッと含蓄のあることを言う先生だな。

小学生っぽくよく分からないフリをするのも骨が折れる。まだ舌の筋力が弱くて噛み噛みなせいか、舌足らずな演技はするまでもないのだけど。

先生はとても微笑ましいものを見る目で私を観察している。それは初対面の時の何を考えているのか分からないという第一印象を簡単に崩した。


「もう少し経過を見て、リハビリが順調に進んだら来月には退院できるよ。退院後は大好きなお兄さんとずっと一緒にいられるね」
「え"」


待ってくれ、来月までもう二週間を切ってないか?

約二十年寝たきりの人間が一ヶ月半でリハビリを終えて退院。近未来日本はサイエンス・フィクションの世界なのか。フィクションに見せかけたノンフィクションなのか。へぇー。


「あたまがいたい」
「それは大変だ。看護師さんを呼ぼう」


ナースコールついでに兄も呼ばれてしまった。

私は深く後悔した。もうこんな軽率な独り言はしない。これ以降は物静かな不思議ちゃんキャラとして頑張ゆ。噛んだ。



***



「名前、今日はお前に会わせたいヤツがいるんだ。挨拶、できるか?」
「うん、できゆ」


神宮寺先生へ。ら行がどうしても直りません。マイクでどうにかなりませんか。お返事お待ちしております。かしこ。

車椅子を卒業して何とか自力で歩く練習をしている今日この頃。神宮寺先生はお忙しいらしく最近会っていない。それでもリハビリは順調に進み、退院まであと一週間と迫った。そんなある日に、兄が人を連れてきた。


「はじめまして、いゅ、入間名前です。よろしくお願いします」


ベッドの上から失敬して。ペコリと頭を下げると兄からすかさずお褒めの言葉とともに頭を撫でられる。「偉いな、ちゃんと挨拶できて、名前はいい子だ」これは妹扱いより幼児扱いの方が近いのでは。私は小学生になりたいんだが。いや、なりたいわけじゃないが。でも撫でられるのは何だかんだ安心するので手のひらに頭を擦り付ける。兄が謎の咳払いをした。

それを引いた様子で見てくる知らない人。近未来要素の極致、色素欠乏症を彷彿とさせる髪色の人は、まさかの半袖シャツだった。この感じ、色がそれっぽいだけで本当に疾患を抱えているわけではないのだろう。

ぼんやりと見上げると、兄と同じようにキリッとした目が私を珍妙そうに見下ろしている。ここでやっと、遅ればせながら。見た目と釣り合っていない喋り方の人間が、他人からどう見られるのかを理解した。


「碧棺左馬刻。お前の兄貴のツレだ」
「つれ?」
「あーーー……オトモダチ、だ」
「おともだち」


困惑をそこかしこに滲ませながら、碧棺左馬刻さんはちゃんと会話してくれる。良い人なんだろうな。すごく仰々しい名前で、眉間にシワを寄せた顔は凶悪だけど、きっと兄と良い関係を築いているのだろう。

ところで碧棺左馬刻さんは兄とどんな関係なのだろうか。

兄は今日も変わらず仕立ての良いスーツを着て眼鏡に七三分け。子供の頃からヤンチャな割に勉強はできていたし、きっと良い大学に入って良い会社に就職できたのだろう。何せ二十代の若い身空で私をこんな良い病院に入れられるくらいだ。収入もかなりある、はず。流石に借金はしていないと思いたい。

そんな兄とラフな格好の碧棺左馬刻さんが並ぶと関係性がよく分からない。

二人の微妙な反応からしてお友達というのは正しくないだろう。考えうる可能性としては、大学の先輩後輩あたりだろうか。それにしては二人の間に上下関係はないように見える。むしろ碧棺左馬刻さんの方がちょっと偉そうなくらいだ。


「左馬刻にはお前の体を治すために神宮寺先生を紹介してもらったんだ。ちゃんとお礼、言えるか?」
「せんせぇを?」


嘘だろ医療関係者か。

失礼ながらどこからどう見てもチンピ……荒事が得意そうな見た目をしている彼が医者を紹介できる職業にはどうしても見えない。けれど世の中外見通りの人間なんてそうそういないのは確かで。


「あおひちゅ、つ、ぎさん」
「左馬刻でいい」
「しゃまっ、さ、さまときさん、せんせぇを紹介してくれて、ありがとうございました」
「おう。早く良くなって兄貴を安心させてやれよ」
「はぁい」
「ん」


ちょっと口元をムッとして、雑に私の頭をかき混ぜる彼は、少しだけ小学生の時の兄を思い出させた。


「おい左馬刻! 名前はまだ本調子じゃないんだぞ、もっと丁重に扱え!」
「あー? 嫉妬かシスコン兎」
「人のこと言えた義理か!」
「あ"ぁ!? 俺様はシスコンじゃねーよ!!」


軽口を叩き合う二人は確かにお友達のようで。私は何だか肩の力が抜けてしまった。

パパとママが死んで私が寝たきり起きない間にも、兄は一人じゃなかったんだ。兄にだって家族以外に大切な人間関係を築けるんだと、それがとても喜ばしいことのように思える。私の目覚めを孤独に待つ兄の姿を幻視してきたここ一ヶ月が全て杞憂であったことに、文字通り体が軽くなる心地だった。


「さまときさん、お兄ちゃんをよろしくお願いします」


一目見てヤクザっぽいと思ってしまってすいませんでした。



***



『兄ちゃん急用ができちまってな。次ここに来れるのが一週間くらい後になりそうなんだ。それまで良い子でリハビリ頑張れるか? お医者さんや看護師さんの言うこと聞けるな? そうか。名前はいい子だな』


と言って兄が見舞いに来なくなって三日。

妙に落ち着かない気分を解消させるために、私は貧乏性を押してお小遣いでテレビカードを買った。院内学級でアニメを見る以外で、目が覚めてから初めてテレビをつける。近未来ではどんな番組を放送しているのだろう、という好奇心と不安で胸が高鳴った。

薄型テレビが映像を映し出す。そこには女性だらけの観衆と、ステージに立つ男性六人の姿で────


「『Negotiation!! 投降しなさい瞳孔が開いたラップは所詮マスターベー***!』」


ベッドに卒倒した私に、近くを通りかかった看護師がナースコールを連打した。




直訳:年相応に振る舞え。
意訳:子供じゃないんだから!


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