グリッター1



前と今、二つ分の人生を合わたとしてもこんなに将来が不安になったことはない。


「改めまして、勘解由小路石榴と申します」
「山田一郎っす」


寝癖なのかワックスで遊ばせているのか分からない黒髪。色違いの目が写真と同じく威嚇するようにこっちを睨んでいる。

正直怖い。ヤンキーだ。綺麗な顔をしていてもヤンキーはヤンキーだ。前世も今もお目にかかったことがないヤンチャな人と小さなテーブルを挟んで向き合っている。申し訳程度に置かれたトールサイズのストロベリーフラペチーノとショートサイズのアイスコーヒー。緊張のあまり渇きそうになる喉をアイスコーヒーで潤す。すると相手もぎこちなく太い緑のストローを吸い始めた。

ちゅーーーー。
じゅーーーー。

…………き、気まずい。

イケブクロ・ディビジョンの某コーヒーショップ。奥まった二人席で未成年とデート。死ぬ。女であろうと社会的に死ぬ。いや、この場合女だからこそ死ぬのでは? 無理助けてお母さん。

その電話をもらったのは先週のこと。お母さんの秘書さんから休日の予定を聞かれ、正直に答えたらイケブクロ・ディビジョンでBuster Bros!!!の代表と顔合わせして来いと言われた。相変わらずの丁寧口調で下手に出た姿勢なのに有無も言わせぬ威圧感がある。癖でハイと頷いてしまったのが私の敗因だ。断れる自分を持っていたらそもそもこんな状況になっていない。

Buster Bros!!!というチームは個人的に一番会いたくないチームだった。他のチーム相手でも会いたくない気持ちは同じくらいあったけど、問題はこのチームの年齢層だ。上が十九歳、下が十四歳。私は二十二歳。武力放棄法案のH案が通っていたりヒプノシスマイクが世間で浸透していたり、前世と違うことはあっても都内の条例で変わっていないこともたくさんある。成人と未成年との淫行禁止条例も、もちろん。

待ち合わせ場所に着くまで頭の中で犯罪の二文字がグルグル回っていた。お母さん、もしもの時は一番いい弁護士を頼む。

待ち合わせ時間の五分前。デカいスカジャンを着こなしたデカい男の子は待ち合わせ場所で目立っていた。道行く人に手を振られていて人気者なのもよく分かる。本人はテンパっていたけど。

お互いぎこちなく挨拶して、どうにか未成年連れでも誤魔化せそうで、落ち着いて話せる場所を探して、目に付いたコーヒーショップに入った。カウンターで何がいいか聞いた時、秒で季節限定のフラペチーノを頼んで秒で取り消そうとしたのはビックリだったけど。なんだろう。甘い物好きなの隠しているのかな。年下の男の子のことなんて門外漢すぎる。何話していいかも分からない。同年代の男友達すら片手に満たない数なのに、年下って!

正直このアイスコーヒーを飲み終わったら早々にお別れしてしまいたい。でも帰ってからどんな相手だったか報告することを約束させられている。少しはお話しておかないといけない。でも、話題……お見合いで話題と言えば、


「あの、山田さん」
「あぁ?」
「ご趣味は?」
「ハア?」
「や、山田さんのこと、知りたいので。ご趣味を教えてください」
「……アニメとラノベ」


困った。絶対分からない話題だ。

前世のアニメならいくらか見ていたけど、今のと言われると困る。まったくチェックしていない。正確には今の両親がそういうことに理解がある人か伺っている内に大人になってしまったというか。辛うじて国民的なアニメなら分かるけど、そんな話をされても困るだろうし。うーん。


「あ、あれ!」
「んだよ」


この前見たばかりの映画の名前を何とか絞り出す。


「あの映画って原作はラノベらしいじゃないですか。山田さんが知っている作品ですか?」
「…………どうだった」
「はい?」
「面白かったかよ、その映画」


さらに怖い顔になってしまった。どうしよう。

話題を作るために頑張ってひねり出した渾身のネタが相手の地雷だった場合。正直言うとあんまり面白くなかったんだけど、これ、嘘ついてもダメな空気では? 早く答えろって目が怖すぎる。うーん。


「さ、最初は面白かったんですけど、その、後半に行くにつれ恋愛色が強くなって、最終的に最初の主人公の目的がどっかにいってしまったのは、ちょっとしっくり来ませんでした」


五枚オブラートを剥ぐと『そんなに恋愛映画にしたいなら原作使わずオリジナル映画にした方がよかったのでは?』だ。

山田さんは眉間に思いっきりシワを寄せて震えている。怖い。好きな作品だったのだろうか。でも苦し紛れについた嘘は後々の会話が苦しくなるし、山田さんはそういうの嫌いそうだ。ビクビクしつつ相手の出方を伺っていると、大きな音を立てて山田さんがテーブルを拳で叩いた。


「わっっっっかってんじゃねーか!!」
「ひっ」
「そうなんだよ! あのクソ実写は神原作をコケにしてくれやがったよォ! なーにキスまで進めてんだよ! 五年続いた原作でつい最近やっとハグまで行った二人を出会ってたった一ケ月でキスまで進めやがって! そんじょそこらのゲロ甘恋愛モノとはわけがちげェんだよあのクソ監督がァ!」
「ひっ」


声でっかい。

色違いの綺麗な目をキラキラ輝かせて実写disと原作の素晴らしさを語りだした山田さん。何度目かの落ち着いてのハンドサインでようやく大きい声を出していたことに気付いたのか、バツが悪そうに、でもちょっとだけ顔を赤らめて口を閉じた。あ、この顔は可愛い。山田さんを今日初めてちゃんと直視できた気がした。


「……なにヘラヘラしてんだテメェ」
「す、すいません。つい」


思わずニッコリしてしまった私に対して、山田さんは眉を吊り上げた。それでも本気で怒りきれていない感じがまた可愛らしい。


「原作、面白そうですね。読んでみたくなりました」
「ッッッだっろォ!!」
「山田さん声、声」


それから二時間ほど原作の素晴らしさに加え、おすすめのラノベ、今期の覇権アニメの話になり、意外と楽しい時間を過ごせた。


「今度いくつか俺のイチオシ貸してやるよ!」
「あ、教えてもらうだけでいいですよ。自分で買いますので」
「いいっていいって! 試し読みなら貸した方が早ェだろ!」
「それもそうですね。ありがとうございます山田さん」
「おう!」


待ち合わせの時とは全然違う、ハツラツとした気取らない笑顔がとても眩しい。体も顔立ちも大人っぽいのに、こういうところで未成年なんだなあと改めて思う。まだちょっと怖いと感じるところもあるけど、怖いだけじゃないことを知ると微笑ましい気持ちも増してくる。そういえば今も昔も親戚の中で私が一番年下だった。自分より年下の子に弱いのかもしれない。

自分の新しい一面に内心驚いていると、さっきとは打って変わって気まずそうな山田さんが口をもごもごさせた。


「おい、」
「は、はい」
「に……お、俺のこと、好きなのか?」
「え、なんで?」
「ハア? なんでだァ!?」


ガタガタガタッと。椅子を蹴とばす勢いで立ち上がった山田さん。やめてやめて落ち着いてまた目立ってしまう。


「てめ、にぃ、お、俺が好きだから見合いなんて面倒くせぇ手使ったんじゃねェのかよ!?」
「そ、その節は大変、大変ご迷惑をおかけひました……」
「ああ!?」


噛んだ。


「いろいろとありまして……このお見合いに関しては山田さんの拒否権はちゃんとありますので、強制とかないので。これ以上面倒なことはないので」
「いろいろってなんだよ! 答えになってねぇだろーが!」
「ひっ、えっと、すいません!」
「すいませんじゃねぇ!」


可愛いと思っていた気持ちが向こうにすっ飛んだ。やっぱりヤンキー怖い。ドスの効かせ方が違う。もしくは、これがラッパーの本気ってやつなのか。

上から押すように怒鳴られてちょっとずつ心が死んでいく。今打たれ弱さを発揮する時じゃないっていうのに。


「わ、分かりません……」
「分かりませんだァ?」
「会うように言われて来たので、なんで山田さんとお見合いすることになったのか理由が分かりません」
「分からないのに初対面の男に会いに行くのかよ」
「言われたので」
「テメェは言われたらなんでもするのか?」
「変なことじゃなかったら?」
「変なことになってるじゃねーか」
「山田さんとお話することが変なことなんですか?」


山田さんが何か言おうとして、何て言えばいいか分からないというように舌打ちした。年季が入りすぎた舌打ちだった。若い身空で舌打ちのプロとは恐れ入る。

未成年の男の子を怒らせた時の対処法が分からないし、ビビっている時点で大人の威厳はゼロだ。なんて声をかければいいかも分からずオロオロしているとずずずずーーっとフラペチーノを一気にすする音が目の前で響いた。私もつられて手元のアイスコーヒーをストローですする。喉が渇いていたからか、ストローはすぐに底の氷を吸い始めた。


「飲み終わったな。行くぞ」
「え、どこに」
「メイト」


え、ええ?

有無を言わせず腕を掴まれて店を出る。恐らくこの世界でも大規模であろうオタクショップの自動ドアを潜るまでその腕は離されることはなかった。

そして入口付近で放置されて十分ほど。戻ってきた山田さんの手には青いビニール袋。「ん」と突き出されたそれを恐る恐る受け取り、促されるままに中身を覗く。例のつまらなかった実写映画の原作のラノベだった。


「さっきの分、返す」


さっきの分って、フラペチーノ代のこと?


「ごちそうしたつもりだったんですが」
「いいからもらっとけ。そんで読め」
「でも、」
「誰かの言いなりのくせに俺の言うことはダメなのかよ」
「それは、」


親と初対面の男の子を比べるのもおかしいでしょう。

言い返すのも野暮な気がして感謝と共に受け取った。怖いのに根の優しさが隠し切れないところが、やっぱり可愛く思えたし。


「か、」
「か?」
「かげゆ、かげっ、かでゆ?」
「言いづらかったら石榴でいいですよ」
「じゃあ、石榴」
「は、はい」


まさか呼び捨てとは。完璧に下に見られてしまっている。それはそれで楽なのも知っているけど。


「敬語、年下相手に使うなよ。うぜえから」
「年は関係なく、初対面は敬語って決めてるんです」
「じゃあ、次会う時はやめろ」
「次? 会うんですか?」
「ハア!?」
「すいません会います」
「うっし」


約束だからな。絶対だからな。

怖いくらいに念押しして、私が頷いたのを確認してから、山田さんはものすごい勢いで走っていってしまった。あまりの速さで私の髪が靡いたくらいだ。

お、終わった……なんとか乗り切った……未成年とのお見合い……お見合いというかデート? でも秘書さん的には中王区でのバトル前にチームごとに最低一人と顔合わせすればお見合いしたことにするみたいだし。まあ、最低一度会えばお母さんもなんとか言いくるめられるでしょう。

何とはなしに青い袋を開いてラノベを取り出す。取り出すまでよく見えなかったけど、ラノベに巻かれた透明な保護フィルムにレシートが挟まっていた。裏には急いで書いたのか、ギリギリ読み取れるアルファベットの羅列。多分、ラインのIDかな。

……mcmbjiro、うん。


「やっぱりあれ、山田二郎だよね……」


なんでお兄さんのフリしてたんだろう。



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