あとのぶた



ぼくはぶた、ぶた、ぶた、ぶた〜。

……歌って誤魔化したい場面に初めて出くわしましたわ。

悪ふざけの代償で土下寝することになった私ことアマンダこと元人間。それを囲むように座って見下ろす人間ど、……失敬、十四と獄さんと知らない少年。


「輪廻転生、業、地獄、極楽浄土」


赤髪にピアスだらけの耳というお近付きになりたくないタイプの派手な少年が指折り数える。その指にすらゴツいシルバーのリングが並んでて、ぬいぐるみに表情筋がないのをいいことにひぇぇという顔をした。


「仏教と死は切っても切り離せねぇが、教えってのは生きてる人間のためにあるもんだ。葬式、法事、墓参り。生きてるヤツが死んだヤツのためにできることをするっつー心の整理の面もある」
「何の話だ。俺はお前に説法を頼んだ覚えはないんだが」
「だぁからお祓いは専門外なんだよ! 拙僧は死んだ後の人間のことなんざ知らねぇ!」
「ハァ、役立たずの坊主未満」
「文句あんなら金で解決してみせろや怖がり弁護士!」
「テメェも怖がってんじゃねぇか!」
「怖くねぇし! ワケ分からんだけだわ!」
『あのー、喧嘩は良くないです、よー』


ぴたっ。本当にそういう効果音が聞こえそうなほど口論が綺麗に止まった。

見たくない、けど見なければいけない。そういう葛藤を感じる動きで私を見下ろした二人。途端にはぁぁぁぁ、と揃って深い溜息を吐いた。仲良しですねお二人さん。


「ぬいぐるみがしゃべっとる」
「俺もそう思う」
「やっぱ悪霊の類だよな」
「俺もそう思う」


獄さん同じこと繰り返してない?

ちょっと悪霊の自覚がある私でもなんともフォローできないテンションで困ってしまう。そこですかさず見慣れた手が私を攫って二人の前にデデンと掲げた。

生まれたてのシンバ、再び。


「アマンダは悪霊じゃないッス。優しくて強くてちょっと意地悪な可愛い妖精さんなんスよ」
『いや、妖精じゃないけど』


衝撃の事実。十四は私を妖精だと思っていた。嘘だろ、どこの世界にこんなやさぐれた妖精がいるんだ。

思わずピンク色の手をフリフリすると少なからずショックを受けた顔が私を見下ろしていた。サンタの正体が親だとバラされた時と同じ顔だ。また幼気な子供の夢を壊してしまった。いや、十四はもう子供じゃないんだけど。


「おい十四、本人が否定してるぞ」
「じゃあなんだ、万歩譲って付喪神か?」
『ないですないです普通の幽霊です』
「やっぱ悪霊じゃねぇか!」


振り出しに戻った!

そろそろこの不毛なやりとりどうにかならんかな、と思っていると、「いいか十四」ズビシッと指をこちらに、正確には私の後ろの十四に向ける赤髪ヤンキー。もといクーコーくん


「そこら辺に浮いてるかもしれねーのなら怖かねぇ。死んだのに気付いてない夢見心地の徘徊じじいみたいなもんだ。だが、物や場所に執着してるのはダメだ。ヤバい。死んでる自覚があるクセに“やってやるぜ”って気概が空回りまくってやがる」
「普通に詳しいな、専門外じゃなかったのか?」
「知り合いの受け売りだっつーの。んで十四、拙僧が言いたいこと、分かるか?」


そう言って十四をジッと見つめるクーコーくんは、さっきまで騒がしかったのが嘘のように真剣な顔をしている。なんというか、見た目は怖いけど、十四を本気で心配しているのが分かった。

けれど、


「アマンダは特別なぬいぐるみってことッスね! 分かりました!」


そこで天然を炸裂するのが十四クオリティーなんですよー。たはー。


「何が分かったんだちゃんと説明しろよア"ァ"?」
「馬鹿ガキ……」
「ふぇっ」


うちの子が、うちの子がすいませんね……。

ぽん、と腹を持っている手を腕で叩くと「アマンダ〜〜」と謎の泣きつきを受けました。背中はやめて、やっと乾いたのに!


「もう泣かねぇって誓いは嘘か?」
「うっ、うそじゃ、ないっす」


鼻すすっとりますぜお兄さん。でも我慢する気概は見えたので本気で泣かないつもりではあるらしい。せ、成長してる……! 寺修行すごっ! キラキラと尊敬の目でクーコーくんを見上げると嫌そうに距離を取られた。傷付くぅ。


『というか、私が本当に悪霊だった場合どうするんです? 燃やす? お焚き上げ? それ提案して十四泣かせたことあるんですけど』
「悪霊の自覚あるんか?」
『そりゃ動いてしゃべれるぬいぐるみってそういうフェティッシュでは?』
「アマンダ、フェティッシュってなぁに?」
『呪いに使ったり使われたりするヤツ』
「アマンダ呪われてるの!?」
『さあ?』
「十四! 気が抜けるから黙ってろ!」
「えぇ!?」


ごめんね獄さん。マイペースなのが十四の長所なので。

あーだこーだ言っても話はまとまらず、結局私はクーコーくん預かりになった。

えっ、なんで?



***



「いやだ! 自分昨日一人で寝たんスよ!? 寝不足なのに今日も寝れない!」


案の定ごねごねの十四と『寝てないの? 寝不足かの!?』でアワアワした私。それすら押し切られて、妥協案として十四がクーコーくんのお家に泊まることになった。あと獄さんも。


「はぁ? なんで俺まで」
「拙僧らはディビジョンバトルに出るんだぜ。話すことはいくらでもあるだろ」
「お、お泊まり会! 中学以来ッス!」
「遊びじゃないんだぞ。ったく」


そんなこと言ってぇ〜仲間はずれじゃないと分かってホッとしてるんでしょ〜もぉ〜獄さんったら〜。

という生温いぶたの視線を敏感にキャッチして後ずさる三十五歳。おうおう絵面が酷いぞ大丈夫か。

……っていうか。


『でべじょんばとるとな』
「爺婆みてぇな発音」


なるほどね、完全に理解した。

……じゃねーんだわ。あーーーー!! そういえばそうだった! ここ飴村のラムラムがいるんじゃん! つーことはアレよ。どんくらい前だか知らないけど確実にTDDが活動していたわけで、TDDがあるってことは、えっ、つまり?


『山田一郎が実在してる……?』
「お前は一郎をなんだと思ってたんだ」
『二次元存在』


アマンダ、床に膝(下半身)をつく。

嘘だろ。山田が同じ次元に生きてるのか? 二次元でも三次元でも俺は俺だから? えー?


『死んじゃう』
「とっくに死んでんだろ、ぶた」
『そりゃそうですけど』


「おい空却、悪霊相手にあんまズカズカ行くな。あとが怖いだろ」小声でも聞こえてるよ獄さん。アマンダにそんなぱぅわーはないよ安心して。

ていうか山田の長男が実在するとかアレでしょ。今現在イケブクロ・ディビジョンで「ちわー! 萬屋ヤマダっす! 今日はどんなご依頼で?」とかあの漢気と爽やかと色気がいい塩梅に調和した笑顔で仕事してるんでしょ。同じ次元に山田がいるの? 次男三男に可愛く取り合われてゲンコツ落とす長男が? そのあと弟たちの頭撫でて「喧嘩はすんなよ、兄弟仲良く! な?」て優しく諭す兄ちゃんが? 新幹線一本で会いに行ける距離に?


「アマンダ、その山田一郎って人のこと応援するの? 自分のことは応援してくれないの?」


……どこまで考えたっけ。

あーっと。山田に意識が持ってかれてる間にうるうる青い目がアマンダの頭上で表面張力。ぬ、濡れたくない。でも避けるのもなんか罪悪感。しぶしぶ両腕を広げてカモーンすると情けない美顔が腹にドーン。うおっ。


『おお十四よ、泣いてしまうとは何事じゃ』
「泣いてないッス、まだ」
『確かに腹は濡れてない』
「妙に手慣れてやがるな」
『泣きたい時は泣いてすっきりするのが一番ですよ。いつものことですし』
「いつものこと、ねぇ?」


……………………。


「コイツの泣き虫テメェのせいか! ぶたァ!」


えっ、さっきぶた呼びはヤバいって言ってた人ですよね? 「テメェも離れろ!」「あたっ」獄さんに十四の頭ついでにぶたの頭も叩かれて視界が揺れた。はぁ? この中に詰まってるのが綿じゃなきゃ脳しんとうだぞ分かってんのか。

仲良く揃って頭を抑えるハメになった私と十四。そして額に手を添える獄さん。これはぬいぐるみにマジギレする大人の図に自己嫌悪してる顔。分かる分かるよ君の気持ち。


「ぶたに同情されるのが一番受け入れられん」


なんでやぶただって生きてんだぞ。あっ、私はどっちかってーと死んでるけどね? あれ、どうだっけ。

またまた不毛なやり取りが続きかけたものの、結局獄さんは仕事が残っているからと夜に出直すことになり、十四は濡れた体をどうにかするためお風呂を借りに行ってしまった。

残される私とクーコーくん。


「ぶた」
『はい』


その呼び方固定なのね。


「テメェが死人だって自覚はあっか」
『あんまり』
「やべぇじゃん」
『その自覚もあんまり』


疲れたような呆れたような溜息をいただきました。うーんどっちもかな。


『もう十年経つし』
「そういや小坊の時からの付き合いっつってたな」
『ハァイ、じゅーしの一言で笑いを取れてた時代です』
「なんだそりゃ」
『ぶたジョーク』
「お前、ぶたを自称すんのやめろよ」
『なにゆえ』
「戻れなくなるぞ」


胡坐をかいて膝に頬杖をつくクーコーくん。お寺のお堂が背景にあるもんで、なんかそういう像のような謎の神聖さを感じてしまった。赤髪ピアスのおっかない見た目なのにね。さっき十四に泣くなと言った時と同じ真顔だったのもあるかもしれない。


『クーコーくんは優しいねぇ』
「は?」
『悪霊相手にも心配してくれるんだ』
「そりゃするだろ。拙僧はこれでも坊主だもんでな。霊魂が成仏しきれねぇままぬいぐるみに押し込まれるなんざどんな仏罰かと」
『これ罰なの?』


ニヤリと笑ったクーコーくん。薄い唇の下から鋭い八重歯が現れて無い心臓がドキッと跳ねた。ガチの肉食獣じゃん。それで僧侶は無理があるでしょ。


「おみゃー、どんな悪いことしたんだ?」
『してねーわ普通に飯食って寝て働いて寝てたわ』
「なんもしてねーのに十年ぬいぐるみはさすがにねーわ」
『あったからこうなってるんですぅ』
「本当かねェ」
『うわぁんクーコーくんがひどい』


今日は十四が乗り移ったのかってくらい泣きつきたいことが多いな。気軽に我口調したツケかなんか?


「真面目な話。いつまで十四のとこにいる気なんだ」
『その心は』
「寄っかかり過ぎだ。いつか共倒れになるのは目に見えてる」
『なるほど』


それは、なんとなく感じていたことだ。


『十四がいじめられてたのは、』
「知ってる」
『、よねぇ。その話するなんて信用されてるね』


一日でコレってすごいな。思ってた以上に十四の信頼を獲得したか、もしくは獄さんが教えたのか。あの人変なところで潔癖っぽいし。獄さんが許してるなら、やっぱり人となりがしっかりした子なんだろうな。


『十四はね、前は人に泣き顔を見せない子だったんだ』


自分の部屋でだけ泣いて、外では泣かないよう我慢してた。それが今みたいになったのは、


『私が切り刻まれてからだよ』


まっさらなピンク色の腕をクーコーくんに掲げて見せる。

遅くとも中学生では卒業してくれると思っていた予想は、高校中退してバンドマンになった今もその兆しは見えない。経年劣化で壊れたりなんだりしたらぬいぐるみ離れしてくれると思ってたんだけど、こうして新調されちゃったし、なんか新しいトラウマを作っちゃったし。もう少しくらいそばにいて責任取りたいなぁ。

せめて成人までは。


「そんで、十四が一人立ちしたらテメェは成仏すんのか」
『成仏ってどうすればできるの?』
「わぁーった。拙僧が経読んでやる」
『お焚き上げもお願いしたく』
「燃やすのは嫌なんじゃなかったか」
『問答無用が嫌なの。クーコーくんには我が特別に許可してしんぜよう』
「へいへい」

『だからよろしくね、クーコーくん』


ディビジョンバトルは成長の兆しだ。少年は成長し大人は自分を見つめなおす。そういう物語だったはずだ。なら、きっとバトルを通して十四も変わっていく。成長、してくれると信じている。

その先で、ぶたのアマンダの役目も終わるだろう。

結局、生きてる人間には生きてる人間が必要なんだ。たとえば、今日会ったばかりの幽霊の話を真剣に聞いてくれるお坊さんとか。


「自殺志願者かよ」
『もう死んでるって』
「…………」


え、そこで黙られると困るんですけど。

急にムッと口を噤んで見下ろしてくる金色の目。金色! 黙るとまた迫力がすごくてすごくて。お坊さんというか仁王像だ。拝まれる側だろこれ。


「人はいつか死ぬ」


そんなド迫力でサラッとこんなこと言っちゃうんだもんな。アマンダ怖いよ。最近の若者はアウトローで。いやヒプマイの人間だいたいアウトローだな。濡れ衣着せてごめんな最近の若者。

おもむろに、ゆっくりと、真っ黒いマニキュアできめっきめな指がぬいぐるみの腹をつく。ちょうど胸のあたりを狙って、私が倒れないように優しく。指して、触れた。


「だからといって今が無意味なわけではない。無意味にするのはお前自身だ」
『ほう?』
「いつかお払い箱になるだけで、今はまだそうじゃねぇだろ」


ひゃはっ。特徴的な笑い声。静かな無表情がついさっきまでの悪餓鬼に作り替わった。



「死んでるなりに今を生きろってんだ」



……なんだそりゃ。


『むっちゃくちゃぁ〜』


ぬいぐるみじゃなきゃ思わず笑っていたんだろうなぁ。そういうパワーがある子だわ。ええ、どうやったらこんな子に育つの。早めに私にも教えてほしかった。


『尊敬しちゃうわぁ』
「おう、いくらでも崇め奉れ」
『いや、クーコーくんの親御さんを』
「はぁ!? そこは拙僧一択だろ!!」
『むしろそっちが親を敬えよ、先祖崇拝は仏教に通じるでしょ』
「生きてる内は関係ねーよ!!」
『ひどっ』
「あー!! 二人だけで何話してたんすか!? 自分を仲間外れにしないでください!!」


そうやってガミガミ軽口を叩き合ってると、お風呂から帰ってきた十四が割って入ってきた。って、髪まだ濡れてるじゃん! 風邪引くから風呂借りたのに意味ないよ!

タオルを手に取り届く範囲で拭き拭き。その間やっぱり十四の「ズルい」コールが続いてクーコーくんがキレた。


「ズルかねぇわ! 誰がよろしくするかよこんなぶたと!」
『えー仲良くしようよー』
「だぁああ!! まとわりつくんじゃねぇ!!」


素直じゃないなぁ、まったく。

それから、叩き上げと称して十四とクーコーくんは座禅なりなんなりをして日中を過ごした。その間眺めているだけの私の頭には、哲学的なあれそれでいっぱいだ。

他人事にしない。
人間の自覚を持つ。

十四の涙を見て決意したものの、ぶたのぬいぐるみが喋れる相手は十四(と獄さんとクーコーくん)しかいない。だってぬいぐるみ。人間の記憶があるだけで、生きてるのかも分からない。それでも生きろと言ってくれたクーコーくんは、何を思ってその言葉をかけたんだろう。

年下の子の言葉が布と綿とフェルト生地のこの身には重く、その分キラキラと輝いて感じた。御霊、とか。ちゃんと人間扱いしてくれてるのが分かりやすかったからかもしれない。……嬉しい、と感じたのかも。

嬉しい。嬉しい。嬉しい。


『きゃー』


思わずその場で転がってしまうくらい。それだけ受け止めきれない感情だった。思いが重い。いや、ダジャレではなく、ガチめにぬいぐるみの身に余る。コロコロコロコロ。『へぶっ』転がりまくって柱に激突。痛くないけど心が痛い。そう、心。私って生きてるもんだから心があるわけですよ。ぬいぐるみにも心があるんです。うぇへへへ。


「アマンダが壊れた……」
「やっぱ燃やしとくか」


喜ぶ人権くらいくださいよ。

妙に仲良くなった二人が喧嘩……喧嘩? 十四ちょいちょい怯えてるな? まあ嫌がってないから多分喧嘩だ。ああ言えばこう言うみたいな会話を続けて、もう夜。

二人して布団を並べて修学旅行みたいな感じになったら、疲れていたのか十四はソッコーで寝落ちた。そんでもってクーコーくんも早寝だからさっさとイビキをかきはじめる。

十四以外の人がいる空間で過ごす夜。新鮮だなぁ。

寝ている十四の横で、蹴飛ばされたお布団をどうにかこうにか元に戻そうとして、そして、


『ん?』


すぅ、と。体が軽くなった、気がした。



***



夢を見た。



***



翌朝。結局、十四とクーコーくんが寝てから到着したらしい獄さんが、目の下にクマをこさえて私を指差す。


「十四、コイツ……女だったのか?」


私のこと男だと思ってたの獄さん。

というかアマンダってめっちゃ女性名じゃん。それともどっかの国だと男性にも一般的だったりする? えーアマンダ分かんない。


「そうっスよ。アマンダはたまにぬいぐるみから飛び出して女の人になるんス!」


そうそう、この矮小な体から飛び出して普通の女の人に……、

おんなの、ひと……、

……………………人????

ふわんふわんふわんぶたぶた〜。

思い出す昨夜の夢。明らかに十四を見下ろす目線。忘れていた感覚は、普通に生きてた時の体から見た景色に近い、ような? ぬいぐるみは夢とか見ないし、この十年見たことないから意識バグってたんじゃないかなぁとなかったことにした、のに。


「夜だけの激レアなんスよ! あのアマンダに会えるなんて、獄さんはラッキーっスね!」


ぶたのぬいぐるみ、人間の姿になれるってよ。


『…………マ?』



結局ホラーじゃん!






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