断れって言ったでしょ馬鹿なの?



乱数との通話を打ち切って一息。眉間に思いっきり寄っているシワを揉みながら、昨日から持て余している“私”の悩みについて考える。

前世の私からすれば、この世界の私は微妙な立ち位置にいる。

もともと私自身が女尊男卑社会を渡り歩く女……左馬刻サマが言うところの“クソ女”中の“クソ女”だ。そこからプラスして、あの女尊男卑のシンボルマーク的な存在である勘解由小路無花果と知り合いな時点で『ちょっおまっ』だし、あのお姉さんを転がすことにかけては一流のプロである飴村乱数に嫌われてるのもレアすぎる。レアすぎてビビる。

その二つだけでもトッピング過多でお腹いっぱいなのにね。どんなことやったらこんな星の下に生まれるのか、さらにさらにヤバめな事実として、私はあの神宮寺寂雷の、

────コンコン

思考がノックで遮られる。ハッとして顔を上げると、思ったところからもう一度控えめなノックが聞こえてきた。

スマホをジャケットに仕舞ってから玄関脇の扉を開ける。


「どうした」
「あの、食事のことなんですけど」
「食事?」
「せっかくキッチンがあるなら料理をしようと……食材を注文する時に、届け先をどこにするか、分からなかったので。それで、その……私が直接フロントや外部と連絡を取るのはまずいですよね?」
「ふむ」


私の推し頭いいし家庭的だし頭いい(強調)な??????

なーにが『ふむ』じゃ。気付けよ。中王区からの電話で男が出たら怪しまれるだろうが。『私頭良い(自画自賛)』とか感動しとる場合かーッ!


「そうだな、届け先は私の部屋番号で頼む。直接電話する必要がある場合は私が対応しよう。通販サイトで注文した品はフロントに届くから、その都度私が回収する形を取る」


電話横のメモ帳を発見。備え付けのボールペンでサラサラとホテルの名前と私の部屋番号を書いて渡す。遠慮がちな指先が端っこの方を摘んだ。


「でも……それでは、あなたの負担が大きいのでは」
「こちらの怠慢がそちらに不便を強いているのだから、これくらいはやらせてほしい。私の向こう一ヶ月の仕事は君の小間使いだからな」
「……恐れ入ります」
「いや、気にするな」


硬いホストモードだと言葉遣いが独歩に似るんだねえ、さすが幼馴染みだねえ。うんうん。

……分かってる、できるだけ私と喋りたくなかったのに喋らないといけない状況になってツラいんでしょ。分かるよ、私もツラい。

そもそも二次元の推しと同じ時空で会って話すなんて想定、今まで微塵もしていなかった。これからだってきっとずっとなかったはずなのに。生まれ変わったと思い出した瞬間にポンと目の前に生身の推しを置かれて、私はどう接すればいいの。一晩経ってもまだ悩んでいる。正直この“私”の悩みよりこっちが優先だ。

できる限り快適に一ヶ月過ごしてもらいたい。そのためにはどうするべきか。

うーん、うーん……。


「あの、」


うん、やっぱ。


「現ナマかな……」
「えっ!?」


世の中金よ金、という結論が口から出ていった。しかも変なタイミングで。私は恥をマニキュアか何かと勘違いしてるのかな? 何度も重ねていいもんじゃないぞ?

ちょっとだけ高くなった体温に気付かないふりをして真顔をキープ。


「失礼。他に何か質問が?」
「え、ええ、質問というか、良ければなんですが」


戸惑い半端ない一二三が恐る恐るこっちを見てる。可愛い。分かる。推しは怯えていても可愛い。分かる。生身だって推しは推しだ。ちょー分かる。推しは推しである時点でファンを幸せにしているので最高。げきげき分かる。

そんな可愛い推しが意を決したように言ったのが以下のセリフであった。


「一緒に食事しませんか?」
「…………………………?」


おっデートのお誘いかな? お家デート? 今ならホテルデート一択だね?

……ぱーどぅん?


「危ないところを助けていただいて、こうして手厚く保護していただいてる方に、私は今、何も返せない。あなたに報いられていないことがひどく辛いのです。け、決して! 無理にお誘いはしません! ただ、私に今できるのは料理を振る舞うくらいかと、考えました」
「……………………なるほど」


天使かな????

シンジュク・ディビジョンからお越しの伊弉冉一二三くん二十九歳職業ホスト属性天使かな??????

ええ〜〜食べたい〜〜伊弉冉一二三くん二十九歳職業ホスト属性天使の手料理食べたい〜〜〜〜食べたいよママ〜〜〜〜〜……ステイ! 五歳児ステイ!

咳払いをしつつ頭の中を一旦フラットに戻す。すーはー。よし戻った。

私の願望は横に置いておいて、冷静に考えなくてもこれ、一二三無理してるでしょ。自分が知らないヤツにまたいつ拐われるかも分からないこの状況で女と食事なんかしたいと思う? 思わないっしょ普通。適当にデリバリー頼んで一ヶ月部屋に籠城を選びそうじゃない?

でもさっきの一二三の言葉は本心だ。ストーカー事件でのストーカーに対する向き合い方といい、助けてくれた先生に律儀に店に誘ったことといい、他人からの気持ちには必ず報いないといけないと思っている。

たとえ個人的には会いたくない相手だろうと受けた恩はきっちり返さないと気が済まない。それが私のようなおっかない女相手でも。ぐう聖。さすが推し。さす推し。

かと言って、昨日の今日のストレスに晒され続けた状態のままさらに恩を返させるなんてストレスフルなことはさせられない。せめてもっと私に慣れた頃、例えば一週間とか二週間後にするべきで、今は時期尚早に過ぎる。

だから私はNOを突き付けなければいけない。

推しの気持ちは嬉しい。ちょーハッピー。最高優勝あんたが大将。だけど推しの安寧のためなら、たとえ一時推しを傷付けることになったとしても断らなければならない。

大丈夫。『ふざけてるのか貴様』とか『馬鹿か貴様』とか酷いこと普通に言えたじゃん。『結構です』くらい余裕っしょ。いけるいける。



***



「いただきます」


断れって言ったでしょ馬鹿なの?????

美味しそうな湯気を立てるレタス炒飯とわかめスープに両手を手を合わせる。推しの手料理という悪魔の囁きに私は勝てなかった……五歳児さん大勝利ですおめでとうございます……!

それにしてもすごいよ、主食と肉と野菜とミネラルと汁物が完璧に抑えられているよ。なんなの、どこまで完璧なの。神は伊弉冉一二三を心身共に端正込めて作りたもうたの。そりゃ女性恐怖症という試練くらい与えないと釣り合い取れないわ。いや、釣り合い取るためにそんな苦しみ与えるなって話だけど。

キッチン付きというだけあって利用者が長期滞在することを視野に置いているらしいこの部屋。フライパンやら鍋やら調理器具が揃ってるのはもちろん、電子レンジに炊飯器、なんとオーブンまで付いていた。食器類もちゃんと一家族分くらいある。やっぱ女しか泊まらないから料理する前提なのかもしれない。金持ちほど食事に拘ってむしろ自作するとは良く聞くからね。あと健康志向とか、ビーガンとか、宗教上の理由とか、世の中にはいろいろな人がいるし。

さすがに炒飯皿や蓮華はなかったので、平皿に盛られた金色のお米たちをそっとスプーンで掬い上げる。黄色じゃないんだよ、金色なんだよ。推しの手料理が輝かないわけない。当たり前だよなあ?

口紅に付かないように慎重に口の中にスプーンを差し込む。舌の上に米が乗っかる。スプーンを抜く。そして、米を、噛むッ!


「(うっっっっっっま)」


私の推し天才かよ。

注文履歴で買った食材はチェックしていた。その中にウェイ○ーとかそういう炒飯の素系はなかったはず。調味料は醤油味噌塩こしょう出汁の素。ということはこれ、ベーコンと卵と醤油と塩こしょうだけでこの旨味を出している。

私も前は醤油だけで味付けしたりしてたけど、調子悪いと味が安定しなくて難しいんだよね。そんでウェイ○ーに落ち着いた。ウェイ○ー使わず美味い炒飯が作れる二十九歳男性……私より料理やってる疑惑が浮上。

そういえば一二三、朝から鮭を焼く男だった。朝から魚焼くのはヤバい。フライパン派か網派か知らないけど朝から魚焼く気力がある時点で尊敬する。網派だったら後片付けも含めてもはやプロじゃん。シェフになれるよ。なんならシェフとして雇いたいよ。毎日私のために味噌汁作ってくれよ。

パラパラの米とレタスのシャキシャキ感を堪能している内に皿は空っぽになった。げ、早い。ゆっくり噛み締めてたはずなのに、推しの手料理という最高のスパイスが手を止めさせてくれなかった。

仕方なく市販のわかめスープをちびちびスプーンで飲んでいると、遠慮がちな視線でこっちを伺う一二三に気付く。あっ。


「美味かった」


料理の感想口に出してなかった〜〜なんでこういう大事なことは口から出ていかないの〜〜融通利かせて〜〜!

あからさまにホッとした顔をする一二三に、こちらは申し訳なさが突き抜ける。口がバグっててめんごりーぬ。

ところでまだチラチラしてるけど何かあります?

視線で促すという高等テクを使うと、一二三は持っていた蓮華を皿に置いた。


「どうして私が、スーツでなければお話ができないと知っていたのですか?」


あー。


「あなたは今日、ドア越しに私の服を見てからスーツを買うように勧めてきました。……私がスーツを着なければあなたと会話できないことを知った上での行動でしょう。ずっと、それが不思議で、」


ドラマCDを聴いたからだヨ。
ファンはみんな知ってることだヨ。

などと言えたらどんなに良かったか。


「運営はバトルを円滑に進めるために各ディビジョンの代表について秘密裏に調査している。君の件は特に、一歩間違えればテリトリーバトルに支障が出る類のものだからな。一部の人間には開示された情報だった」


ま、嘘だけどね?

……私は今日一日で何度推しに嘘をついたの。必要な分しかついてないはずなのに一生分の嘘をついた気がする。罵倒が馴染んだこの口もさすがに動きが鈍ってきたぞ。


「私は、いつの間にか見知らぬ子猫ちゃんたちにも助けられていたのですね」


………………き、ききっ、ききき、

貴様ァーー!! 何故ここで笑ったっ!!? 言え!! 不意打ちで柔らかく笑うな!! 警察だって撃つぞって言ってから拳銃撃つでしょ!!! いきなり心臓狙いに来るとか卑怯じゃん可愛い訴訟!!!!!

ある意味ヒプノシスマイクの攻撃を食らった並みに頭がクラクラした。私の推し、いつの間にラップ無しで攻撃できるようになったの? え? 攻撃してない? 推しは推しであるだけで攻撃力の塊? そんな馬鹿な!

未だに柔らかーくじんわりと滲むような慈愛の笑みを浮かべている伊弉冉一二三とかいう天使を前に視線が高速で反復横跳びを始める。オタク、こういう時どんな顔すればいいか分からないの。笑えばいい? 今やったらとんだドュフフスマイルだよオタク自重しろ!!!

アカン。話逸らさなきゃやってられない。無理。尊みスマイルで頭沸騰する。落ち着いて。ビークール。もっと発音良くして。BE COOL……なんで発音良くした? 落ち着け?

今のこの感じ、シャンパンゴールドで突然一二三がセリフ喋った時のあの混乱に似ている。あの時はどうやって人間性を取り戻したんだっけか。確か、そうだ、いきなり電話かかってきて急に冷静になったんだった。電話、電話か……。


「話は変わるが、君は誰か連絡を取りたい人物はいるか? 一人だけなら私も上に掛け合うことができるが」
「い、いいんですか!?」
「このままでは行方不明者として警察に通報されかねない。こちらはできるだけ大事にしたくないからな。現状を伏せてもらえれば可能だ」
「っありがとうございます!」


アカン……今度は輝くにっこりスマイルだ……目が潰れる……尊い……推しはもともと尊いだろ知ってた……。

こんな初っ端から笑顔の一つ二つで混乱するようなヤワなメンタルで、あと一ヶ月。私、生きていけるの?

わかめスープを飲み干しながら、とてつもなく不安になった食事だった。



***



「この番号は観音坂独歩の携帯電話で間違いないだろうか。そうか、では単刀直入に言う。伊弉冉一二三の身柄はこちらで預かっている。今から言う条件を呑んでくれるのなら無傷で一ヶ月後に解放しよう」



うん、誘拐犯かな?





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