果実を食べた後のコレー



お母さんは気が強い人。お父さんは気が弱い人。

どこのご家庭もだいたいこんな調子なのだと学校に通ってから知った。

そりゃあ、男は亭主関白で女は三歩下がって粛々とついていくなんて古風な価値観は持っていない。男女平等が唱えられ女性の社会進出を表向き推奨された現代ではままある力関係なのも理解している。

でも、どこの家も全部一様にカカア天下ってちょっとおかしいんじゃない?


「石榴ちゃんは気が弱くて心配だわ。そんなことじゃ将来旦那さんの尻に敷かれちゃうわよ」


旦那の尻は嫌だな、固そうで。……いやいや、なにその表現。

長年の違和感。お母さんの言葉の意味は小学校の社会でやっと理解した。

H歴。武力放棄法案の登場。精神干渉装置、ヒプノシスマイク。中王区の男性入場禁止。フェミニズム運動が行き過ぎたために起こったマスキュリズムの排他。

私が生まれ変わった場所は女尊男卑の異世界日本だった。



***



自分がない人間だった。

大人になってから気付いた。前世の私は両親からは結構過保護に育てられたらしい。らしい、というのは常識や勉強に対しての教育にいい思い出がないからだ。褒められたのは十代前半くらいまででそれ以降は叱られた記憶しかない。それでも殴られたとかご飯を抜かれたとか家を追い出されたとか、児童相談所案件は一度としてなかった。

私は甘やかされて育てられた。何でも物を買ってくれるとか、将来なりたいものを自由に決めていいとか、そういう“いかにも”な甘やかされじゃない。親として考えうる最善、選択肢をあらかじめ提示してくれる、そういう楽さの中で生きてきた。

だから私は、誰かの言いなりでいることの心地よさを知ってしまった。女性の社会進出なんてとんでもない。自分の夢すら分からないのに、どうやって自分で物を決めればいいの。明治とか昭和の家同士の政略結婚が羨ましくすら思った。旦那や義両親のいいなりでいいとか最高に楽だ。

そんな薄っぺら人間にとって、この女性優位の世界は息苦しい。

前世のままの意識だと、確かに女性の生きやすい法案満載で生活する上でとても助かっている。税金はあからさまに安いし、待遇は恐ろしく丁寧だし、女性専用車両とか都会ではほぼ百パーある。でも、女性が先頭に立って何かやることが当たり前とか言われると困る。

大学時代の卒業研究ではリーダーに任命されかけて大変だった。決められない人間にリーダーを任せれば一生前に進まない。進められない。無理。私に意見を求めないで。雑用は男に任せとけって? なんでよその人めちゃくちゃいい意見言ってたのに! 明らかに私より頭いいよ! 有能だよ! 何とか男の子に発表役をお願いして雑用に回ると大体の人には『男にも手柄を譲る余裕ある人』とか言われ、何人かには『けっ、マスキュリストかよ』みたいな陰口を叩かれた。『男好き』という意味じゃない、『偽善者かよ』という意味に近い。なんでよ、逆になんでよ。徹頭徹尾上から目線で男を見る女社会に鳥肌が立った。

就活も選り取り見取りだ。女性社会から距離を置きたかったから大学と同じく外のディビジョンに目を向けると当たり前に女性の方が求人条件が良い。街コンで女性の参加料が男性より安いのと似たようなものだ。中王区ならともかく、外のディビジョンは女性比率が低いからこそ条件も良くなるんだ。

中王区にある本社直轄の大企業に就職し、ただ女性というだけで資格持ちのキャリアみたいな扱いを受ける。実際は女性枠で入った国立大でパッとしない成績を収め卒業しただけのただの役立たずなのに。給料に釣られて入った企業でアホでもできるコピー作業とお茶汲み、書類の作成と会議室の準備、上司同僚への挨拶。これだけで前世ヒイヒイ働いていた時の三倍額が初任給でポッと渡された。ひたすら恐ろしかった。分不相応の報酬は後でしっぺ返しが来るのが世の常だと前世の両親に擦りこまれていたから。

なにより苦痛だったのは、この恐ろしさの理解者がいないことだった。

女の人に相談すると『優しいのね』『謙遜が過ぎるわ』『もう少し自信を持って』と言われ、男の人には前述のに加えて『自慢かよ』『嫌なら代わってくれ』『恵まれてるくせに』と正当なやっかみをいただく。男性は生きにくい世の中だ。抑圧された側からしたら女の私の意見は贅沢以外の何物でもない。

毎日定時に上がって、気が向けば自炊、向かなければデパ地下でちょっと値の張るお弁当を買って帰宅。バラエティ番組を見ながらたっぷり一時間かけて食事を終え、たっぷり一時間かけてヘアパックやらマッサージ込みの風呂を済まし、上がった後のスキンケアもドライヤーもしっかり済ませ、明日着るオフィスカジュアルな服を目に付く場所にかけ、十一時になる前にベッドに潜り込む。

彼氏なし無趣味人間にはお母さんのおかげで前世よりマシな見た目を磨くことが趣味になりつつある。お料理も前世より人並みにできるし、二十前半の前半で若い。幼な妻というあと数年で消える儚い称号を駆使すれば、こんな中身のない女でも貰ってくれる人はいるだろうか。

あーあ、お母さん、適当なお見合い話持ってこないかなあ。今の両親は前世の両親と違って“いかにも”な甘やかしをする親だ。特にお母さんはなんか知らないけどそこそこ偉いらしいし、釣り書きの一つ二つ頼めばくれそうな気もする。でも自分から言うのは私の性格的に難しい。自発的に行動することが何より苦手なんだ。恋愛とか自由意志の権化みたいなことはもっと無理。

政略でも契約でもなんでもいいから結婚して旦那のいいなりになりたい。

誰も聞いていないのをいいことに布団にもぐって世迷言を唸る。いつまで経っても恵まれた場所で悩むのが自分の宿命な気がしてきた。

しんどい。



***



私のお母さん、思ったよりも偉い人だったっぽい。


「ごめんなさいね石榴ちゃん。勝手に決めちゃって」


絶対に悪いと思っていないお母さんがニコニコと冊子を十二枚並べている。適当に一つ取って開くと、私より年下な黒髪の男の子が挑発的なカメラ目線を披露していた。どこかで見覚えがあるような、ないような。


「でも良かったんじゃない? ソレとソレは論外としても、あの有名デザイナーの飴村乱数と名医の神宮寺寂雷もいるのよ。石榴ちゃんのお相手としてギリギリ釣り合うんじゃないかしら」


アメムララムダ。ジングウジジャクライ。

ということはこの子は……。


「山田一郎……」


私が小学生の時はまだ法案が出たばかりだった武力放棄案はとっくの昔に可決済み。それに伴い徐々に実用化されていった精神干渉装置、ヒプノシスマイク。武器で物理的な危害を加えられない代わりにマイクで精神的な危害を加えることを許可された。歌で攻撃ってファンタジーすぎる。でも一度だけバトルで血反吐吐いた人を見たことがあるから、ファンタジーというよりヤンキー漫画みたいな様相になるのは知ってる。それでも意味不明だけど。

ちょっと前に中王区外の四つのディビジョンが政府公認の元に縄張り争いをする、テリトリーバトルの開催が決まった。まだ準備期間として始まっていないけれど、各ディビジョンでは空気がピリピリとし始めているらしい。

私の周囲は変わらないし、まったく関係ないと思っていたのに、この明らかにただの調査資料ではない冊子。各ディビジョンの代表がズラッと並んでるこれって、


「なんだか、お見合いの釣り書きみたいね」
「あらぁ、相変わらずおっとりしてるわ。みたいじゃなくて本物よ」
「わあ」


嘘やん……嘘やん……。

適当な人とお見合いして旦那になってもらいたいとは思っていたけど、これ、相手の許可なしというか、こっちから一方的に拒否権ナシで縁談押し付けてる。権力者の暴挙、暴虐だ。


「一応、勝者チームの中から選ぶことになっているけれど、石榴ちゃんが気に入ったのなら敗者でもなんでもいいのよ。好きなのを選んでね」


一番無理なことを言われた。

自主的に将来の相手を選ぶなんて死んでも無理。どうせならお母さんが気に入った人を選んで宛がってほしかった。

飴村乱数が主に若者向けのデザイナーじゃなくマダム向けの服を作っていれば一択だったかもしれない。もしくは神宮寺寂雷が私立大附属病院の教授様だったらそっち一択。微妙に外れていたことが私には不運で向こうには幸運だったわけだ。

十二枚パラ見した限り、お母さんがお気に召しそうな職業の人はいない。ギリギリヨコハマ署の巡査部長が許容範囲内だろうか。それでも警察関係は親戚に困らないほどいるし、わざわざ繋がりを持つほどではない。

ここまで来ると本格的に私が選ぶしかなくなった。


「石榴ちゃん、お嫁さんになりたかったものね。良かったわね」


詰んだ。



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