銃兎の禁煙宣言



「銃兎さんって、もしかして煙草吸います……?」
「ええ、まあ」


事もなげに頷く銃兎さんに対して、私は驚いて数秒動きを止めてしまった。たった今、彼が誤って煙草の箱を落とすまでまったく気付かなかったから。

意外。だって今の今まで彼が煙草を吸っているのを見たことがない。てっきり煙草の煙が嫌いなタイプかと思っていたのに。さり気なく鼻で息を吸ってもぜんぜん煙草の匂いがしない。入念に消臭していることがなんとなく分かった。


「どうして私の前で吸わないんですか?」


純粋な疑問だった。銃兎さんは私のことを大切に扱ってくれるけれど、自分の趣味嗜好を我慢するような性格ではないと思っていたから。


「石榴さんは煙は大丈夫ですか? 非喫煙者は嫌がるものだとばかり」
「直接吹きかけられるとか、嫌がらせでなければ特に気になりませんね」
「それはそれは。われわれ喫煙者に優しいセリフですね」


銃兎さんらしいセリフ選びなのに、どことなくふわっとしている。表情もいつもの余裕そうな雰囲気じゃなくて、あまり見ないタイプの不思議な顔をしていた。

バツが悪い、というよりは本当に困っているというか。照れとも違うし、悲しい、じゃなくて……切ない顔。整った眉を垂らして、目をゆっくり細めて。


「あなたには長生きしてほしいんですよ」


副流煙の話だった。

途端にパッと顔色を明るくした銃兎さん。雰囲気が一気に変わって、よく分からないけど揶揄われた気分になった。


「じゅ、銃兎さん!」
「いえ、失礼。あなたがあまりにも素直にビックリするもので、面白くなってしまって。すみません」


くつくつと笑う様子はいつも通りの余裕そうな彼で、私の強張っていた体が急に緩んだ。

でも、さっきの『長生きしてほしい』だけはどうにも引っかかって仕方ない。銃兎さんがどれだけ煙草を吸うのかは知らないけれど、体を壊すほどのヘビースモーカーなのだろうか。なら、確かに病気になる確率は上がるし、私より先に亡くなってしまう可能性の方が高い。もともと女性の方が平均寿命が長いのだから、余計に。

銃兎さんのいない老後。想像つかないなりに思い浮かべて、形が分からない不安が胸の中に広がった。


「長生きするなら銃兎さんと同じくらいがいいです。私も煙草吸おっかなぁ」


私が銃兎さん以上に煙草を吸ったら寿命もトントンで同じにならないかなぁ。くらいのどうでもいい適当さで言ったことだった。

────ぐしゃっ。


「えっ」


ビニールっぽい何かが潰れる音がすぐそばで聞こえた。出どころは、銃兎さんの手の内。

煙草の箱が、中身が飛び出す勢いで握り潰されていた。手元に下ろしていた視線をもう一度上げると、恐ろしいほどに無表情な銃兎さんが……えっ。



「禁煙します。あなたの肺に一切のニコチンが入らないよう尽力します。今日から一本も吸わない。絶対にだ」



変なスイッチを押してしまった。



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