独歩が指輪を買うらしい



こんな絵に描いた会社の奴隷でも大人のプライドのようなものがあったらしい。

なんの因果か奇跡的にお付き合いできた石榴さんは、お金持ちの家のお嬢さんだ。さぞ高いものに囲まれて良い暮らしをしてきたのだろうと察せられる態度というか、育ちの良さを感じる。余計に釣り合わない自分が惨めに思えてきた。プレゼントだって、何度かした方が良いような気がして検討してきたものの、彼女を満足させられる価格帯の物が社畜の薄給で買えるわけがない。プレゼントの一つもしない甲斐性なしのレッテルと、安物をしげしげ眺められる気不味い空気を天秤にかけ、俺は甘んじて甲斐性なしのクソ野郎でいたわけだが。


「えー!? 独歩、何も買ってやってないの!? ひどくね!?」


一二三に指摘されずとも自覚がある手前、もごもごと飯を噛みながら返事を先延ばしにする。それを許さないのが一二三だ。


「どーせ『高い物じゃないと彼女に釣り合わない〜』とか『安物渡して嫌われたくない〜』とか変に気負ってるんだろ? そういうのは逆に相手がカワイソウじゃん」
「可哀想、ってなぁ」
「つーか石榴ちゃんてそういうの気にしないタイプっしょ」
「彼女が気にしなくても俺が気にするんだ!」
「そういうのがカワイソウなんだよぉ」


クッ、こと女性の話題において一二三に口出しされるとまったく反論できない。そりゃ天下のNo. 1ホストだ。毎日ヘコヘコ頭を下げてる俺なんかより女心が分かるのは当たり前。石榴さんの心が分かるのも当たり前。付き合っているのは俺の方なのに、一二三の方が彼女のことを分かっているなんて、こんなだから俺はダメなんだ。俺は俺は俺は俺は俺は……。


「それにさ、石榴ちゃんって別に高級志向じゃなくね?」
「え」
「靴とか財布とかは高い物持ってるけど、よく見たら服もアクセも結構安物だし。貰い物はとりあえず身につけて、他は特にこだわりがないタイプじゃないかなぁ。独歩が何をプレゼントしても捨てはしないっしょ」


つか人の好意をムゲにできない子じゃん。という言葉は耳をすり抜けた。

そうか、彼女は別に高級品が好きというわけではないのか。そういえばデートでデパートに連れて行かれたことはなかったな。女性は買い物が好きなものとばかり、そうか、そうか……。


「とりま指輪とか贈ってみれば? 最初のにしちゃ重いかもだけど、今までプレゼントしなかった分も含めたらちょうどよくね?」


そうか……。


「サイズの測り方、本当に合ってるのか……?」


久しぶりに予定が合って、石榴さんの家に泊まりに来た今日。夜。お風呂をいただいて部屋に戻ると、石榴さんがベッドですぅすぅ寝息を立てていた。

そりゃあ彼女も社会人だ。今日も会社で疲れてるだろう。奇跡的に定時から二時間ちょっとで帰れた俺は軽い足取りでここに来たわけだが……ちょっと残念……いやいやいや別にそういう目的で来たわけじゃ! お互い疲れてるだろってことでとりあえず顔を見に来ただけだからな! な!

誰に言い訳してるのか分からなくなって来た頃に、はたと。これはチャンスなのでは、と彼女の指を取った。

触ったら起きるかな、と思ったが意外と起きない。長い睫毛は揺れることなく伏せられたままだ。

こうして見ると、美人なんだよなぁ。普段の大人しい雰囲気は表情や話し方から受ける印象がほとんどで、実際はこんなにも触れがたい見た目をしている。無防備なのに近寄りがたい。けど、ずっと見ていたい。

手を取ったまま、いつまでそうしていたのか。動かないと思っていた睫毛がふるふると揺れ始めた。あっ。


「ん……どぽ、さん?」
「うひぃっ!? ぁ、その!」
「ん、んん……? ど、したんです?」
「すみませんすみませんすみませんすみません」
「ぁ、」


指輪のサイズを測るために触っていた手が、きゅっと柔らかく俺の手を握ってくる。「すみ、」ません、まで続かなかった。

さっきまで一分の隙もなく整った眉が下がって、目がとろとろ、頬はほにゃほにゃと、何というか、本当に幸せそうに俺を見上げて、無邪気に笑って見せたんだ。


「いしょ、ねたぃ、ですか?」


ヒシッ。

とっさに両手で握り返した俺は悪くない。そのまま彼女の隣に潜り込んで朝まで一緒に寝たのも俺のせいじゃない。朝になって当初の目的が果たせていないことに気付い、……ああ!!


「ど、どうしたんですか独歩さん!? 頭痛いんですか!?」


結局、指輪は買えなかった。




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