自分のための自己犠牲



『今日は俺のライブにようこそー!!!』


雄英高校の大講堂でテンションの高い声が響いている。ただの試験概要なはずなのに公開ラジオでも聞いている気分になるのは、相手がプレゼント・マイクだからに違いない。うるさい人は嫌いだけど、彼の声は聴いていて悪い気はしなかった。ボイスヒーローの名前は伊達じゃない。

ズラリと目眩がするほどに人が敷き詰められた視界。ここにいるのは皆たった2クラス分の枠を賭けて戦う敵だ。確か倍率は300オーバー……残念なことにヒーローとは競い合う宿命にあるようで、入試の時点でプロになるための篩いが始まっている。本当なら頼まれても御免な場所だった。

私が雄英を志望校に決めたのは中学三年の春。

進路があらかた決まっていてあとは努力するだけという時分に、私はA判定だった他の学校の推薦を蹴って雄英への進学を希望した。担任は何を馬鹿なことをと目を白黒させていたけれど、最終的には私の成績を見て送り出す気は出たらしい。自分の生徒が雄英に入ったとなればそれなりの評価に繋がると計算したのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。疑り深いのは私の癖だ。もう簡単に治るものでもない。

何故突然に雄英に進路を希望したのか。それはとある伝手からオールマイトが教師として雄英に赴任するという噂を聞いたからだ。

オールマイトに会いたい。会って確かめたいことがある。そのためだけにヒーロー科と普通科の二つに願書を出した。ヒーロー科の方がその機会は格段に多いだろうけれど、同じ学内にいるだけでもいつかは訪れるでしょう。いつか、学校に在籍している三年の間で満足できたなら、他の適当な学校に編入するつもり。オールマイトと会う以外に私が雄英にいる目的はないし、嫌に目立つのも好きではない。偏差値最高の雄英からだったらどこの高校もより取り見取りだろうから、入ってしまえばこっちのものだという確信はあった。

問題はヒーロー科に入れるかってこと。

学力に自信はある。けれど実技に関してはそうもいかない。彼らプロヒーローの目に適う器かどうかは正直見当もつかない。私の性質上、対人間ならそう簡単に負けはしないけれど、近年では機械系ギミックが採用されている実践試験において無意味でしかない。ただ単純に与えられたターゲットを倒すだけが評価ポイントだとも思えないし。

入試までの十ヶ月。今日のこの日まで私は試行錯誤しながらも自分の“個性”の強化に勤しんだ。


プレゼントマイクの喧しいマイクパフォーマンスが後半に差し掛かる。やっぱりターゲットは機械。私との相性が最悪の敵だ。これで合格の確率が半分に落ちた。けれど、悲観している暇はない。やれることはやろう。ここで無理だったとしても普通科に入ればそれでいい。駄目で元々なんていつものことじゃない。


「ついでにそこの縮毛の君、先程からボソボソと気が散る! 物見遊山のつもりなら即刻雄英ここから去りたまえ!」
「すいません……」


眼鏡の男の子が鋭い眼差しで後ろの子に注意する。その鬼気迫る感じからして緊張で余裕がないんだろう。それか根っからの真面目か。それは他人事じゃないから分かるけど、周りでクスクス笑っている子達はなんなんだろう。


「人を笑える余裕があるのね」


仮にもヒーローになりたい人の態度じゃない。

思ったことが我ながら珍しく口に出てたらしく、私の周りが一気に静まり視線が痛いほど突き刺さった。ヒーローになる気の人間が自分より下を見つけて吊るし上げなんて最悪すぎる。そんな人たちに睨まれたところでなんとも思わない。自然と寄った眉間をそのままにして、ちらりと流し見た先でさっき注意されていた子が私の方を見ていた。その顔がどこかで会ったことがある気がしたけれど、再開された説明に意識を傾けるために視線は合わせなかった。


『“Plus Ultra”!! それでは皆、良い受難を!!』


更に向こうへ、ね。そんな向上心が私にもあればいいけれど。

説明が終わり次第乗せられたバスの中で持てる時間のすべてをイメージトレーニングにあてた。思い込みがなければ私の“個性”は使い物にならない。特に、自分の体をフルに使わなければいけない今日みたいな日は。

模擬市街地演習場に降り立つ頃には私は自分が自分じゃない感覚で前を向いていた。同い年には見えない屈強な男の子や自信満々で腕を組む女の子が視界に入っても何も感じない。ただ思うのは、これから動かす体のこと。私の“個性”を私自身に向けて使うということへの不安を、ただ一心に抑え込んで。私は自分の手鏡をそっと見つめた。

私の“個性”は催眠術。本来は他人に向かって使うことで効果があるもので、正直ヒーローになるには華のない地味なもの。相手が人なら戦闘不能になんて簡単だけれども、精神攻撃の効かない機械相手では物理攻撃に徹するしか倒す手段がない。いくら私が誰かに催眠術で敵を倒してもらったところでそれはその人のポイントになるし、発想の逆転で私以外の受験生を戦闘不能にして全員0Pにしても他の会場の人たちが受かるだけ。加えてプロのヒーローがこんなことをした受験生を評価する可能性なんて微塵もない。

だから私は、私自身に催眠術をかけることにした。

この十ヶ月間してきたことは体の強化と自己催眠の訓練、自分の限界の測定。今まで自己催眠をやったことがなかったわけじゃないけれど、雄英に通れるほどの力があるとはどうしても思えない。これしか方法がないと、腹を括って自分の体を極限まで高めた。一年にも満たない期間だ。まだまだ未完成で、まだまだ未熟。それは理解していたけれど、ここで無理をしないでどこですると言うの。


「【私はカンフーヒーロー『ドラゴンキッド』】」


伸びやかな体術と軽やかな足取り、何より正義感に溢れる熱いヒーロー。何度もビデオで見て研究したヒーローの一人に、私はなれる。なる。なるの。

鏡の中の瞳孔が大きくなって、そこから先の記憶はない。


それから十分後。ふっと暗かった視界が明るくなって、私が最初に見たのはたくさんの機械片。次にこちらを凝視する人たち。そして近づいてくるリカバリーガールの姿。そこでやっと体中が上げる悲鳴が私の耳まで聞こえてきた。これは明らかに許容量オーバーのサインだ。

ああ、やっぱりアングラとはいえヒーローの動きに体はついてこなかったのね。

見事に腫れた両手両足とうるさいほどに脈打つ心臓。それらすべてを感じながら、私は地面に倒れ伏す。試験の手応えもなにも分からないまま、私の雄英受験は終わってしまった。
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