少女よ、告解せよ



「おはよ、う……」


次の日の朝、教室に入ってすぐ障子くんを探した。

昨日のことについて、私なりにけじめをつけようと決めたから。入ってすぐ目に付いた六本の腕を目印に早歩きで近づいた。そして精一杯の挨拶をしかけたところで、周りのクラスメイトたちから妙に注目されていることに気付いた。何か珍しいものでも見たような顔だった。

そういえば、ここに入学して初めて自分から挨拶をした気がする。それも障子くんに話しかけることをずっと考えていたからか、目立つ前方のドアから入って一直線に障子くんのところまで歩いて行った。今まで無愛想だったヤツが突然一人だけに挨拶をし出したら、はたから見れば奇妙なことこの上ないのかもしれない。


「ああ、おはよう漂依。昨日は大丈夫だったか?」
「う、うん、大丈夫、です」


内心で焦っている私とは反対に、障子くんの声は相変わらず落ち着いていて、昨日のことが嘘だったんじゃないかと思えてくる。けれど実際に起こってしまったことは変わらない。平然として見える障子くんの目元と、ユラユラと揺れる触手の先の目。昨日みたいに戸惑っているわけじゃなく、何か緊張しているみたいだと思った。そして、その原因が私のせいだということも分かり切っている。

もう逃げてはいけない。少なくともここ辞めるまでは。オールマイトを見極めるまでは。私はこの“個性”から逃れられないし、自分で何とかしないといけない。ただ泣くだけの弱い私から一人で生きていける私にならないと。

相澤先生の言う通り、まずは自分のことをたすけられる人間にならないと。


「あの、そ、それでね、今日のお昼休みか放課後に、話が、あるんだけど、」


何度か止まりかけた舌を無理やり動かして、やっと言えた一言。つっかえてどもってばかりの私に障子くんはちゃんと耳を傾けてくれた。私は言い切れた安堵感とどんな返事が来るかの不安で視線を床に這わせる。だから、周りの目から見てこれがどんな風に見えているかなんて想像もしなかったんだ。


「なあ、あれって絶対」
「峰田! しっ!」
「しっじゃねーよ! あれって絶対告白だろーがァ!!!」
「あーあ、言っちゃった」
「やっぱり!? 告白!! ラブの予感だね、梅雨ちゃん!」
「私、芳ちゃんはそんなつもりじゃないと思うわ」
「クッ、なんで障子が……ッ!!」


顔が、上げられない。

何がどうなればそういうことになるんだろう。自分が普通の恋愛ごとに疎いのは自覚しているつもりで、突然そういうことに巻き込まれるとどうしていいか分からなくなる。やっぱり男の子に話しかけるだけでもダメなのかな。それとも私が話しかけること自体がおかしいのか。床を見つめたまま、一ミリも動けない状態で早く障子くんが答えてくれることを祈った。

お願い、早く、早く。


「放課後でいいなら、話を聞こう」
「ほ、本当? なら放課後に、よろしくお願いします」
「ああ」


俯いた顔を覗き込んでくる触手。人の顔に見えないせいか、その目はしっかり見ることができた。了承の返事とここから逃げられる嬉しさで少しだけ顔が緩んだ。すると途端に触手が動かなくなって不思議だったけれど、特に気にすることもなく急いで自分の席に向かう。

やっと席に座れるって、思ったのに。


「漂依さん!」
「おじろ、くん」


前を通って行こうとしたところで大きな声で呼ばれてビクッと肩が跳ねた。席に座っていた尾白くんが急に立ち上がったんだ。

尾白くんにも、昨日変なことを言ってしまった。名前のことだったり、手を握ってしまったり。動揺していたとはいえされた方は迷惑なことこの上ないはずだ。それも私なんかに捕まって。同情にも近い気持ちで床から視線を上げた先で、変な顔の尾白くんがいた。何か焦っているような、不安そうな顔をしている。まさか、という嫌な予感が胸をざわつかせた。


「昨日、何かあったの?」
「え……」
「お昼休みから、様子がおかしかったから」
「それは、お、」


尾白くんには関係ない。

そう言おうとして自分の中の誰かが待ったをかける。それはないんじゃないか、と。あんな意味不明なことをしておいて突き放すのは流石に虫が良すぎる、と。

嫌なことを引き延ばしにするのはもうやめたい。今の尾白くんは私の“個性”にかかってはいないけれど、もしかしたら入試の時に一瞬だけかけてしまったのかもしれない。入試のことを聞いて口ごもったのがその証拠だ。一瞬だけでも私のことを好きだった記憶があるのなら、それは立派な私の罪だ。何も分からないまま私に振り回されて可哀想だ。これ以上黙っていて中途半端に突き放すくらいなら、ちゃんと説明して離れてもらった方がいい。

大丈夫、怒られるのも泣かれるのも、嫌われるのも慣れてる。何も知らなかった昔とは違うから。嫌われて当たり前のことをしたんだって、ちゃんと理解できているから。私はちゃんと前を向けている。


「お、尾白くんにも話が、あります」
「……うん、じゃあ、俺も放課後でいい?」
「障子くんの後なら」
「いや、できれば一緒がいいんだけど」
「でも、それは……」
「俺は構わないぞ」
「障子もいいって」


なんで二人して分かった風な顔をしているんだろう。妙に逆らいがたい雰囲気を出され、早く席に着きたい一心で私はしぶしぶ頷いた。


「なにあれ修羅場?」
「漂依ってツミツクリだな」
「たぶん無自覚よ、アレ」
「ギルティ……」
「美少女無罪ッ!!!」
「峰田ブレねえ……」



***



どうしてこうなるんだろう。

人目につかないところを探して唯一思いついたのがいつもお昼を食べている中庭だった。日が傾きかけている校舎の影に、私と障子くんと尾白くんと、


「なんで着いてきたの」
「漂依に聞きたいことがある」


色違いの瞳がジッと私を見つめてくる。障子くんや尾白くんから逃げないことは決めたけれど轟くんが来るなんて聞いてない。

教室から三人で移動する時、途中から轟くんが後ろから着いてくるのを何となく感じていた。彼は野次馬はしなさそうだし、他人に興味が薄そうな人だから勘違いだと思って無視していたのに。

結局ここまで黙って着いて来て、私の向いでふてぶてしく立っている。


「お前の“個性”、増強型じゃないだろ」
「と、轟? 突然どうしたんだ?」
「漂依の“個性”は入学してから何度か見ただろ」
「それっぽいっつーだけで実際に見たヤツはいないだろ。それに、俺は漂依に聞いてるんだ」


本気で確かめようとしてくる目から一瞬でも逃げられない。


「……轟くんには関係ないでしょ?」
「関係はないが、興味はある」


ヒュウ、と。大きな風が一つ吹いて、長い前髪が煽られた。視界が広がる。轟くんの左目の火傷が良く見えて、それって相手にも私の目が良く見えてるってことだと気付いた。普段なら慌てて俯くか隠すかするけれど、今日だけは、ジッと前を向くことしかできない。向いていないと、いけないと思った。


「この前の戦闘訓練の時から気になってたんだ」


障子くんと尾白くんの視線が轟くんと私との間を行ったり来たりする。


「飯田は馬鹿真面目だが馬鹿じゃねえ。あいつが核を五階に設置するのがベストだと結論付けていたとしても、相手も同じ考えだと決めつけて五階に向かうのは早合点すぎる。なのにアイツはまんまと自分からトラップに引っ掛かって制限時間いっぱい芋虫に甘んじていた。加えて爆豪との戦闘だ。あの猪突猛進野郎が理由もなく攻撃をやめた上に大人しく拘束されて勝ちを譲るわけがねえ。しかもあいつ、瞬き一つもしないで一分間固まったままだった。意識的にならともかく無意識だったなら飯田以上におかしい」


これが決定打だと、挑むような顔で。


「これらを踏まえて、考えられる可能性は一つ。……お前に何かされたんだ」


無遠慮にナイフの刃を向けられたみたいだった。制服の胸元に先の尖ったものを押し付けられたみたいに心臓がうるさく動き出す。冷や汗がこめかみを伝ってマスクの中に消えていく。まるでたった今、裁判所で裁かれている罪人のような。最悪の、気分だった。


「お前の“個性”は単純な筋力増強じゃない」
「あ、あの、」
「そんなんじゃ、ねえよな?」


じわりじわりと、視線に変なものが混じり始める。障子くんの、尾白くんの視線が増えて、何かわけのわからないものを見るみたいなそれに変わる。慣れている視線だった。私のせいでおかしくなった人たちとか、私がどんなことをしてきたのか知ってしまった人たちとか。そういう嫌な人たちと同じものだった。


「漂依、お前の“個性”って本当はなんなんだ?」
「わ、たし、の、こせいは、」


口が何度か声にしようとした息を無意味に吐き出す。言わないと、説明するって決めたじゃない、どうせ言うんだ、いつかバレるんだ、だったら今言ってしまおう。言って、言ってしまって、早く、楽に……?


「『催眠術』、です」


本当に、楽になれるのかな。
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